出会いは空の上5
自分が死んだことに気づかないままこの世を彷徨う霊は多い。無念、未練、理由は様々であろうが彼らは何らかの負の感情を以って地上に留まることが多く、仕出かすこともあまり気持ちのいいものとは言えない。何となく気分を重くさせたり不快にさせたりと物理的な害はほとんどなく些細なものではあるが、スザクのようにいわゆる霊感のない普通の人間でも感じ取ることの出来る存在感はどこか薄気味悪い。
だがこのルルーシュは、傍にいるとむしろ気持ちが落ち着くような不思議な雰囲気を醸しているし、計器に触れあまつさえそれを操作して見せた。肩に手を触れる感触も時折だが感じられることがある。声はスザクにしか聞えないようだしその姿も然りであるが、以前歳を聞かれて三十ですよと答えた時に、同じじゃないかと嬉しそうだった様子は忘れられない。ルルーシュの時は七年前のまま止まっている。
自分が死んだことに気づかないままの霊は珍しくないのだ。気づかないからこそこの世に留まる場合それはある意味当然のこと。だがルルーシュは違う。このままではいけない。
彼はまだ死んではいない。
「ああそうだね。なんとなく、初めて会った時のイメージが強くてさ。頼れるキャプテンって感じだった。」
あのトラブルの後、事後処理やマスコミの報道への対応、原因解明と忙しい日が続いた。スザクはルルーシュが生きた人間ではないと言うことまでは理解していたが、彼について詳しく調べる暇がなく、日本人が大半を占めるBAW日本支社の中では比較的珍しいブリタニア名を名乗ったことから辛うじて七年前のハイジャック事件を思い出したのだ。スザクがパイロットを志す前のことであるし、過去の出来事だと関心も薄かった。だから顔見知りの藤堂キャプテンにルルーシュの話をした時、幽霊など世迷いごとだと一蹴して話の腰を折るような人ではないから、しばらく黙り込んで彼が目覚めないのはそのせいかと呟いたときには頭をガツンと殴られたような気がしたものだ。生きて、いるのか。
ルルーシュとは彼がコーパイの時代から親交があったらしく、藤堂はどこか痛みを堪えるように言った。
ランペルージ君はご両親を早くに亡くされていてね、三つ年下の妹さんと二人暮らしだったんだ。生活には苦労しないだけの貯えは残してくれたようだが、兄妹二人が大学に進むのは厳しかったらしい。彼は高校卒業後すぐBAW社に入って、社のパイロット養成プログラムで資格を取ったんだ。航空機事業が好調な時期だったからね、採用枠も大きかった。優秀だったよ。訓練教官の友人から聞いた話だけれど、筆記、実技ともにSクラスの評価で試験にパスしたのだそうだ。飛ぶのが、好きだったんだな。大学生の妹さんの話をしながら、自分は幸せ者だと言っていた。好きな職業に就いて食べていけるのならどこに悔いがあるものかとね。我が社では最年少の機長資格をとった時は嬉しそうだったなぁ。素直に気持ちを顔に出す性格ではなかったのだがね、キャプテンと呼んでやれば面映そうに笑っていたものだよ。機長同士は一緒にシフトを組むことはほとんどなくなるから、会うこともめっきり減ってしまったんだが…あの事件の時、一緒にいてやれたらと何度思ったことか。
コックピットに鍵がかかっていない時代だ。侵入者にまず副操縦士が刺されて重傷。次いでランペルージ君も三箇所、腕と腹部を刺された。幸い乗客に医者が乗り合わせていてコーパイの方は一命を取り留めて意識もあったんだが、航空関係者は一人もいなかった。犯人はこれと言って要求も目的もない病的ハイジャック犯でね、極度の興奮状態にあって、異変に気づいた乗客の何人かが取り押さえたときには意味不明な言葉を喚いていたそうだ。パイロットを殺してしまったら自分も死ぬことになると理解していなかったのだろうな。
深い溜め息を間に挟んで藤堂は続けた。
機上で可能な応急処置だけで機体を飛ばし続けた彼は、着陸した時にはもう失血死していてもおかしくない状態だったそうだ。気力だけで操縦桿を握っていたんだろう。『落とすものか』と。本来私語など禁じられるはずの通信記録に彼の必死な声が残っていたと聞いている。プロだったよ。グレートキャプテンとは彼のような機長を言うのだろう。
「ね、ルルーシュ。」
偉そうだったか?ごめんなと、すまなそうに眉尻を下げたルルーシュへ慎重に切り出す。
「君はいつもコックピットにいるって言っていたけど、地上(した)へも降りてみない?」
夢の中ではどんなに奇怪なことでも不思議に思わないのと同じで、今のルルーシュは七年間も空の上で過ごし自分が宙に浮いていることの異常を感じていない。コックピットに現れるのは彼が根っからの飛行気乗りであり機長としての責任感からか。少なくともスザクがエマージェンシーに陥った時に手を差し伸べたのはルルーシュにとってひどく当たり前のことだったのだ。ただ、スザクと会話できたことと、他の人間には存在を気づいてももらえない違和感は感じているらしく、ルルーシュはスザクのフライト中は大抵ふわふわ嬉しそうに現れる。まさか操縦中に邪魔をする真似はしないし他の人間がいる時は大人しくしているが、寂しさもあるのだろう。そろそろだ。
「地上って…」
躊躇うのに言葉を選んで畳み掛ける。いきなり君は幽霊で本当は肉体が眠っているだけなのだと教えてしまうと、ショックで本当に幽霊になってしまいかねない。
「僕についてくれば大丈夫だよ。ほら、妹さんにも会いたくない?ずっと会っていないんだろ?」
「あ…ナナリー……」
飛行機にばかり出没するのはこの場所に強く想いを残しているからだ。恨みや恐怖ではないだろう。おそらく本当にここが好きで。だから霊体でありながら物理的接触も可能なのだろうとスザクは考えている。そしてここにしか留まることができないと言うのもあるいは本当なのかもしれない。下手に彼にとって特別な場所である飛行機を離れてしまうと、うっかり消えてしまいかねない。だから、霊媒体質の自分が彼を彼の身体まで連れて行けば、うまくけば目が覚める、かもしれない。
「ナナリーちゃんだね。行こうよ。僕明日はオフだから付き合うよ。」
はっきりとしたことは言えないのだ。非常にデリケートな存在だと、幼い頃から彼らに接しているスザクは分かっていた。ルルーシュの身体は今昏睡状態、ベッドの上。もしかしたら自分の身体を自分で見下ろすことになったそのショックであの世に逝ってしまう可能性もないとは言えないが。
「う、ん…。そうだな。ずっと、会って、いない。」
うまくいけば。
「よし決まり。降りる時に、僕についてくるんだよ。」
戸惑いがちに頷いたルルーシュと。
いつでも会うことが出来るようになるはずなのだ。