【母の日シリーズ:ママはふと知りたくなりました。】
枢木家の教育方針(あるいは父と子の意思疎通手段)
実にファンタジックな16年ぶりの再会を果たした年の差20を数える仲良し夫婦は休日のんびりソファに腰掛けて他愛のない話をしていた。一人息子は大学のゼミ・サークルの合宿中で今この家にはルルーシュとスザクの二人しかいない。
ルルーシュはスザクの肩に凭れかかりながらふと思いついたように口を開いた。
「なあスザク。アズマ(※スザルルの息子です。現在大学一年生。)にはどうやって教えたんだ?子どもの出来方とか、男女の違いとか。」
「知りたい?それとも教えたかった?」
突飛な話題であった。今日の夕飯は何がいい、なんて話をしていていきなり性教育について振ったルルーシュの真意を、しかしスザクはちゃんと読み取っていた。のんびりと訊き返しながら、夕方には戻るはずの一人息子の顔を思い浮かべる。
「うーん、コウノトリとかキャベツ畑って言っちゃいそうだな。」
「あ、それだめ。あの子、ルルに似て理屈っぽい上に現実家でねぇ、例えばサンタクロースは煙突からやってくるんだよって言ったら、『それってフホウシンニュウじゃない?』と来たもんだ。」
まだ四歳になっていなかったと思う。どこでそんな言葉を覚えてきたのか知らないが、義母が作ってくれた特大の靴下にクリスマスプレゼントをこっそり入れてやって喜ぶ顔を見たいと準備をしていたスザクはひどくがっかりしたものだ。パパがくれたものなら何でもうれしいよとフォローを入れられ、更に深く項垂れたのを覚えている。トナカイもサンタのおじさんもいつから息子の中で犯罪者になってしまったのか。夢がない代わりに思いやりはあるわが子に心中複雑な気持ちになったものだ。
「さすが私の子。」
「喜ばないの!」
それでもルルーシュが片親から受け継いだ不思議の力はあっさり信じるのだから、やはり血筋なのだろう。そのうち全て話してやらなければならないが、それはまた、あの人の墓参りに行った後でいいだろうと今は脱線しかけた思考を元に戻す。
「小学校でも教えてくれるみたいだけどね。ママがいないっていうので疑問を持つのが他の子より早いだろうなとは予想していたんだ。でも下手にメルヘンチックに教えても後で困るだけだし納得しないだろうしで、こればかりは僕の実家のやり方に則った。」
「お義父様の?」
「まあ、僕が勝手に眺めていただけだけなんだけどね。うち、産院だろ。医学書なんか旧いのも新しいのもレベル様々でいっぱいあったんだよ。」
模式図が入ったものから写真入のものまで。普通の家庭では家庭の医学などが人体について語る定番だろうが、それよりも読みやすそうで、絵本の代わりにこっそり眺めていたものだ。年齢が上れば興味も出てくる。
「…本格的だな。」
「ほんの少ししか理解できなかったけどね。でも子どもの時分に知りたいことは十分だった。」
「自主的な知的探求に任せていたと。お前も結構放任主義だな。」
「そうでもないよ。でも必ずしもこちらから話を振ったり、あの子が訊ねてくるのを待ったりっていうのは、他所よりも少なかったかもしれないな。」
「ふうん。じゃあ実際枢木家の父と息子のコミュニケーションは、どんな風に図られていたんだ?」
「つまりこうでございます、マダム。」
スザクは立ち上がって昨夜帰りに買い求めた数冊の雑誌を取り出した。リビングの奥まった壁一面に作りつけられた本棚の隙間に、無造作に割り込ませる。ここは各自が持っている本棚とは別の、特になんと言う事もないが家族に薦めたい本や、雑誌のように入れ替わりのあるものを収める本棚である。エッセイや小説、定期購読しているマガジンなど雑多に詰め込まれていて、スザクが今何やかやの書籍を押し込んだ隣は旅行記の類が並んでいた。
「…不自然じゃないか?」
「だから目立つんじゃない。あの子は見ていないようでいてしっかりチェックしているから、遅くとも明日には見つけるだろう。」
「でもあの…ちゃんと私たちの口から言わないと、こういうことは…」
ルルーシュはもごもごと口ごもった。言いにくいことは言いにくい。何せ3つしか年が違わないというとんでも親子だ。夫に瓜二つな面立ちをした息子は、出会った頃の彼を思い出させて折に触れてどきっとさせられる。息子は息子でいきなり降って来た美少女めいた母親に、時折困ったように顔を赤らめる。そのうち慣れるよとスザクは言うが、今現在問題は持ち上がっており、それは特にルルーシュにとって嬉しくも恥ずかしくもある内容だった。あーとかうーとか、言葉を探して言いよどむルルーシュにけれどスザクはにっこり笑う。
「大丈夫。意外と照れやだからこの方があの子にはいい。ずっとそうしてきたしね。」
「そ、か…。うん、じゃあそろそろ夕飯の準備に取り掛かろうかな。久しぶりの三人揃った食事だし。」
仕方のないこととは言え、自分が知らない間に父子の絆は深くなっていたのだと思い知るようで少し寂しい胸のうちを、ルルーシュはきゅっとしまいこんだ。だがスザクにはわかっていたのだろう。こら邪魔だ!と睨んで見せても何やかやと纏わり付いてくる。
「ルルー、僕も手伝うよ。」
「今日はハンバーグなんだ。お前、絶対変な形にするだろう。火の通りが悪くなるから」
「細かいこと気にしないの!」
翌朝のことだった。
「母さん、今日の家事は僕がするよ。」
息子が朝食の席で言った。
「でもまだ疲れているんじゃないか?」
「大丈夫だよ。僕まだ一年生だから大したこと任されていなかったし。ここの片付けも。のんびりしていていいから。」
カチャカチャと皿を持って立ち上がる息子に、ルルーシュは戸惑いがちにスザクを見た。確かにいつもよく手伝ってくれる子ではあったし、今の申し出は特段珍しいものでもないのだが、今日は一度も目を合わせて話そうとしないことが気にかかる。大丈夫なのかと無言で訴えるが、スザクは目を細めただけでお茶を啜っている。
「あの、アズマ、その、」
「おめでとう。今度は母さん似のかわいい女の子がいいんじゃないかな。きっと美人になるよ。」
最後の一皿を手に取り、息子はくすりと笑いながらキッチンへ消えた。
「! あ、えっと、ありがとう!」
顔を赤くしながら追いけかるように告げると、父さん手が早いよねぇと、しみじみ返る声があった。
「ね、大丈夫だったでしょ。」
「…きっとお前よりアズマに懐くぞ、この子。『お兄ちゃんと結婚する!』とか言うんだ。」
ルルーシュはまだ性別もわからないおなかの子を撫でながら、やはりしみじみ答えて言った。
◆つまりこういうことでした◆
彼には家に戻るといつも決まってすることがあった。リビングの本棚を検めることである。父が買ってきたもので面白そうなものがある場合は、ぱらぱらめくって自室に持ち帰る。読み終わったらまた戻して、自分も何か足しておく。たまにDVDなどの映像作品などが紛れ込んでいることもある。ある程度時間がたつと本棚がいっぱいになってしまうため、頃合を見て二階に移し総入れ替えをする。この家は前の持ち主である伯父が趣味で改造し、あちらこちらに本棚、飾り棚、ちょっとしたものをしまいこめる隠し扉まで作りつけられていた。母が子どもの頃非常に懐いていた人で、学校から帰ると自宅ではなくこの伯父の家に直行していたのだと言う。だから母もそこそこ、主に隠し扉の在り処は知っているようだが一時期-詳しいことは知らないが-その人と会うことをしなかったようだ。当然この家を訪れることもなくなり、訪問が途絶えたその数年間の間にこの家は地味に進化を遂げたらしい。父もいくつか知っているようだが、自分は子どもの頃一部屋一部屋根気よく制覇していったのだ。誰も知らない全ての扉を把握している自信がある。いくつか気になるものも発見した。いつか父と母に訊ねなければならない。あの、母と良く似た---
(まあ、今は待ってあげてもいいさ。僕の推測が正しければ伯父様は母さんと同じ…ん?)
話は逸れたが、とにかくこの本棚を介した無言のやり取りは互いが今何に興味を持っているのか、あるいはもっと直接的に、伝えたいことを伝えるための手段であった。
例えば、父はどこか旅行に行きたいなと思えば意中の地域あるいは国の旅行パンフレットやら旅先で書かれたエッセイなどを仕込んでおく。息子は家でのんびりしたいなと思うので、自宅にいながら行った気になる『○○世界遺産!』系のドキュメンタリーなんかを重ねておく。しょんぼりした父はせめて一緒に映画にでもと思い公開中の作品一覧などを持ち込み、それならいいかと、息子は更に勉強してねと映画雑誌を足しておく。誕生日が近くなれば料理のレシピを置いて父がそれのいずれかにしるしをつけて戻し、息子はカメラや時計などのカタログを見つけて付箋をつけておく、といった半分遊び(ではあるが悲喜こもごもの)の無言のコミュニケーションが、枢木家ではアズマが読み書きできるようになってから続けられていた。最近では母も加わり、そろそろまた入れ換えをしなければならないだろう。そこで、なにやら初めて見る類の書物が見つけた。
(『たまご○くらぶ』、『ひよこ◇くらぶ』、『はじめての赤ちゃん』他数冊。……。)
表紙を凝視して立ち尽くす。ぱらぱら…
「…一応、目を通しておくか。」
小脇に抱えて自室に戻る途中、風呂から上った父と出くわした。
無言でパンチを繰り出すとぺちりと受け止められる。
「留守の間はよろしく。」
「畏まりました、おとーさま。」
肩を竦める息子ににっこり笑う父親。
伝えたいことは、伝わりました。
fin.
思わせぶりな伯父さんとか出してしまい申し訳ありません。過去編で出てきます。伏線(えらそうに…)、です。(平伏)