Trick or Treat!
「…会長、どれがいいと思います?」
「うーん、やっぱり黒じゃない? 何てったってハロウィン!」
「ええ? でもそれって狙いすぎじゃないですか? 下着はやっぱり清楚に白にして、上に黒のシャツという方がぐっときません?」
「それを言うなら、白のシャツに透ける黒の下着の方が下半身を直撃するわよぉ! そしてこの場合やっぱり重要なのは谷間なんだから、よせて上げる系を探すのよ!」
「あ、広めに開いた襟ぐりから見える谷間、ってやつですね?」
「そうよシャーリー、そのとおり! 最近の下着は優秀だからルルちゃんでも大丈夫よ!」
「どうせ私はBですよ!」
微妙に失礼なことを言われて噛み付きながらも、アーモンド型の形良い双眸は真剣に色とりどりの商品を選別している。自らのコンプレックスの一つである胸をカバーするためには多少の小細工も必要であるということは戦略的に理解はしているとはいえ、やはりそれを指摘されては面白くないのは当然だろう。といっても、Bだって十分標準であるはずなのだ。ただ、他の二人が規定以上なだけで。
いくら女性ばかりのショップとはいえ、近辺でも有名な高偏差値の高校の制服に身を包んだ2人の少女と、一足早くに大学へと進んだ私服の女性の3人組は、それぞれがタイプは違うとはいえ整った容貌をしているため店内でもひどく目を引いた。それがさらに、ここがポイントだの、下半身だのかしましく騒ぎながら商品を選んでいるのだから周囲の興味を集めるのは当然だろう。特に、その中心の少女は、昨今では珍しい背を覆うほどの緑なす黒髪を誇る文句なしの美少女。街を歩けば芸能事務所やらモデルやらの誘いがダース単位で集まるほどの、ブラウン管の中にだってちょっといないくらいの整った容貌で、特に滅多に見れない紫藍の瞳はその年には不似合いなほどの吸引力があった。
「だーめーよ、ルルーシュ。ショーツはボクサーはNG」
「Tバックも品がなくて逆に萎える人も多いらしいっていうよ?」
「じゃぁこれ? でもこれ、サイドが紐なんですが」
「勝負下着なんだもの、そのくらいは当然当然! ちなみに絶対自分からほどいちゃだめよ!」
「そうだよ、絶対スザクさんにしてもらわないと」
「…でもあいつ、なかなかガードが固いからなぁ。…ったく、職業柄とはいえほんと頭が固いんだから」
「そこをむらむらさせちゃうための勝負下着なんだから、このくらい刺激的なほうがいいのよ」
「・・・じゃぁ、これにする」
入店から約1時間。ようやく決まった商品は、黒のレース地に控えめに白のレースでバラをあしらわれた少し大人っぽいデザインのもの。少女の年から考えれば少々背伸びした感のあるものではあるが、ミレイが言ったとおり文字通りの勝負下着であるためむしろそのくらいのほうが目的にかなってるといえる。謳い文句の寄せて上げるは誇張ではなく、先ほど試着した折はルルーシュの胸にだって立派な谷間ができた。本当に最近の下着は優秀だ。
この夏に、一応そういう関係にもつれこみ、というか強引にガードを突破させた恋人は、現在実家を出て職場の近くに一人暮らし。さらには仕事は常に忙しく、帰宅も不定期という悪条件に、尋ねていっても会えずじまいということも多い。せっかく恋人という身分にまでこぎつけたというのに、これじゃ小さい頃の方がくっついていられたと嘆息することもしばしばで。――なのに、あの変なところで真面目な幼馴染は、一度は手を出したはずの少女の肢体になかなか手を伸ばそうとしなかった。
何が原因だ。やはり胸か。Bカップげは不満なのかと不安を通りこして腹立たしくなったルルーシュが憤然と迫ったところ、その理由は彼女自身の努力ではどうしようもない年齢というもので。
もともと、17才という成人とは程遠い年齢で手を出してしまったことにひとかたならぬショックをうけていたこともあり(彼としてはせめて18歳は越えていたかったらしい・・・諸事情のため)、その気持ちは分からないわけではないのだが、もう後2ヶ月もすればなくなる壁である。今更その程度でがたがた言うな、とも思うし、彼女自身の努力ではどうにもならないそんなことでためらわれてはたまらない。女にだって性欲はあるし、ましてやスザクはルルーシュが小さい頃からずっと好きだった運命の相手である。念願かなって押し倒し…いや、恋人という位置におさまった相手にとって、過剰な線引きは逆に失礼だと思わないのだろうか。
ということで、待っていればそれこそ12月が過ぎるまで品行方正なお付き合いを通しそうなスザクを相手に、ルルーシュはあの手この手で相手の劣情を煽ろうと努力している。全く、アッシュフォード学園の副会長として、周囲の男子生徒に憧れのまなざしを受けつつも冷ややかに流しているルルーシュ・ランペルージがそんなふしだらな誘惑をしかけているなんて、親しい人間以外が知れば目をむくことは間違いない。逆に、シャーリーやミレイなど、ルルーシュのスザクへの執着(それはもう3歳の頃からだから筋金入りだ)をよく知るものとすれば、『もうスザクさんたら煮え切らない! いいわよルルーシュ、やっちゃえやっちゃえ!』とおもしろがり…もとい、エールを送っている。
高校生には多少痛い出費ながら、これも必要経費、と季節柄かオレンジのおばけカボチャが笑っているファンシーな袋に包まれた戦利品をしっかり抱えたルルーシュは、がんばれーと半分おもしろがっているような友人達のエールを背に、「スザクめ、首を洗って待ってろよ!」と殴りこみのような気合を入れて、恋人のマンションへの道筋をたどったのだった。
枢木スザク、28歳。いささか特殊な職業ではあるが、れっきとした国家公務員として堅実かつ着実にキャリアを重ねていっている、優秀な青年である。人あたりよく、年齢に比してやや童顔な甘いマスクは署内の女性職員に非常に人気をはくし、バレンタインなどのイベントではプレゼントが集中し、男性職員のやっかみをかうこともしばしばだったが、生来の人当たりのよさのため周囲との関係は円滑だ。
仕事もできて上司からの期待も篤い、おまけに顔よし性格よしの出世株を世の女性陣がほうっておくはずもなく、恋人志願のモーションは多々あるのだが、昔は多少の浮名を流していた彼は、ここ1年ほどとんと女性の影を感じさせない。興味のわいた男性職員が水を向けても、ごくごく親しい一部の者たち以外には黙秘を通している彼のその姿から、『枢木スザクの秘密の恋人は誰だ?』と一時ゴシップめいた話題にもなったものだった。――が、まぁ人の噂も75日とはよく言ったもので、そのピークの頃を過ぎれば今はさほど詮索されることもなく、今のところ身辺は至って落ち着いている。
…そもそも、本当のことがばれれば本来スザクは免職になりかねない。枢木スザクの秘密の恋人、は、確かに見た目も思考も非常に大人っぽく、議論をすればやり込められることだってあるほど理知的ではあるが――法律上、まだ17歳の、未成年なのである。
そもそも、小さな頃からずっと側にいて成長を見守り、日に日に美しくなってくる少女に対して抱いている感情がただの庇護欲だけでないと自覚したため、あえて側にいる権利を放棄して一人暮らしをはじめたスザクではあったが、その切れそうな糸を対岸からむんずとひっつかんで引き寄せようとしたのは少女の方だった。緩やかな壁を周囲にしいて、つかず離れずの距離をとろうとしたスザクのその境界をのりこえ、赤裸々に恋情を伝えてきたスザクにとっての永遠のお姫様であり女王様は、その瞳でスザクのためらいも逡巡も全てを破壊したのだ。――若さゆえの熱も確かにあったが、それに触発されて、瑞々しい肢体を貪ったのは明らかにスザクの意思であったし、後悔なんてその時も今も一片もない。――が、問題は、その時、少女はまだ17才という未成年であり、イロイロな事情も含め、できればせめて18歳まで手を出すのを控えたかったスザクとしては、その後も欲望のままにその華奢な体に手を出すことを戒めていた。それが不満なのか、幼馴染であり妹であり今は恋人に昇格したお姫様は時折頬を膨らませているが、一応彼の職業としてはある程度の自制をはたらかせたい、というところなのだ。――悪あがきというのは自分自身十分に自覚してはいるが。
今日も今日とてハードワークをこなし、深夜、一人暮らしのマンションに疲れた体をひきずってようやくたどりついたスザクではあったが、いつも人気なく沈んでいるはずの部屋が、扉を開いた瞬間やわらかく暖められていることに気付いて一瞬驚き、そして次には頬を緩ませた。玄関にきちんと揃えられている革靴は先ほどまで脳裏に呼び起こしていた少女のものであり、ここ2週間ほど忙しさにかまけてろくにメールも入れられていなかった恋人の気配を感じれるのは非常に嬉しいものだったのだ。――やせ我慢のせいで、ある意味、生殺しのようなつらさもあるわけだが。
「ルル、来てるの?」
少女、というよりもう大人の女性のような艶を帯びてきている恋人に会えることに頬を緩ませたスザクは、短い通路を抜けてリビングに顔を出しーそして、そこに目的の人物がいないことに気付いて怪訝な表情を浮かべた。そしてふと、壁の向こうから水音がすることに気付いて、ああと頷いた。もう時計は日付が変わる頃に近いし、明日は休日。そういう日にルルーシュが泊まりにくることは珍しくない。シャワーを使ってるのかな、と納得したスザクは、スーツをソファの背もたれにかけ、ネクタイを緩めた後、ふぅと息をついた。
週末とあって疲れのたまった体は、貪欲に休息を得ようと要求する。ソファに沈んだ身に泥のような疲労がかぶさるのを自覚して、スザクは、少しだけ、と誰かに言い訳するようにその瞼を閉じた。
・・・ク・・・・・・・スザ・・・
意識の向こうから己を呼ぶ声を耳にしてスザクは瞼を震わせた。寝入るのも早ければ覚醒も速やかなのは職業柄で、疲労にただれた体でもそれは変わらず、すぅと浮上した意識にあわせて、瞬きを繰り返す翡翠が焦点を取り戻す。だがまだ多少の霞を残している思考は、己の顔の前に影が落ちていることに気付いてぼんやりとした疑問をも浮上させた。
「…ねぇ、スザク。起きて…起きないと」
いたずらしちゃうよ?
凛とした響きの中に甘い音を潜ませた、そんな声と、それが紡いだ言葉に記憶の中の何かを刺激されたスザクは、ぼんやりと頭上を見上げ――そうして、間近に迫った、それに、寝起きの頭を激しく動揺に染め上げた。
「…るっ、ルルルルルルルルルっ、るっ」
「だからルが多いってば」
どこかで交わしたかのようなそんな会話を再度リピートさせたスザクは、顔のすぐ側まで寄った白い肌と――見覚えのあるシャツにすける黒の下着、そしてそれが作り出す魅力的な隆起と谷間に年甲斐もなくあたふたと焦りを露にした。
「ルルーシュ!」
「おはよう、スザク」
にこり、と微笑む恋人は、しかしソファに寝そべったスザクの上に馬乗りになったまま動く気配がない。下半身の上に腰をおろされて、スラックスごしに、シャワーで温まった体温とむちりとした瑞々しい肉の質感が伝わって無防備な体が反応しそうになったのを寸前で推し留める。――だが、視覚から入る情報はそんなスザクの努力をあざ笑うかのようにこれ以上ないほど刺激的だった。
よく乾かされた黒髪はさらさらと背をすべり、そこに指を絡めるよう誘うかのように艶やかな流れを生み、黒髪とのコントラストが鮮やかな真白の肌はシャワーの余韻でかすかに上気している。ほっそりとした首筋から伸びる肩へのラインはほとんどがむき出しで、明らかにサイズがあっていないとわかる男物のシャツに身を包んだ体は逆に細さを強調して。けれどくびれた腰と、形の良い胸元は、服の上からも十分見て取れたし、見慣れない黒の下着が生地を透かせてまるで誘うかのように存在を主張する。
鼻と下半身に急速に熱が集まりそうになって息を詰めるスザクに、えたりとばかりに微笑むルルーシュは、再度あおるかのようにその体を寄せてきた。シャワーを浴びた後で上気した肌から香るフローラルな香り。女性職員がつけている香水よりもはるかに直接的に男の劣情を煽るそれに、くらくらしつつもスザクは最後の抵抗とばかりに深呼吸をしたが――それよりも、ルルーシュの攻撃の方が早かった。
「・・・スザク? いいのか、いたずらしちゃうぞ?」
くすくす、と頭上で微笑みながらそんなことを言う少女に、遠い昔の記憶を刺激されてスザクは翡翠の瞳を見開いた。そんなスザクに、ルルーシュは、だって、お菓子なんて持ってないだろう?と勝ち誇ったかのように笑う。確かに、その昔に多大なる精神的危機を覚えた万聖節以来、自己防衛の一環のため、おばけカボチャが出回る時期になると何かしらのお菓子を用意するようになっていたのだが、今年は彼女と、その、その手の関係になってしまっていることと、仕事の忙しさにかまけて何も用意していない。視線をめぐらせた先の電波時計は10月31日に3分だけ踏み込んだところ。確かにその魔法の呪文は有効だ。
「・・・Trick or Treat?」
「あ、ちゃんと覚えてたな。」
「そりゃ、毎年のようにお菓子をねだられてればね」
「いたずらでも良かったのに。やせ我慢は体に悪いぞ」
「ていうか、その昔に手を出してれば犯罪でしょう・・・ちょっと、ルル。その、このままじゃ僕がいたずらされるの?」
匂いたつような柔らかな肢体と挑発的なその姿。さすがに、これを間近にして勃たない男がいればそれは機能的な問題があるに違いない。
それに、一度ならず二度までも押し倒されるのは、さすがに男のプライドというか、そのあたりが抗議の声を上げる。
だが、そんなスザクの心境の変化を敏感に察した未成年の恋人は、艶やかな笑みでその美貌に彩って、胸の谷間を強調するかのように肩をすくめた。
「・・・もちろん、スザクからでもいいぞ?」
だって、私もお菓子はもってないし。
そう続けたルルーシュは、身にまとった一枚きりのシャツを見下ろし、ほっそりとした腕の指先までを覆う袖を軽くひっぱった。見覚えのあるコットンのシャツは、スザクがヘビーローテーションしている部屋着。肌触りがいいそれは、だが華奢な体を逆に効果的に彩って、暴力的なほどの視覚効果を上げる。見えそで見えず、けれどその下にまとった色濃い下着を浮き上がらせて、誘われるままに背に腕を回したスザクに、ルルーシュはくすくすと笑った。
「・・・せっかく、男のロマンとやらを実行してみたんだから」
ああ、確かに、恋人が自分のシャツ一枚だけをまとっているというのは未だに人気が高い男のロマンではあり、俗に言う裸エ○ロンなどよりはよほどスザクの好みだ。
「・・・ロマンというか、視覚の暴力だよね、これ」
「やせ我慢するからだ」
「一応、職責からくるモラルというものがあってだね」
「恋人の欲求と、どっちが大事なんだ?」
そんなの、天秤にかけるまでもないけれど。
ほっそりとしてるのに、手触りのいい滑らかさを伝える太腿をゆるりとなであげて、シャツの中まで滑り込ませる。ブラと同じく扇情的な色のショーツ。無遠慮な男の手を微笑んで受け入れて、女の顔で笑う恋人と、小さな頃のあのいとけない姿はもう重ならないものだけど――けれど、あの当時もかすかに覚えた少女への劣情は、膨らみこそすれ、減ることなんてない。
いつもは理性という手綱で戒めているそれではあるが、…だが、今日ぐらいはいいのかもしれない。
だって今日はハロウィン。魔女も幽霊も小悪魔も、火を囲んで夜を祝う、祭りの日だ。
普段は明るみに出せない、そんな衝動も――きっと、許されるだろう。
腹筋だけで起き上がり、間近で覗き込んだ紫藍と、艶やかな赤い唇を指でたどる。誘うようにちろりと覗いた舌が猫のように指をなめて、笑う表情は小悪魔よりもむしろ高位の魔女。
「…Trick or Treat。…祭りをしようか、ルルーシュ?」
「初めからそういえばいいんだよ、――バカ」
そうして、しゅるりとネクタイをほどく音が部屋の中に響いて。
――お化けカボチャが笑う、万聖節の夜は、始まりを、告げた。
Fin.