身体的なスザルルの理由を口の悪いルルーシュで妄想してみる。
「よぉ、スザク!」
大学を出て三年。久しぶりに待ち合わせて顔を合わせる友人は軽く手を挙げて駆け寄ってきた。
「久しぶりだなぁ。元気だった?」
季節は冬の入り口。木枯らしが乱したのだろう少し長めの黒髪を手櫛で整えながら訊いて来るのに、スザクはこの通りだよと笑って見せて、寒いところをやってきたばかりの友人に自分と同じものを頼んだ。
暖かいバーの中で、どさりと隣に腰掛けたルルーシュからは冬のにおいがした。雪の香りだと言えばそんなものあるわけないと笑われたのを覚えている。
「眼鏡にしたんだ。」
店に足を踏み入れるなりさりげない仕草で外された細いフレームのそれは、今ルルーシュの手の中で曇りが退くまで手慰みに弄ばれている。学生時代は人前ならコンタクトで通していたと記憶していた。違和感にそう訊ねれば、脚を組み替えたルルーシュはちらとスザクと眼鏡を見やって流れるような動作でそれをしまった。ジャケットの胸ポケット。無造作に突っ込んだ様に見えてそれは計算された動作であった。注文した酒が届くとまた流れるような腕の動きでグラスを手に取る。二口三口と急いた風でもなく飲み下したルルーシュはリクエストで、と目を細めた。笑っているように見えたが、それはスザクにとって好ましいものではなかった。
「この距離ならスザクの顔も見えるよ。なんだ、お前、少し疲れているようじゃないか?」
まだ外気の冷たさを残したルルーシュの指がするりと頬を撫でた。そしてすぐに離れてゆく。決して、素早い動作ではないのだ。触れてすぐもとの距離に戻る。それはごく自然な所作であってべたりべたりと触れ合うのは社会に出た男同士で薄ら寒いものを感じるだろう。
(寒い、さむい――)
ここが、二人きりではないバーの一角、低い照明で照らし出されたカウンターであるから?清潔なシーツと少し狭いベッドの上だったとしたら、それは。
スザクは心の中だけで呟き、仕事が忙しいのだと如才のない答えを返した。ルルーシュも、夜だからだろうか一つ一つの動作が気だるげで、酒には強いだろうに一杯干しただけで透明な紫の瞳が潤んでいるように見える。そっちこそどうなんだよと、些か乱暴に肩を抱いて引き寄せればまたいつもの軽口だ。ルルーシュの本心などいつだってどこにあるかわからない。大学の同期。気の置けない時間を過ごした仲だというのに。
昔は親しさの表れだと自惚れていた遠慮のないやりとりも、相手の心の底を覗き込めないなら大した価値などではないのだとついこの間気づいたばかりだった。
「スザクく〜ん?俺はお前の体が空くのに合わせてはるばるNYから会いに来てあげたんだぞぉ?
時差ぼけで頭がぐらぐらするんだ。揺するんじゃないよ。」
声は笑みを含んでいたが、ルルーシュは冷たい手でスザクの腕をやんわり――それは有無を言わせない力を伴ってはいなかったか――追いやってカウンターに片手で頬杖をついた。彼の方こそ疲れているというのは本当だろう。本社の在るアメリカだけでなくここ日本でも名の知れた企業の経営を担う、彼はそこの一族の三男で、知り合ったのはスザクが留学していた頃になる。まだ若いからと表に出てきはしないがそれは吸収すべきことも多分にあるということで、多忙なはずの彼に無理を言って呼び出したのはスザクの方であった。三年ぶり。それは人を変えるのに十分な時間か、それは変わってしまったことを当の本人が隠そうと労を払うほどの変化をもたらしうるか。
スザクは記憶にあるままの人の悪い笑みを浮かべて揶揄してくるルルーシュに、性急過ぎやしないかと自覚しながら切り出した。
「泊まりは先生のお勧めの宿だよ。一見お断りの老舗。偶の日本だ。ホテルも味気ないだろう。」
「ふぅん。お前もその内出馬するわけ?」
ルルーシュは興味もなさそうに存外細い髪の先を弄りながら話を逸らした。彼の妙な癖だった。子どもじみた仕草は極力排そうと気を使っていることを知っていた。けれど長めのサイドの髪を弄るのが癖で、実は甘いものが好物なのだということをはにかみながら教えられたときは嬉しかったのだ。一番近くにいるのは自分なのだとそう思うことが出来たから。
「まだまだ。いずれは父のあとを継ぐだろうけど今はまだ勉強が足りない。やっと本人から秘書方までの顔と名前を一致させたくらいで、腹芸は君の方が得意なんじゃないか。」
「なんだよ、志の低いやつだな。うちも件の焦げ付きであおりを食らってるけどさぁ。このままいけばまさに政界のサラブレッドのお前が。なっさけな。日本の未来を所って立ちますぅ!くらいは言えないわけ?」
クク、と喉の奥で笑いながら自信がないようにも、あるのに隠しているようにも見えるスザクを、前者と取ったのかルルーシュはいつもの調子でからかった。この友人は口が悪いのだ。以前悪口の語彙では群を抜くのだと楽しそうに片手間でロシア語を学んでいた姿を思い出す。頭の切れる人間と云うのはその使い方がおかしいと常々思っていたスザクは、流暢な日本語で捲し立てるルルーシュが不意にトーンを落としたのを危うく聞き逃すところだった。
「――…で、お前は何を言いたいわけ。ろくでもないこと言ったら速攻で帰るから。」
顎を逸らして見下ろすような眼差しでそう言われた。
話を逸らしたのは君じゃないかと言いかけて、やめる。くだらないおしゃべりがしたいのならそれはそれで構わないと思うのだ。すぐに取り掛かりたい話題でもない。声をかけて一月、ようやく会えたルルーシュである。ポケットから覗くイヤーフレームに視線をやる。
「ナナリーは綺麗になったんだろうね。」
「お前に会いたがっていたよ。たまにはこっち来いって。」
「そうしたいのは山々なんだけどなぁ。そっちの方が自由だし。」
「よからぬことを企むために自由なわけじゃないんだぞ。いやん、スザクのエッチ〜」
そろりと膝の上に手を伸ばせば払いのけるでもなくルルーシュが軽口を叩いた。ぴしりと指で弾かれたがくすくすと笑っているので下ろさなくてもいいのだろう。そう考えたスザクは薄暗いカウンターの片隅でするりと手触りのいいズボンを撫で、内側に、手を滑り込ませた。
「変態。」
「ならつまみ出せば。」
「お前はしらばっくれて通るんじゃないの。恥をかくのは俺一人。うわ、さいてー。」
相変わらずやわらかさの足りない太腿だ。いつも細身でラインに沿うものばかり身につけるから見た目どおりと言えばそうなのだけれど、実際に触れてみるのとそうでないのとは違う。温かい。ルルーシュが好んで着る黒の色味の強い服装からは冷たさばかりが目に付くのだ。布越しでも僅かな体温を感じる。隔てるものがなければ、それは熱いのだろうか。昔の記憶を辿りながら黒に隠された真っ白な肌を思い浮かべる。
「そんな卑怯な真似はしないさ。お騒がせしてすみませんって、僕も一緒に謝ってやるよ。」
「それが卑怯って言うんだよ。付き合うつもりはないぞ、はいお触り禁止ー。」
「それは、場所を替えても?」
ついにルルーシュの手でつまみ出されたスザクは行く先を失った自分のそれを、なんでもない風に頬に当てた。ルルーシュのてのひらは少しも温まっていない。なのに触れていた自分の手は彼の体温を吸い取って温かい。おかしいなと思う。そしてほんの少し嫌だなと。
「ホテルは自分で押さえたよ。明日の朝の便で足を伸ばして上海さ。視察っていうの?見ているだけさ。」
じとりと絡まるような視線に気づかない風に、ルルーシュが答えた。ここでお別れだと、そ知らぬ風に。
「…どうして、」
「俺はお前とは違うよ、スザク。」
「何が」
「俺は普通の男なの。女がすきなの。わかる?」
いきなりの直球だった。ひゅっと息を飲んだスザクを見ているのか見ていないのか、しかし変わらない様子で脚を組み替えたルルーシュはわざと気づかないふりをしたのだ。ばっさりと切り捨てられた痛みを誤魔化すようにひくりと唇を吊り上げたスザクに目をやって、あからさまにほっとした表情を形作る。傷付けようとしていたくせに、そんな取り繕ったようなものはいらないのに。心の中では飄々と冷静に観察しているくせに。
「そ、れはじゃあ君も随分な物好きだ。付き合ってくれてたわけ。悪かったな。」
スザクの返しにルルーシュは肩を竦めて言った。
「極めて原始的な火遊びだ。中々興味深かったよ。」
「僕は君にとって毛色の珍しい異人種か何か?ルルーシュだって驚くぐらい器用だと思うね。」
『普通の男』がよくもまあと、恨みがましくならないよう細心の注意を払ってスザクは言った。これはじくじくと膿みだした傷口から目を背けるための会話じゃない。やり返すのもそれは不自然な形で別れたくはないからだ。ルルーシュは友人としても惜しい、親友としてはもっと惜しい。恋人、を、勘違いの上に成り立った関係を清算しよう。そう、爽やかに。
…悪足掻きだった。
「器用?そうかね、ふぅん…。加えて心が広いと言いたいなら言わせてやろう。」
「何でだよ。思考が柔軟だと誉めてもらいたいなら言うけど、何を企んでいるんだルルーシュ。」
そう長い時間を共に過ごしたわけではない。だが短くもない。意地悪で口の悪いこの男が楽しそうに目を細めているときはろくなことがないのだと、スザクはよく知っていた。
「別に。謝る必要はないと言いたかっただけさ。さっきの。」
『悪かったな』と、それだけ辛うじて言えた台詞をルルーシュが繰り返す。スザクは訝しげに見返した。跡腐れなく親友に戻ろう、そう願うのに(できればもうこの話題から離れたいというのが本心だった。ばつが悪いことこの上ない。)ルルーシュがそれを引き止める。謝罪は不要。不穏な言葉だ。それはカウンターで返すという宣言に聞えて、スザクはそのとおりであったことを知って項垂れた。
「俺は同意して、そして他にやりようがなかった。」
つまり受け入れてくれと、暗黙のうちに逢瀬は二人の位置を固定し。それは交換することが出来なかった。ルルーシュには無理だから。ルルーシュは、スザクに対して―――
「お前の方が器用だよ。」
含みを持たせてハハと笑ったルルーシュはコートを手に立ち上がった。
「…お客様、そろそろ店を閉めますので、」
マスターが気遣わしげに声をかけてきた。スザクはのろのろと顔をあげて立ち上がる。ルルーシュはスザクの肩を軽く叩いて行ってしまった。元気でなと、いつものように言い置いて。
「こちら、お連れ様がお帰りになるときにお渡しするようにと。」
「…なに?」
支払いを済ませて受け取ったものは小さなメモだ。名刺の裏に走り書きしたような一言。
式には駆けつけるよ。
くしゃりとそれを握りつぶしてスザクは店を飛び出した。
「―――…ルルーシュッ」
「なんだよ、みっともないぞ。」
タクシーを捕まえて空港を目指せば、案の定最終のNY行きのゲートをくぐろうとしていたルルーシュがいた。今日は本当に、スザクに会うためだけに彼はやってきたのだ。空の上では眠れないと言っていたくせにとんぼ返りなど。
走ってきたスザクの、乱れた襟元を呆れた顔で直してやりながらのルルーシュの目を覗き込む。
「母に、なにか?」
それだけの問いでルルーシュにはわかったらしい。もう少し早い便にすればよかったと舌打ちをしている。
「無駄だよ、仕事を放ってでも君に会いに行って確めた。」
「あー…、んじゃ俺は隠せない悪事は働くなって説教して追い返すぞ。」
時間を気にしながら言うルルーシュの腕をがしりと掴む。そんな、そんなことを言うのは。
「迷惑を、かけたのか?」
「いや。」
短い否定の言葉がすぐに返った。ルルーシュの表情は読めない。
「俺は嘘なんて言っちゃいない。何を期待してもお前の思う通りにはならないんだ、スザク。」
「それならこのまま駆け落ちしよう。」
「ハッ!ばっかじゃないの。帰れよ。俺は明日も仕事がある。」
ルルーシュは一笑に付してスザクの肩を押した。グランドホステスに迷惑をかけるだろうと、もう顔もスザクを向いてはいない。それでもここで譲るわけには行かなかった。
「ルルーシュ。嫌だ。行かせない。」
「勝手だね。それこそ迷惑だ。」
「母か、それとも神楽耶か。何を言った?まだそういった話があるだけで僕は、」
「スザク、お前って馬鹿?今いま決まるもんじゃなくてもいつかは現実になるんだよ。俺を理由に路頭に迷ってみろ。面倒なんか見てやらないからな。」
「ゴシップなんて今の時代になにを。くだらないよ、くだらないさ。ルルーシュ、じゃあ、じゃあ君は君の気持ちは?」
「言うつもりはない。」
そう、彼は嘘は言わない。だから口を噤むのだ。ならば。
「僕のいいように取る。」
「強引なやつは嫌いだ。目の前しか見えていない奴も。…離せよ、離せって」
ちらほらと視線を集め始めていた。スザクは一瞥してそれでも逃れようとするルルーシュを、腕の中に閉じ込めた。びくりと震えて突き放そうともがく。ああ、そうだ。初めて抱き合ったときもそうだった。ほんの少しの怯えともっと大きな好奇心と、そして確かな熱が二人の間にはあったはずなのに。どうしてそれを忘れていたんだろう。
「…スザク、」
「君が本当に嫌だというのなら邪魔をしない。僕をそういう目で見られないと言うんなら、それも仕方がない。でも僕は、君じゃないと、」
「なぁ、普通に生きろよ…馬鹿なこと言ってないで戻れって。俺の方だって自由になるわけじゃないんだぞ。」
ルルーシュが天を仰いだのがわかった。どうしようもないというふうに、諦めの色が声に滲む。何を考えているかわからないルルーシュの心が、ほんの少しだけ見えた気がした。
「でも、だ。さっきの。器用だなって。怒ったように聞えたのは僕の願望か?」
「ばか。そうだよ、そうに決まってる。」
「結婚はしないよ。」
「不用意な発言は控えろ。」
「君しか聞いていない。ルルーシュ、」
ぎょっとしたような視線を感じながら、スザクは投げやりにベンチに脚を投げ出して座っているルルーシュの航空券を清算しに行った。睨まれるのは俺なんだって、と泣きそうな顔でぼやいているルルーシュは、でも唇を奪われて逃げ出しはしなかった。
…また収拾がつかなくなってしまいました。本当はこんな曖昧な背景をつけるつもりはなかったのですが、何となく、ルルーシュが身を退くシチュエーションって、現代パラレルならどんなのあるかなぁと妄想し始めたらとまらなかったです
…。はっきり書かなくても通じる技がほしい…精進…いや無理…(しょんぼり)
※本当はこんな風な下品な会話(R-16、くらいです)を書きたかったんです。なんでこうなっちゃったんだろう…。
スザルルで、どっちも口が悪い上に意地悪です。
「変態。ホモ。童顔。ケダモノ。」
「ホモというよりバイだよ。君はホモだけど。」
「ハッ!ばっかじゃないの。俺はお前に付き合ってやってるだけさ。」
「ああそう?でも嘘じゃないだろ、あぁんとか言うくせに。そっちのほうが変態。よく突っ込まれて女みたいな声が出せるよ。感心。」
「うーわー、それ聞いてでかくしてる奴に言われたかないね。棚上げ反対。」
「はいはい、でかくてかたいので突かれて感じちゃうのはどこのどいつだよ。好きモノなのはどっちかな。」
「はい先生、枢木スザク君です。彼は男でも勃っちゃう変態なんです。主はお許しになるのでしょうかアーメン。」
「あそこいっぱいにしてよがっちゃうルルーシュ君の明日はどっちでしょうか、僕は心配で夜も眠れません。」
「強引に事を進めておいて無責任な奴だなおまえ。」
「だから心配してるんじゃないか。なに?ルルーシュ今の役割に不満でも?できるかぎり善処しよう。」
「んや、いらない。お前がその狭い心でどこまでの妥協をしてくれるかはさておいてだな、お前がタチで俺がネコなのは仕方のないことだと思っている。」
「え、それってなに、体力のこととか自分の女顔を諦めてのこととかそれともそっちがよくなっちゃった?うわ、ほんとルルーシュの将来が心配。」
「仕返しなのかどうなのか俺には判断できないんだが、少なくともお前に心配される理由じゃないから安心しろ。」
「言って見れば。安心させてくれないの。」
「言ってほしい?言っていいのか?言っちゃうぞ?」
「うんすごく言いたそうだからどうぞー。僕も気になるさね。」
「ふむ。お前のことはサディストだと思っていたが見解を改めよう。」
「なんだよ。」
「つまり俺はお前に突っ込みたいと思わないのだ。」
「なんで。」
「というか突っ込めない。」
「だからなんで。」
「それは物理的に不可能だからだ。つまりその気にならないんだ。俺はノーマルだからな!」
「……………地味に、へこむ。」
という理由でスザルルの身体的な左右は決まっていると思うのは、少数派なのかどうなのか…。(おわります。)