ルルーシュはなんとなく嫌な予感がしていたのだ。広いようで世間は狭い。あずかり知らぬところで自分の知人がステディの知人である可能性は多分にある。そしてただの友人知人の仲なら問題ない。しかしそれが、昔の男だった場合にはどうしたらよいのだろう。
0の不安
ルルーシュはクリーニングから返って来たスザクのスーツをクロゼットに戻してやりながら、ふと疑問を口にした。いや以前から気になってはいたのだが、スザクは裕福だったルルーシュの父や従兄弟が愛用しているブランドの品ばかりを揃えている。彼が前職を辞めたのは、新卒で入社して二年と少し経った二十五、六の頃だろう。自分も歳相応に衣服のレベルは上げてきたつもりだが、仕事はもっぱら制服で行うためにこの年頃の時分には従兄弟に贈られたもの以外はノーブランドで頓着しなかったように思う。
「なぁスザク。お前ってどんな仕事してたの?」
営業職であることは知っていた。大手に勤めていたことも社内の噂で聞いている。しかし必要なこと以外は他人の過去に踏み入るつもりのないルルーシュは、特に職場で嫌な思いをした彼にそれを訊ねることをしなかった。スザクも一切話そうとはしない。というか互いの過去が話題になることはあまりない。それでも一緒に暮らすようになってもう一年以上経つ。この程度の質問は許されるだろう。
「ああ、言ってなかったっけ。プロパーだよ。今で言うMedical Representatives」
「…薬を売る人?」
MR。ルルーシュは記憶を浚ってそう返した。医薬情報担当者。日本では五万人強いると言われる医薬品販売の専門家。前にもそういう知り合いがいた。
「そう。薬品会社としては国内最大手のとこに勤めてた。二年ほど前にブリタニアのファイザーに吸収合併されたって聞いたけど、残ったやつらは大変だろうな」
蟠りなくスザクが答える。
「大学は薬科だったっけ?」
「いや、工科。機械系だったんだけど研究に飽きが来てね。コミュニケーション能力には自信があったから、接客業に就きたいと思ったんだ。営業って言うと怒られるんだけど、MRは紛れもなく営業職なんだよ。だから服装には気をつけなくちゃならなくてね。そのへん、全部職場の先輩たちに買わされた」
久々の休日で掃除に勤しんでいたスザクが近寄ってバーバリーのネクタイを手に取った。
「でもこれは後輩にもらったものだったかな。退職するのと誕生日が同時期だったものだから、加減無しに首を絞められてね」
あははと苦笑しながらスザクが言った。
「女性?」
「いいや男。派手なブリタニア人だよ。一期下だったから僕が指導して、担当病院も引継いだ。たまに連絡は取ってるんだけどね、元気そうだよ」
「へぇ…」
スザクは複雑そうな顔でぼんやりと呟くルルーシュに違和感を覚えた。昔のことには触れないのが二人の間のルールと言えばルールだが、スザクの場合は気にかけてもらえる方が嬉しい。二年足らずの結婚生活を詮索されたくはないが、前の会社には今も親交のある友人が何名かいるしルルーシュにも会わせたい顔もちらほら浮かぶ。特にこのネクタイをくれた元同僚の後輩には、含意があって会わせたかった。
「ルルーシュ?」
「あ、ああ、いや…」
指先で模様をなぞっていたルルーシュは、声を掛けると目をそらした。何かある。
「ねぇ、ルルーシュ、」
「さあて、夕飯の準備でもするかなぁ!」
明らかに話題をそらされて、スザクはじっとその背中を見送った。
◇◆◇◆◇
「もしかしすると、もしかするのか…」
ルルーシュはその晩ベランダで一人煙草をくゆらしならが呟いた。空いた手にはマッチ箱。光沢のある黒地に金で “ La Clovis
”と印字してある。訓練学校での寮生活を終えて副操縦士資格を得、ラインに出たばかりの頃に従兄弟のシュナイゼルから連れて行かれた店だ。会員制のクラブ。女子禁制の、つまりそういう場所だった。
「派手なブリタニア人、スザクの一つ下、あいつも大手のMRだった……でもこんな偶然…」
当時の自分は悩んでいたのだ。まだ従兄弟しか知らなかったが、本当に、純粋なホモセクシュアルなのかどうか、女性はまったくだめなのか。従兄弟が女性とも関係を持っていることには薄々気づいていたから、自分も歳を重ねれば普通の家庭を持つべきなのだろうと考えていた。けれど声を掛けてくれる女性たちにはいまいち付き合いきれないものがあって、仕事に集中する振りをして自分を誤魔化していた。けれどちょうど、緊張のし通しだった査察試験を終えたラインに出て二年目の冬、開放感もあってシュナイゼルが件の女性と歩いているのを見かけたこともあって……ルルーシュは半ば自暴自棄に複数の男と関係を持った。まだ国内線のパイロットだったから、間違っても会社にばれないよう名乗らずとも後腐れなく付き合える男を選んだ。確かその界隈をうろついて、黙っていても声を掛けられたものだから断らなかっただけだ。不愉快な思いもしたが、それ以前にあの頃の精神状態はよくなかった。気づいたシュナイゼルが無理やり病院で検査を受けさせその結果に安堵したものの、収まりのつかなかったルルーシュに、彼が取った行動は思い返して異様である。素性の明らかな会員を、素性を隠して出会いの場を提供することを目的としたクラブに紹介したのだった。
「あいつに会ったのは従兄弟さんが結婚する少し前だったか…」
マスターが人当たりのいい愉快な人物だったので、ただ静かに酒を飲むために足を運んだ。会員番号は末尾二桁が0だったから、よく名前の変わりに使ったものだ。常連に名を連ねる頃には自分がゲイの男たちには非常に魅力的に映るらしいことを知り、気が向いたときだけ気まぐれに相手をして数年が過ぎ、金色の髪をした陽気な青年と出会った。
「ジノ・ヴァインベルグ……」
自分に諦念にも似た確信を与えた男だった。スザクには会わせたくない。
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すみません、生々しいですよね。ギャグにしたいのですが次は特にえろなまになります、あと一瞬ルルジノが入ります。でも腹を決めてのジノルル描写がありますので、苦手な方は避けてやってくださいませ。
スザクさんの前職は適当です。何となく営業っぽいなと思った。あちこち都合がいいよう捏造が入っておりますがどうか見逃してやってください(平伏)
(2008.9.6)
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