一緒にいたいのなら自分が傍に行けばいい。強引に連れてきたって構わない。相手が嫌がっていないのなら、自分から行動することに躊躇う枢木スザクではない。
けれどどうせなら彼の方から来てほしい。贅沢なことは言わない。たまの休日、寝る前の寛いだひと時、部屋に顔を出してくれたらしあわせなのだ。
せまいところ(後)
「ルルーシュ、膝痛くない?」
「平気。正座しているわけじゃないから」
「炬燵で居眠りして風邪引いたことあるんだ」
「子どもの頃に?」
「学生時代に。床が近いとベッドまで行くのが億劫になる」
「でもこのくらいの大きさだろ?はみ出るんじゃないか」
「だから風邪を引くんだよ。ルルーシュは僕より手足長いんだから炬燵じゃ寝られないよね」
「寝てみたいものだ」
うっとりと上機嫌でルルーシュが言った。これが見たかったのだ。猫鍋なるものはスザクの理解をやや逸脱した「癒し」であったが、ルルーシュがそのすらりと長い手足を丸めて炬燵に潜っている姿は、素直にかわいらしいと思う。本当は自分も一緒にぬくぬくしたいところなのだが、それではさすがにルルーシュが遠慮して逃げてしまうので我慢である。遠慮屋な彼が炬燵目当てにスザクの部屋を訪れてくれるようになっただけでも喜ばなくては。
スザクは文机に向かって明日の利用空港の特性をチェックしていた。離着陸の条件は立地条件や設備によって各空港ごとに違う。はじめて行く空港だったので分厚いマニュアルにざっと目を通す。真面目だねぇとまったり炬燵に懐きながら言って来るルルーシュは、記憶力に関して化け物だった。どんな整然とした頭をしているのか覗いてみたいと思うほどに、委細事細かに記憶している。内容と主要な条文番号を覚えておけばいい航空法なんて、きっと一条から順に文言通り言えるのではないかとスザクは密かに疑っている。
「この家はあったかいから、炬燵を点けたままにして毛布をかければ寝られないこともないだろうね」
「ふむ。それもいいな」
「でもそれだとルルーシュ、魘されないかな」
身動きが取れない状態で眠ると、寝たきりだった数年間を思い出すのかひどく魘されているのを知っていた。インター(国際線)でクルーバンクで仮眠を取る際、急な揺れや何かに備えて身体をベルトで固定する。それが嫌いでろくに眠れていないことも。
だから、きょろきょろと炬燵の長さや寝そべるスペースがあるかを確めて、本気でここで眠るつもりなのかもしれないルルーシュに苦笑する。魘されたら起こしてやるし隣に並んで休むことに嫌があるはずもない。どうせなら同じ布団に寝そべりたいが、下手をするとルルーシュに気を使わせてしまうから。気難しい飼い猫との距離を慎重に図る飼い主のように、スザクはあれこれ思案しながら他愛もないやり取りに幸せを噛み締めていた、のだけれど。
「大丈夫だよ。ここ、お前の部屋だもんな」
ルルーシュがにこりと笑ってそう言った。
「スザクが近くにいると思うとこわくないんだ」
「そ、れは、」
「起こしてくれたのはお前だから。俺にとってはお守りなんだよ」
他意はないのだろう。特に繕った表情でもなくやわらかい笑みを浮かべたルルーシュは、こういうことで駆け引きを楽しむような性格をしていない。ただ思ったことを口にしただけ。
スザクはおもむろに腰を上げてルルーシュと向かい合う位置で炬燵に潜り込んだ。
ルルーシュがわずかに足を引いて場所を空けてくれたのがわかる。
「狭いね」
「そう、だな」
「せまいところが好きなんだよね」
「そう、かな」
「前に言っていたじゃないか」
「そうかもしれない」
「僕も好きだよ」
「うそつけ」
「ほんとう。ね、ルルーシュ、」
「……」
いつでも休めるように布団は伸べてあったのだ。スザクの後ろにそれはある。セミダブルの、大人の男なら一人で使うためのもの。
「僕、そろそろ寝るつもりなんだ」
「それじゃあ、俺、」
「ルルーシュ」
スザクは視線をきょときょと彷徨わせて立ち上がろうとするルルーシュの腕を引きとめた。わかっていた。スザクはもう風呂も済ませて寝巻き姿で机に向かっていて。ルルーシュももう寝る準備は整えてからスザクの部屋を訪れたのだ。いつだってベッドに布団に、潜り込める用意はできていて、こんな時にルルーシュがやってくることは少ない。いつスザクが眠るのか、その邪魔をしてしまわないか、自分の相手をするために就寝時刻を遅らせたり、そんな気を使わせてしまわないか。考えては遠慮して、ルルーシュがスザクの炬燵に潜り込むのは、大抵スザクが風呂に入る前のことである。一頻りおしゃべりをしてじゃあそろそろ風呂に入るからと別れて。
でも今夜はそうじゃない。
寝に入る素振りはないか、そろそろ退出するべきなのじゃないか、さりげなく窺いながらそれでもルルーシュはスザクの傍を離れようとしなかった。なにか思惑があってのことではなくただ離れがたかったのだろう。スザクと一緒にいたくて。
こんな日がくるのを待っていた。
「長居してごめん、もう俺も休むから、」
「一緒に寝よう。何もしない」
「スザク、」
明日は仕事だ。互いに地球の反対側。時差に備えてきちんと休まなければならない。だから本当に一緒に眠るだけ。
「ちゃんと狭いよ、布団」
「……お前なぁ」
きょときょとと布団とスザクを見比べていたルルーシュが、スザクの台詞に苦笑した。勝った。
「誤解のないように言っておくが、俺だってただ狭いところが好きなわけじゃないんだぞ」
「わかってる。でも狭くてあったかいところは好きなんだよね」
スザクはぶつぶつ言うルルーシュの手を引きながらかけ布の一部を持ち上げた。ルルーシュが潜り込む。そういう意図を持たずに二人で眠ったことはほとんどない。思い返せばルルーシュとスザクの部屋でスザクの布団で眠るのははじめてだ。
「ベッドじゃないと眠れないなんてことは、」
「ないよ。……ふふ、スザクのにおいがするな」
「え、気になる?」
「安心するよ。さすがにもう寝ないとな」
「僕は今先手を打たれたのか」
「さあ。おやすみ、スザク」
「おやすみなさい」
Fin.
甘すぎたです、失礼いたしました。そして季節はずれなのも申し訳ないのです(深々)
ぽちり、どうもありがとうございました!