「…ルルーシュ?」
ひどく魘されていたから揺り起こした。呆然と見上げてくるアメジストに見入って、しがみ付いてきた腕に戸惑う。

遠いばかりの空でした12

「嫌な夢でも、見たの?」
いつかの夕方のように背中を撫でる。ルルーシュには珍しく外着のままで、きっちりと糊の利いていたはずのワイシャツは汗に濡れて皺がよっていた。確か今日が戻りの日だったと記憶していたから、扇が会う約束をしていたのだと話していた事もあって、まだ出て行く気などさらさらなかったランペルージ家に急いで帰った。もう少し早く仕事を終えることができていたら、こんなガクガクと震えて呼吸を乱れさせる悪夢などから守ってやれただろうか。そう考えることは自惚れなのだろうかとぼんやり考えていると、ルルーシュがそうだと呟いて頷いた。次いで顔を上げて睨みつけてくる。
「この、ばかがッ」
「は?なんで?」
いきなり馬鹿とは何事か。ポーズでもなんでもなく首を傾げたスザクにもう一度ばかと言い置いて、ルルーシュははぁと一度大きく息をついた。そっと離れていく、自分にしがみ付いていた指が惜しくて腕を伸ばすと、じろりと横目で見据えてきたルルーシュがツイと片手を差し出してきた。
「取るか?」
「ええ、と、はい。」
よく分からないが、汗ばんで冷たい、白い手を握り締める。ベッドの上で男二人が握手している状況にやはり自然と傾斜を深くしていく首に、今度はもう片方のルルーシュの腕が添えられた。
「取ったな。」
「?うん。って、うわ!?」
「契約は成立したものと見做す。」
グっと頭を固定されてなんだなんだと慌てる間も無く、下から覗き込むように近づいてきたルルーシュの唇が、
(重なってる!?)
眠っていたのに冷たい体温。男にしては滑らかで気持ちのいい唇が自分のそれを塞いでいる。不意に離れて、また一言。
「俺は猶予をやったのに。戻ってきたお前が悪い。」
言って今度は舌を差し込んできたルルーシュに今度こそパニックに陥ったスザクはいいように口内を彷徨う舌に(話せはしないが)言葉を失った。
(…うまい、さすが…って、いやいや違う!)
女性よりも強引だが女性よりもどこか控えめな舌技に思わず流されそうになるが、いきなり態度を変えたルルーシュは明らかにおかしい。混じる唾液には少しの甘さが滲んでアルコールの香りが漂うが、まさか酔っての媚態だとは思いたくない。それはルルーシュの嫌うところであって、いくら酒精に冒されていても正体を失うほどに下手な飲み方をこの人はしない。
「る、ちょ、待った!」
力では明らかに分があるスザクは、ぐいとルルーシュを引き離した。赤く染まって濡れた唇を見ないようにしながらどうしてと問うと、戻ってきたからだと同じ台詞。なんとなく解るが、釈然としない。はっきり言ってほしい。ちらりと視線を戻せば、狙ったように唇を舐め上げるのを見せ付けられて心臓が撥ねた。
「い、いったいどうしたんですかキャプテンっ?酔ってます?酔ってますね?あ、お酒飲んだでしょうざるの弱点!」
くすくすと妖しい笑い声が聞えてきそうなルルーシュの様子を直視していられなくて視線を彷徨わせれば、足元に転がっている一升瓶。男のくせに!と叫びたくなるような艶のある表情に、思わず下腹部に力を入れる。それに気づいたのか礼儀として流したのか、ルルーシュは切れ長の目をすうと細めて口元を吊り上げた。
「酔ってるけど。別に悪ふざけをしているわけじゃない。」
ゆるりと腕を上げて髪を掻き揚げたルルーシュは明らかに狙ってやっている。細い首筋が、ライトの灯りに陰影を差し込まれてギリシャ彫刻のような曲線美を描いていた。
「俺に惚れているやつを弄ぶほど性格は悪くないんだ。」
「ほ、惚れ…」
「俺のこと好きだよな?」
なんなんだ、いつここまで開き直った。図星を指されて内心ぎょっとしてはいるが、そろそろスザクもいつもの調子が戻ってきていた。予想通り、ルルーシュは自分の好意に気づいていた。気づいて行動を起こしたのなら、先ほどの台詞と合わせて非常に望ましい方向へ話が進んでいる。一度深呼吸をしてスザクはにっこりと笑って答えた。
「はい、とても。愛しています。ルルーシュは?」
「うん、俺も好きだよ。スザク。大切だから手を放したのに、戻ってきたのはお前だから、もうお前は俺のものだよな。女であれ男であれ、俺以外の人間に走ったら化けて出てやる。」
こちらもにっこりといい笑顔で言い放ったルルーシュは酔っているようには見えなかった。呂律も回っているし目にはどこか真剣な色が浮かんでいる。手は僅かに震えていた。
「どんな論理だよそれ。」
白い手のひらを包み込んで言う。
「でも結論は間違っていないから文句は言わないよ。僕は一生ルルーシュのものだし、逆も然りだ。あなたの場合は本当に化けてくれそうなので浮気もしません。…いいんだね?」
ぐっと近づき、耳元で確める。後悔はしないんだね?
「…お前が後悔しないなら。もう一度だけ聞いてやる。俺でいいんだな?別れるにしてもこのまま進むにしても、俺との関係を悔やまれたら堪らない。
I love you , Suzaku .  間違いのない答えをくれ。」
目を閉じて言い、待つように黙り込んだルルーシュに笑みが零れた。
「Me , too ! Of course I love you , lelouch , my dearest ! 」
言って、そして抱きしめる。腕の中の体がほっと力を抜いたのを感じてどうしようもなく頬が緩む。手に入れた。ルルーシュは僕のもの!
「お前の周りだけが、明るかったんだ。」
「うん?」
そっと自分も腕を回してルルーシュが言った。先ほどの色のある声とはだいぶ隔たりがある。呟くように落とされたそれは、以前事件について吐露した気持ちの続きなのだろうか。あの時ルルーシュは、刺されること自体に恐怖を覚えるのではないのだと、自分のトラウマについてふうとため息を吐いたのだ。言い差してやめたその続きだろうか。
「明るくてあたたかくて、お前だけを探して漂っていたように思う。…目覚めを望んでそれでも醒めない眠りは、恐ろしい。」
もう醒めることのない眠りになるのではないかと、体がもとに戻ってからも眠るのが怖くて仕方がなかった。この部屋の自分のベッドに横になっていても怖くて寝付けない。お前が…お前の気配がこの家の中にある時だけは安心して眠れたんだ。暗闇の中でも、またスザクが起こしてくれるって。
訥々とルルーシュは続けた。
「動けない体が、怖くて。目も見えない暗闇が怖くて、どうしようもなくてもがいて、手を伸ばしたところにお前がいた。」
「霊媒体質なんて今時いいことも何もないと思っていたけど、ルルーシュに会えたことだけは感謝したいよ。」
「…纏わりつかれて、気味が悪くなかったのか?」
「まさか。命の恩人で、憧れのランペルージキャプテンを独り占めできて僥倖だったよ。」
面映いのかかすかに身じろぐ体を少し離してルルーシュの顔をを上向ける。
まったく。こうもころころ表情の変わる人だとは思っていなかった。酔っていないとは言うけれど、疲れてもいるはずだしいつもと調子の違うことをこの人はわかっているのだろうか。僅かに赤味の差した頬ではにかむように瞼を伏せる仕草に何度目か解らない動悸をおさえる。
「また生きることが出来るとは思わなかった。また飛べるようになるなんて、何度礼を言っても足りない。起こしてくれたのはお前で、手をひてくれたのもお前なんだ。何度も諦めようと思ったけど、また、一緒に飛びたくて…それだけでよかったのに。手に入れたいなんて思わなかったのに。お前が、また、手を引いてくれたから、」
「これからだって一緒だよ。すごく嬉しくてたまらない。僕の、僕のルルーシュ…。」
言い訳なのか思考の逆流なのかそれとも素面に戻ったのか、ルルーシュがなにやら引き気味な台詞を言い始めたから押さえ込むように言葉を重ねる。二人ともどこかおかしかった。こうもとんとん進むとは思っていなかったから、スザクも少々浮かれていた。一つ一つ言い聞かせて、誠実に誠実に言葉を重ねて、そしてルルーシュの心に触れて、その先はまたいつかワンクッションをおいてのことだと思っていた。
だが今はルルーシュの方からキスをしてきた。しかもディープな。これは行ってもよいということだろう明らかにクリアランスを出されているよしこれは行くしかない!

…彼女も作らずここ数年。他人との深ーい接触に飢えていたスザクはどうしても即物的な欲望に向かおうとする思考をとめられなかった。男同士だろうが初めてだろうが(悲しいかなルルーシュとスザクの二点固定で初めて『初めて』の言葉が生きてくる)、愛し合うもの同士睦み合わなくてどうすると言う。
「ルルーシュ、いい?」
しっかりと視線を合わせて訊ねる。今夜、君を抱いてもいいかな、今、ここで。
些か急いた呼吸のままにルルーシュの服に手を掛けながら問いかけると、どうしたことか待ったの声を返された。
「待て待てスザク。いいと言えばいいしむしろやっちゃおうぜな気分なんだが」
「…酔ってる?」
未練がましく、制止されてもくいくいとボタンを外しているスザクの指を見下ろしながら、ルルーシュはしごく自然な調子で常にはない砕けた台詞を口にした。
「そんなに酔ってない。だいぶ抜けてる。俺はもともとこんなもんだ。」
まじで?じっと視線を注ぐスザクを気にも留めず、ルルーシュは身を乗り出し若干伸び上がるようにして掠めるようなキスをしてきた。
この、身長もそう違わないのに下から攻めてくるような仕草は狙ってやっているのだろうか。くすりと口角を吊り上げ見上げてくるルルーシュの顔を見て、絶対確信犯だと内心叫ぶ。女相手に主導権を奪われたことはないが、これは…
「まずシャワーしてからだろう。仕事帰りでそのままっていうのは俺のポリシーに反する。」
「…アメリカンとか、清潔とかなんとかよりもその場のムードを大切にするって言うけど、」
盛り上がってさあやりましょう!(※失礼します)というときにシャワーだなんだと興をそがれるのはナンセンスだと言われたことがある。それは互いの相手に対する一定の礼儀だろうが、いかにも感情が事に影響を及ぼしそうなルルーシュが、インターバルを入れてこのイイカンジの状態を維持できるのだろうか。アルコールが抜けて恥ずかしがられたら自分の猛った思いは(※文字通りです)どこへいく。
「あは、そんな初々しいこと言うなよこのバツイチ男。」
「え、」
「俺はやるといったらやるから心配するな。お前の気が変わっても、ちゃんとその気にさせてやる。」
あんまりな台詞に一瞬止まったスザクの、胸元のあたりに擦り寄ってどこかうっとり、ルルーシュは言った。
「スザク…ずっとお前が欲しかったんだ…。」


え、別人?



バック転土下座。