ルルマリ。とりあえず黒の騎士団に入ってみる。
薄暗いはずのアジトがなぜかきらきらしい。原因はわかっている。問題はなぜその原因がここにあるか、いや、いるかだ。
いつもゼロが座っている場所に、波打つ黒髪を高く結い上げ深青のパイロットスーツに身を包んだ女性がいた。生粋のブリタニア人の顔立ちで、肌は白く目鼻立ちがくっきりしていてそうはお目にかかれないような美女だ。騎士団幹部の男連中はほぅとため息をついて彼女を眺める。見られていることも、女性陣からは羨望を交えてしかし冷静な警戒心を向けられていることも意識しているだろうに、にこにこと笑ってあまつさえ品のある仕草で手を振っている。だが誰一人としてそれに応える者はいない。彼女の足元に転がされたものに気づいたからだ。ひっ、とそれまで美女に見惚れていた玉城が後ずさった。この場に扇もディートハルトもいない。各部署の総括としては、四聖剣を従え無表情を維持している藤堂が、軍事代表としてトップにいる。話を切り出すのは、その冷静な態度をとっても彼が一番ふさわしかった。朝比奈が藤堂さん、と小声で促す。もっとも警戒心を顕にしていたカレンが行け行けと声援を送る。うむ、と頷いた藤堂は一歩美女に近づき口を
「できた!」
開こうとしたとき、声が上った。一瞬停止した藤堂がよくよく目を凝らすと、テーブルの陰になった部分にゼロが蹲ってなにやらごそごそやっていた。
「ぜ、ゼロッ!そこで何をしてらっしゃるのですか?この女性は一体だれなのですか?」
カレンが、コキュとペンのキャップを閉めて立ち上がったゼロに尋ねた。
「ああちょっとな。まず紹介しよう。この女性はマリア・ランペルージ。今日をもって黒の騎士団のメンバーになった。私の専属のボディガードになる。」
「はじめまして。マリアと呼んでくださいね。」
にっこりと微笑を浮べて挨拶をしたマリアに、男連中は再び眉尻を下げる。カレンはそれを横目に見ながら傷ついた表情で言った。ランペルージという姓に反応することも忘れている。
「ゼロ!あなたの親衛隊長は私ではないのですか!?至らないところがあれば精一杯直しますので、どうか私にあなたを守らせてください!」
「ありがとうカレン。だが彼女は少し特別でな。コンバットのプロなんだ。生身での護衛は彼女にやってもらう。ほら、これも・・・えい。」
可愛らしい掛け声だった。ぐいと持ち上げたかったようだが少々力が足りなかったらしい。しばし無言になった後両手でころんと転がした。その、蓑虫上の物体を。きゅん、とアレな擬態語が響いたがそれも一瞬で消え去る。
「・・・“肉”・・・?」
蓑虫という状態云々は気の毒ながらスルーされる。きっちりしっかり止め撥ねはらいを書き込んだ筆タッチの一文字。
なんで。
「ほら、最上級の嫌がらせだろう?額に“肉”。」
ああ、日本のサブカルチャーを勘違いしているのか。いや、嫌なことには変わりないが。一同がまじまじと見つめる先にある、いやいるのはぐるぐるまきにされた人間だ。ゼロがよいしょと仰向けにしたことにより、魂の半分抜け出た表情と、
「ちなみに油性ペン。」
得意げに掲げられた黒の油性ペンで落書きされた額がよく見える。なんだかすごく嬉しそうだ。光り輝く“肉”の文字。
「・・・ゼロ、ええと。つまりこの枢木スザク(肉つき)を彼女が捕獲したのですね?」
カレンが恐る恐る尋ねる。きゅんと心の中で呟いたことは伏せて置こう。冷静に考えれば気にするべきは目の前の人間だ。何となくそうだろうなぁと察してはいたが、枢木スザクだとは思わなかった。無人島で対峙したとき、さすがにこれは適わないと感じた。彼は本当に規格外の強さを保持している軍人だ。それを、そこに座るたおやかな女性がひっとらえたというのか?
「けっこう不甲斐なかったわよ。暴れたけど、そこはね、ほら。」
マリアがグローブに覆われてはいるが形のよい指先をくるくる回す。
「ナイトメアでちょちょっと。」
ゼロが枢木スザクの髪の毛をくるくるねじった。二人とも邪気のない仕草だがつまり、
「生身の人間ナイトメアでやったんですかー!?」
正義の味方は何処へ行った。強者必勝弱者必衰、ナイトメアに人間が適うはずがない。思わず抵抗を示したカレンだったが、
「カレン。」
ふっと笑ってゼロが言った。
「大事なのは過程ではない、結果だ。」
「・・・はい、ゼロ。」
「ちょっとあんた何あっさり丸め込まれてるのー!」
何となくタイミングを窺っていたらしい朝比奈がズビシッと手振りつきで突っ込みを入れる。
「いいじゃないですか朝比奈さん。この蓑虫には散々煮え湯を飲まされてきました。生け捕りなだけ良心的というものです。」
何処までもついていきますあなたになら状態のカレンはそこはかとなく冷静に受け止めた。ゼロが続ける。
「それにマリアなら素手でもこいつに勝てただろう。だからこの結果はどちらにしろ必然だった。大事なのはどう締めるかだ。」
「む。枢木スザクを生かしておいたからには仲間になるよう説得するのか?それとも第三皇女の騎士として人質にでもするつもりか?」
ようやくまともな会話が成り立ちそうだと、傍観者に徹していた藤堂が無残なかつての教え子の姿に若干の同情をまじえてゼロに問う。
「甘いわね。奇跡の藤堂も情の尻尾に引き摺られている。私たちの正義に立ちはだかるものには相応の制裁を。」
マリアが立ち上がりコツとヒールの音が響いた。腕を組んで悠然と佇む姿は堂々たる威圧感を放っている。うっかり飲まれそうになった藤堂は首を振って更に問う。では処刑か、皆の前で?
ごくりと一同息を飲む音が聞こえる。
「ゼロ。」
「ああ。」
シンと静まり返る中、マリアの呼びかけに頷き、再びゼロが油性ペンを持って、今度は頬や鼻の下に落書きを始めた。
キュ、キュキュ、キュキュキュ。
その間にマリアがカメラを用意する。あ、写真取る気だ。それは屈辱。ひげだけじゃなくて眉もひどいことになってるし、これは落とすときに泣くしかないな。(※目の傍に溶剤は痛い、沁みる。)でも命をとられるのと比べたら安いもの。これをデスマスクにでもするつもりなのだろうか。それは酷い。えげつない。古きよき武士の誇りを捨てていない藤堂他四聖剣の面々はすでに哀れと涙を流している。
「よし。」
マリアが構える。ゼロが枢木スザクの頭を膝に乗せてレンズを振り向く。爽やかに親指を突き出して---
ごくり。
「失敗!」
カシャ
「それだけ書いといてー!?」
「あなた合格。」
「合格だな。」
「何の話!?カレンだけ何に合格したっていうの!?」
「突っ込み要員。ほら、私はどちらかと言えば突っ込まれたい方だから。」
「ここで下手に突っ込むなら私が相手になるわよ。」
「?」
「あなたはぽやぽやしていていいのよゼロ。私が守ってあげる。」
「僭越ながら私もあなたの親衛隊長として!」
クエスチョンマークを浮べるゼロにマリアがさりげなくスザクの甲を踏みつけカレンが向こう脛を蹴りつける。だってなんだか動いたような気がしたから。
「・・・すまないが、『締め』とは一体何のことだったのか説明してくれないか?」
「あなた不合格。」
「不合格だな。」
「藤堂さんともあろう方が!つまりですね、“肉”だの“駄犬”だの“空気嫁男”だの“童顔”だの散々屈辱的なことを顔面いっぱいに書かれて挙句に失敗!爽やかに親指立ててだめだし宣言!無駄骨意味なし笑われ損!こんな屈辱ほかにありませんっ!!」
千葉が拳を握り締めて力説した。朝比奈がそうだったのかとショックで床に手をついている。ゼロとマリアがうんうんと頷く前で、カレンがパシャパシャと角度を変えて写真撮影に勤しんでいる。
「そ、そうか。カレン君、その、そんなに記録に残してしまっては少しかわいそうではないかね?」
「何を言っているのですか藤堂さん!」
ばっと振り向きカレンはカメラを握り締めた。
「記録に残すどころじゃなく!これをポスターにして黒の騎士団の宣伝PRに使用します!」
・・・すまないスザク君。君はまだ若いから・・・デスマスクじゃなくてよかったって、言ってくれると信じているよ。
えと、元ネタは言うに及ばず。
藤堂さんはカレンさんがネガを持ってスザクをちくちくいびるのに使うのだと思ったのですね。でもカレンさんは余すところなく衆目の前にさらす気満々なわけです。見せしめとかのつもりなんですが、意外と受けて宣伝キャラクターになってもいいと思います、肉スザク。
・・・失礼しました。