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見舞いに行った時の、あの怯えた顔が目に焼きついて離れない。

二人で空の下3

その日スザクはありきたり、果物を片手にようやく会話にも食事にも不自由しなくなったルルーシュを訪ねた。いつまでもベッドの上の住人であることがもどかしいのか、彼は実に勤勉にリハビリトレーニングに励んでいる。まだ車椅子は手放せないが、自分の足で立ち上がり一歩、二歩と掴まり歩きができるほどには回復していた。肉体年齢は37と少し、寝たきりという事情も含めて体力の衰えはいかんともしがたいが、本人は幽霊(生霊というのがより正確か)であった頃の記憶を引き継いで30、つまり同い年と感じているらしいスザクとはもうかなり親しくなっている。思うように動かない身体と寝過ごしたでは片付けられない時間の経過に感覚がついていかず、悔しさに一頻り黙り込む様子も見せていた。癇癪を起こすことはないし元来丸く穏やかな性格なのかすぐに気を取り直して笑って見せるけれど、ルルーシュの気持ちは分からないではない。早くラインに復帰したいという気持ちもよくわかる。スザクは暇を見つけてはルルーシュを訪ねてリハビリに付き合っていた。会うたびに頬の色艶も戻り、笑顔も明るくなっていくルルーシュを見るのは嬉しかったし、寄せられる信頼も温かかった。互いにつり橋効果とでも言おうか、あの時あの場所で唯一だった存在に些か飛躍した情愛を抱いてしまうのは人間の性だそうだが、少なくとも自分はもう気持ちに気持ちが追いついているとスザクは思う。男が好きなのかと言われれば否と応えるが、では彼が好きなのかと問われて否定する理由はない。憧れを慕情に摩り替えるのは主に異性に対してであろうが、そこのところスザクは射程が広いのだと自覚している。ふわりふわりと自分に懐いてくれたルルーシュが目覚めてなおその気持ちを忘れないでいてくれるのは非常に喜ばしいことだし、面食いと言われれば黙るしかないスザクは彼の容姿が非常に好みであった。さらさらの黒髪に滑らかな白皙の肌、端麗に整った顔に、骨と皮ばかりだった四肢も少しずつ柔らかみを取り戻して、風呂に入れてやるたびに視線を泳がせてしまうことはいえない秘密だ。マイノリティーに属する感情であることは承知しているし、ルルーシュが自分のことをどう思っているかは判じがたいものがあるが、拒まれない限りは近づいてみようと思う。この人のようになりたいと、思う気持ちは時としてその対象を手に入れたいと欲する気持ちに摩り替わるのだと、同性を前に明らかな恋情を抱いたスザクは中々に強かな今後の展望を持っていた。まずは妹ぐるみで仲良くなってと、足繁くルルーシュを見舞う自分の純粋とは胸を張って言えない胸のうちを、スザクは苦笑で以ってそっとしまった。

今日はいつもであればルルーシュが歩行訓練をしている時間であったから、スザクは先にリハビリステーションの方に足を向けたのだが一刻ばかりも前に部屋に戻ったと言う。もう一生分寝たよと、昼間であればいつも起きてスザクを迎えるルルーシュであったが全体に体力はがた落ちしている。日に何度か横になっての休憩を取ることもあるのだから、では今日は頑張りすぎて眠ってしまったのかもしれないと、スザクはそっと病室のドアを開けた。風呂も入れてやる仲であるし今更たとえ着替え中だとしても顰めつらしく文句を言われるだけだろう。そう、思って。
眠っているのか景色を眺めているのかわかないが、窓の外へ顔を向けているルルーシュにそっと静かに歩み寄り。
「ッ!?ぁ、な…ッ!!」
「ルルーシュッ!?」
びくりと肩を震わせて振り返り、ぎしりとベッドを軋ませて身体を撥ねさせたルルーシュの、そのまま床へ落としかけた身体を慌てて受け止めに走った時には心臓が嫌な音を立てていた。呼吸まで乱して自分よりもよほどパニック状態にあるルルーシュに気づいたのは一呼吸置いてからで、ひどく怯えた目の色になんと声を掛ければよいのかわからなかった。
「ルルーシュ、どうしたの?怖い夢でも見た?」
大の大人に、子どもに対するような言葉の慰撫を掛けることに躊躇いはなかった。スザクの腕を握りしめて顔を凝視してくるルルーシュの表情は悪夢に魘されて飛び起きた幼子の怯えを宿して揺れていた。
「は、違…スザク、この、ばか!!」
「へ?」
「だから…おま、ノックも、せずにっ 入ってくるな!」
どこか必死な色をして、荒げることなどなかった声を振り絞るように言われた言葉に一瞬何のことだかわからなかった。考えて、思い当たり。未だに息の整わないルルーシュの背を擦りながら怒りに歯を食いしばった。
「…犯人だと、思った?」
あの事件。まだ中からのセキュリティによくも悪くも甘いところのあった時代に、断りもなくコックピットに踏み込みFAが携帯しているナイフを奪って振り上げた暴漢。ルルーシュは当時のことは一言も話さなかったけれど。
「悪い…。」
反射なんだ。振り返って人の気配を感じるのはどうしても、怖い。眠っている間に誰かが傍にいるのは平気なんだけど、寧ろ、安心するのに。
俯いて言い、そっとしがみ付いてきた身体を抱きしめる。ああ、よくも。
「あなたが謝ることじゃない。あなたは何も悪くない。すみませんでした。これからは気をつけます。」
畏まるなよと、苦笑しながらの声に僅かな上擦りを聞きとめて、もう離せないと思った。





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