出会いは空の上2


しばらくナリタへ向けて飛行を続けて、もう一度残りの燃料を呼び出して目的地までの距離と照合する。 残量燃料、それは全ての乗員の生存可能時間を示す。目にして一瞬吹き飛びかけた思考を無理やり現実に引き戻した。なぜ。先ほど予想された減りを大幅に上回っている。燃料不足のメッセージ。心臓が凍りつこうとするのを気力で抑えこむ。
「…燃料漏れも起きているのか?」
「燃料供給を断った一番エンジンへ繋がっているのはナンバー1・メインタンクだ。これが空になると言うことは、明らかに漏れが起きているな。少し減りが早いとは思っていたんだが、」
「さっき、チトセを選択しておけばよかったのか。くそッ、セットアップの手間なんて惜しむんじゃなかった…どうするどうする…」
つまらない手間を惜しんでしまった。セットアップも航空許可も、五分もあれば済んだ作業だ。自分の判断ミスに苛々する。

「落ち着けキャプテン!」
頭を掻き毟ったスザクに、その時ルルーシュが鋭く叱咤の声をかけた。次いで最初から変わらない落ち着いた声。
「いいか、ここまで来たらもう引き返せない。行くしかないだろう、諦めるな。見落としがちだがデフォルトの設定では退避ルートとして着陸復行ルートが組み込まれている。それを外してもう一度計算しなおせ。たぶん、いける。」
確信を持って言われた言葉に、ハッと思考がクリアになる。トウキョウ・コントロールへ繋いで状況の変更を伝え、ナリタへの緊急着陸の要請。合間に再計算結果が表示される。不足のメッセージが、消えた。いける。
緊急体制が敷かれた事を確認して、ゆっくりと息を吐き出す。
「失礼しました。諦めるのはまだ早いですね。」
落ち着け落ち着け、自分に言い聞かせて計器をチェックしていると、TCASのマークが浮かび上がった。
数秒遅れてトウキョウ・コントロールから高度9500フィート、40マイル先に飛行物体確認、注意を促すメッセージ。
「ネガティブ。ルッキングアウト。…トラフィックインサイト。小型機だな、呼ぶか?機体の外側の状況を見てもらった方がいい。」
機影を目視で探っていたルルーシュが、僅か上空に航空機を視認した。
「ええ。コンタクトをとります。」
「こちらから近づくしかないだろう。最高で200ノットがせいぜいな小型機だ。…ヘディング140で接近、速度は限界まで落とせ。」
頷いて呼びかける。操縦していたパイロットからの報告は、やはり燃料漏れを推測させるものだったが、機体の損傷は思ったよりもひどくはない。これならいける気がする。ただしスタビライザーに損傷の疑い。丁寧に礼を言って通信を切り、スザクはもう一度深呼吸をした。落ち着け。いける。ナリタからは最優先で着陸許可をもらっている。幸い乗客に怪我人は出ていない。FAはみな優秀だ。緊急着陸の指導は完璧にこなしてくれいているはずで、あとは自分が出来ることをするだけ。
被ダメージシステムの検討、着陸侵入の計画。ちらりと隣の男を眺める。
大丈夫、この人がいる。信じていい。昔から人並みはずれて冴えていた自分の直感を信じ、スザクはどうしても自分では決断できない懸案事項を尋ねた。
「電気系統の不具合のせいで、先ほどからの異常なデータが報告されているのだと思います。特定できませんが、僕は油圧系統に隠れたダメージを推測しています。」
「フラップ、ギア操作でハイドロ系統の変化が起きているのだろう。俺もその判断は正しいと思う。」
「では電動でフラップを下げることになりますね。操作のための必要時間が違いすぎます。」
「試すだけの燃料も時間もないな。車輪の作動も含めて、もし不具合が生じた場合それが着陸直前ではどうしようもない。」
誘導されている。答えはこれだ。
「フラップを少し、下げてみたいと思います。ハイドロ・電動の切り替えはその結果を見て決めることに。」
「妥当だな。訊きたいのはどの時点で試すかか?」
イエス。まるで査察を受けて操縦をしているみたいだ。今は百名を越す乗客の命を預かり、ジャンボジェットを飛ばしている最中だと言う のに、奇妙に心が落ち着いてゆく。この人からは害意を感じない。信じて大丈夫だ。
「そうだな、俺だったらアウターマーカーから30マイル。それがぎりぎりだと思う。」
「了解しました。」
決まった。あとは腹を決めて機体を地上に下ろすだけだ。


管制から呼び出し、着陸態勢に入る。客室部への通信を入れ終えて、スザクはフラップの操作に入った。
「ファイブ・フラップス。」
「フラップス・ファイブ。」
ルルーシュが復唱してスイッチを操作する。
「グリーン。」
警告音は鳴らなかった。油圧系でいけるのか?
「ツー・フラップス。」
「フラップス、ハイドロプレッシャーシステム・ワン。レフトコマンド・プッシュ。切り替えだ。」
やはりだめか。駄々でさえ残り少ない燃料を食うが、電動で処理するしかない。報告を受けた管制チームが緊張の糸を張り詰めるのを感じながら、進入速度についての指示を受ける。

「ハイドロ系統故障時チェックリスト。デマンド・ポンプ・セレクター・オン。」
適宜読み飛ばしているのか、マニュアルを繰るルルーシュの手元はせわしない。必要箇所の確認は済んだ。
「こちらブリタニア・エアウェイズ◆◆。進入管制、、ハイドロアウトのため、着陸後、ステアリング操作が不能。」
『了解。要求を許可する。』
接地後のハンドル操作の不能を伝えてあとは本当に降りるだけだ。残燃料微量の警告音、ルルーシュが目で合図を送り燃料ポンプの全てのバルブを連結するスイッチを入れるのを見てこめかみを伝う汗を拭った。
「まだだ、まだ…」
フラップは速度を落とすためのもの。下げれば抵抗が生じて見る見るうちに燃料が減っていく。ぎりぎりまで我慢しろ…
「フラップス・ファイブ!」
機長であるスザクの指示でルルーシュが行うべき操作であったが、彼は心得ていたのだろう。レバーに手を添え限界のタイミングを見計らうのに、満足げに小さく頷いたのを、スザクは見ることはなかったけれど。
電動モーターが作動する。一秒だって無駄に出来ない、ただでさえも時間がかかる動作。
「アウターマーカーでオートパイロットを外す。手動での着陸になります。」
客室部に着陸の合図を出す高度をルルーシュが読み上げるのを耳にチーフパーサーに連絡を入れる。次いで管制官から滑走路と進入の最終許可の通信。
「こちらBAW◆◆、最終進入コース14マイル地点に到達。」
『◆◆便、滑走路○○、支障なし、地上風180ノット』
「着陸支障なし---Thanks」
滑走路が近づく。
「テン・フラップス」
「フラップス・テン。」
車輪も代替系統で下ろす。空気を乱す音が聞えてきた。全ての車輪が定位置でロックされたのを確認。
「オールグリーン。」
一度深く息を吸い込む。
「トウェンティ・フラップス。」
「フラップス・トウェンティ。頑張れ。大丈夫、あと少し。」
合間に掛けられるルルーシュの激励に深く頷いててのひらに滲んだ汗を拭う。
「オートパイロットを外します。スピード・バグを144にセット。」
「セット・144」
操縦桿のボタンを二度押す。完全に手動に切り替わった。ルルーシュが頷いて最後までレバーを引き下ろす。
「フラップス・トウェンティ・ファイブ。」
「セット・ターゲット・アプローチスピード。」
「スピードセット、ワンフォーフォー。高度1500通過。」

「よし、トリム・ゼロ。」
フラップが完全に下り切った。スタビライザーの角度操作で機体を空中で安定させる。燃料切れの警報が鳴り渡った。生き残っていた二基のエンジンの停止。冷や汗が噴出す。
「落ち着け。残りのエンジンの出力を上げろ。」
がくがくと震える指でスロットルを叩き込む。細かい操作はもうできない。傾くな、頼むから!
「高度ワン・ハンドレッド。」
ルルーシュが読み上げる。
「---フィフティ、サーティ、トウェンティ------テン」
滑走路はそこだ。接地点だけを見据えて調整、調整。外れるわけには行かない。300キロ近いスピードでタイヤが地面に接地するのを衝撃で知覚する。通常とは比べ物にならないショック。不具合がここに出ている。着陸後も蛇行が続く、オートブレーキを解除、手動で絞りをかける。幸い左右のエンジンは一つずつ残っている。リバース、制動、停止---!



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