遠いばかりの空でした4

「シュナイゼルと、言います。従兄弟さんと呼んで、俺は小さい頃から実の兄のように慕っていました。」

俯いてもともと白い手を更に白くなるまで握り締めたルルーシュの肩を抱いて寮監室に向かった。顔を上げればどんよりとした曇り空で、スゥ-とした涼しさが辺りを包み込んでいた。夕立の来る前触れだ。担当教官は常駐でなく、誰もいない室内はしんと静まり返り、雨のくすんだ香りと共に扉を閉めれば大粒の雨が地を叩く音だけがよく響く。
「十以上離れています。何でも知っていて、何でもできて。あの人にきょうだいはいなかったから、俺のことも、妹のこともよく、可愛がってくれました。」
大人びた中にあどけない色を浮べて、懐かしむように遠くを見ている瞳はけれどどこか痛みを堪えるようだった。薄暗い室内で、淡いような深いような、不思議な色合いのそれがゆるく瞬く。見つめていれば吸い寄せられるようで、ああ、と、扇はこの先に語られる過去の出来事に知らず目を細めた。


*******


「…それでも、好きだったんです。」
ぽつりぽつりと話し出し、はっきりしたことは言わずに深く息をついたルルーシュは、まだ何もかもを他人に頼りきれない苦しさを滲ませて俯いた。だが、と思う。だが、これは彼の思いやりなのだ。
何もかもさらけ出してしまえば聞いた相手の重荷になる。扇には、子どもには似つかわしくない苦い表情と対照的な、思い出の中の日々を懐かしむような穏やかな色を浮べた瞳から、ルルーシュが抱え込んだ矛盾と葛藤が手に取るようにわかった。ルルーシュが何に苦しんでいるのかもう理解しているけれど、彼は言葉にしなかったから扇はまだ彼にとって他人でいられる。無意識か、それとも身につけた処世術か。相手に逃げ道を残す思いやりは、子どもがするとこうも胸を締め付けるものなのか。そんなものはいらない。
「今も?」
「…ええ、そうですね。嫌いになんて、なれないません。でも、もうあの人の前で子どもでいたくないんです。」
「だから家を出て、ここに来たんだな。」
向かい合って座っていたのを、隣に移動してそっと肩を抱く。ぴくりと震えたのに気づかない振りをして先を促す。
「早く自分の力で生きていけるようになりたかった。養われるのなんて嫌でした。それは俺が、自分の中でつけたけじめで、あの時、自分を納得させるための方便だった。」
シュナイゼルと自分、どちらが一線を越えて距離を詰めたのかはわからない。気づけばあまりに近い場所であの従兄弟は微笑んでいて、そのことを行動で以って突きつけたのも彼で、それはルルーシュにとってショックだった。誰にも言えずに悩んだけれど、忙しくてろくに構ってくれない父親の代わりに遊んでくれて、色々な場所に連れて行ってくれたのも従兄弟のシュナイゼルで、友人のものなのだけどと、あれはセスナだっただろうか小型の飛行機で空を飛んだときはなんて楽しかっただろう。抱き上げてくれた大きな手も前を歩く広い背中も憧れだった。シュナイゼルのようになりたかった。隣に並んで歩きたかった。そうだ、これは大人の人同士がすることだから、きっと従兄弟さんは僕を、一人の人間として、見てくれているんだ。まだ子どもだけど、頑張って隣に行くから、従兄弟さんに追いつくから、待っていて。嫌いにならないで。
そう、思っていたのに。
「交通事故で、父と母が亡くなりました。受験期でしたが、指定校推薦で名の知れた私学に合格も決まっていたんです。遺産が大分分散していて、実際手元に残ったのは家と土地だけでした。それでも大学に行くくらいのことはできましたし、俺は子どもの頃からそう、思い込んでいたように、進学してシュナイゼルの背中を追えば、よかったんです。」
でも、と、一言一言噛み締めるように搾り出すようにルルーシュは続けた。
でも、両親が亡くなったとき、シュナイゼルは言ったんです。養子にならないかと。妹も一緒に自分が全部面倒を見るから、何も心配しなくてよいと。これからは自分がお前を守ってあげるからと、それが当然だとでも言うように。
「ショックでした。俺は、あの人に庇護されて守られたかったわけじゃない。子どものように頼りきるばかりは嫌だった!追いついて、肩を並べて、いつかそれがふさわしい自分になろうとッ!…でも、そう言ってもシュナイゼルは不思議そうに首を傾げるだけで。そんな必要はないのだと、俺は、守られるだけでいいと、言われました。」
激昂もすぐに落ち込み、ルルーシュは自嘲の笑みを浮べた。もう話をやめさせようか、どうしようか、迷ったがその間にまた、今度は皮肉げに口元を吊り上げる。
「だからこの学校に来たんです。文転なんて年に一人二人出るかでないかの徹底した理系、それも実務家養成のための専門学校。さすがに中学を出てすぐ働けるなんて思ってはいませんでしたし。あの家も出られる。妹も全寮制の中学に通っていますから心配することもない。親戚関係のごたごたと、家の管理はシュナイゼルに頼むしかありませんでしたが、それでも俺は、やっと自由になれたと思っていました。自分で、思い込んで、作った檻から出て…でも、まだ…」
歪んだ口元はそのままに、胸の辺りをぎゅっと握り締める。はぁ、とそれは躊躇いからかただ苦しい胸のうちからか、ルルーシュは一度ゆっくり息を吐き出した。俯いて、カタカタと震えそうになる身体を押さえ込むようにして。そこに言葉を滑り込ませる。言ってもいい。聞くさ。全部話してしまえばいい。
「週末、これまでも何度か外泊許可を申請しているな。長期休暇以外に。」
「…あ、はは…気持ち悪いでしょう。そうです、従兄弟に会いに行くんですよ。呼び出されて、行かなくてもいいのに断れるのに!勉強が忙しいって、都合がつかないって、断ればいいんです、それで従兄弟は納得するでしょう。怒りもしないでしょうね、あの人はやさしい人だそれが俺にはひどく残酷だけどッ!」
「ルルーシュ、ルルーシュもういい、分かったから、」
「何が?何が分かったと言うんです扇先生。」
キッと、また外でシュナイゼルを見送った時のように鋭く、ルルーシュはアメジストの瞳をきらめかせた。
「俺はあの人が何をするか分かっていて会いに行くんです、もう抵抗もありません身体も慣れた。最初みたいな怯えもないし苦痛も忘れて従兄弟(あに)に、会いたくて、会いに…行くんです。はは…汚い、気持ち悪い…」

多感な、時代に。
自分を取り巻いたそれは世界にも等しく君臨する。
戸惑い引き返すだけの時間も引いてくれる手も持たないままに、歪んでしまった心はいつか悲鳴を上げる。
「気持ち悪いもんか。お前は何も悪くないし、俺はお前が、好きだよ。」
できれば、差し出したこの手を取ってもらいたいと、思うから。
「好きだよ、ルルーシュ。」

繰り返して震える身体を抱きしめる。



これはスザルルでやるべきだったと思いましたが新しくパラレル設定をおこす体力がありませんでした…申し訳ありません(土下座)

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