「“真面目で優しそうで大事にしてくれそう。”みんなそう思っていたわ。でも告白した女の子の一人が泣きながら帰って来たの。“あんな人だとは思わなかった”って。」
思いも寄らなかったルルーシュの噂に、スザクは驚きに目を瞠った。
雲のように風のように-2
出て行けといわれたのならまだしも、無意識だろうが明らかに寂しそうな顔をして言われた『もう一人でも大丈夫だから』の台詞に、ああそうですかと頷くくらいならそもそも強引に同居に持ち込んだりはしなかった。本気で迷惑がられていないのだと知れているうちは、あっさり退いてやるものかと思うほどには、スザクのルルーシュに対する気持ちは軽くはなかった。
「現実問題として、新しい家を見つけて引越しするって言うのはそう簡単なことじゃないしね。」
使っていた家具類はルルーシュの家のガレージに置かせてもらっている。荷物をまとめるのは比較的容易なのだがそれでもスザクははいそうですかとさよならするつもりは毛頭なかった。呟きは悪びれもせずに宙を漂う。
(まずは情報収集だ。随分一緒に居たような気がしていたけど、考えてみれば僕は七年前のルルーシュについてほとんど知らないんだから。女性関係とかね。)
現在ルルーシュと関係のある女性はスザクの知る範囲には0だ。FAの女の子たちが噂しているのは何度も耳にしているしそれが好意的なものであることも知っている。特に驚くこともないし彼の事件性、ルックス諸々考え合わせて当然のことだと思う。男の自分が惚れるくらいなのだから女性にとって彼が非常に魅力的な男であることは想像に難くない。
(まさか僕と同じでバツイチとは思わないんだけど、彼女の一人や二人は覚悟して置いた方がいいかもしれない。)
そう自分に言い聞かせてスザクが情報提供者(ボストンで着後の夕食を報酬とする。)に選んだのは、仲間内でも姉御肌と人望厚いチーフパーサーのミレイ・アッシュフォードだった。彼女はなになに、ランペルージキャプテンにそっちの気でもあるのぉ?とにやにやしながら二つ返事で応じてくれた。まさかルルーシュの女性関係について教えてくださいなどと直球で頼むはずもない。さりげなく食事に誘ってトラブルパッセンジャーだとか天気のことだとか給料のことだとか、他愛もないことを話しながらそう言えばと、ついでのように話題を移して本題に入ったのだった。ミレイに声をかけたら私も私もと数人の女の子たちがついて来てしまったがその方が都合がいい。特定の女性と噂を立てられてしまってもやりづらいし、適当に水をそちらに向けてしまえばこの手の話題はすぐに話に花が咲く。仕事を離れてアルコールも入り、気のゆるんだミレイがふざけ半分にスザクとルルーシュの関係を揶揄してきたのはうまく思惑が軌道に乗った証拠だった。
「僕の憧れの人なんですよ。仕事ぶりについては言わずもがなですが、私生活にもちょっとくらい興味が湧いたっておかしくないでしょう?」
「控え目なことねぇ。一緒に住んでいるって聞いたけど、それ本当?」
「ええ!?枢木さんとキャプテン一緒に暮らしているんですか!?いつから?」
「あそこ便利なんですよ。社にも近いし広い家にキャプテン一人暮らしだし。頼み込んで、転がり込んだんです。他人に干渉しない人ですから、始終家にいるわけでもないしとても過ごしやすいですよ。」
きゃあ!と騒ぎ出した彼女たちを牽制するつもりではなかったのだが、実際スザクの思うところとしてルルーシュはつかず離れずの曖昧な距離を好むようだった。スザクとしては無論べたべた甘えてくれても(※たまに桃色になる彼の頭の仕様としてにやけながら願うのだ。)遠慮の“え”の字もなく頼ってくれても構わない。大の男に纏わりつかれても邪魔だとは思わない、それは彼に対する好意の明らかなる現われであってスザク自身がもともと人には構いたい属性の人間であったことはこの際相手にとって幸か不幸か。そして構った分だけ返してもらえたら言うことはない。努力は報われるのだと、一度若くして苦い目を見たある経験からその持論は報われる努力もある、にネガティブシフトしたのであるが、ルルーシュが自分に振り向いてくれるならそれはそれで笑える想い出に変えられる気がした。
とまれ30過ぎて同姓に恋したコーパイ殿は、自分でも気づかないうちに無難な応えを返して反応を待つことしたのだが。
沈黙。
「…えーと、何か?」
一瞬場が凍りついたような気がした。いや、そこまで強い緊張状態が生じたわけではない。俗に幽霊が通ったと言われる無音の数瞬。だがしかし彼の人並みはずれた霊感様のものは何の反応も示さない。であればこれは何かまずいことでも言ってしまったのではなかろうか。
「いやぁ、まあ、ね。不干渉って、言ったわね。変わっていないんだなぁって思っただけよ。ね、みんな。」
ミレイがふと場を取り繕う笑みを浮べて仲間を見回す。ええそうよ、そうですね。控えめな同意がさわさわと交わされる。不干渉、それが何か?物問いたげなスザクの表情に答えたのはぽつりぽつりと尻すぼみな呟きだった。
「噂なんですけどね、もう十年も前のことだし…。キャプテンがラインに出てすぐに、告白した女の子がいたんです。すごく可愛い子で自分に自信も持っていて、絶対落としてやるって、言ってキャプテンの所に言ったんです。そしたら、ね…」
「すごく憤慨して戻ってきたんだったかしら?そこそこ派手な交友関係を築いていた子なんだけれど、ランペルージキャプテンのことは本気だったらしいし…」
「あの人は遊ぶより結婚向きだって、当時は言われたものよねぇ…。」
「あの、つまり?」
煮え切らない言葉に痺れを切らしてスザクは訊ねた。あまりいい噂ではないらしい。
「『浮気はしてかまわないよ。俺は気にしないから好きにするといい。』って言ったんですって。」
ミレイが苦笑しながらそれに答えた。浮気OK.寛容な男じゃないか。
「それ、ほんと?」
「彼女、随分怒って触れ回ったから当時それなりに騒がれて。脚色もあると思うんですけど。」
「『自分も浮気するから』って言ってるようなものじゃありませんか?にっこり笑って言われたそうです。いい加減な気持ちで告白したわけじゃないって、頭に血が上った状態で平手打ちしたら…なんだったかしら。そこでまた怒らせたのよね。」
「『シャネルの五番か。…パス。ごめんね。』だったわよ確か。」
「…。」
「無難なやつよねー。社則できつい香水は禁止されているけど、勤務時間外だったし別に男の人が嫌う香りじゃないのに。」
「あれって絶対トラウマがあるのよ。昔嫌な女にひっかかってひねくれちゃったんだわ。」
「昔っていったいいつよ。当時あの人まだ20台も半ばよ。」
「十分じゃないですか!それにキャプテンの少年時代とかすごくかわいらしい感じだったんじゃないかしら?いじめてみたーい!って言うおねーさまがいたっていいじゃない。」
「いじめって、あんたね…それならおねーさんが教えてあ・げ・るの方が自然と云うか、」
「騙されて認知を迫られたとか。」
「やぁん、キャプテン似の子どもだったらあたしだってほしいわぁ!」
「出世頭だったし?顔がいいことくらい自覚していそうなものだもの、優しそうな顔して、女なんてちょろいと思っていたりして。」
「あ、ありそう!顔のいい男ってちょっと意地悪なところあるわよね。無自覚の冷たさって言うか。」
「そうそう。仕事もできて顔もいいのにまだ独身なんて絶対なにか欠陥あるのよ。そこがまたいいというか---」
でも結婚のパートナーとしては云々。
国外に出て箍が外れたのかそれとも彼女たちの普通がこうなのか、それからしばらく耳を傾けるうちにスザクはだんだん気が滅入ってきた。なんだその噂。ルルーシュはそんな尻軽じゃないし冷たい人間じゃない。半分ほどは冗談で話しているのだろうが、実際彼と接してみて今言われているようなマイナスの印象は抱いたことがないのだ。話半分で聞くには嫌に生々しく、事実だとしてそうなんですかと頷くにはスザクにとってのルルーシュ像がきらきらし過ぎた。一体どこまで信じればいい。
「まあさ、尾ひれがついて広まるもんだから。ほんとのところどうかなんてわからないわよ。件の彼女はもう寿退社したんだけど、プライド高かったしキャプテンは言い訳しなかったしで好きに言われちゃって。そのせいで社内で彼と付き合った子はいないの。でも彼女はいたって、これは目撃者がいるから本当。」
「それ本当ですか?」
ミレイがフォローのつもりか(多分そうなのだろう。スザクが項垂れていたのは支払いの金額を思ってのことではないと彼女は見抜いていたに違いない。)ひそりと言った。
「詳しく知りたければシャーリー、ほら、私と同期のドメスでチーパーやってる子に聞いてみなさいな。彼女は彼と中学が一緒だから、昔のことを聞きたかったら彼女が一番知っていると思う。」
「『彼女』の目撃者?」
「そういうわけじゃないわ。その女性については、これまた噂に尾ひれ背びれをつける原因になったんだけど、彼ってほんとタイミングに恵まれないのねぇ。それだけよくもわるくも注目されていたってこともあるんだけど、ちょうどゴシップ騒ぎになったすぐ後にその彼女と思しき女性が現れたのね。仕事が終わったら連れ立って帰っていくところが何度か目撃されているわ。変わった人よ。緑のながーい髪をしていて、目は金に近い色をしていたって。すごい美人らしいけど、まあ、キャプテンもあれだし。二人で並んでいたら目立つわよね。」
フライト間のホテルにも会いに来たりとか、好意的に言っても奔放な人柄だって思われちゃったのよ。どっちもね。
得た情報の取捨選択は現代人に付き纏う日常的な義務である。基本的に視野が広く、胸を張っていえることでもないのだが直感に優れたスザクにとってそれは昔から得意とすることではあったのだ。幸いなことに吟味の対象は一つ屋根の下に住まい、その関連する人的資料は聞き出せた。
「それじゃあ、聞き込み開始しましょうか。」
スザクさんの前の職業は保険調査員とか。よくわかっておりませんが…(土下座)おかしなご都合主義は見逃してやってくださいませ(平伏っ)