俺はルルーシュに好きだと告げて、晴れて恋人同士になったはずだ。
…はずなんだ。

Kight−12

「あのさ、ルルーシュ?」
「“アラン”です。いい加減慣れてくださいませ。なんですか?決済の期日が早いものから順に並べて差し上げたのですから、その地層崩さないで下さいよ。かき回すのもだめ。聞いておられますか?」
山のように積み上げられた、どうせ参謀たちが隅々まで検討してGOサインを出した上でここに上げられている決済申請の書類に埋もれながら、スザクは恨みがましく溜め息を吐き出した。ルルーシュが吹き飛ばされないようにしれっとした顔で紙を押さえる。溜め息をつくなら後ろ向いてください、と冷たい台詞つき。
「…おかしい。恋人同士っていうのはもっと甘やかな雰囲気で周りを中てるくらいいちゃいちゃしてしかるべきなんじゃないか。」
「おやおや。私がいない間の殿下の教育係はどなたです?常識と云うものをお教えしなかったようですね。今は執務中です。余計な雑念はお払いください。」
「オフィス・ラブとか、憧れないか。」
「くだらないことを言っていると今晩も眠れませんよ。付き合って徹夜する私の身にもなってください。」
「これ全部片付けたら一緒に眠ってくれるか?同じ布団でだぞ。よし決めた。ルルーシュが今晩付き合ってくれると言うまで仕事はしない。」
そこまで言って、ようやくルルーシュが飄々とした表情を引き攣らせて自分を見た。視線を合わせたのは今日これが初めてなんじゃないか。
「…お夕食の前までに終わらせることができたら、考えましょう。」
「絶対と言え。不確実な約束はするなと教えたのは誰だ。」
「……畏まりました。」


しかし、その夜。
「…そりゃ俺は具体的なことは何も言っていないさ。抱くぞーとも、もっとあからさまにセックスしようー!なんて言っちゃいない。でもさ、でもさぁ…」
「ぶつぶついかがわしいことを呟いていないでさっさと寝たらどうですか。明日も早いですよ。」
「煩悩が勝って眠れないんだよルルーシュのばかやろー!」
確かにルルーシュはスザクの隣で横になっていたが、本当にそれだけだった。夜着をきっちり着こんで天井を向いて目を閉じている。機能性の問題から昼間は洋服を着ているが、夜だけは日本の浴衣に袖を通すのが枢木家の倣いで、それはルルーシュにもそうするよう言ってあったことだった。始めのうちはすぐに動けないから嫌だのむしろ普段着でなければ不便だのと、無駄に仕事に情熱を傾けている彼にしては随分な譲歩だ。幅の細い帯でその細腰を締め、はにかみながら失礼いたしますと手をついて同じ寝具に入り込んでくる様を思い描いて頬をにやけさせていたスザクは、しかしさっさと照明を落として並んだルルーシュにひどく出鼻をくじかれた気持ちだった。
(恥ずかしがるルルーシュを余裕の素振りで迎えて押倒して裾を割開いてあ〜んなことはそ〜んなことをする予定だったのにっ!いや待て、今からだって不可能なことはない!諦めちゃだめだ、ルルーシュが昔言っていた!)
自分の貞操を危うくするために不屈の精神を説いたわけではないのだが、この時ルルーシュは(最初から薄々勘付いていた)よからぬオーラをすぐ至近距離に感じて嫌そうに体をずらした。無駄に大きな寝具はそれでもまだ端には届かない。
「ルルーシュ…」
「なんですか。」
「俺はお前に言ったよな。俺のものになれって。」
「言われましたね。あまり思い出したくない記憶ですが。」
「…それにお前は頷いたと、思っているのは俺だけか?」
「いいえ?私はちゃんと七年前に非公式ではありますが、騎士の誓いを立てているでは在りませんか。今も昔も、私の全てはスザク様に捧げております。」
「だったら!…その、もう少し、近くにいてくれたっていいじゃないか。」
物理的な距離だけを指して言った訳ではない。心までも遠いような気がする。それは自分たちはしばし敵同士として戦いもしたが、それは双方不本意なことであって本意ではない。なのにルルーシュはなぜ自分のことを覚えていない振りをしていたのかと訊ねたときに言ったのだ。「昔のような関係に戻ることが申し訳なくて。」
それは本当に本当に面白くない答えではあったのだが、ルルーシュがスザクのことを一番に考えて身を引こうとしてくれていたことは血が上った頭でもわかる。そして確かにルルーシュの存在はスザクにとって厄介でありそうであることを理解しているならルルーシュは人知れず行方をくらませるのが最良だったはずだ。できないことはなかった。拘束されているわけでもない。そうしなかった理由は未だ聞き出せてはいないけれど、言葉にされずともわかっているつもりだった。
(ルルーシュだって俺のことを好きなはずなのに。だから傍にいて助けてくれているはずなのに。…俺のことを恨んだっていいんだ。)
もう十年以上も前、ルルーシュを日本に連れてきたとき、彼がどれほど自分の矜持を曲げてスザクの前に跪いたか今ならわかる。厭いつつも誇りの在りかであったはずのブリタニアの名を捨て、まだ子どもの自分に誠心誠意仕えてくれた懐の深さはあの当時のルルーシュの年齢を超えた今にして思うに舌を巻くものがある。スザクのために実の父を殺し、涙も見せず異国に渡り、自分はルルーシュの笑った顔しか思い出せない。離れ離れになった後はどれほどの屈辱を受けてきたのか、想像するだにはらわたが煮えくり返るようで、ルルーシュを見つけ出すことが出来なかった幼かった自分と、彼を傷付けたブリタニア人が許せない。そしておそらく過去も、そして今でも、ブリタニアの皇子であったルルーシュをよく思わない日本人が彼にどんなつまらない陰言を囁いているのかようやくわかってきた。
(本当は、俺の傍にいたらルルーシュはもっと不幸になるんだってわかっている。秘密裏に遠くに逃がしてやった方が安全で心労に苛まれることはないんだって。でもそれは…)
自分が嫌だし、ルルーシュは放っておくとひどく危なっかしいのだ。日本人の多くを手にかけ、仲間を死地に追いやり、スザクと戦火を交えたことを言葉には出さないが悔やんでいることを知っている。昔から負の感情を表に出さない人だったのだ。父を殺した-はっきりとは言わなかった。それは彼の思いやりでしかなかった-責任をとったのだと笑っていたけれど、それは紛うことなく自嘲の笑みそのものであったし、その方法が間違っていたと彼が思っていることは明白であった。
「私はいつでもスザク様に心を捧げております。ご不満ですか。」
「不満だ。どうしてお前はいつも一歩引く。俺が何度好きだと言っても堅苦しい言葉で返すばかりで…ん?」
自分は、何かひどく間抜けな勘違いをしてはいないか。
「…まさか、まさかとは思うが…ルルーシュの『好き』と俺の『好き』って、違う…?」
自分はルルーシュの何もかもが愛しくて欲しくてだから体も重ねたいと思うごく一般の好きなのだと自覚しているが、ルルーシュの好きはあくまで臣下が主を敬愛の念で以って慕うそれなのではいやむしろそれどころか…
「そうだったら、どうなんです。じっくりお考えになられるよう私は自分の寝所に戻りましょうか。」
寝具から出ようと既に腰を浮かしかけているルルーシュの裾を押さえながら(※無意識)、スザクはぐるぐると思考を回転させた。
(恥ずかしい、これは恥ずかしいぞ…なんてひどい勘違いだ。ルルーシュも俺のことを好きだ何て、そもそもどうして思ったんだった?そうだよ、ルルーシュはいつだって俺に優しかったけどそれはもしかしたら母上の優しさと同じでこう、もっと透明で疚しいところのひとつもないもので…くそっ、でも待て。だからなんだ。俺の気持ちは変わらないし、いつからだったかなんてもう定かではないけれどそういう意味でルルーシュのことが好きだった。男だとか女だとかは関係ない。どんな美女を見てもいつもルルーシュと比べて萎えて焦がれて泣いて…そうだ俺の気持ちは揺らがない。ルルーシュが欲しい、手に入れられるならなんだってする、この気持ちを何と云う?…愛している。そう、愛している!)
「ルルーシュ!!」
「な、なんですか。深夜ですよ。大声出したら人が来て殿下に少し、私に大いにまずいことが」
「うるさい黙れマイ・スイートハート!」
「…。」
「寝るなー!夢じゃないから!これ俺の本心だから!心からルルーシュを愛してるー!!」
「…だからなんですか。」
エキサイトしているスザクに反比例するように、ルルーシュは醒めた声で再度訊ねて体を起こした。片膝を立てて座り、白い二の腕が覗かせながら長めの黒髪を掻き揚げる。
(う わ…)
思わず前屈みになったスザクは早すぎだろうと自己嫌悪に陥りつつ、ルルーシュがなぜ態度を硬化させたのか探ろうと様子を窺うことは忘れなかった。
(怒ってる?どうして…ああ、それを言うなら再会してからのルルーシュはいつもどこかおかしかった。振りとか、それだけじゃなくて。優しいけど、優しいだけじゃなくなった…)
「好きだから?私もスザク様のことは好きですよ。生涯で一番大切な人だ。何があってもお守りします。でも他に何をあなたが望んでいるのかわからない。」
「…わかりたくないの、間違いじゃなくて?」
「空気を読むことがお上手になりましたね。ええ、わかりたくありません。わざと気づかない振りをしています。」
「どうして。」
「あなたは王子です。いずれ王になるお方だ。これがどういう意味かわかりますか。」
「…、」
「日本は世襲制の君主国です。」
「…」
「もう早くはありません。遠からずお后を迎えられて」
「だって好きなんだ!どうしようもないだろう!」
ルルーシュの言いたいことはわかっていた。でも承服できない。当たり前だ。自分は今ルルーシュしか見えていない。きっとこれからもルルーシュだけに気持ちを向ける。スザクはギロリと睨みつけて言った。
「俺は今まで付き合った女がいない。侍従が候補をこれでもかと挙げてくるが、まともに相手をしたことがない。」
「それはお気の毒に…。いけない王子様ですね。」
「そうかもな。だって俺は出会ったときからお前だけを心の中に住まわせて来た。異常なのかもしれないと悩んだこともあったさ。お前は俺のために命を掛けてくれて、恨み言の一つも言わなかった。ひょっとしたら天使だったのかもしれないと、ロマンチズムに浸って虚しく落ち込んだこともある。夢想家だと笑うのは当らないぞ。綺麗なお前を、俺の頭の中で汚していることをすまなく思ってのことだ。」
軽口をたたきながら耳を傾けていたルルーシュだったが、居心地悪そうに神経質な指先を揺らしながらだった。それが静かなスザクの告白に凍りついたようにぴたりと止まる。怪訝に思うがまだ全部伝えきれていない。スザクは構わず言葉を続けた。
「好きなんだルルーシュ。人に対する最も強い好意の形が愛だというなら、俺はずっとずっとお前だけを愛してきた。失ってまた取り戻して、一度はお前を遠くに逃がそうと思ったこともある。俺の傍にいることはきっとお前を危険に晒す。互いにとって言えることだけど俺はもう自分の身は自分で守れるんだ。だから、お前に平和に、幸せに生きてほしくて、お前を、手放そうと考えたこともあるんだ。」
「…どうしてそうなさらなかったのですか。今からでも遅くありませんよ。」
「出来なかったからに決まっている。もう俺の手が届かないところにお前をやりたくない。いつでも手を伸ばせば触れられるところにいてほしい。わがままだと解っているさ。藤堂先生も最初は困っていらした。でも嫌だ。そういう、気持ちを突き詰めたら、もっともっとと思ってしまった。」
「その先は聞きたくない。」
「俺は言いたい。ルルーシュに触れたい。一番近くで感じたい。」
スザクは自分でも何を言っているのだろうと心の中で苦笑しながら、でも本心だからと開き直って顔を背けているルルーシュに近づき裾を割った。行灯の鈍い光でも、真白な足の付け根までがよく見える。視線を合わせないまま無造作に腕を伸ばして距離を取ろうとルルーシュがスザクの肩を押さえつけたが、強い力ではなかった。全力で拒まれたとしても、押さえ込む自信はあったのだけれど。
「…本当に、やめてくださいと言ったら?」
一切の感情を押し隠した声でルルーシュが言った。俯いた顔からその表情は窺えない。震えてはいない、それだけを確めてスザクは一気にルルーシュの身体を押倒した。びくりと撥ねた胸に構わず唇をとらえる。気息を合わせようなどと思う余裕はなかった。少し低い体温に触れた瞬間からスザクは頭の中で何かが焼ききれるのを感じていた。もう止まれない。大切な人、誰より綺麗な優しい人。こんな衝動のままに触れていい存在ではないけれど、それでも触れて抱きしめて自分のものにしなければと心が焦る。繋いでおかなければいなくなってしまう。
彼がゼロになったのは全て自分のためだった。無闇なテロを防ぐためだった。同胞も見捨てられず誓いを立てた主も忘れられず、葛藤もあっただろうに仮面を被って向け合った剣先は震えてはいなかったか。本当は役目を終えたら一人で果てるつもりだったのだと言っていた。何を思って自分を騙したのだと問い詰めたスザクに、一目会いたかったのだと俯いて。躊躇いなく処断を下せるよう、もう昔の自分はいないのだと偽って、特別扱いはするなと身を退こうとする。
なら全力で引き止めるしかないじゃないか。スザクは自分のルルーシュに向ける感情がどんな形をとっているものであれ、真っ直ぐであることだけは自負していた。気の迷いなどではありえない、何年も何年も温め続けてきた深い思慕なのだとわかっている。もうどうしたらルルーシュが気負いなく昔のように接してくれるのかわからなかった。曇りのない笑顔を向けてくれるのか解らなかった。だからもう体当たりの感情をぶつけるしかないと思う。全力で愛していると、伝えるためにはどうしたらいい。
そこで、身体の接触を選んだことは、スザクのまだ若いともすれば未熟な精神と、王子と云う立場から否応もなく世慣れることを許されなかった純粋なロマンチズムが取らせた選択であり、一線を越えれば打ち解けることが出来るのだと夢を見ていたい少年の、夢でしかなかった。
スザクは夢中で彷徨ったルルーシュの口内から一度息を継ぐために唇を離そうとした、その時、ルルーシュが頭の後ろを押さえて無理やり歯列を割って舌を滑り込ませてきた。
「っ ルル、んんっ?」
覆い被さられている状態で滴る唾液を飲み下しながら、ルルーシュは器用にスザクの官能を引き出していく。
「はっ…ど、どうしたんだよ、もしかしてやっとやる気になってくれたとかっ?」
思わず攫われそうになった意識を辛うじて繋ぎとめたスザクは、ぐいと力ずくで引き離してしどろもどろに言った。ゆっくりと起き上がるルルーシュがくすりと笑うのを聞いてなぜか解らないけれどぞっとする。反射的にルルーシュの上に載っていた身体をどけると、しどけなく髪を掻き揚げた美しい男が艶やかな笑みを浮かべて言った。
「そうですねぇ。どうしてもと言われるのなら夜伽の相手をして差し上げましょう。どのような形がお好みで?」
「は?え?」
「ほら、お身体が冷えてしまいますよ。温めて差し上げますから、お嫌でなければこちらへどうぞ。」
畳の上に座り込んだままのスザクの手を取り、ルルーシュは床の上へと導いた。いきなり態度の変わった相手を前にどうしたらよいか思考停止に陥っていたスザクをそっと押倒して夜着を脱がせ始める。
「ちょ、ルルーシュ?なんでいきなりこんな…っ!?おい、やめろっ!ぅわ」
このまま願ったり叶ったりと流れに乗ってしまえばよいのか見たこともないルルーシュの態度を問い詰めるべきなのか、逡巡している間に反応し始めていたところを咥えられてぎょっとする。こんなことをさせるつもりはなかった。自分がルルーシュを抱くつもりではあったけれど、それは優しく処女にそうするように綺麗なルルーシュを傷付けないようにそっとそっと…
「やめろと言われればやめますが…でも、お嫌ですか?私は上手ですよ。男は初めてでしょうから色々勝手がわからないこともおありでしょう。任せてくださってかまいません。」
大切に愛するはずだったルルーシュは、濡れた唇でにこりと笑った。


※スザルルです。