ルルーシュは家に入りたかった。秋口の気まぐれな空模様のせいで予定が変わった。今日飛ばすはずだったシップが明日の早朝の便に振り替えになった。だからもうオフである。酒は飲めずとも自分のベッドでぬくぬくまったり寝そべりたかった。スザクもいるなら湯たんぽ代わりにくっつきたかった。
「――しかし、ここで誘惑に負けたらいけない気がする」
 ルルーシュはそう呟いた。拳を握って、どうもスザクからうつったらしい超直感でくるりと我が家に背を向けた。会社に戻ればいくらでも仕事はある。うっかり面倒な、上が言うには栄転の、お誘いなんかも仄めかされちゃっている身としては、真面目に仕事に励むべきだろう。
「なんて立派なサラリーマンなんだ。俺ってエライ!」
「はい、えらいえらいキャプテンは大人しく家に入って数年越しの約束を果たしましょうね」

 ぎぎぎ、と音がするようなぎこちなさで振り向いた先には、にっこりと笑うスザクと、目を丸くしたジノがいた。

まとめのはなし



 スザクは熱の篭ったジノの視線に耐えかねて顔を逸らした。なんというか、彼の中では自分もルルーシュも大分美化されてしまっているらしい。いや、ルルーシュの方はそれでいいのかもしれない。スザクだって彼の魅力はよくわかっているし、ジノと同じ類の気持ちで好きだと思うこともある。庇護欲を誘うような頼りない目をしているときや、自分に嫌気がさして気弱に項垂れているとき。ジノはたぶん、そんな弱ったルルーシュばかりを見てきている。そして、そのくせ他人、特に年下には甘いものだから、およそジノが当時欲していたぬくもりなんてものも好きなだけあげたことだろう。おまけに、だ。
 三十少し手前の頃のルルーシュは、なんだかんだ言いつつ私はともかく公は絶好調だったんじゃないだろうか。戦後最年少の若さで機長になり、念願のインターに移って世界中を飛び回っていた。それとなく探りを入れるとプライベートでは多少やんちゃだった(※控えめな表現)ようだが、基本的に彼は雲のように風のように、我が道を行く男なのだ。彼曰く自由人の従兄弟のシュナイゼルに、根っこのところがとーてーも、似ている。目の前で弱っている人間がいたら過不足なく優しくしてくれるだろうが、大丈夫だと(彼の基準で)認定したら、もう放っておくような気が、ものすごくしている。
 ジノの言った、一年音沙汰がなかったせいで彼がジノとの連絡手段を絶ったという言葉はあながち間違ってもいない。半分当りで半分はずれだ。ルルーシュは連絡を取りたくとも取れなかったのだ。携帯電話は主に仕事に使用していて、必要のなくなったそれをナナリーは迷って処分した。始めの頃こそニュースの報道を聞いてひっきりなしに鳴っていたそれも、時間が経つにつれてうんともすんとも言わなくなった。兄が世間から忘れ去られていくようで彼女も辛かったのだろう。そしてジノは病院のベッドで意識不明のまま眠り続けるルルーシュに会うことがあろうはずもなく、こうして時間が過ぎてしまった。

「いいかい、ジノ。よく聞いてくれ」
 スザクは気難しい顔をしてそう切り出した。
「君の言うゼロという男は、本名をルルーシュ・ランペルージという。職業は旅客機のパイロット。君と出会った頃には既に機長に昇格していて、月に一度の関係をひねり出していたのが本当なら、彼としては非常に頑張った方だと言っておく」
 ジノは真剣な目をして聞いている。スザクは続けた。
「そして電話が通じなかった理由なんだけど、それは彼の気持ちは定かじゃないが、物理的に仕方のないことだった。入院していたんだよ。七年前のハイジャック事件の被害者、あの◆◆便の機長だったのがルルーシュだ」
 ジノが息を飲むのに構わずスザクは続けた。あまり感傷的になられるのは困る。期待を持たせるわけにもいかない。ルルーシュはあんなんだし、あんなんでもスザクは愛しちゃってるものだから、ジノに一口だってあげてやるわけにはいかないのだ。
「どこをどうしたら五年間も居眠りできるんだかドクターたちも首を捻っていたんだけど、まあ彼、今は元気にやっている。僕の大先輩だ。……、帰ってきたな。今日は天気が変わると思ってたんだよね」
 スザクはジノに黙ってついて来るよう言って、さっさと玄関に足を向けた。
 そして。

 よく知らんが逃げようとしていたらしい探し人の姿を見たのである。




◇◆◇◆◇



 ルルーシュとジノは向かい合ったまま沈黙していた。日本暮らしとはいえブリタニア人の二人に正座させてしまったことをスザクが後悔するくらい、身じろぎもせず口も開かず、じっと黙して時間が過ぎる。
「あのさ、まず……ジノ。お前、もうちょっと感動するかと思っていたんだけど、どうした?表情硬いぞ?」
 一番先に痺れを切らしたスザクが水を向けてやると、ジノはあ、とかう、とか口篭りながらかわいそうなくらい複雑そうな顔をして言葉を探しているようだった。
「そ、それはもう嬉しくて飛び上がりそうなんですけどっ……でも、俺が自分に優しくない勘違いをしていないんだったら、ゼ、ルルーシュさんって、スザク先輩の、その……」
「同性婚が認められたらすぐにでも籍を入れようと思う仲ですが何か」
「うわ、世界も先輩も俺に辛い、世知辛い!」
 ジノは叫んだ。ひっさしぶりのルルーシュの美顔(驚くほど変わっていなかった。ちょっとだけくたびれているような気もするが、仕事帰りだからだろう)とスザクのしれっと牽制してくる睥睨顔を見比べて、どうしたらよいのかわからない。だがまるきり冷静さを欠いていたわけでもない。ジノはだらだらと冷や汗を流して考えた。自分はさっきから、もう……二時間以上、この目の前のおっかない顔(※ジノの疚しさがそう見せています)をしている先輩の前でノロケ話をしていたのだ。どこまでもストレートで男には目もくれないような人だと思っていたのに、今では同じ男をパートナーにしていると言うのだから、つい幸せだった頃の関係を語るのに舌が滑らかになってしまっても仕方がないだろう。あの手この手、言葉を尽くしてゼロ…ルルーシュの素晴らしさを伝えようと努力したつもりだった。彼がどれだけ色っぽくて淫らでかわいらしくていじらしかったか……やめときゃよかった。
「――ジノ、」
「は、ハイ!……ルルーシュ?」
 飛び上がったジノは、今の低い呼びかけがスザクではなくルルーシュからのものであることに一瞬気がつかなかった。
「元気だったか」
 ぼそりと言われてぽかんとする。
「は、はい、ええ、お陰さまで、見てのとおりで……あの、俺、お見舞いにもいけなくて、」
「そんなことはいい。連絡しなかったんだから当たり前だ」
 ルルーシュはふっと肩の力を抜いて眉尻を下げた。
「スザクに見張られているとやり辛いな。どこまでお前、喋っちゃったんだよ」
「およそ全部、余すところなく若かりし日のあなたを堪能させていただきました」
「……ジノ、これがお前の大好きだった先輩か」
「や、まあ、一応現在形で大丈夫なんですけど、視線が痛いですよね…」
 ひそひそと囁くルルーシュとジノの台詞など、ごくごく近くで聞いているスザクには丸聞こえである。アイコンタクトで、じりじりとスザクから遠ざかろうとする二人を、あえてなのか天然なのかつかず離れず追ってくる。
「スザク、」
「先輩、」
「なんだい、二人とも。疚しいところがないなら、僕の前で再会を喜んでくれたまえよ。別に怒りはしないさ。僕だって過去にまっさらな人間関係だったわけじゃないし、出会ったのはいい大人になってからだ。昔の男が登場したってあたたかく見守ってあげる準備は僕にもあるよ」
 にっこりと笑みを浮かべるスザクに、ルルーシュとジノは震え上がった。明らかに声の温度が低い。
 こほん、と、気を取り直したようにルルーシュが咳払いをした。
「ここはあえて言葉の裏を読み取る努力を放棄しよう。

――ジノ!会えて嬉しいよ懐かしいマイ・フレンド!」
「チッ、必殺ルルーシュ☆AKY(あえて くうき よまない)だな」
「え?え?なに?」
「やだなぁ、一年ぶり?二年ぶり?三年ぶり?」
「いや、八年ぶりですけど、」
「もうそんなに!?大きくなったなぁジノ!」
「いや、俺、もともとおっきかったんですけど、」
「はぁ…合わせておきなよ、ジノ。本当に怒りはしないから、ふざけただけだから。ルルーシュも!だいたいなんで逃げようとしたのさ」
「うむ、それはなスザク。当時の俺は体力的にも満タンで仕事も充実していていい感じにノリノリだったわけだ」
「ふんふん、それで?」
「うむ、ノリノリではあったのだがプライベートで色々あったものだから、あっちにふらふらこっちにふらふら…していたわけだ!」
「…うん、それで?」
「うむ!それで、お前の大事な後輩をおいしくいただいちゃったことを申し訳なく思っていたわけだ!だから逃げた!あわよくば説明責任から逃れて事なきを得たいと目論んでいたわけだ!!」
「……ジノ。こういう大人にだけは、なっちゃいけない……」
  ジノがぽかんと見つめる先で、もうやけっぱちになったルルーシュが爽やかにスザクを言い負かして勝利した。





おわり


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ルルーシュがへんな人ですね…。申し訳ないです。一応、ジノはジノでそういう意味ではルルーシュのことをすっきり振り切れているので、どろどろした三角関係にはなりません。もうこのルルーシュ、浮気をする気力がないです。スザクは今回脇役でしたが、どこに出しても苦労人なのは仕様です。しかし、スザクさんとジノをくすりうりさんにした意味がなかったかもしれない…おくすりを出すつもりでいたのに、書いているうちに忘れちゃいましたとほほ。
 読んでくださり本当にありがとうございました!  
(2008.9.6)