紆余曲折を経てようやく取り戻した自分だけの騎士。一度目は守るために命を捨てようとした彼だけれど、そんなことはもう許さない。そう叫んだ自分の声を聞き届けてくれたのか、状況がそうさせたのか。深く考えることは意味のないように思われた。ぼろぼろになりながらそれでも自分のところまで帰ってきてくれたルルーシュの見せたあの笑顔が、スザクにとって全てだった。
---スザ、ク…ただいま---
真っ青な顔で崩折れながら、抱きとめた自分の腕の中でルルーシュは泣きそうに微笑んだのだ。堪えきれないように透明な雫で頬を濡らしながら、親を見つけた子どものように彼の瞳が綻んだあの瞬間を忘れない。そしてもう二度と傷付けさせはしない。今度は俺が、ルルーシュを守る番だ。
Kight−その後のその後
「…ルルーシュ。」
「“アラン”だと何度言ったらわかるのですか。用もないのにぼろが出るような行動はお控えください。」
「アラン、コーヒーを淹れてくれないか。」
「どうぞ。」
「…チッ」
「舌打ちなんて品のないことはおやめください。」
「お前が悪いんだこの意地悪がー!!」
昼下がりの執務室でスザク王子は我慢ならずに叫びを上げた。それを醒めた目でルルーシュが見下ろす。この二人は現在喧嘩の真っ最中だった。
「いい加減に機嫌を直せよ!二人っきりなんだから名前で呼んだって構わないだろ。敬語だっていらないだろ。カップを手渡すときにちょっぴり触れた指先に頬を赤らめてくれたっていいだろうが!」
「残念。触れる前に手を引きましたのでそんなべたで陳腐なシチュエーションは作り出さずに済みました。あ、これってラッキーと言うのですね。」
ちくちくと朝から取り付く島のない騎士殿に、せめてちょっぴり手を握るくらいとコーヒーをオーダーした王子殿下は、さっと離れてしまった白い手に未練たらたらじろりと睨んだ。
「結果的に二人とも無事だった。何か文句でもあるのか。」
「私が怒っているのはスザク様の根本姿勢に対してです。大人しく守られてください敵の前に出ないで下さいあなたが銃を使うのはあなたが最後の一人になってからです。」
「…。」
「…。」
「…無理。」
「いい加減にしろこのばか王子。」
どういうことかと言えば単純な話で、昨日スザク王子がエリア11最後の再開発予定の地区-現在ゲットーに分類されている-にこっそりお忍びで足を運んだのだ。護衛がいては逆に目立つというかそんな危険地区に誰が王子の訪問を許可するものか全力で止めに入るのが当然のことではないか誰よりも王子の身を案じていると自他ともに認めるルルーシュが何をしても阻止するはずではなかったのか。
「大人しく待っていてくれればよかったのに。」
「一人で帰ってくることができましたか。」
「…政庁の高層ビルはどこからでも見えるんだから」
「あなた地下で迷っていたでしょうが。」
「…そこは勘で」
「そんなアバウトなものに頼ってはいけません。」
「ルルーシュはどうやって俺を見つけたの?」
「勘です。」
「…。」
「そう思っていたほうが平和です。」
「…俺への深ぁい愛情がなせる技だと思って…おける訳がないだろうがぁ!何だ!?どこに発信機が!?服は全部着替えたんだぞ!」
「取り付けるのに時間がかかりました。」
「全部にかよ!!お前暇」
「なわけないでしょうッ!ただでさえもタフなあなたに昼も夜もこき使われて疲労困憊な私に余計な手間を掛けさせないで下さい!」
金に近い亜麻色に染めた髪を振り乱し、黒のコンタクトを入れた鋭い瞳でルルーシュはスザクを睨みつけた。台詞に他意も含みもなかったが、へらりと締まりなく笑った主に嫌そうな顔をする。
「俺って幸せ者だよなぁ。恋人と仕事中も一緒にいられるやつってそうはいないと思わないか。」
「…置いて逃げたのはどこの誰ですか。」
「だってルルーシュに言ったら縛り付けてでも行かせなかっただろ。」
任務に忠実なルルーシュがなぜ主の逃亡劇を阻止し得なかったか。それはただ単に王子がその人外の運動神経に物を言わせてあっと言う間に姿をくらまし、ルルーシュが言いつけられた所要を終えて戻った執務室は既にもぬけの殻だったのだ。
「甘い。あなたのような体力ばかにはぐるぐる巻きにしたって安心できるものではありません。縛り付けて閉じ込めて24時間体勢で見張りをつけます。」
「それは俺がお前にやりた」
「黙れこの変態が。」
ぴしゃりと遮った最愛の騎士に頬が緩まぬよう必死な自分は確かに少しおかしいのかもしれないと王子は思った。あの出来事から、ようやく二人で素直に向き合ってからは、ルルーシュは二人きりの時遠慮がなくなった。悪口のレパートリーが増えたなと残念に思う一方で、彼がもう本音を隠して下手な距離を取ることはないのだと信じられる、それはスザクにとって安堵以外の何者でもなかった。
「…言い過ぎました。処分はいかようにも」
「まさか。」
こうして我に帰って気まずそうに顔を背けることもあるけれど、澄まして感情を飲み込まれるよりはずっといい。擦れ違いはもういらない。
「…ゲットーの様子をお知りになりたいのでしたら、私がいくらでも資料をお持ちいたします。住人の生の声も隠さずお届けいたします。だからスザク様がああいった治安の悪い場所へは」
「自分の目で見ないと解らないこともあるだろう。もう行かないよ。一通りの目的は達した。…ルルーシュ、本当のことを言ったらどうだ?お前が一番怒っているのは、」
「コーヒーが冷めてしまいましたね。一口も召し上がっていないではありませんか。今新しいものをッんんっ?…ふぅ、こら、 は…………色ボケ王子が。」
「だってルルーシュ、コーヒー味のキスは嫌いなんだろう。
さて残りの仕事を片付けますか!」
「---スザク様ッ!ご無事でよかった。…こちらへ、政庁へ戻る最短ルートです。」
「…なんで見つかっちゃうかな。大人しく待っていてくれたらちゃんと帰ったのに。」
「あなた同じところをぐるぐる回っていたじゃないですか。このあたりは見るものもないですよ。居住区からもゲットーのライフラインからも離れている。つべこべ言わないで付いてきてください。」
「帰ったら仲良くしてくれるか?」
「…含みを感じたのは俺だけか。」
「ルルーシュってそういうとこ敏感だから好きだよ。」
「今日はだめです。」
「なんだか今の一言に萌えてしまった。」
「…俺の、俺のかわいいスザクはどこへ行ってしまったんだ。------真っ直ぐ行けば飛べないこともない用水路が一本通っています。渡ってすぐの路地を抜けて東へ50メートル、租界の南端に出ます。」
「今度は俺がルルーシュを存分に可愛がってやる番なのだ!---右手に見えるあれは行き止まりか?前方にも気配を感じる。後ろに二人、前に一人。」
「俺の背を越えたら言えそういうことは。---行き止まりではありませんが段差が大きい。5メートル強の高さを垂直下方に飛ばなければなりません。ですが…そうですね。そこから旧地下鉄の構内に入ることが出来ますから、不用意に事を構えるよりはいいかもしれない。」
「よしじゃあそれで行く!」
「ッ!?う わっ ちょ、あなたが先にっ!」
「お前はもう戦うな。弱いから。」
「ッ ふざけるなこのばッほわぁ!?」
「牽制に撃っただけだよ。当ててないから急いで逃げないと。」
「自分で走れる降りられるッ!下ろせこのばか!!」
「『ばか』って言いすぎ。罰として朝まで俺の相手をすること。はいこれ命令。拝命は任意で。」
「それは矛盾というがしかしことわっほんとにこのまま飛ぶ奴があるかー!!!」
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fin.
お姫様抱っこしたままでジャンプしたことを怒っているのです。
ありがとうございました(平伏っ)。