母の日シリーズで例えば歌について。スザクさんとルルのレベルに差があったということにしてください。





懐かしいあの歌は


その日スザクは自宅に到着するなり真っ先にバスルームへと向かった。いつもは玄関先で迎えてくれる妻を抱擁してから着替えるために一旦自室へ行き、改めて階下へ降りていちゃいちゃべたべたと一人息子が白い目で眺めやるのなどどこ吹く風で、万年新婚夫婦の体で幸せを満喫するのが常であったが、この頃は違う。まず手を洗いうがいをして、訓練生時代のような素早さで以って身支度を整えてからリビングに駆け込むのが習慣になっていた。もう一人家族が増えようとしているのである。おなかの大きくなってきた妻に外から持ち帰ってきたかもしれないウイルスなど寄せ付けてなるものか。木枯らしの吹くこの季節、第一子から十八ばかりの年を隔てて春にははじめての女の子のパパになる予定だった。
ラインパイロットの職性上毎日家に帰ることもできないが帰ることの出来る日は家族揃っての夕食をとることが出来るし夜もゆっくり眠ることができる。朝はかなりの早起きも強いられるがそこは四十路も越えんとする年の頃であっても一向に体力の衰えなど見せないスザクにしてみれば、ただ一緒に眠るルルーシュの目も覚ましてしまうことを申し訳なく思うだけである(そろりと起きてそろりと家を出て出勤してみたことがある。帰ってみたらつんつん拗ねてあてつけるように息子にべったりと甘える妻に涙がちょちょぎれる思いであった。息子は困っていたので代わってやりたいと思うが後の祭りである。)。三日間続けてのステイ勤務を終えてさすがに疲れは見えるはずではあるがとにかくスザクはゆるみきった顔をしてリビングへと足を踏み入れたのである。

ピン、と張り詰めた空気を感じたが気のせいだろうと流してソファに腰掛けたルルーシュの元に歩み寄る。
「ただいま〜。パパでちゅよ〜きこえましゅかぁ?ふふ、今日もお歌を歌ってあげまちょうね、何がいいかなぁ…よし、『おうまのおやこは」
「アズマ、捕獲!」
「ラジャ、」
「なにっ!?」

あっという間のことだった。
スザクはルルーシュの鋭い命令に背後から忍び寄った息子が伸ばしてきた腕に引き摺られ、ずるずると愛する妻と娘から引き離されてしまった。
「なんでっ?どうして!?僕なにか悪いことした?ちゃんと手洗いうがいもしたよ、服も着替えたし風邪も引いてないよぅ!アズマもしかしてやきもち?」
「ちがうね。僕は僕なりに父さんの罪状と云うものを確信したのさ。」
がしっと父親を羽交い絞めにしながら飄々と言う息子の台詞の意味がわからない。枢木家で一対だけの緑の目をきょときょとと彷徨わせるスザクに、眉尻を下げかけたルルーシュがきゅっと顔を引き締めてこくんと頷く。
「ずっとずーっと心配していたんだ。ちっちゃい頃はまだいいだろうと大目に見ていたんだが、やっぱりだめだ。アズマを見て確信した。ちなみに私は半分やきもちだぞ。」
娘むすめって、私のことはちっとも気にしてくれないで、と珍しく素直な拗ねを見せるルルーシュにスザクはまた頬をゆるませ息子は溜め息をつきかけたが、それでも意思の疎通は図れていなかった。機上ではコンピューター並みの精度と回転を見せるスザクの頭脳も我が家で愛する家族に囲まれていれば幸せボケに走るらしい。だが息子の腕の力が揺るがないのと一向に態度を変えないルルーシュにそろそろ不安を感じたのか、スザクは必死に考え始めた。

(赤ちゃん言葉は特に禁止されていなかった。アズマの時もそうだ。子ども時代からきちんとした言葉で話しかけようと、言っていたルルーシュからべたべたになっちゃったんだから僕に罪はない。…やきもち、でも帰って真っ先にルルにただいまって言ったしお風呂も一緒に入るつもりだし明日は午後からだし…違うか。アズマに何かしたって?これと言ってまずいことは何も…)
「ちなみに浮気を疑っているわけでもないしそれほどステレオタイプな家庭でもないということは、母さんも僕も了解しているからね。歌だよ、父さん。歌わなければ母さんのところに行ってもいいよ。」
へ?と、間の抜けた声を上げたスザクに息子ははぁと深くため息をついた。ルルーシュはうんうんと頷きながらスザクの様子を見守っている。
「…なんでだめなの?いいんでしょ、胎教って。もう聞えているんでしょ?」
「聞えているからだめなんだ。生まれてきてもスザクはこの子の前で歌っちゃだめだぞ。音痴がうつる。」
「そ、そんなっ!?」

思いもしなかったことを言われてスザクは心底驚いた。音痴?僕が?
ずーんと沈んでしまった父親に若干の同情の眼差しを向けた息子は、もう離しても大丈夫だろうと(先ほどからじたばた暴れる自分よりも大きな身体を押さえつけていたので腕が痺れていた。両親ともそのまた親から上背があるので身長だけは追いつけそうだが全体的なバランスとして追い越せるかどうかは心もとない親子である。)解放すれば、ショックを受けたままのスザクが床に手をついてめり込みかけていた。
「父さん、あのね。悪気があってのことじゃないんだ。僕らだってこんなことを父さんに言いたくはないんだよ。母さんも迷いに迷って、ようやく心を鬼にしてああ言っただけなんだ。」
「…なんで突然そんなことを言い出したんだい?僕、ずっと…あの子にもお前にも歌いかけてきたじゃないか…。」
うるうるとやたら大きな目を潤ませて訊いて来るのに、息子はしかし慣れと同性であることを以って同情の眼差しの温度を下げた。四十路の親父の泣き落としに屈する息子がいてたまるか。
だがルルーシュはさすがに可哀相になったのか一体どこにときめいたのか知らないし知りたくもないが何かを言いかけてはもじもじと俯いている。
やばいと思った息子は自然と鬼になる心で父をひたと見据えて言った。
「いいかい父さん。母さんは歌が上手だ。音感もいいしリズム感もまともだ。」
「だってルルは昔からピアノを習っていたんだからそれは」
「そうだね。お祖母様も一通りの嗜みはあるしナナリー伯母様は本職だ。お祖父様だってクラシックには造詣が深い。」
「僕も好きだよ、クラシック。」
それは知ってると、一応は頷いてやるが問題はそこじゃない。先ほどのワンフレーズを思い出してぐっと拳を握り締める。
「でも歌は下手だろう。」



********




おおきな のっぽの ふるどけい

家に帰るとリビングから優しい声が聞えて来た。母が歌っているのだ。
「ただいま。」
「ひゃくねん いつも、 おかえり。どうした?浮かない顔をして。」
春に生まれる予定の、おなかの中の赤ん坊に歌ってやっていたのだろう。もうそろそろ七ヶ月になろうとしている母のおなかはふっくらと膨らんで、身近に産み月の女性などいたためしがない枢木家の長男は一体どこまで大きくなるんだと内心いつもびくびくしていた。ほっそりとした母が重たそうに立ち上がるのに出くわしては慌てて手を伸ばすものの、まさかそこが一番重そうだと、膨らんだ腹を持ち上げるわけにもいかずおろおろと上げたそれを彷徨わせてはくすくすとおかしそうに笑われる。スザクもそうだったとこっそり言われて、ああそこは親子なんだと曖昧な笑みが零れたものだが、続いた母の言葉には閉口した。
あわてて支えに来てくれるところまでは同じなのだが、父は迷った挙句後ろからおなかを支えて(つまり大きなスイカを正面、両手で持っている状態になるらしい)「…少しは軽い?」と言ったらしい。これでは歩けないと笑い話になったらしいが自分にはそこまでやる度胸はないし(だって身体が密着するのだ。)、なんとなくデリカシーに欠けているような気もするのだ。今は落ち着いて(たまに取り乱すが)堂に入った父親っぷりを発揮している父が、昔はおろおろと妊娠中の母を気遣っていたのを微笑ましく思うに留めておく。
話が逸れてしまったが、憮然とした顔をしていたのかと恥ずかしく思いながら先ほどの友人とのやりとりを母に話した。
「いや、母さんは歌がうまいんだなって思ったんだ。僕は音痴なんだよ。さっき玉城とナオトにカラオケに付き合わされたんだけど、マイクを握らされないよう苦心した。」
持ち歌の一つもあれば女の子にもてるぞぅ〜と、年の瀬も迫り短いが冬休みを間近に控えた開放感で玉城が誘ったのだ。合コンなぞ特に興味もないのだが、ゼミの集まりで二次会はカラオケに流れることも多い。人数がいるのだから歌わずに済ませることはそう難しいことではないのだが、自分に歌わせたがる人間が多いことに少し気まずいものを感じていた。音痴なのだ。友人がどれだけのレベルで歌うのか気になっていたこともあり、アズマは渋々ながら後について行ったのだ。
「…下手なのか?」
思い出して唸る息子に、ルルーシュが躊躇いがちに訊ねた。
「うまくはない。」
「でも過去の通信簿を見た限りでは、」
「聴音を出してくる試験はほとんどなかったんだよ。歌も楽器も実技の上手下手よりもやる気を重視するだろう。ペーパーテストは押えていたから人並みの成績をもらっていただけなんだ。」
どうも音楽だけはいまいち落ち込んでいる成績表を母がどう思っていたかは知らない。体育もいまいちなのだがこれは私に似たんだなぁと苦笑交じりに言うのを隣で父が茶化していた記憶が鮮明で、大学に入ってしまえば専攻していない限り話題に上ることもないだろう科目はそれきり忘れられていたのである。
母さんに似ればよかったんだけどとぼやけば、なぜか母は視線を彷徨わせて言葉を探すように遠い目をした。
「ええと、な…スザクの歌はどう思う?」
「父さんは、普通なんじゃないの?」
「…本当にそう思うのか?」
「たまに歌詞を飛ばすこともあるけど、…あれ、下手なの?」
しごく言い難そうに眉を顰めて言われ、大きくなってからはあまり聞いたことがないが、幼い頃は機嫌がよいとすぐに歌い出す父の歌声なんぞを思い出してみる。取り立ててうまくもないが下手でもないような気がするのだが、母はそう答えれば渋面をつくって黙り込んでしまった。
「母さん?」
「…いや、うん。はっきり言ってしまえば調子っぱずれだ。」
「…一般的に見て、そんなにおかしい?」
「声はいいのにもったいないよな。」
フォローするのを早々に諦めたらしい母はそう容赦なく言い切った。遺伝なのかと、そんなもの遺伝するものなのかと腕を組んで考え込んでいると、実はと切り出された昔話に息子の目が据わった。



********




フォローは最初に入れておく。
そう言いおいて訥々と語り始めた愛息子の話に、スザクはがくりと床に懐いた。つまりこうである。

はじめての子どもに浮かれた新米パパは、ものの本で見つけた『胎児に話しかけてやるのも歌を聞かせてやるのも、その成長によい影響を及ぼすものである』といういわゆる胎教を実践してみようと時間があればルルーシュのおなかに向かってうろ覚えの童謡を歌い聞かせたらしい。


 「『ゆうや〜けこやけ〜の あかと〜ん〜ぼ〜 おわれ〜てみたの〜は〜』」
 「…スザク、」
 「『いつの〜ひ〜』 なに?えへへ、僕の声覚えてくれるかなぁ。今日同僚の話にぞっとしちゃってさ。」
 「なんだ?」
 「勤務が詰まってくると中々家に帰れなくなるだろう?それでなくても一年の半分近くを外泊で過ごすんだから、子どもが言うらしいんだよ。」
 「なんて?」
 「『パパ、もう帰っちゃうの?』ってさ。自分の家から出勤するときに言われたんだって。夜は早く寝ちゃう子どもにしてみれば遅く帰って来る父親と顔を合わせない日も多いらしくて、『また遊びに来てね』ってさぁ…僕、そんなこと言われたら泣いちゃう…」
 「…覚えているさ。きっとパパの声だってわかってくれるさ。ほら、一緒に歌おうか。」


つまり母は調子っぱずれな父の歌を時間が許す限り聞かされ続けている我が子に若干の不安を感じたものの、同僚の話を未来の我が身に映してしょんぼりしてしまったらしい父が可哀相になったのだという。胎児にそれほど鮮明に聞えてはいないはずだし、話しかけてやることが大切なのだと思ったからと、すまなそうに言う母の気持ちもわからないではない。生まれてくる前から両親に大切にされてきたんだなぁとくすぐったい気持ちにはなるが悪い気もしない。だが因果関係こそ証明できないものの、現在音痴、誰が聞いても苦笑いを浮かべる自分の歌唱レベルにはほとほとうんざりしていた息子は、はじめての妹に同じ思いをさせてなるものかと心を鬼にして父の所業を止めに入ったのである。
「絶対禁止。生まれてからも禁止。普通に話しかければいいじゃないか。本でも読んでやればいい。」
「…なぁ我が息子よ。父さんそんなに歌が下手?」
「僕はそう思わない。」
「なら、」
「下手だということがわからないからこわいんじゃないか。僕だって正しく歌っているつもりなんだけど、傍から聞いたら外しているみたいなんだ。一人ひとり前に出て歌わされるテストではじめて自分の音痴を知ってショックだったんだよ。名曲は名曲だと思うけど、調子を外していても気づかないのは問題なんだ。女の子だからナナリー叔母様がピアノを教えたがるだろうし、できればおかしな癖はつけさせたくないんだよ。」
「るるぅ、ここにもう一人パパがいるよぅ。」
「妹のことをよく考えてくれるいいお兄ちゃんじゃないか。ごめんなアズマ。私がそばにいたら有害音声をシャットアウトしていたものを。」
「そんなひどいっ!ルルだって止めなかったくせに!」
「その点についてはどうも母さんの意志が弱いみたいだから僕が阻止する。」
今度は母がしゅんと項垂れてしまった。かわいそうだとも思うのだが、基本的にこの人は父に甘いのだ。実は私の方がスザクに一目惚れでと、頬を赤らめながら告白してきたのはいつのことだか忘れたが、あまり人付き合いに自信を持てなかったらしい母が機上で出会った父は、年上で優しげで甘いマスクでFAのお姉さま方にも人気のナイスガイで(このあたりで常はツンツン尖りがちな母の熱をはかりかけた息子であるが、たまにこうして惚気るのだ。言うだけ言って最後は『まあ、あんなのだけど。』で締めるのはデレデレデレ、ツンと表現するのが正しいだろうか。どうも母はその一言で夫にべた惚れな台詞の一切を相殺できると思っているらしい。照れ隠しにしか見えないことを教えてやるべきか否か迷い始めた今日この頃である。)、世界で一番格好いいのは自分の叔父であると信じて疑わなかった母がはじめてきゅんと胸をときめかせた人であるらしい。まあ好き嫌いには個人差があるので惚れた欲目と流してしまうことに努めたのではあるが、なまじ父に見た目はそっくりであるために自分が告白されているようで気恥ずかしさの拭えない息子であった。この顔が世界に二つあるなんてと、うっとり言われて大変居心地の悪い思いをしたのは記憶に新しい。また話が逸れてしまったのだが、つまりルルーシュはスザクのすることには厳しくなりきれないのである。胎児のうちはと調子っぱずれながらも愛情に溢れた歌声を披露する夫に不安よりも微笑ましさを感じて放っておいたルルーシュであるが、生まれてからもそれは変わらなかったのである。

 ――・・・おうまの おやこは』」
自宅に連れ帰った息子を風呂に入れているスザクの声が、そろそろ引き取る頃かなとバスタオルを用意してバスルームに向かうルルーシュに聞えた。
「まーた歌ってる。もういい加減やめさせないとなぁ。」
大人の長風呂に付き合わせると赤ん坊が湯あたりを起こしてしまうので一足先に引き上げるのだ。気分よく歌っているのに苦笑しながらルルーシュはバスルームの扉をノックした。
「スザクー、そろそろ」
「『なかよし こよし いつでも ぽっくりぽっくり』」
「…なんかおかしくなかったか。」
「あ、ルル。」
ノックしかけた腕が止まる、いや前にコツコツンとリズムを崩した。ワンフレーズ抜けている歌に引き摺られたのだ。『いつでも 一緒に ぽっくりぽっくり歩く』ではなかったか。今日こそはっきり言おう。
「スザク、あのな、その歌なんだが、そろそろ」
「ママが迎えに来てくれまちたね〜バトンタッチでちゅよ〜。パパ、またしばらく一緒にお風呂入って上げられないけど、パパのことわすれないでくだちゃいね〜
はい、ルル。歌がどうかした?」
「……なんでもない。」

真剣な顔でまだ『あー』とか『うー』とか一言言うのがやっとの赤ん坊に言い聞かせると、父はにこにこと母が言うには『無邪気でかわいらしくてとても音痴だからやめてくれと言えるものじゃない』笑顔であたたまった赤ん坊を手渡してきたのだそうだ。色々救えない気がするのは両親どちらに対してなのか考えるのも詮無いことだと割り切って、だがここは最後の砦として自分がシビアにならなければならないのだと言い聞かせ、枢木家の長男は父を見据えた。
「父さんの気持ちはよくわかるし今更恨み言も言わないよ。下手な歌を聞かせられたせいで僕が音痴になったとはっきり言えるものでもない。でも可能性が否定できない以上妹に僕の憂き目は見せたくないんだ。『語り聞かせる世界の童話』とかその辺の本を買ってきてあげたから、今日からそっちにしてください。OK?」
「…はぁい。」
「間延びしないの!」
「Roger.(ラジャー)」
拗ねたように答える父に、本日三度目の溜め息が零れた。  


fin.



もちろん四度目はお風呂から聞えてきたのを聞いた時です。一緒に入っていたママはもう色々諦めたらしいです。
(本当かどうかは証明なぞできませんが、上のような話を聞いたことがありまして。
スザクさんの中の人がすごく歌の上手なことは存じております。ネタとして音痴おんちと連発してしまいました。申し訳ありません(平伏)!)

 


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