【母の日シリーズ:ママが何かに目覚めました。】

父さん、早く帰って来て下さい。あなたの奥さん、ちょっと様子が変なんです。

これが萌というものですね(前)

違和感を覚えたのは、仕事に出かける父を玄関先で見送った時だった。
「じゃあアズマ、ルルのことよろしくね。」
「まだ特に心配要らないでしょ。でも重いものは持たせないように気をつけるよ、いってらっしゃい。」
いつものように互いの頬に軽くキスを送り、父が母に腕を伸べているのを見ながらもう引っ込んだほうがいいかなぁと思案していると、中々動こうとしない母に父が不思議そうに首を傾げた。
「ルル?どうしたの?いってきますのキスは?」
照れも気取りも無く両腕を広げて妻がその間に収まるのを待っている様子はなんと云うか非常に居た堪れないものを感じるのだが、一応ヨーロピアンな祖父母を見て育っているわけだから、ラテン系なノリでハグもキスも交わすことにそう躊躇いは無い。中学生のころは恥ずかしくて仕方が無かったのだが、父は自分がどうしても好きになれない空の乗り物で仕事をしているわけだしいつも無事を祈って送り出すのが常だった。母を飛行機事故で亡くしていると、その同当時は思っていたわけだから仕事を変えてくれと頼んだことも何度か在る。その度にやんわり言い含められて悔しくてのひらを握り締めたことを覚えている。
(うん、今こんなこと思い出していても仕方が無いんだけどさ。)
おずおずと進み出た母をようやく腕の中に収めて満面の笑みを浮べた父は、息子の言うことをよく聞くんだよと、聞きようによってはどこの古い時代の家族のやりとりだという台詞のあと、ぐいと背伸びをした母が唇を寄せてきたことにびっくり目を丸くしていた。
「っ、 るる、」
「  気をつけて。」
口に一つ両頬に二つ、キスを送った母はそっと身を離して笑顔で言った。ちらりと振り返って自分を見たその母の目に、落ち着かない気持ちになってしまったのだが、この時は訳がわからず一過性のものだと片付けたのはまずかった。


*******


「ね、アズマ。」
「なに?」
母と二人でお茶を飲んでいたときだ。
「彼女とか、いないのか?」
「あー、いない、ね。」
そろそろ来るかなぁと思っていた質問であり、特に疚しいこともないから僕は事実を述べた。大学に入ってまわりではちらほらカップルが出来始めている。この時期はみんな浮かれていて手当たり次第試している感があるから、背伸びをした流行には乗らないようにしていた。我ながらチャレンジ精神に乏しいものだと思わないではないのだが、高校を卒業する頃から一緒に暮らし始めた目の前の母にも原因はあると思う。父にも多少は。
(僕は面食いなんだろうな、たぶん。)
人を見た目で判断しちゃいけないなんてよく言うけれど、綺麗な人を見てああ素敵だなと思うのは仕方の無いことだ。そして特に彼女がほしいと思うことにつけ切迫しているわけではないのなら、見ているだけで十分満足できることもあるわけで。本当に自分はこの人の息子なのだろうかと疑ってしまうくらい似ているところのない親子だけれど、そうであれば居た堪れないナルシズムに苛まれることなく母の美しい顔を見て目の保養ができるというわけで。息子がこんな目で自分を見ていると知ったらどう思うのかなぁと、別段疚しい感情ではないのだが正面からまじまじと美女を眺められる幸せに浸っていた僕は、無難に弾き出したはずの応答がひどい失敗であったことをこの時点で悟るべきだった。
「そう、そうか…ね、お父さんのこと、好き?」

この後、嫌に勢いづいた母さんに促されるまま、あまり馴染みの無い話の流れであるためか更なる失敗を重ねてしまったことは、女性と言うものに不馴れなためであるとは思いたくない。


枢木家の長男は今非常に困っていた。年頃の女の子と一つのベッドで休んでいたと言うわけでもないのに、そう言ったほうがどんなに救われるだろうかと臍を噛んでいた。つまりこうです。

「それで?小学校に入る前はスザクと一緒に眠っていたんだって?」
「…うん、でもあの、僕お祖母様の家では本当に小さい頃から一人部屋をもらっていてね、それがちょっと怖くてそれで」
「スザクのベッドに潜り込んでいたんだよな?毎日会えるわけじゃないしなぁ、パパが帰ってきたら嬉しいよな。それで?いつから呼び方が『父さん』になったんだ?」
「あー…小学校に入ってからかな、割とすぐ変えたような…」
確かに小さい頃は他の家よりも父親にべったりだったと思う。でもそれは仕方がないんじゃないか?母親がいなくて、目に入れても痛くないほどにかわいがってくれた父は一月の半分は会えなくて。
息子は母の嬉々とした追及に心の中で反論しつつ、いまだこの会話の行き先が解らずに方向転換をしたくても出来ないでいた。一体何がそんなに楽しいのだろう。…今、母さん頬を染めなかったか。何を考えた。
「もう少し大きくなってからもやったんじゃないか?一緒に寝てーって。」
「…。」
やった。確かにやったさ。でもそれはよくアウトドアに連れ出されてテントの中などですぐ近くで休むことに然程抵抗を感じなかったからで…いや、認めよう。どうしてか不安で不安で寝付けない夜が子どものころはあって、小学校に上ってからもこっそり父の寝室に忍び込んでは座り込んでいた。すると父が目を覚まして一緒に寝るかと声をかけてくるからつい…
「いいんだぞ?お母さん焼きもち焼いたりしないからな。でももう貸してやらないからな。」
「うん…。」
沈黙をどう取ったのか、母は寛容な素振りで微笑んで見せた。焼きもち?焼きもちだったのか…。どっちにだろう…僕になんだろうな…今は僕が、母さんと恥ずかしいくらいいちゃいちゃしている父さんに焼きもちを焼いているんだけど。羨ましいぞこの中年男とは言わないが…ん?
「…いや、いいかもしれない…ちょっとくらいなら貸してやるぞ?」
「…なにを?」
「スザク。私が帰ってきてからは独り占めしちゃっていたからな、悪いと思っていたんだ。」
「そ、そんなことないよ?もう父親が恋しい子どもでもないんだからそんな」
「いやでもな、スザクだって寂しいと思うぞ?帰ってきたら言ってみろよ。『パパ今日は一緒に寝てー』って。お母さんに遠慮することは無いんだぞ?」
母さんも息子に遠慮することはないんですが。


*******


それから二日間、そわそわと父の帰りを待つ母の様子に息子は不穏なものを感じていた。いつもなら父さんに早く会いたいのだろうなと微笑ましく見守っているのだが、今回はどうも素直に美人の母を愛でることができない。夜こそこそ長電話をしているのも気になる。会話の相手はナナリー叔母なのだとわかっているが、ちらりと覗くとすぐに声を潜めてしまうので何を話しているのか知ることが出来ない。
「ただいまー。」
「父さんお帰り!」
思わず玄関に迎えに出てしまった。待っていたんだよこの状況を打開できそうな救世主!いつもなら母が嬉々として出迎えるのだが、今日はなんだか背後に視線を感じるくらいで姿を見せない。
「どうしたの?ルルと喧嘩でもした?」
そのおかしな状況に首を傾げた父が、自分と、ばればれだがおそらく本人は隠れているつもりでドアの影からこちらを覗き見ている母を交互に見遣りながら言った。
「いや、至って良好な親子関係だとは思うんだけどちょっとここのところ母さんがおかしくて…」
「おかしい?アズマのときは別に情緒が不安定になったりはしなかったんだけどなぁ。」
「情緒と言うか、よからぬ方向に思考を向けているんじゃないかと…」
「なんだそれ。とにかくただいま。後で話をしてみるよ。」
「うん。 おかえり。」
ちらりと振り返れば、母が頬を赤らめてリビングに消えた。よくわかっていない父はショックとばかりにばたばた後を追いかけている。
「…なんとなくわかった。わかりたくないけどわかってしまった。」


◆つまりこういうことでした◆


「ナナリーナナリー!やっぱり私おかしいよな、アズマにスザクを取られたようで悔しかったのに、…ああいやその逆もあるんだけど今はそうじゃなくて…うんそう!二人がくっついているとどきどきするというか胸がきゅんとすると言うか……わかってくれるか!?そうなんだよなっ今でもほっぺにチューしちゃうところとか最初は悔しかったんだけど今は思わず覗き見しちゃうんだ。割と大きくなるまで一緒に寝ていたとか、もう私のツボをばっちり押さえた同じ顔の二人が仲良く寝ていたとか!…え?それほんと?すごくほしい…ああもうときめッす、すざく!?」
「…夫と息子でいけない想像するんじゃありません!!」


パパは息子よりもこっそり近づくのが得意なので、ママの秘密のお電話を盗み聞きしてみました。かなり驚きました。このあとルルーシュはお説教を受けたものと思います。


「私がしっかり!スザクさんとアズマ君のツーショットはアルバムに納めておりますわ!お姉さまと父×息子を語る日のために!」