「――…で、」
 スザクは三次元立体映像が投射できる視聴覚室で、満面の笑みを浮かべているルルーシュにこめかみを押さえた。  


腹を割ってみました



 あのフレイヤ騒ぎのあと、始末書と報告書を書きまくり急遽召集したシステム管理部門に稟議書を提出させて、対策本部を立ち上げ原因解明に尽力しつつ本国とエリア11を行ったり来たりして事後処理に奔走していたスザクが自分の時間を持てたのは、一月後のことだった。

『大変だったな、スザク。お疲れ様』
 触れることはできないがどっかりとソファに身を沈めているスザクの、すぐ目の前まで来ることのできるルルーシュが労うように肩に手を置いた、形だけ。
「ああ、本当に大変だった……思い出したくもない」
『そうだよな、お前の分野じゃないものな』
「でも君が随分助けてくれたからね。正直、君が書き換えた管理プログラムをどう説明するか困っていたんだ」
 あの誤作動が外部由来のウイルスのせいであることは部下の証言で証明できたが、あのあと、もうだめだと観念したあとに、まるでメシアのように現われたルルーシュがあっという間に事態を収拾してしまって、スザクは白昼夢を疑った。けれど狂ったシステムが再構築され、以前よりも強固なセキュリティ・プログラムが書き加えられていたことにSEたちは騒然となった。いったいなにをどうやって、この危機を乗り切ったのですかと質問攻めにされた。彼らもプロだからプライドと責任感とで必死になり、呆然とルルーシュのすることを見ていただけのスザクはもう一つ別のルートから進入してきた者がいて、勝手に何かをしていったような……と言葉を濁すのが精一杯だった。ルルーシュの記憶が保存されていることも、それを可能にした技術も合集国の機密らしい。ひょこひょこ電脳ネットワークの海を泳いではスザクに会いに来るルルーシュを、スザクはどう扱ったらよいかと考えあぐねている。テクニカルなことをこそこそと教えてくれたり、都合の悪いデータを書き換えてくれたりと重宝もしたのだが、それはスザクの越権行為になりばれれば降格ものだ。始末書ではすまなくなる。ルルーシュはちゃっかりとフレイヤの管理コードを手に入れ、発動条件を手中に収めてにんまりしている。負けた。こういう強かさはスザクにはない。やろうと思ってできるものでもない。
『照れるな』
「誉めてないよ」
『だって危ないじゃないか。ちゃんと俺が見張ってやるよ』
「どうも。でも、僕はまだ君がルルーシュだって認めたわけじゃないんだからな」
『……拗ねるぞ』
「ちょ、どこ弄ってるんだよ!僕のパーソナルデータには手をつけるな!」
『地味にいたずらしてやるぞ。中性脂肪はこんなもんかな、腹囲は…メタボにしてやる』
「こらこらこらこら!格好悪いじゃないか!ラウンズがメタボ!最低だ!」
『実は髪が薄くて困っているから、ネットで評判の育毛剤を通販している…』
「変な履歴を捏造するな!悪かった、僕が悪かったから!」
『わかった』
 スザクは大人しくハッキング行為をやめたルルーシュに胸を撫で下ろした。彼はいまや電脳世界の覇者であるので(この一月の内に世界中のネットワークに根を伸ばしたらしい。ある意味神である。彼は光ファイバーの通じるところなら、どこであってもいくつであっても、同時に存在することが出来るのだ。情報世界は彼の庭になってしまった。)本当にやめたのかどうかは確めることなどできないが、信じるしかない。
『でも謝ってもらっておいてなんだが、お前は特に悪くはないぞ』
 ルルーシュが気の毒そうに言った。この一連の騒動の責任を感じているスザクを慰めてくれているらしいのだが、どうもその表情が胡散臭い。いや、まあ正直な気持ちとして、スザクはルルーシュとまた話をすることができてとても嬉しいのではある。そりゃあもう歓喜した、心の中で。なんとなくすっきりしないまま死に別れてしまった彼が目の前にいるのだ。一人ぼっちにはならなかった。しかもルルーシュの今の状態は悪くない。苦痛から解放されたのだと清々しい顔をして言ったルルーシュは、普段は情報空間で遊びながら(本人は仕事だ監視だと嘯くが、戻ってきた時の顔があまりに楽しそうなのでスザクは彼の趣味だと考えている。)ロロから人間の生の感覚を共有させてもらって楽しんでいるらしい。そしていつでも機嫌の良いルルーシュは、Webに繋がる環境があればいつでもスザクの呼び声に応えてくれた。これまでの疎遠な関係などうそのように、二人はいつも一緒にいる。
「まあ僕もね、君が本物のルルーシュなんじゃないかって思うときもあるんだよ、時々ね」
『何割くらい?』
「半分くらいは疑っているよ。だって君、こんな浮かれた人だったか」
 ルルーシュは考え込むような素振りを見せた。これはポーズだ。彼の駆使する論理行列は既に巨大なサーバーに確保された回路が処理しているため、思考に要する時間は一瞬だ。瞬きほどもない。生きているときも頭の回転が速い男だったが、今はまさに神の領域で思考しているに違いない。ただスザクに合わせて人間の振りをしているだけだ。彼は機械の中に住むルルーシュのレプリカ。
『……お前が言うように、』
 ホログラムのルルーシュが言いよどむように口を開いた。
『人間だった、人間の肉体に宿っていた頃の俺とは違うさ。同じなわけはないじゃないか。俺は人の体の有限性から解放された。もう死ぬこともない。痛みに呻くことも』
「ルルーシュ、」
『聞いてくれ、スザク。俺が俺であるためには、驚くほど多くのものが必要なんだ、わかるよな。お前が枢木スザクであるためには、お前の器の中にお前がこれまで経験してきた全ての出来事が入っていなければならない。経験がお前を作った。俺もそうだ。生きていた頃から既に機械のような体だったが、それでも俺は自分が自分であると感じていたよ。幸運なことに腐った神経は俺の脳まで冒しはしなかった、俺の記憶は途絶えることなく俺の頭の中にあった。大切なことだ。俺に関わるすべての事象が俺の記憶として記憶されていた。そうでなければ俺の人生は偽りでしかない。一つ一つ拾い集めていかなければならない責任、しがらみ、嵌めていかなければならないパズルのピース――俺はまたお前に嘘をついたよ。今の俺には最期の記憶がない』
 連続性が失われている。

 ルルーシュは囁くようにそう告白した。息絶えた、その瞬間の記憶がない。強烈に意識した、そのことでルルーシュをルルーシュたらしめた経験が今の自分にはない。死した実感がないから、いつまでも自分が本当のルルーシュなのかと疑い続ける。お前だけが不信を感じているのじゃないさ、俺だって俺自身を持て余している。お前にかけたギアスは解除された。だから本当の俺は死んだんだろう。なら、この俺はなんだ。

「……ルルーシュ、君は、」
『技術的には仕方のないことなんだ。抵抗した記憶はある。俺だって肉体が死滅してなお意識を残したいと思うような、グロテスクでエゴイスティック、ナルシズム全開の願望は持っちゃいない。正直なことを言えば、早く死にたくてしかたがなかった。だがありがたくも俺の頭脳を惜しんでくれた支持者連中が秘密裏にことを進めてくれてな。ロロも、俺に当時よりも随分とましな人生を与えてやれるという言葉に頷いてしまった。あいつにはすまなく思っている。俺なんかのために一生をくれてやるつもりだ。そのうち解放してやらなければならないと考えているが』
 ルルーシュはスザクが何か言おうとするのを留めて言った。そしてスザクはその言葉に安堵した。心の底から安堵した。今目の前で深い目をして語り続けている男は確かにルルーシュ、そう思えたからだ。
「ルルーシュ」
『なんだ』
 スザクは目を伏せて黙り込んだルルーシュの名前を呼んだ。
「覚えているか。この合図、」
 詰襟を指でつまんで示す。ルルーシュが苦笑した。
『“屋根裏部屋で話そう”』
「初めて会ったとき、僕は礼儀正しく君に挨拶をしたね」
『まさか。こっちの頬だ。殴られたのなんて、初めてだった』
「僕が作った秘密基地、一番最初に招待したのは君だった」
『ナナリーを探して、俺は泣きながら辿り着いたんだ。あの子の笑い声を、随分久しぶりに聞いた。お前が楽しそうに笑うからだと、あの子は言ったんだよ』
「再会して、僕の秘密を知って、君はどう思った?」
『心配したんだ。クロヴィスを殺したとき、俺は堪えきれずにバスルームで吐いた。義兄でもそうだ。十歳のお前がどれだけ辛かっただろうと思って、苦しかった』
「僕にギアスをかけた理由は?」
『俺が渡した、俺の記憶情報を破壊するガンウイルスを捨ててしまったのと、同じ』

 沈黙が流れた。二つの視線がまっすぐに絡み合う。

「君はルルーシュだ。僕が保証してやる」
『ルルーシュの記憶を盗んだハッカーかもしれない』
 スザクはまだ粘るつもりのルルーシュに苦笑した。珍しいことだが、だだを捏ねているらしい。昔からそうだ。手放しで心を休めることをしない。皮肉屋で露悪趣味で偽悪的。
「……お前がここにいてくれて、嬉しいんだ」
『……』
「俺たちは物分りよく別れを告げたはずだった。とても綺麗な最後だったと思わないか。俺は見苦しく君を惜しむようなことはしなかったし、お前が死んだと報告を受けたときは一晩中昔の思い出に浸っていた。お前は立派に生き終えてこの世を去ったはずだったし、ナナリーも静かな気持ちでお前を見送ってくれた。ロロは、たぶん……お前は彼を通して俺の告白を聞いていたんじゃないか。彼、時折耳を澄ませるように遠い目をしていた。そして俺は目を背けていた自分の気持ちに向き合うつもりで、いろいろな事を話したよ。お前を俺と同じ運命に引きずり込もうとしたこと、そうさせまいともがいたこと、でもお前は俺の気持ちなんて丸きり無視してどんどん先に行ってしまうんだ。勝手に諦めて、勝手に腹を決めて、一人で逝ってしまった。俺の手の届かないところ、望んだって行けない場所に行ってしまった。
……物分りよく、さよならを言うつもりだった。いつか、もっと俺が大人になって、お前のことも俺のこともありのままを思い返すことができる日が来たら、お前のところに行ってもいいのだと考えた。でも、会いに来るお前が悪い」
 スザクは睨むように、黙したままのルルーシュを見つめた。
「どうしてロロを寄越した。あのままそっとしておいてくれても俺は簡単には死にやしない。どうして俺の前に姿を現した。声を掛ける必要はなかったはずだ」
『スザク、』
「掴まえてしまったら、もう放せないじゃないか。わかっているのかルルーシュ。お前、俺を置いていこうとしたんだぞ、 わかっているのか。お前の都合で俺を生かしておきながら、いざ自分が死ぬとなると“ごめん”の一言でさよならだ。そしていい機会がやってきたところで、邪魔をする。ふざけるなよ、ふざけるな」
 ふつふつと怒りが湧き上がる。寝不足で疲れが溜まっていたせいもある。苛々して仕方がない。思い返せば随分身勝手な男だ、こいつは。
「いいかルルーシュ。もう逃がさない、覚悟しろ。俺が死ぬまでそこで見ていろ!お望みどおり生きてやる。お前が満足するまで頑張ってやる。その代わりお前は楽になろうとするんじゃないぞ。お前の手に負えないウイルスがお前を破壊する、あるいは予期しないバグでお前が消えてしまうそのとき以外は、俺の隣にいるんだ、いいな」
『……お前が、死んだら?』
 気弱な問いにスザクは笑った。声を上げて笑い飛ばした。
「そんなことは知らないさ。好きにしろよ」
『スーサイドは認められていないんだ』
「だったらロロにでも頼め。俺の心臓にリンクさせて停止条件を設定してもいい」
『まるで昔のスザクだな。自分勝手で、個人主義の』
「そうだろう。簡単に人は変われない。三つ子の魂百までって、言うだろう」
『スザク、俺は、ルルーシュか』
 真剣な目をしてルルーシュが言った。
「ああ、ルルーシュだ。俺のルルーシュだ」
 くしゃりと顔を歪ませて笑ったルルーシュに、スザクは素直に歓喜を覚えた。











「盛り上がっているところ申し訳ないんですけど、」

 放っておくとバーチャルセックスに傾れ込みそうだった二人に、冷静な声が掛けられた。
『ああロロ。どうした』
 朗らかに応じるルルーシュにスザクはくらりと眩暈がしたが、このあたりは時間のせいだろう。本当はこの兄弟の関係に疑念を抱いているのであるが、聞くだけ野暮と云うものだ。十年もべったり一緒にいたのなら絆も相当深くなるというもの。
「あのね、兄さん。あとでばれると怖いからここで謝っておこうよ」
『あ、あれをか…』
「あれってなに」
『あれって言うのはだな、その…』
「兄さん?」
 どうも弟に押され気味のルルーシュは、器用にも目を白黒させている。
「ルルーシュ?」
『ああ、ええと、その…』
「尿酸値にでもいたずらしたのか」
『いや、STSとTPHAを陽性に』
「僕の名誉が!!」
『テヘ☆』
「何が“テヘ☆”だ!ルルーシュ!どうもひそひそ噂されてると思ったら…!」
『白い暴れん坊将軍のくせにー』
「ちょ、ちょ、そういうことまで調べるのはなしだ!卑怯だ!」
「兄さん、そんな地味に陰湿ないじめをしなくても…」
『だってこの間うるさいって追い出されたものだから』
「君と違って僕は睡眠が必要なんだっつの!」
「ほらほら兄さん、この勢いで言っちゃいなよ!」
『そうだな、うんそうしよう。あのな、スザク、あのフレイヤ騒動は俺が原因だったりなかったり』
「やなカミングアウトだなおい!」
「すみません。兄さん、無理に蘇生させてからって拗ねちゃって。二、三日家出してるなと思ったら『面白いものみつけたぞー!』と、それはもう嬉しそうに…」
『サーキット(電脳回路)の中ではその話でもちきりだったんだよ。ブリタニアの国防省がなにかこそこそ隠してるって』
「既にフレイヤの正体を掴んでいるハッカー連中もいたし。五人はいたよね」
『中でもブリタニアに恨みの深いやつがエリア11に運び込まれたことを突き止めてな。いっちょ反乱を仕掛けてやろうと頑張っちゃって』
「兄さんったら、困っている人を見るとすぐ助けちゃうんだから」
『ハハハハ。昔は俺もああしてハッキングの腕を磨いたものだよ。独立したいと言っていたから、餞別代りにあのウイルスソフトを書いてやったんだ』
「まさか本当に使うとはねー」
『うっかりサーキットで遊ぶのに夢中になってしまって、ロロに言われるまで気がつかなかったんだが』
「間に合ったからいいじゃない。さすがは僕の兄さんだよ!一瞬でここのファイアウォールを破ってウイルスをやっつけちゃうんだから」
『いやぁ、まあね、マッチポンプだからね』
「僕にもできる?」
『教えてやるぞ、お前は飲み込みが早いからな』
「ありがとう、僕がんばるよ!」
「……おまえら、いい加減にしろー!!」  




END.