埋める人
戦争は終わった。
爪痕は痛々しい。
世界のいたるところに抉り取られた平穏と奪い去られた静寂が音に聞えぬ嘆きを歌う。
数多の人間が死んだ。
骸は腐臭を放ち未だ弔われぬまま虚ろな眼窩を容赦のない白日の下に晒している。
「…酷いものね。」
「人手が足りないんだ。ここはスラムの位置づけだったから、軍もまだ一般人の居住地区までしか手を回せない。」
押し殺したようなミレイの言葉に、スザクは淡々と返した。
戦火は場所を選ばなかった。武器を持たぬ民間人も子供も老人も容赦なく襲われた。戦争によ都市の破壊に国家の支援の手が間に合わず、比較的富裕な人間以外はそれまで想像したこともないような劣悪な生活環境に落とされた。世界に栄華を誇っていたブリタニアは、最後の最後に勝者であったけれど、被った被害は尋常ではなく、かつてブリタニアが侵略した国々の見た絶望に染まっていた。ここも、その嘆きと憎悪と、それを上回る虚無の澱む最下層の町だった。子供の笑い声と陽だまりに安らぐ過去はどこへ消えたのだろう。
「本当に、こんなところに、ルルーシュが?」
薄汚れた壁、汚水が蟠るめくり上げられたアスファルト、日の当らない瓦礫の町。伝染病が蔓延り、漂う粉塵に空気も毒でしかない。ぼんやりと崩れ落ちそうな壁に背を預ける人々の目は生きながらに死んでいる。ところどころに倒れ蠅がたかる屍に変わるのも時間の問題だろう。防護服なしでは踏み込むこともできず、踏み込もうとする人間もいない見捨てられたゴーストタウン。生きている人間が一人もいなくなってから、町ごと葬られる予定だ。それを咎める余裕も気力も、世界にもブリタニアにももうなかった。人はみな死に逝く。遅いか早いか、美しいか醜いか。望まれた死か許された死か、望んだ、死か。傍らで泣く人が、在るか、ただ独りか。
「会長、無理をおしてこんなところまで来なくてもいいんですよ。もう引き返したほうがいい。ここから先は、たぶん死体の集積所なんだろう。空気レベルが悪い。」
病原菌は、そこが温床になっているんだろう。
手にした軍の計器を見つめてスザクは言った。この死んだ町に足を踏み入れたのは二人。探している人間は一人。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。ゼロであったことは皆が知るところ。古の遺跡でスザクが殺した。ゆっくりと、冷たい石の上で死に逝ったはずの男。
「何言っているのよ。なんのためにここまで来たって言うの。」
目を背けたくなるような光景の中で、ミレイは臆することもなく言った。
「ルルーシュがここにいるとあんたは言ったわ。わかるんだって。私はずっとルルーシュを探していた。一発殴ってやるためにね。」
ゼロなんて、こんな莫迦なことを仕出かす前に一言言ってくれればよかったのに。何を捨ててもあなたとナナちゃんを守るつもりだったのに。アッシュフォードの中で、私とおじいちゃんだけは、あなたたちの味方であろうと思っていたのに。…いつもいつも私は遅くて、あなたはさっさと前に進んでしまって、後を追うことしか出来なかった。いまも。
もう十年も前、初めてその土を踏んだ日本で幼い兄妹を探し回った日が懐かしい。あの時の再会はただ嬉しかった。安堵と後悔と、やはり喜びと。見つけた、私の皇子様!
けれど、これから願う再会は違う。
探す彼は全身血の色をして虚ろな目をしているのだろう。一人で裏切られた世界の片隅、蹲って死を待っているのだろう。死んだと思われていたが、辛うじて生き延びたその命で。幾人もの、ゼロを騙った人間たちによって恐慌と混沌に陥った世界を見つめていたはずだ。
ゼロは希代の先導者であり扇動者でありカリスマであり。その名はすでにブリタニアの一エリアに立ったテロリストのリーダー以上の力を持っていた。ゼロと騙るだけで、ブリタニアに不満を持つ人々は従った。それはかの血塗れの皇女ユーフェミアに、彼女にはあまりに似つかわしくない命に、従った兵士たちの従順さであり。ゼロの仮面の裏がブリタニアの尊き皇子であったことは、反ブリタニアの勢力にとって最上級の皮肉となり、ブリタニアにとりてただ怒りの対象となり。
皇子ですら見捨てた国。潰えることに情けなどいらぬ!
至尊の血を穢した悪魔、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアを殺せ!
名とは、常にその持つ者を離れて一人歩きをする。上に立つもの力あるものには当然の理。たとえルルーシュが望もうと望むまいと、彼が彼であることを秘匿するために被った仮面を、人々は彼でないことを秘匿するために被り、世界は人類史に残る大戦争へと突き進んだ。容赦のない戦い、神をも恐れぬ暴虐の限り。これがあの、正義を語ったゼロなのであろうかと、首を傾げる余裕も立ち止まる猶予もなく戦禍は人々を飲み込み、そして終わった。残されたのは疲弊しきった世界だけ。そしてようやくぽつりと落とされたゼロへの憎しみ。お前が世界を壊した。
それは静かに、けれどかの優しき血塗れの皇女に向かったものよりも余程に深く。
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの名は、歴史上最も醜悪で理不尽な暴君として永久に記憶されることだろう。
それを、枢木スザクは醒めた目で見つめていた。
「あいつ、弱っちいやつだから。簡単に吹っ飛んじゃいますよ。」
結局のところ、世界は一度崩れ去ることを欲していたのだ。誰が導こうと焚きつけようと、そんなことは問題ではなかった。ルルーシュの激しさとそれを具現化するだけのカリスマは確かに世界に一滴、争いの種を落とし込んだ。だがそれはただ蒔かれただけの種であり、包み込んだ土壌はそれまで蓄積された不満と嘆きに肥やされたもので、育てたのは世界だった。全ての物事には連関があり、連なるそれはどれ一つを取り出しても違った結末をもたらしただろう。誰か一人に責を求めることに、意味などないのだ。
「…本当に、生きてると思うの。」
ミレイが小さな声で言った。もう少しで目的地に着く。マスクがうっとおしくてたまらないが、これを外してしまえば感染に倒れるのが先か有害物質に害されるのが先か。こんなところに、あのルルーシュがいるのだろうか。綺麗好きで部屋も服も、何もかも清潔に保たないと気がすまなかった潔癖症。できればこの馬鹿と殴ってやりたいが、それは彼があの、冷ややかでいけ好かないいつもの笑みを向けてくれたらの話で、生きて、いてくれたらの話で。
あれはゼロじゃない。ゼロはとても愚かだけれど、あそこまで愚かではない、強かでもない。ルルーシュは違う場所で生きている。
そう言って、連日メディアに載るゼロを冷たい一瞥で以って切り捨てたスザクがこのゴーストタウンを目指したからついて来た。見なければならないものはたくさんあるのだと、それは後悔はしていないのだけれど。
「生きている。どんな状態で、どんな気持ちで生きているかは分からないけど、もうすぐ会えるはずだ。」
迷いのない声。そして、
見たものは。
「おにいちゃん…ひとりで死ぬの、いやだよぅ…」
「大丈夫。最後まで一緒にいてあげるから。一人じゃないよ。」
爛れて開かない目から僅かに流れる涙。不吉な斑紋の浮き出た手を必死に伸ばして、抱きしめる青年に縋りつく幼い少女。そっと、いとおしげに落とされた口付けに、その温かいだけの優しさに、死に往かんとするする少女は微笑んだ。ありがとう…。ぽつりと呟くような言葉を残して一つの命が天に帰った。頬を寄せてそれを確め、一筋伝った青年の涙。
「…ルルーシュ、」
小さな亡骸を抱き上げて立ち上がった青年に、呆然とスザクは名を呼んだ。ゆっくりと向かい合い、合わせた視線の、その瞳のなんと美しいことか。
ただ静寂と慈愛だけを湛えた紫の瞳。夜明けの色。深紅に染まった左目は布切れに覆われて見えはしないけれど。纏った衣服は薄汚れて、肌も泥に、病魔に、冒されているけれど。彼の美貌を少しも損ないはせず。
「こんなところに、なんの用ですか?」
不思議そうに首を傾げ、ルルーシュはある窪みにそっと少女の亡骸を横たえた。傍らのスコップで掘ったのだろうが、寄せてあった土を、汚れるのも構わず手で少女の上に載せて行く。ルルーシュの白い手が泥に黒くなる。少女が見えなくなる。ゆるりと、少女の頭のあたりの土を撫でて、ルルーシュはしばらくそこに佇んでいた。掛ける言葉を見つけられないまま二人が立ちすくんでいると、今度は少年が一人、ルルーシュに駆け寄ってきた。
「お兄ちゃん!三番区のばあちゃんが、もう…」
「わかった。」
ズボンでぐいと拭った手を少年の頭に載せ、ルルーシュはどこか覚束ない足取りでスザクたちの前を横切った。痩せこけた細い身体が、ふらりと離れていく。だが咄嗟に呼び止めることも出来ずに見送ると、先ほどは気づかなかった、この広場になっているのだろう墓地-そう見えた。スコップは一つ。幾多もの盛り土。供える花も弔う人もなく一筋光が差すだけの。-を取り巻く瓦礫の隅で蹲る人影に彼は歩み寄った。またそっと、その細い腕に抱き取る。醜い老婆だった。垢だらけでべとつくような衣服に、マスクを通しても漂ってくるような腐臭。この広場一帯が腐りきった嫌な空気が充満しているけれど、蛆が涌いた死に掛けの老女はいっそうおぞましさを湛えて、思わず目を背けそうになる。それをルルーシュは躊躇いもせず抱きしめた。目を細めては話しかける。ほろほろと老婆の目から涙が零れた。
「あの人は、こうやってわしらを看取ってくれるんじゃ。」
不意に後ろから声が聞えた。驚いて振り返ると、もう死の斑紋が色濃く浮き出たしわだらけの顔をじっとルルーシュと老婆へと据えて呟く老人がいた。町全体が片足を棺おけに突っ込んでいるような場所。気配も何もあったものではないのだと、スザクは痛む胸を押し殺して訊ねた。
「彼は、いつからここに?」
「わからん。この街がスラムになって間も無く、中華連邦がなんだったか生物兵器をばらまいて、誰も寄り付かなくなった頃から、噂が立ったんじゃ。最期に泣いてくれる人がいると。抱いてもらって逝けるのだと。」
瓦礫に背を預けて濁った目をルルーシュに向ける老人には、ただ待つことへの疲労と焦がれるような色が浮かんでいた。もう長くはないのだろう。ルルーシュを老婆の下へと呼びに来た少年も、不自然に腹が膨らんで、病魔に命を削り取られていることが知れる。ここには、死と静寂が溢れていた。
「わしらはなぁ…もう何もかも諦めてただ死ぬのを待つだけの人間じゃ。家族も、友人ももういない。死んで安らかに眠ることだけが望みの、寂しい人間ばかりがこの町に溢れている。だがのぉ、一人で死ぬのは、ひどく寂しい。誰にも泣かれることなく、惜しまれることなく、土に還るのは…こうして死を目前にしてみて、よくわかった。恐ろしいんじゃ…。一人ぼっちで、腐ってゆく身体を横たえながら死を待つのは、これまで生きてきた全てを否定されるようで。足元を掬われるような恐怖が襲って来おる。」
『お前は、世界を裏切り、世界に裏切られたッ!はじき出されたのはお前だ、ルルーシュッ!!』銃口を向け、そしてくしゃりと絶望に歪んだ彼の顔。壊れそうな哀しみの影は、今の彼に欠片も探せないけれど、確かに見た。
サクラダイトの爆発を遅らせるために、急所は外した。ゆっくりと、冷たい石の床の上で、彼は独りで。
スザクは拳を握り締めながら、今穏やかに微笑むルルーシュを見つめた。老婆の身体が末期の痙攣に震え、稀有な夜明けの瞳から静かに涙が零れ落ちる。今度は、息絶えた老婆をその場に横たえて、ルルーシュは戻ってきた。そしてスコップを手に石ころだらけの地面に穴を掘り始めた。よく見るとその手は肉刺が潰れて血が滲んでいる。
「貸して。俺がやるから。」
グローブを嵌めた手を差し出せば、ルルーシュはスザクの方を見もせずに首を振った。
「触らないほうがいい。早く立ち去ってください。帰ったら全身をよく消毒するように。ここはまだバイオハザードの危険区域です。」
少しずつ穴が深くなる。スザクは自分とルルーシュの間に横たわったその溝が、二人の心を隔てるもののような気がしてならなかった。ルルーシュは、自分たちのことを覚えていないのだろうか。すべて忘れて、ただ一つ彼に残った良心と、もしかしたら何物をも拭い去れなかった罪悪感から、ここで墓を掘っているのだろうか。死に逝く人間を看取り、彼らを土に埋め。
彼を形作っていた憎しみという苛烈な感情を忘れれば、人はこうも静寂ばかりを纏うようになるものか。
ミレイは震える足を奮い立たせてルルーシュの傍に寄った。
「ルルちゃん、私達と、帰りましょう。ナナちゃんも、あなたを待っているわ。今度こそ、私が二人を守るから。もう悲しい思いも辛い思いもしなくて済むよう一生懸命頑張るから。…ねぇルルーシュ、あなた、もう十分償ったわ。」
不自然なほど痩せこけた身体。斑紋の浮き出た肌。どうしてそんな力が出せるのか、どうしてまだ生きていられるのか、不思議で仕方がないけれど、彼はもうすぐ死ぬ。ひたひたと忍び寄る永遠の沈黙が、彼を取り巻いているのが分かる。そっとてのひらを掴もうとして、さりげなく避わされた。
「俺は、昔。死が怖かった。どうしてだと思います?」
ざくざくと土を掘る音。暗い穴が少しずつ広がってゆく。飄々とした昔の彼を思わせる、淡々とした声にミレイは戸惑いながら考えた。
「誰だって死は怖いわ。死にたくないって思うでしょう。痛いのも苦しいのも、嫌だわ。」
「それは、そうですね。俺もそうだったけど、でももう一つあったんだ。死体が、怖かった。汚くて嫌な匂いがして、ぐったりと重くて。臓腑が腐る匂いは初めてだった。本能が危険だと警鐘を鳴らす。どろりとした血がむせ返るようで、硬くなっていく身体がおぞましい。…あんなに愛していたのに、あんなに愛してくれたのに。彼女の骸は俺にとって、いやなものでしかなかったんです。」
「!マリアンヌ様の…」
ルルーシュは忘れてなんかいない。彼の反逆の原点がここにあった。愛する者の骸がおぞましい。そして、
「そう思った自分が、何よりもおぞましかった。何度も嘔吐して、思い出しては夢に見て、悔しくて情けなくてそして憎みました。母さんをあんな姿にしたものを、俺に母さんを厭わせたものを。でも、それは間違いだった。」
人一人分の大きさになった。ルルーシュは立ち上がろうとして少しよろめいたが、しばらく額を押さえて黙り込んだ後、何事もなかったように老婆の亡骸へと足を向けた。不思議なほど確かな足取りで戻ってくると、そっと骸を墓の中へ横たえる。静かに土を掛けながらまた口を開いた。
「泣かなかったんです。俺は喚いて八つ当たりはしたけれど、母さんのために涙を流そうとはしなかった。悲しんだら負けだと思っていた。まだ立っていなくてはならないと思っていたから。」
誰よりも慈しんだ妹を思い出しているのだろうか。少しの間遠くを眺めてルルーシュは目を細めた。ミレイはマスクを引きちぎって泣いてしまいたかったがそれはできなかった。隣でスザクも俯いている。どこか斜めで人を食ったような顔で笑うルルーシュはもうどこにもいなかった。忘れ去った末の静寂ではないことが何よりも哀しい。想いを積み重ねて激しさも冷たさもすべて飲み込んだ末の穏やかな笑顔に、どうしてと思わずにはいられないけれどそう嘆くことに意味は無い。同情も不要だろう。全ては密接に関係を持ちながら移ろうもの。憤怒の皇子も檄した少年も崩壊に哄笑した反逆者も、すべてルルーシュの過去だった。なかったことには出来ず、だからこそ今ここに彼がいる。
「泣けばよかった。悲しいと叫べばよかった。憎むより嘆けばよかった。怒る前に、悼む心を持てればよかった。俺は、どうしようもないほど間違ってばかりで。できることなんて、こんなことしかないけど。」
土を掛け終えて、そっと頭を垂れたルルーシュは初めて自嘲の笑みを口の端に上らせた。堪らずスザクはその腕を取って叫んでいた。
「帰ろう!帰ろう、ルルーシュ。俺たちと一緒に帰ろう。ここは何とかして調査の手を入れてもらう。俺、少しは偉くなったんだ。今まで放っておいてすまなかった。お前は、君は、本当に…もう十分苦しんだ。」
ルルーシュのことは憎くて仕方がなかった。裏切られたと思った。ユーフェミアをあんな無残な死に追いやり、自分の世界を壊されたと。だがもう、それは。過去のことだ。ユーフェミアを忘れない、ゼロに殺された人々も忘れはしない。だが罪とはなんなのだ、贖罪とはなんなのだ。だれが認める、だれが許しを与えられる。神などいない。救いは自分の中にしか探せない。それが現実で、なら少なくともルルーシュに、もうそんな哀しい笑みは浮べてほしくないと願う自由はあるはずだ。傲慢で卑劣。かつてルルーシュに向けて言った言葉を、自分に吐き出しながらスザクはそれでもルルーシュの腕を握り締めた。でも、ルルーシュは静かに首を振った。
「放せ、スザク。軍部への働きかけは、ありがとう。でも俺はここを出られないし、出るつもりもない。しなければならないことがあるし、それを俺は罰だとも苦痛だとも思っていない。」
「あ、」
深いばかりの瞳の色に、我知らず瞬いた。すっと、胸元の着衣をはだけて見せた肌にはもう致死率が著しく高い伝染病の末期に浮かぶ斑紋が広がっていた。死んでいてもおかしくない状態でまだ彼が立っていられるのは、人ならざる契約の名残か。それも消えゆこうとしているのに。目を背けたくなるような場所で、彼が恐れた死の充満する場所で、刻一刻と終わりの時を待つことを、スザクは堪らず同情と罪悪感の渦巻く心で耐え難く思ったのだったが。ルルーシュがここで終わることを、傲慢にも理不尽だと断じようとしたのだったが。死者を埋める役目を、彼が己に架した罰の形だと言えばそれは毅然と否定された。償いの形だ、贖罪を求めた、それはある意味で真実かもしれない。だが、それを苦痛と思うことは許さない。貴色の瞳はただ気高かった。ああ、どうして今更こうも彼は美しい。
過去に辿った罪の道を重ね合わせて遣る瀬無い思いがこみ上げる。今の彼が、過去の孤独な彼に触れることができたなら、きっと世界すら変わっていた。
このスラムに手が入るのはまだ先のことになるだろう。もう一度、ルルーシュが渋々頼んだものを持って再び訊ねることを約束して、スザクは別れを告げた。
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「君は、この間ルルーシュの傍にいた…」
少年が顔を俯かせたまま、スザクの迎えに来てくれた。今日はミレイを連れていない。前回は押し切られた形で同伴することとなってしまったが、本来軍の直轄地に指定されて封鎖されたこの町に立ち入ることが出来るのは、許可を得た軍人と調査員だけである。スザクは、黙って歩き出した少年に胸騒ぎを覚えて足早にその小さな背中を追った。
「…ルルーシュ…待っていて、くれなかったのか。…ごめん。」
誰のものなのか、白い骨-女性のものだろうか-を抱いて地に伏すルルーシュが、いた。もう息をしていない。
「今朝だったんだ。お兄ちゃん、僕を呼んで、ごめんなって言った。残してしまって、ごめんなって。」
ルルーシュの周りには、どこにいたのかたくさんの人間が集まっていた。皆涙を流して嗚咽とすすり泣きが響いている。
「みんなお兄ちゃんに泣いてもらいたかったけど、でもお兄ちゃんはもういっぱい泣いてくれたから、今度は僕たちがお兄ちゃんのために泣いてあげる番。最期は、僕が抱いていてあげたんだ。ねぇ、お兄ちゃん、寂しくなかったかな。」
心配そうに窺ってくる少年にありがとうと、頭を下げてスザクは持ってきた白い花をルルーシュの前にそっと置いた。
『花?供養のための?』
『供養っていうか、ただ、俺が彼女のためにしてあげたことがないのが心苦しくてさ。生きている間、ずっと傍にいてくれたのに、何も…。』
緑の髪の少女だろうか。この白い骨の持ち主は。ありがとうと、また頭を下げる。どうして自分がと、思わないわけではない。そんな義理も資格もないと思う。だが礼を言わずにはいられなかった。そしてごめんと。
「ルルーシュ、ごめんな。もっと話をすればよかった。友達だって、言いながら俺たち、何も知ろうとはしなくて。取り返しがつかなくなってから憎み合ったって、何の意味もないのに。
…君を忘れないことだけが、俺にできる全てだろう。」
瓦礫の隙間から覗く、狭い空を見上げて言った。
fin.