「どう思いますか、藤堂キャプテン。」
「いや、どうと言われても…」
二人で空の下7
パイロットは健康であることが必須条件で、技能知識以外の航空身体検査は難関だ。半日から一日がかりで全身隈なく精密検査に掛けられ、少しでも不具合があれば完治するまで操縦停止を喰らう。コーパイは年に一回、キャプテンは年に二回、定期健診が義務付けられているのだが、スザクはルルーシュが毎回つつがなく通り抜けていたことに驚いていた。ただの一度もひっかかたことがないと言っていたから、相当健康には気を使っていたのだろう。実際一緒に暮らしてみて、10キロ走るのは朝飯前、多くの同僚と同じように体力維持のためにジムに通うルルーシュを見ていると、確かに社内訓練プログラムを早々にクリアしてラインに出ただけの健康体であることは分かったのだけれど、だからこそ。
歩くこともままならないほどに弱ってしまった姿を見て遣る瀬無い思いに駆られたわけだし、裸だって何度も見てきたのだからその華奢な作りに(本人に言ったら無言で頭をはたかれるだろうが)庇護欲だってむくむくと沸いてくるわけで、いつかあの細い指で必死にすがり付いてきたあの感触を思い出すともう離れるなんてもっての外と声を大にして言いたい今日この頃なわけで。
前置きが長くなってしまったが、普通に乗務しているパイロットはみな健康だ。ゆえに酒にも強い。のでよく飲む。たまり場もあって、揃ってのフライトを終えてまっすぐ帰ろうとした藤堂を捕まえて、スザクは酔っているのだかわざとなのだか判然としないが視線だけはじとっと据えてとぐろを巻いていた。先述の些かアブノーマルな胸のうちを吐露というかカミングアウトされた藤堂が返答に窮している状況である。(哀れな。)
「腰なんて両手使えば掴めちゃいそうなんですよ。色も白いし触り心地もいいし何よりあの顔がついてるってだけで男だろうと女だろうと、」
「こらこらちょっと、ちょっと言葉を慎みたまえスザク君。周りに聞えてしまうよ。」
藤堂はなにやらいけない方向に脱線し始めた後輩の弁にストップをかけた。妻も子どももある常識人であり、ルルーシュのこともスザクのこともかわいい後輩として気にかけているお人よしだ。この場合は話題の中心であるルルーシュの方に多分な同情を寄せてスザクの口を黙らせようとしたのだが。
「聞えちゃえばいいんだ。僕はールルーシュ・ランペルージ先輩とー一緒にー暮らしていまブッ!」
「落ち着きたまえ。酔ってもいないだろうに、自棄になるのはやめなさい。」
手近にあったお絞りでスザクの口を強制的に塞ぎ、藤堂はやれやれと溜め息をついた。むっとグラスを引き寄せてジンを呷ったスザクに逡巡のあと問いかける。
「出て行けと言われたと?喧嘩したわけではないのだろう?」
この後輩が、あの綺麗な(客観論だ。藤堂の目から見ても女性の目から見ても、ルルーシュは隙なく整った容貌をしている。)キャプテン殿に好意を抱いていたのは知っていた。それは多分に感謝と憧憬によるものだと思っていたのだがそれだけではなかったらしい。一緒に暮らしていることは知っていたし、気が合うのだろう連れだって飲みに行くところも何度か目撃している。まさかそういう、好意だったとは。
「遠まわしにですけど、僕のことうっとおしいと思っているのかもしれない。そりゃ、ルルーシュが強く断らないのをいいことに風呂に入っていったりしていますけどねぇ?」
「は?風呂?ルルーシュ君が、入っているところに?」
目を瞠る。それはやりすぎだ、若者よ。(藤堂から見ればスザクもルルーシュもまだ若輩の範疇だ。)
「そーでーす。今更見られて恥ずかしーなんてありませんからぁ、何食わぬ顔して割り込んじゃうとぉ、ルルーシュ、困った顔して、でも場所空けてくれるんです。」
あの家風呂場も広いんですよとまったく悪びれない顔で笑っているスザクに藤堂はこめかみを押さえた。
「…君は、あー、そういう、嗜好の持ち主なのかい?結婚もしていたと噂では聞いているんだが、」
「してましたよ?前の職場の専務のお嬢さん。気に入られちゃって僕もまんざらじゃなかったから一緒になって、二年でさよならしました。言っておきますけど、僕が男を好きだからって訳じゃありませんよ、離婚原因。言いたくないんで言いませんけど、すくなくとも自分ではストレートだと思っていました。」
ルルーシュは特別。やばいあの顔あのからだー。
あははおかわりもう一杯と、据わった目をして手を挙げたスザクに届いたグラスを取り上げて、藤堂は変わりに水を差し出した。
「ちょっと頭を冷やしなさい。君が、あー、ルルーシュ君を好きなのはよくわかったし、これまで実に誠実に接してきたことは私が一番よくわかっている。だがね、その、ルルーシュ君の気持ちもわからないではないのだよ。」
「僕まだ何もしてませんよ。」
「…それはよかった。」
肉体関係を伴う痴情のもつれなど、男女のそれでも聴きたくはないところに何が悲しくて同性の、しかもどちらも顔見知り…。真顔で言うスザクを前に、藤堂はルルーシュに対する同情の気持ちを新たにする。
「いいかい、落ち着いて聞くんだよ。今はどうなのか分からないし昔だってそう噂になるほどではなかったのだが、」
「なんですか。」
もったいぶった言い方に、スザクはじとっと藤堂を睨んだ。僅かに躊躇い、だがしかし口を開く。
「ルルーシュ君はね、もとが、ゲイなんだ。」