【R2の『記憶操作』だけ都合よくいただいてルルナナ。パラレルで平和にしてみる。ナナリーの目はもう見えているといいなと思うですよ。】


ああ。こんな結末もあるのか、と。

スザクは一人遠い目をして空を仰いだ。

箱庭で二人




その青年は気弱な風情で佇んでいた。場違いなのではないかと、見苦しくならない程度に身を縮め視線を人に向けないよう外へ逃がして。
スザクは彼を見た瞬間声を上げそうになって、きつく口を結んでそれを耐えた。
なぜお前がここにいる。
「失礼。招待状は、」
珍しい漆黒の髪を揺らして青年は驚いたようだった。次いで不安をその稀有な紫の瞳に浮かべながらおもむろに懐へ手を差し入れる。貴族の令息たちがエリア11から生還した皇女殿下に婚約を申し入れるために設けられた日であり場所だ。美后と名高いマリアンヌ皇妃の娘、ナナリー殿下もさぞ美しかろうと、低い皇位にはさほど気を回さない言い換えれば主家の血筋の降嫁それだけで満足を覚える階級の貴族がこぞってこの場に足を運ぶ。低位の皇女と軽んじて物見風情に訪れた者もあり、あるいは八十位も下る彼女ならば我が家柄でも淡い期待を抱くくらいはと売り込む下級貴族もあり。ナイト・オブ・セブンは皇女の旧くからの知己だというので後者の排除を暗に命じられてここにいる。一年前にその閉ざされていた瞳を開いた彼女ならば己の目で見てよからぬ輩を拒めもしようが、波風立てぬよう防波堤はスザクの役目だ。
スザクは上記の“ふさわしくない”婚約者候補を摘み出す以外の理由の有無についてしばし黙考したあと、いいやしかし、目の前の男ほどにふさわしくない者があるだろうかと思うのだ。今日この日のための招待状は、宮廷役人がブリタニア貴族の勢力図を吟味しながら送達した既に一次選考の結果である。持たざる者は随時貴族名鑑を参照の上お引取り願うか恐縮しながら迎え入れるかの二択しかない。
「――アラン・スペイサー。スペイサー伯爵家の方でしたか」
彼の名前は知っている。爵位も領地も経歴も全てスザクの頭の中にある。スザクの主である現皇帝が彼の記憶を書き換えた折に、ゼロであった過去と皇子であった過去そのどちらもを知るスザクはその立場ゆえに細々と立ち回るべく改竄された記憶の相違点を知らされた。
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア改めアラン・スペイサー。伯爵家の跡取りだが先々代は男爵で、先代当主が戦地で功績を上げた結果のにわか仕込のロード様だ。入隊する意思はないと言われている次代当主のアランは、だからこの離宮とはいえ皇帝陛下の住まうブリタニア宮の一角に足を踏み入れただけでも恐縮頻りなのだろう。ましてや尊い皇女様の婚約者選びに名乗りを挙げようと云うのだ。
そっと手渡された招待状は果たして……本物である。これは陛下の御意思なのか。
スザクはやはり場違いかと気まずげに俯く青年に謝罪した。
「失礼いたしました。今はレヴィ伯爵家のルーアン様、ウィルム公爵家のオリバー様が謁見されておりますので、もうしばらくお待ちを」
そして如才ない笑みを浮かべたスザクにほっとしたのか、伯爵家のアランと記憶を書き換えられたルルーシュは肩の力を抜いて頷いた。
「こちらこそ。お恥ずかしいです。わたくしなど、本当ならこの場に呼ばれるはずのない者ですから…緊張してしまって」
スザクのことは知っているだろう。有名なナンバーズにして皇帝直属のラウンズに名を連ねた英雄である。同い年であることを思い出したのかそれとも用件は済んだだろうに立ち去らないスザクに話し相手をと思うのか。少なくとも彼はこの控えの間の隅に身を寄せて、所在なさげに呼ばれる順番を待っていたのだ。ナナリー皇女の、婚約者選び。


ブラックリベリオンの後、スザクはルルーシュを皇帝の前に引きずり出した。そして記憶を書き換えられスペイサー伯爵家の跡取り息子つまり臣下の一人として目覚めたルルーシュには、帝国に対する誇りはあれど抵抗心などあるはずもなく、粛々と実家のスペイサー(当然皇帝からのお達しが事前に。)家で当主教育を受けて今日に至る。気性は穏やかで優しく、身分を弁えた態度で日々を過ごしていると報告を受けた。ルルーシュのギアスと違い皇帝のそれはただ脳の蓄積した記憶情報を書き換えるだけだというから、彼の人格まで操作できるわけではないという。ならば、今こうして目の前で笑う彼の控えめで裏のない微笑は、悲惨な過去を取り除いた場合の彼の真実の姿だ。取り巻く環境で人は変わる。これほどまでにと、驚くのはスザクの勝手だ。
「この招待状を受取ったときは、何かの冗談かと思いました」
はにかみながらナナリー皇女の紋章と皇室の名が記されたカードを示すルルーシュ…アランは改竄された記憶のほころびなどどこにも探せないほど自信に乏しく、まったくのただ人、皇宮に招かれておろおろと立ち尽くす臣下の動揺を滲ませてスザクに言う。
「父が、ご挨拶だけでもと。お断りするのは却って無礼であるからと」
辞退の手紙をしたためていたアランに言ったのだという。先々代は男爵でも、今は伯爵。冴えない平凡な一貴族でも、ナナリー皇女は優しい方だとお聞きする。お前ももう身を固めてもおかしくはないのだから、一目、お会いするだけでもと。そう送り出されてここに参ったのですと控えめな笑みを浮かべて言うアランは、ナナリーに対する拘りも執着も欠片も見せずにただ礼儀を通すためだと暗に告げる。身を弁えた所作だと評価するよりも、スザクはほんの少し悲しくなった。スザクの中でルルーシュはよくもわるくも皇子様だったのだ。傲慢だとは、ゼロ以外の彼に向けて言うつもりはないが、彼は確かに傅かれて生きるだけの価値があると。忠誠を捧げるにふさわしい人間であると。従い命を聞くことに幸福を覚えるだけの人間なのだと。知らず考えていたスザクは、こうしてやや卑屈に恐縮する姿を見て悲しくなった。そして皇帝が彼をナナリーの婿候補としてよばったことを訝む。
いいのか。同母の兄妹を。
「アラン様、どうぞ。」
声がかかった。アランがそれでは言ってまいりますとスザクに一声かけて立ち上がる。その後を追う。スザクはこの場における調整役をおおせつかっているわけだから、ルルーシュがナナリーの記憶を消され、同じくルルーシュの記憶を消されたナナリーを見守ることは義務であり、権利であった。行く末を。妹は、血の繋がる兄を伴侶に選ぶか。

ハッと、息を飲む音が聞えた。ナナリーが目を見開いてアランを見つめる。
スザクは目を細めて警戒した。目の前に兄の姿をみとめれば、あるいは消された記憶が蘇るやもと。…そして首を振る。ナナリーは成長したルルーシュの姿を知らない。七つやそこらの子どもの頃の記憶ではそもそも超常の力を跳ね返すだけの刺激にはならないだろうと考える。ルルーシュの黒髪と紫の瞳は稀有だ。美しい。けれど子どものふっくらとした頬は鋭利に削ぎ落とされ、切れ長の目元は涼やかに細められ、すらりと伸びた四肢はもう大人の完成された形を築いている。ふと寂寥感がスザクを襲った。この兄妹の絆だけは侵してはならないものであったのだと、自分が悔いているのだと悟ってしまった。スザクの思う最も綺麗で透明な愛を二人が教えた。それは、それだけは守られなければならないものだったのに。
スザクの位置からはアランの表情は見えない。卒なくナナリーの手を取り口づけて、アランと申します、皇女殿下と、落ち着いた声で名乗るだけ。ナナリーの、様子、は。
「ぁ、アラン、様?」
スザクは白い頬が薔薇色に染まる瞬間を見つめていた。気乗りしないのだろう。まだ十五になったばかりの彼女には結婚など、義務でなければ頭にも上らない。何人もの品定めるような、あるいはぎらつくような眼差しを向けてくる貴族の子息たちに微笑み続けることは疲れることであったに違いない。青白い顔を見て今日はもう切り上げたほうがいいだろうかと思案していたスザクは、その頬に、さっと朱が差すのを目の当たりにして……当然だろうと、呟いた。
「今日はお目にかかれて光栄です」
「わたくしの方こそ、アラン様は…ああ、いけませんね、わたくし、緊張しているのかしら…」
アランが触れた手のひらがあついとでもいうように、そっと口元にやったナナリーが恥らうように俯く。それにきょとんと首を傾げたアランが不意にその意味を悟って早口に詫びる。
「失礼いたしました。その、お手に触れるなどご無礼を、」
「いいえ!…いいえ、アラン様、わたくし、少しのどが渇いてしまいましたの。よろしければ一緒に、お茶を…」
一拍置いて、喜んで、と笑顔で応じるアランを目に、スザクはそっとその場を辞した。そうか。こういうこともあるか。




ナナリー皇女の降嫁先はスペイサー伯爵家に決まった。婚儀は来年の春に執り行われる。
「よかったね、アラン」
「囃すなよ、照れてしまうじゃないか」
スザクはあれから何度も離宮に足を運んだアランと軽口を交わすまでに親しくなった。アランは足の不自由なナナリーをそれは大切にする。打算も欲もない眼差しにナナリーが心を許すのはあっという間で、アラン様が、と、彼女が愛らしく頬を染めながら彼のことを話して聞かせるのはスザクである。当人達は他人だと思っている。皇女と貴族。真実を知るスザクは何度二人の仲を妨げようかと思い悩んだ。しかしこれは皇帝陛下の御意思。息子と娘を娶わせる。わかっていたに違いない。兄妹として、肉親の情で結ばれた二人が他人として出会えば、たとえ記憶がなくとも惹かれあうことを。それが血の繋がらない男女の間に生まれる感情に置き換わることを。慕情が恋情になることを。
「アラン様!」
僕もいるんだけどな。アリエスの、水の離宮でナナリーが華やいだ声で手を振る。メイドが車椅子を押そうとするのに、アランが留めてさっと駆け寄る。ナナリーの白い手の甲にキスをする。もう何度も出会うたびにしていることだと言うのにナナリーはぽうっと頬を赤くするのだ。見ていられない。

『スザクさん、アラン様って本当の皇子様みたいだと思いません?』
ひやっとする。

「お邪魔虫は退散します」
スザクはあわあわと自分を引きとめようとする二人の婚約者たちに笑って背を向けた。これは平和だ。ルルーシュが望んだ形とはきっと違う。それでも、彼がもっともおそれたであろう駒と散ったであろうナナリーの未来は消え、代わりに一生夫として彼女を愛するだろうアランがいて。権力とは程遠い場所で二人は静かに歳を重ねることができるのだろう。
「陛下、これは陛下のお導きの結果なのでしょうか」
スザクは訊ねた。
「あれは望みの一つを叶えてやれば他は欲のないやつよ」
「ルルーシュを盤上から排除する…」
「そうだ。扱いづらい駒は捨てるに限る」
「お二人はとても幸せそうでした」
スザクは瞼を伏せてそう報告した。思い描く二人の笑顔。皇帝は最終手段をとったのだ。彼は自分の息子を怖れていたのかもしれない。絶対に彼が目覚めない場所で、眠らせる。幸福と云う檻の中で。
「春には、太陽宮の百合を贈ろう」
はっと顔を上げる。皇帝の言葉に、ひどく人間じみた色を聞き取る。子どもたちを過酷な運命に追いやった贖罪なのか、気まぐれの父親の情なのか。
それでも、スザクはこの一つの結末に深い安堵も覚えるのだった。



Fin.