少し前のことだ。スザクはとても気になっていることがあった。でも自分が何をしたいのかわからなくて。

 だからもう一度、確めようと思うのだ。    


ちがい


 シュナイゼルのオフィスで、玉城と扇がここにいない仲間の話題で盛り上がっていた。
「ルルーシュが上だろ、どう考えても」
「いやぁ、あれでいてスザク君も強気な子だから、きっと」
「強気とか弱気とかそんなんじゃなくてさぁ。あいつがネズミに掘られるタマかよ」
「玉城、下品」
 玉城とオフィスを訪ねていた扇刑事の会話を聞くともなしに聞いていたカレンは、彼らがガハハ!と笑いながら猥談をするのに溜め息をついた。軍の男所帯で鍛えられたカレンが猥談程度で頬を染めるわけもないが、他人のプライベートをネタにするのはいただけない。
「悪いな、カレン。でも実際のところ、あの二人はそういう仲なんだろう?」
 扇はミドルストリートから東、エリア11のスラムを管轄とする刑事で、法務局との雑務をこなすシュナイゼルと現場の指揮を取るルルーシュという役割分担の結果、軍の規律には通じていても司法官憲のノウハウは素人な彼のコーチ役を務めている。性格の丸い人好きのする人物だが、刑事の性か性格か、彼は好奇心が旺盛だった。玉城は言うに及ばずやらしい話題が大好きである。
「扇さんまで。ルルーシュとスザクはいたって健全な友人同士ですよ」
「友人っていってもなぁ。普段、それこそ日がな一日一緒に居るわけだろう彼らは。あの年頃で親友とべったりってのも珍しいぞ」
「ベッドだってダブルで一つなんだろ?」
「ルルーシュは使わないもの」
「でもこの前スザクが嬉しそうに話していたぞ。『ルルーシュが一緒に寝てくれたんだぁ』って」
 あの浮かれネズミが、とカレンは思った。何度も初恋のような甘酸っぱい、を通り越して砂を吐きたくなるノロケを聞かされているのである。カレンはスザクのルルーシュに対する気持ちを知っている。あれはおそらく恋愛なのだ。初めてのそれに舞い上がるのもわかるし、好きな相手が自分のすぐ目の前に居るのならそりゃあべったりするだろう。ただカレンの目には未だ肉欲を伴わない幼い好意に見えたから、唆すような玉城の言動に眉を顰めるのである。相手のルルーシュの出方がわからないのだ。明らかにねずみらぶ!な彼であるが、人間の、それも男のスザクに対して何を思っているかは謎である。そもそもかつてミレイの誘いもカレンの弱音も淡々冷静にお断りした男である。女の勘で、不馴れを厭った反応じゃないなと思いはした。漠然と。役に立たないわけではないらしい。もしかしたらものすごく淡白なだけなのかもしれない。どちらにしろ本来的な性別の壁をひょいと飛び越えられるほどの情熱が彼にあるとは思えない。一歩踏み込むとしたらスザクだろうとカレンは思うが、急いてはことを仕損じる典型だろう。玉城は弟のような感覚なのだろうが、スザクに逸ったことを吹き込みすぎる。
「それで、あんた余計なことを言ったんじゃないでしょうね」
「言ってないさ。強いのかどうかってことを訊いッで! いってーな!」
「そんなのわかるわけないでしょう!あの二人は私達が思うよりも子どもっぽいのよ!」
「子どもって、カレン、」
「ええまあ、そりゃあ私よりも一つ上よ?ルルーシュは。でもスザクはあのとおりのお子ちゃまだし、そもそも男同士だし」
「ルルーシュ君は軍隊にいたんだから知識はあると思うぞ。経験も…あれは童貞じゃないな」
 訳知り顔で扇が言った。
「わ、かるんですか?」
「でなけりゃ相当変わった男だな。この間担当したクライアント」
「…ああ。ルルーシュのことを私設のボディガードかなんかと勘違いして、」
 苦笑しながら言われた件を思い出す。スクランブル・イレヴン――生命保全プログラムの発動でルルーシュとスザクのペアが事件を担当した。証人の女性を解決までの一週間ほど保護していたのだが、ある暴力団の内部事情を知ってしまった彼女を付かず離れずの距離で守っていたルルーシュにそーゆー気持ちになってしまった、らしい。スザクの方は出会った最初がネズミだったから『人になるネズミ』という認識になってしまって対象外だったらしい。とにかく職務に真面目なルルーシュがしっかりきっちり仕事をこなしているのを、ごく個人的な好意と勘違いしたのかそれすら計算していたのか、危難が去る頃には妖しくお誘いした、らしい。
 対してルルーシュは。
「『風邪を引きますよ』でおしまいだ。動揺の欠片もない」
「そんなこともあったのか!ケッ、顔のいい野郎は得だよなぁ」
「スザク君も妙でね。赤くなりはしたんだが『ルルーシュの方が白いよね』と、言うものだから」
「あいつら何やってんのよ…」
「だからぁ!ルルーシュが色々教えてるんだって!あいつのことだから教科書に出てくるような単語であの手この手を」
「俺がどうした」
 玉城が声を大きくして存否さえ不明のルルーシュとスザクの夜の関係について力説しようとしたとき、当人達が帰って来た。
「うおわ!!」
「なんだ玉城。扇、来ていたのか。カレンにはこれ、」
 ルルーシュが驚いて仰け反った玉城を流し見た。また下らない話をしていたんだろうと、特に気に留めた風もなくオフィスにいた扇とカレンに視線を移す。手にしていた菓子箱を差し出した。
「あら、カトレアのクッキーシュー!ありがと。お茶にしましょう」
「淹れてくるよ。スザク、大きくならないと一個も食べきれないぞ」
 いつものように肩に乗っていたスザクがよく利く鼻をひくつかせているのを見て、目元を和らげながらルルーシュが声をかける。小さなネズミになったり人間になったり、質量保存の法則を無視しているようなスザクだが、多次元に体組織その他貯蔵物を保存しているから今見えている次元の姿が全てじゃない。ただ、大好きなお菓子を消化する器官は間違いなくネズミのそれなので、人型に戻らなければ小振りなシュークリームの半分もおなかに入らないだろう。
 今日で担当事件の検察への引継ぎが終わると言っていたから、一段落したご褒美にねだったに違いない。十個あまりも買ってきたのはカレンがオフィスに詰めているのを知ってのことだろう。置いておけば誰かが食べる。ルルーシュもスザクもこういうところは気の利く同僚だった。
「うん。待って、これ、さっき回収したチップ、あっ!」
「ひゃっ?」
 なにごと?と、箱を広げてシュークリームを配っていたカレンは振り向いた。スザクが肩から飛び降りて人間に戻るのを待っていたルルーシュが、素っ頓狂な声を上げたと思ったらぎゅっと自分の身体を抱きしめる。
「ごめん、ルルーシュの服の中に落としちゃった」
 まだネズミのままのスザクが暢気に言うのでわけがわかった。証拠資料として回収してきたマイクロチップを、四次元ポケットにしまっていたスザクが取り出してルルーシュに渡そうとしたのだろう。その途中でネズミの不器用なてのひらを滑らせてしまったのだ。
「…なんで今出すんだ」
「だって忘れちゃいそうだったんだもん」
「俺が覚えているから」
「僕がどこにしまったか忘れちゃうよ」
「スザク、お前の頭にはイン○ルが搭載されているんじゃなかったか」
「使い切れないよね、正直なところ」
「こらこら開き直るな」
「ふーんだ。とにかく取って来るからじっとしてて」
「は?取って…わ!わわっ?こら、スザクっ」
 そろりと身体から力を抜いたルルーシュがスザクを咎める目で話し始めたと思ったら、落としてしまったチップを拾おうとネズミがルルーシュの服の中に消えた。
 ちょろりと。
 ルルーシュの首の隙間から潜り込んだ。
 お茶も待たずにシューをぱくついていた玉城がぽかんと目を丸くする。
「す、すざ…ぁ ぁ、動くなばか!ちょ、どこに潜り込んで… うひゃっ?」
『暗いよー、マイクロ(小さい)チップだからどこにあるか…』
 再び自分の身体を掻き抱くようにして床に膝をついてしまったルルーシュが、あ、とか、わ、とか途切れ途切れに悲鳴を上げながら犯人のネズミの動きを止めようとしている。これまで何度も強調してきたが、スザクの毛皮はチンチラに似ている。ふわふわとしたぽやっ毛が体中を覆っている。極上の毛玉なのだ。その毛玉がルルーシュの、おそらく服と素肌の間でちょろちょろ動き回っている。暗くてよく見えないよぅとくぐもった声を上げながら。
 さすがのルルーシュも涙目になった。
「ほ、ほんとに、スザ そ、そんなところにあるかばか!動くな!俺が取る! ぅ ゃっ…!」
 ほんのり頬を染めながらこちょこちょちょろちょろ肌をくすぐるネズミに抗議するが、チップを見つけることに夢中になっているらしいスザクは気にしない。
「……だ、だいじょぶか、ルルーシュ?」
 そりゃ玉城だって心配してしまう。もう床にぺたんと座り込んでぷるぷる震えるルルーシュはおもむろにシャツのボタンに手をかけた。
「ちょっとルルーシュ!脱いじゃうの?」
「かれん…スザク、こいつ。つまみ出して…うぅ…」
 いつもの涼しい顔はどこへやら、まだもぞもぞちょろちょろしているらしいネズミを何とかしてくれと懇願されて、カレンはごくりと唾を飲んだ。やばい。誰だ、ルルーシュが上だなんて言ったの。
「待ってね、今助けてあげるから」
 カレンは真剣な目をしてルルーシュの服の袷に手をかけた。よほど弱いところをくすぐられているのか、もうルルーシュ自身の指には力が入っていない。今日は珍しくシンプルなテーラードジャケットにイタリアンカラーを合わせている。いつもきちっと隙なく実用的な戦闘スタイルを着込んでいるルルーシュも、初夏の陽気に気を緩めたのだろう。トラブルの予定もない。たださりげなく首筋から鎖骨までの綺麗に浮き上がったラインを覗かせるこれはいけない。隙間があるからスザクネズミがちょろりと潜り込めたのだ。
「スザク、出てきなさい。ルルーシュの服を脱がせちゃったほうが簡単よ」
 まだ見つからないのか出て来る気配のないネズミに声をかける。ボタンを一つ、二つと外しながら再度名前を呼ぶと、ルルーシュの腹のあたりがもぞりと動いたかと思えばぴょこんとスザクが顔を出した。
「見っけ!」
「ああそう…」
 得意げにちっちゃな指先に挟んでいるチップを掲げるスザクに、カレンは溜め息で返した。もう逃げられないようにしっかりとネズミをてのひらに包む。
「どうしたの?カレン、何か怒ってる?」
「呆れてるの。謝るのなら私よりもルルーシュよ」
「なんで?ルルーシュ……ど、したの」
「いや…」
 見なさいよ、とスザクの顔をルルーシュの方に向けてやれば、すっかり力が抜けたようにへたりこんでまだ肌がざわつくのか、両腕でその細い胴を抱き締めるのを見てネズミが目を丸くした。次いで感情を読み取ろうと鼻をひく付かせる。
「――ルルーシュ、よくわかんないよ」
「…俺もよくわからない」
「怒ってる?」
「いや、」
「……」
 下ろしてと言うので床にスザクを放る。タンッと着地したネズミはあっという間に人間の形を取った。そのまま鳩尾の辺りまでシャツが肌蹴たままのルルーシュの前にしゃがみこみ、なにやらぽっと頬を赤くする。
「その…くすぐったかった、よね」
「はじめてお前の毛皮がにくたらしくなったな」
「あの…僕、チップを拾うことしか頭になくて、」
「そうみたいだな。女にはやるなよ、絶対に」
「うん、それは、よくわかる」
 深く頷いたスザクに、はぁと一つ溜め息をついて乱れた服を直し始めたルルーシュを見た玉城と扇がこっそり顔を見合わせた。


「…逆でも、いいかもしんないな」
 玉城の呟きをカレンがすぱん!とはたいて吹き飛ばす。      








 ――と、いうことがあった。

「ルルーシュ、あのとき、僕、すごく…」
 スザクは二人暮らしのマンションの寝室で、心持ち距離を取っているルルーシュにもじもじ言った。
「すごく、なんだ」
「すごく…その、」
「その?」
「たまらない気持ちに、なったんだ!」
 引きながらも、根気よく問いかけてくれるのにはっきり言えない自分に焦れて、スザクは思わず大きな声を出した。ルルーシュが驚いた顔をしている。
「たまらないって、何が、」
「ルルーシュが!ルルーシュ、の…その……服の中に、潜り込んじゃって、」
 尻すぼみになる。スザクも自分が何を言おうとしているのかわからなかった。わからなかったからこうしてもう一度試そうとしているのだ。あの時、何も考えずにルルーシュの服とすべらかな肌の間に潜り込んで、自分の毛皮でルルーシュを困らせたあのとき。
 思えばものすごくルルーシュの近くに自分は行って、それも、とても際どいところまでくすぐってしまって。あのときは。

 あの時は、ネズミだったから思い至らなかったのだ。
 ネズミの身体はとても小さくてルルーシュのてのひらにすっぽり収まってしまう。ルルーシュの綺麗な顔のすぐ横の、肩の上に乗っていても平気だ。ちょっと顔を寄せればひげがルルーシュの頬に当るのだけれど、だからといって恥ずかしいとも思わなかった。ルルーシュだってそうだろう。彼がスザクの大事なしっぽを不用意に触ろうとするのもきっと同じだ。ネズミと人間は違うのだ。スザクだってもし目の前に猫のしっぽがあったら触りたいと思ったかもしれない。それがどんなものなのか、ネズミで人間のスザクにはわからないから。だから、小さな身体の時はルルーシュの顔の側に座ることも平気だし、ルルーシュの膝の上で寝転がることも出来るのである。
「膝の、上…」
「スザク?」
 ぼっ、と頬に熱が集まるのを感じた。膝の上だ。ルルーシュの膝の上。すぐ近くにはルルーシュの、ルルーシュの……
 ……だから、なんだというのだろうか。
「スザク?本当にどうした?別にもう怒っていないぞ。男同士だ、気にするな」
「おとこどうし…」
 何でもないように――事実本当に気にしていないのだろう。ルルーシュはふわふわのネズミが服の中に潜り込んだとしか思っていない――ルルーシュが言うから、スザクはまた少し混乱した。
 ルルーシュは男で、自分も男だ。だから互いの裸を見ても恥ずかしいとは思わない。ネズミと人間だったから、お風呂で身体を洗われたって我慢できたしおなかのなかに潜ってみても次はやるなよ、で済まされた。
 じゃあ、人間と人間だったら?
 男と男と云う前に、人間のスザクと人間のルルーシュだったら?
 ルルーシュはネズミのスザクのしっぽに触った。スザクの触られたくないもの。ちょっぴり恥ずかしいような気がするから。だから、ルルーシュも代わりに触っていいよと言った。どこに?

 …もちろん、スザクは決めていたのだ。もう一度、人間のてのひらでルルーシュの身体に触れてみたかった。

「ルルーシュ、上、脱がせてもいいかな」
「…必要なら」
 真剣な顔をして訊くスザクに、もとから逃げ出す気もなかったらしいルルーシュは大人しく上着とインナーを脱いだ。日に焼けず、真白い肌が露わになる。スザクはそっと、ベッドにルルーシュを寝かせて馬乗りになった。
「おい、スザク。これは、何だ…?」
「ちょっと触るだけだよ。大丈夫、僕だって今見えていないところにまで触れるのは、失礼だと思う…」
 細い腰つきのまますんなり伸びたルルーシュの脚はへその下あたりからぴっちりとしたパンツに覆われている。そこに触れるつもりはない。そんな勇気はない。分別はある。しっぽに触られたくらいで手を伸ばしていいものじゃないのだ。それは、わかる。
 スザクはほんの少し緊張で震えるてのひらをルルーシュの薄い腹に伸ばした。
「っ、」
 冷たかっただろうか。あたたかい肌が一瞬粟立ちルルーシュが短く息を詰めた。気づかない振りをして、ネズミの身体で無造作に触れた肌――鎖骨、鳩尾、薄く筋肉のついた胸、その飾り、
「っ、スザク、まだ、か」
「もう少し」
 しなやかに引き締まった腹部を撫でて、僅かに見えているへそのあたりをまさぐったスザクは、困惑しながらも大人しくしてくれているルルーシュの目を見た。
「ねぇルルーシュ、どうしよう…」
「どうした?」
「すごく、緊張するんだ。どきどきする」
「…緊張?」
「そう、心臓がうるさい。耳に聞えるくらいだ。何かに焦っているのかもしれない。でも、それが何に対してなのかわからない」
 独り言のようにスザクは言った。いつだって、ルルーシュに問えば答えが返ってきたのだ。知らないものの名前も、何を、どうしたらいいのかも。でもきっと、今のスザクの問いにルルーシュが答えることは出来ないだろう。ほんの少し、形のいい眉を寄せて黙り込んでいる顔を見てそう思う。
 どうしたらいいんだろう。自分は今、ルルーシュと同じ人間の姿でルルーシュの身体に触れている。
「スザク」
 もっともっと、余すところなく――と頭の中で囁く声が聞えた気がした。ルルーシュの、しっぽのないお尻を覆っている布を取り去ってしまえと声がする。そして、そう、触れるのだ。余すところなくこの手で触れて、きっとルルーシュはあの時みたいに頬を染める…恥ずかしそうに。少しだけ、苦しそうに…そして、そして………
「スザク」
「ッ! ごめん、ぼうっとしていた」
 強く名前を呼ばれて我に帰る。
 自分は今、何を考えていたんだろう。何をしようとしていた?何がしたかったんだ?
「寒い。もう着てもいいか」
 淡々とルルーシュが言った。あわてて自分の身体をどける。脱いでもらった服を着せてやりながら、スザクはじっと考え続けた。その夜ルルーシュはずっと出かけていた。


 翌朝。
「……これ、が」


 脳内ライブラリーを呼び出した。これは。

「ルルーシュがいなくてよかたって、はじめて思った…」
 湿ったシーツを前にどうしようかスザクは悩んで、苦笑いを零した。




fin.



スザクさんすみませんな話…(土下座)思春期ネズミをちょっとずつ人間にシフトさせていく感じ。