「グロースター727ダッシュ400、受領することになりました機長のルルーシュ・ランペルージです。」
「お、どろいたな。こんなに早く四本線か。」
おどけて敬礼をしてみせる仕草も微笑む顔も、まだ不安定な将来の不安を押し隠して笑っていた、あの儚さは消えていた。再会した教え子は、地に足をつけて空を飛ぶ、キャプテンの誇りを胸に真っ白の機体を見上げていた。
遠いばかりの空でした6
「まだ三十にもならないだろう?うちじゃあ随分若い方になるんじゃないか。」
「今年で二十八になります。旅客機機長としては最年少だそうです。」
僅かにはにかんで言うその表情は昔と比べ物にならない落ち着きを見せており、流れた歳月の重みを感じさせる。責任は人を変えるしそれは必ずしも悪いことばかりではないのだとルルーシュを見ているとよく思う。
「昨年、定年退職で先輩方が大量にいなくなったでしょう。人員不足のための再編成らしいです。若いやつを機長に昇進させて、反面四十も越えてまだコーパイをしている先輩方は、機長になりにくいという悪循環もあって…」
結構恨まれちゃってますよ苦笑する横顔は、気負いと、どうしたってルルーシュの根底にあった人を拒絶する鋭さを覆い隠すだけの柔らかさを纏っていて、もともとこんな大人しい人間だったのかと扇は密かに驚いた。謙遜はしてみせるけれど、整備士仲間の間では穏やかでやりやすい機長だと評判であるし、フライト前、目視による機体の外部点検の際の眼差しは真摯なもので、見かけた同僚はなんだか俺らに近い感じがして嬉しいもんだよと笑っていた。査察試験の成績も優秀だと聞く。やればできるはずだと、叱咤した昔が思い出される。
「今まで、コーパイ時代はセンダイがベースだったのか?」
「ええ。訓練プログラムを終えてそのままあちらで。いやぁ、三大悪気流とはよく言いましたが、面白い空港でした。冬なんて下ろすのを拒むみたいに山から風が吹き降りてくる。」
「嫌いじゃなかったのかい?降りにくい基地はみんな好きにはなれないだろう。」
「まあ、でもテクニックも磨けますし俺は割りと好きだったかな。今もたまに下りなきゃなりませんし、マツモトなんかも楽しいですよ。」
なんというか、普通のパイロットとは次元が違う気がする。気負いなくあははと酒を口に運ぶ様子を見ていると、天職にめぐり合ったなという印象で揺らぎがない。それでも線の細い身体は清潔感を漂わせて男女問わず人目を引くし、もともと大人びていた顔も表情が落ち着いたせいでぐっと安定感を増して、なんというか、いい男になったなと思う。その後、どうしていたのだろうか。
「あー、彼女とか、いないのか?お前だったら引く手数多だろう?FAの女の子たちも放っておかないんじゃないか。」
「ああ、はは…俺、あんまり器用な方じゃないんで、愛想がないって言われていますよ。」
「彼とは、その、会っているのか?」
少しばかりの沈黙が落ちる。訊かなきゃよかったかもしれない。立ち入ったことだ。知っているというだけで、顔を突っ込んでよいことではなかった。扇が杯を傾けながら後悔し始めたとき、ルルーシュがくすりと笑みを零して口を開いた。
「会ってますよ。大抵夜から朝にかけて。」
「ぶはッ! って、お前な、今狙って言っただろう!」
おかしそうに横を向き、黙ってお絞りを差し出してくる教え子の背中をはたく。乱暴に受け取って口元を拭う間、ルルーシュは昔から少し眺めの髪を指の先で弄りながら口元は笑っていた。
「自分で生活していけるだけの足場があるのとないのとでは、気持ちの在り様は違います。もう…なんて言うのかな、何もできないコンプレックスとか、追いつけない焦りなんてものは感じなくなりました。世界はそれほど狭くはないし、そう思えば生きづらいものでもない。鳥のように自由とは言いませんが、従兄弟(あに)は昔からそうでしたし…今度結婚するそうです。招待状も手渡しでもらいましたよ。」
制服でいこうと思っているんですが、浮いちゃうかな。両袖口に刻まれた金糸をそっと撫でて言うから、思わずその白い手を握ってしまった。
「先生?」
「いや、俺はもうお前の先生じゃないし、もともと正規の教員じゃなかったわけだから名前でいいよ。扇でも、要でも。」
「じゃあ扇さん。この手はなんですか。」
「その…俺はっ、今、彼女は、いないんだ。お前みたいにかっこいいわけでもないし、目立たない整備士だし、取り柄と言えば機械オタクってだけでいやこれは取り柄じゃないか、ああそうじゃなくて」
「扇。」
「な、なんだ?」
ルルーシュの、目を見られなくて俯いていた顔がびくりと上った。いきなり呼び捨てにするなよ。いつだって慇懃無礼でかわいくない生徒だったくせに。
「俺は昔後悔した。今あの頃に戻れるなら、従兄弟を全力で拒んでいる。」
「え、あ…」
今日は始終笑みを絶やさなかったアメジストの瞳が、今は少しも笑っていなかった。怒っているのとも違う。ただしんしんと冷えた眼差しがまっすぐに突き刺さる。
「心の中で好きって言うのと、口に出して言うのは全然違うよ。セックスしちゃうのもそう。はまってしまったら、戻れなくなる。」
はっきりとした台詞に、一瞬心臓が飛び跳ねた。こんなときばかりあからさまな言葉を選ぶ目の前の男が憎い。年下の癖に。
「…ああ、違うかな。戻らなくていいやって、思っちゃうんだ。素質とか相性もあるんだろうけど…」
「る、ルルーシュ…」
なんなんだ。いつの間にこんな素直になった。思ったことの半分も悟らせないがきだったくせに。大人を食ったような顔をして…
「っ?な、なんだ?」
視線を遠くに、ぶつぶつ呟いていた顔を不意に向けられて妙に焦る。底の見えない瞳だった。あの夕立の日は揺れていた、淡いのか深いのかよく分からない不思議な色の目。今はひたと据えられてどこか暗い。
「俺は、従兄弟を恨んでいるよ。同時に自分も許せない。今は、今の自分に満足しているからこうして立っていられるけど、あのまま、進む道を見失っていたら、きっと溺れていた。だめな大人の見本。そう、ならずに済んだのは。あなたがいてくれたからですよ。」
言葉もなく、呆然と耳を傾けていると、今度は形のよい唇がツイと弧を描いた。そのまま囁きごと近づいてくる。
「だから。そんなあなたに恨まれるようなことはしたくありません。俺がほしいなら、ここまで。他の人と落ちてから来て下さいね。扇センセ。」
「…お、大人をからかうんじゃない!」
俺も大人ですよーと、笑う声が胸に沁みた。
あはは…申し訳ありません。