二人で空の下5

「は?退院した?」
「ええ。隠れてこっそり訓練していたみたいで。先生も回復の早さに驚いていたわー。」

パイロットに課された定期試験と勤務が詰まっていたせいで、二ヶ月ほどルルーシュの元を訪ねることができなかった。少し季節はずれだけれどお土産に“太陽の卵”なんて、買ってきてみたのだが。
両親が残してくれた家でナナリーと一緒に暮らしていたのだと言う話は聞いていた。 夕方だから道路が混雑している。ナビに電話番号を入力してルルーシュの家に向かう途中何度も信号に引っかかった。水臭いじゃないか、教えてくれてもよかったのに。
「…けっこう、というか、かなり立派な家じゃないか?」
輸入レンガだろう白味の強い家壁に無理をしていない二階建て。この辺りは地価が高いから個人の家なら三階建て四階建てが多いのと言うのに。背の高い門に設置されたインターホンを押そうと手を伸ばすと、後ろから声が聞えた。
「あれ?スザク?」
「ルルーシュ!なに、走ってきたの?」
ランニングウェアを着こみ、タオルで汗を拭う様子から今戻ってきたばかりだと知れる。
「ああ。軽く10キロほど、」
「10!?あ、あなた二月前は歩くのさえよたよたしていませんでした?」
掴まり歩きがやっとで、悔しさに俯いて。しがみ付いてきた身体は細くてなんて愛しいのだと思ったものだが、確かにこれは医者も驚く。
「失礼な。まあ、今だって本調子じゃないさ。一時間半かかっちゃったよ。」
腕時計を見て二十やそこらの時は30分で行けたんだけどなぁと苦笑いし、上っていけばと誘われて二つ返事で後ろに続いたのだが。
ちょっと待っててくれなと言われてルルーシュがシャワーを浴びている間にぐるりとリビングの中を見せてもらう。カウンターキッチンとは一続きだが各二十畳近くの二間と見た。この間取りなら上もたぶん。
「悪いな、待たせて。連絡しようと思っていたんだけど、なんとなく忘れてた。」
薄情な人だ。あははと笑って済ませていいことじゃないと思う。自分はオフの日のほとんどをルルーシュのところへ通いつめて過ごしたのに。じろりと横目で流し見る。ゆったりしているはずなのにどうしても細身に見えるスラックスと一枚ぺたりとシャツ一枚という軽装で現れたルルーシュのまっすぐに立っている姿を見るのは、そういえば初めてかもしれない。背は180、あるかないかか。そう飛びぬけて高いわけでもないが、締まった痩身のせいで実際よりも高く見える典型。手足も長い。日本人にはあまりいない体型だ。
「ん?なんだ?」
「筋肉そのものがつきにくい体質なんでしょ。もやしっ子ー。」
「むむ、失敬な。悪かったって。どうせ社に顔を出せば会えると思っていたし、礼だってするつもりだったんだ。」

むっと口を尖らせて、しかしスザクがちくちく言ってくる理由も思い当たっているのかルルーシュはすぐに眉尻を下げてごめんごめんと両手を合わせた。
「そう?じゃあ、何かビールでも出してもらえますかキャプテン。この残暑の中、勤務空けに病院まで行って渋滞に巻き込まれて疲れちゃいました。ついでに試験もパスしたのでお祝いしてください。」
そしてうんと頷き待てと慌てて止めにかかったルルーシュよりも早く冷蔵庫に辿り着く。何とか追いついたルルーシュが扉とスザクの間に滑り込む。
「ないんですか?」
「ないんだ。」
「健康のため?」
「そうなんだ。」
「でも氷ぐらいありますよね。冷茶でもいっそ氷水でもいいから出してくださいよ。」
「わかったからちょっとあっちに座ってろお客様。」
スザクははぁと深く溜め息をついた。ろくなものが入っていないんだろう。今の時代、料理が出来なくても生活は出来るけれどなんだか貧しい。
「怒らないから見せてよ。プロ級の腕を披露してくれるつもりはないんだろ。」
「…ま、ね。ビールはあるよ。座ってろって。」
諦めたのかちらりと中を見せて指でソファの方を指したルルーシュにははいはいと応えて背を向ける。カチャカチャとグラスだかジョッキだかを用意する音。なんというか、野菜か果物かと言うレベルではなかった。ウィダーなんとかとか、何とかDとか…サプリメントで生活するつもりかこのもやしっ子。一年の半分以上が外食に頼るしかない職業で、これはひどいのではないか。
「チーズなんかはあるよ。あとぶどうとか。」
「なんだそのチョイス。でも僕も持ってきたのはマンゴーだったりして。病院のつもりだったから。」
缶ビール二本を片手で掴み、もう片方で適当に切ってあるチーズを載せた皿を持って歩いてきたルルーシュは、本当にもう通常の生活には問題ないようだった。
「引き摺るなぁ。今度どこか食事ご馳走するよ。なにがいい。フレンチ?イタリアン?スパニッシュ?ああ、寿司でもいいぞ。」
お、これ手で剥けるやつじゃないかと土産のマンゴーをつついているルルーシュに、なんでもないように切り出す。
「この家、随分立派だね。ルルーシュって、経済上の理由で大学には進学しなかったって聞いたけど。」
「ああ、それ半分本当。日本って相続税高すぎだよ。家と土地を残したらなにも残らなかった。」
もう半分は勉強が好きじゃなかったからかな。 道楽者の父親でな、もう少し未来設計をしておいてほしかったけどと、だいぶ立ち入ったことを聞いてしまったのに気分を害した風もなく言ったルルーシュはそれがどうかしたかとスザクを見た。
「不動産をとるあたり日本的というか…まあいいや。ね、僕ここに居候してだめかな。ちょうど今住んでるとこ引き払って新しいところを探していたんだ。前泊しないといけない場所って不便でさ。」
絶対に遅刻は許されない職業であるから、朝一の勤務の場合は近くのホテルに前日から詰める。カンパニー系列のホテルであるから滞在費は破格であるが、それでもただでさえ自宅に帰る日が少ないのに国内にいる間もホテル暮らしなのはあまり居心地のいいものではない。
「え、あ、いやもっといいところ探すの手伝おうか?」
「だめ?部屋は空いてるんだろう、今は一人で暮らしているわけだし。僕家事は出来るよ。料理だってそこそこの腕前。」
ルルーシュが渋るのは、ルルーシュが自分に感じているはずの 恩義に漬け込んでちゃっかり居座ろうとしているわけではないことを察しているからだ。
「でも、いい年した男が二人暮らしなんて、」
デス、ああもうこういわないんだっけか…FA?うん、FAの子たちにいろいろ勘繰られるぞ、そういえばお前結婚はまだかと、逃げようとしているルルーシュにもう一押し。
「女性と二人暮らしよりはいいんじゃないかな。ね、僕たち気があうじゃないか。家賃は払うし。家空けている間って独身だと洗濯物とかひどいことになっちゃうだろ。」
この人はまだ一人にしちゃいけない。退院したらどうにかして一緒に暮らそうと思っていた。やましい気持ちがないではないが、純粋に、傍にいなければと。
「でも…」
「はい、決まり。悩むくらいならちょっと一緒に暮らしてみようよ。ナナリーもその方が安心だろう。」
最終兵器妹。彼女だって、兄の今の状態は分かっているはずだ。ルルーシュが隠していても、ちょっと探ればわかるわけで、そうと知ったらきっとまた嫁ぎ先につれていこうとするのだろう。
「…ただで置いてやるよ。礼になってるのかどうなのか…。」
逡巡の後躊躇いがちに応えたルルーシュに、十分ですよと返してにっこり笑顔を向ける。

この人はもう一人にしない。


ちょっと無理やりな同居スタートでした。家事もできるそうなので、非常にお買い得だと思われます。

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