「記念すべき八年ぶりのフライトではさ、なんだかはしゃいじゃって楽しそうだったよ。」

雲のように風のように-4

ルルーシュ・ランペルージ。
大学を卒業後、航空大学校を出てBAW社に入ったリヴァルにしてみれば24かそこらでラインに出、三十手前に機長に昇格した彼は伝説の人だ。というか社内全体の中でも最年少の記録である。マニュアルに忠実で機械のように精密な人なのだろうと思っていた。ハイジャック事件でその存在を知るようになった彼は、リヴァルがパイロットになる前から密かに憧れていた人物であり、前の職場を辞めるまではパイロットになろうなどとは思いもしなかったというスザクの口から名前を聞いたときはまさかと思わず聞き返した。気の合う友人と憧れのキャプテンが体験した超常現象はにわかには信じられない非現実的なものであったが両者ともに触れ回りもしないが否定もしない。スザクが見舞われた不慮の機体トラブルは、彼よりも飛行経験を積んだ身としても一人で切り抜けることが出来たか甚だ疑問であるし、要領よくキャリアを積み上げてゆくスザクに対する僅かばかりのやっかみも手伝い、あそこで伝説の機長が救いの手を差し伸べたのだと信じるのがリヴァルにとって自然であり落ち着きのいい結論であった。その後、命の恩人として友人は療養中のかの人のもとに通い詰め、どうしたことか同居まで持ち込む急接近振りは少々頬の引き攣る展開ではあったのだが、実際にルルーシュという人間と身近に接してみてそう無理のある話ではなかったのだというのがリヴァルの見解である。
まず最初のフライトだ。
生身で対面したランペルージ機長は傍から見ていてそうとわかるほどはしゃいでいた。とても嬉しそうだった。古参のFAの中には彼が飛んでいた当時のことを知る者もいて、社を挙げての復帰祝いも行われたのだが実際の実務への復帰はまた違うと見え、なにかとコックピットに顔を出しては細やかに世話を焼いていく。実際のところそれは最初だけではなく、いつ見ても彼はおやと思うほど気を使われている。本人はおそらく気づいていない。もしかしたらスザクもそんないい目を見ているのかもしれないが、見目のいい男は得だと思う。しかしリヴァルにしても、もし乗客に不審な動きをする乗客がいた場合はまず自分が対処に当ろうと責任感に燃えてシートについたのはキャプテンの容姿に理由があったことを否定は出来ない。もう四十も近い同じ男だとも思えず、線の細い身体に思わず訊いてしまった。
「キャプテン、お身体の方はもう大丈夫なのですか?ヨーロッパ線は食事がいいですからしっかりお口になさってくださいね。」
貧弱に見えるというわけではないのだが、ちょうど衣替えのすぐ後、夏制服のむき出しの腕や透けて見える胸郭の薄さが目に付いた。数年に渡る入院生活の後であるし、思うように体重も増えないのだろうと気遣ってのことだったのだが、そう言えば彼は情けなさそうに眉を下げて返したのだ。
「そんなにひょろひょろしてる?俺、もともとこんなんなんだよ。うーん、やっぱり冬の上着がほしいなぁ…あれ着ると少しは威厳が出るような気がするんだよね。」
そんなことを言いながら平らで締まった腹の辺りを撫でる仕草にまず目が奪われた。失言だったと申し訳なく思うも、それ以上に気分を害した素振りも見せずにどことなくしょんぼりと-そんな形容詞がぴったりだった-項垂れる姿に妙な親近感を覚える。リヴァルが日ごろ何らかのコンプレックスを抱えて背を丸めているというわけではなく、機長と云うものはコーパイにとって目標であり手本であり、また一線を引いて接するべき些か近寄りがたい存在であったのだ。もちろん気さくで指揮順位以上の上下関係の隔てを感じさせない機長もいるし、そういった人はコーパイの中でも人気が高く一緒に組めると皆喜ぶ。やりやすく楽しい事もあるし、人によっては操縦させてくれる割合が多くなる。七年間も不在だったためにランペルージ機長についての噂は事件一色になりはしたが、当時のことを知る先輩パイロットに聞けばそう悪い噂も聞かない。どちらにしろリヴァルは帰ったら同期の仲間にいろいろ話してやらなければならないのだろう。この機長は当然ながらみなの注目を集めていた。
それは何も社内のことだけではなかったようで。
「じゃあ今日はよろしく。…ちょっとアナウンス入れていいかな。今は機長アナウンスとか、喜ばれるんだろ?俺の時はあんまりしなかたんだけど…」
そう言って心なしかわくわくとした様子で機内アナウンスに臨んだキャプテンであったのだが、しばらくしてコックピット担当のFAが満面の笑みで報告したのだ。
「キャプテン!お客様からおめでとうございますってお祝いが!無事お戻りになられたことを喜んでくださる方が何人もいらしたんですよ。中にはあの便に乗っていらした方もいらして、ぜひキャプテンに直接お礼を言われたいとか。」
それを聞いて、びっくりしたように身を縮めたのは微笑ましかった。話題の機長殿は白い頬を僅かに赤らめて、ぼそぼそ小声でよくお礼をお伝えしてくれないかと頼んでいた。恥ずかしそうに、名前なんていわなければ良かった、最後のアナウンスは頼むねと言われて、にんまりだんまりを決め込んだ自分はお客様へのサービスをよくわかっているとこの時リヴァルは自賛した。

「期待を裏切っちゃいけないだろ?昨今自社色をサービス競争で出す傾向にあるもんな。コスト削減で倹約財政は厳しいけど、こんな特典は出し惜しみしちゃだめだよな。」
「キャプテンはパンダじゃないよ…。でもあの人アナウンス好きだよね。前に獅子座流星群が来たときに---」

「今日は天体ショーですね。地上はどうも雲がかかって見られないようですが、この高度ならもしかしたら。」
この日はルルーシュの好きなロンドンコースではなかったのだが、珍しくドメスのフライトが一緒になって、スザクは内心満面の笑みを浮べながらルルーシュと天候の話をしていた。29000フィートの巡航高度を保てば夜空を覆う薄雲の上に出られるかもしれなかった。高度や航路は管制の指示に従わなければならないが、幸い下に重い機体が飛んでいたこともありこのまま行けばルルーシュと特等席で世紀の天体ショーを拝めるはずで。
果たして空は開け、きらりと光る流星を見とめたルルーシュはいそいそと機内アナウンスのスイッチを押したのだ。
「だってお客さんにも教えてあげなきゃ。これ見ないと絶対損だよ。右側の人はちょっと見づらいかもなぁ。方角が悪いね。もったいない。」
乗客にとっては窓から見える景色も飛行機ならではのサービスの一つであり、状況が許すなら航路に若干の変更を加える機長もいる。別にそれが義務付けられているわけではないし多分に個々人の人柄によるところが大きいわけだが、スザクが見る限りルルーシュは非常にサービスのいい機長だった。はじめはFAの子が見えたら教えてくださいと声をかけてきただけだったのだ。別に乗客全員に教えてほしいと頼まれたわけではない。スザクも見えたらキャビンの連絡線で伝えてやろうと思っていただけなのだが、ルルーシュが やっぱりアナウンスにしようと気を変えたのだ。後からみなさん喜ばれておりましたよと報告が上った。


「好きだよな。」
「うん、好き。苦手な人も多いのにね。」
「あがっちゃってしどろもどろになる人とかな。昔はこんなこと必要なかったのにって、仙波キャプテンとかがぼやいてた。」
「仙波さんは昔かたぎの人だもんねぇ。僕今でも緊張するよ。あんまり操縦させてもらえないし、聞いてくることは細かいし。」
スザクの溜め息にリヴァルはどこがだよと突っ込んだ。今日はもう呼び出されることはないと思う。予定の便はあと二つ。この天候ならどこもつつがなく飛び立つだろう。
「どの機長とだってうまくやるくせに。俺はどうしてもだめだなぁ。今風の飛ばし方をするとすぐ小言が飛んでくる。藤堂キャプテンとランペルージキャプテンが一番いいな。操縦させてくれるし。」
「あ、それみんな言ってるよね。僕も半分以上任せてもらえてあれは嬉しかった。」
「そうそう。俺キャプテンと組むときは手袋しっかり用意しとくんだ。」






もう少し続きます…。色々おかしなところはどうか(略)