「俺のことはゼロと呼べ。命令は絶対。しかし…」
2.機密局
「見たか?あの美貌の皇子様!」
同僚のリヴァルが肩を叩いてきた。やや興奮気味である。無理はない、あの皇子は傾城と謳われたマリアンヌ皇妃に生き写しだ。
「揃って画面に敬礼したじゃないか。でもなんかそれだけって感じの方だよね。」
枢木スザクは国営放送で目にしたルルーシュ皇子の姿を思い浮かべて言った。すらりと背は高いものの、全体に細身の身体は剣などもてそうもないほど頼りない。新しく騎士に任ぜられた二人の少女の方が余程に勇ましく、彼女たちに守られているのがいかにも似合う儚い皇子様だった。
「演説も物静かだったしな。いいじゃん、ナナリー様がいればこのエリアは安泰だよ。ルルーシュ様は目の保養に慈善公務専門で。」
「言葉を慎みなよ。仮にも皇子殿下なんだぞ。」
お前もなーとリヴァルはにやりと笑って手を振った。これから重要な呼び出しがかかっているというのにどうにも気が緩んでしまう。
今まで本国で特殊な訓練規定をマスターしてきた。ようやく実戦配備と意気込んだところで、派遣されたのは極東の島国。自分の祖国であるが、スザクにとってあまり執着のある場所ではない。父は最期の首相であったが、他人に近い親子関係と幼い時分での亡国ゆえに、敵国であったブリタニアに与することに然程抵抗はなかった。
未だ属国として支配されることに納得のいかない同胞と銃を向けあうことになることよりは、辺境のエリアで任務につくことへの失望の方が大きい。しかも配属されたのはナナリー皇女ならまだしもルルーシュ皇子直下の組織。詳しいことはこれから聞かされるとは言え、あのおっとりした皇子の配下となれば、活躍の場がないならまだしも無駄死にまで強要されそうで気が進むものでは到底なく。従うしかない辞令とは言え、スザクは失意の色を隠せないでいた。
「実のご兄妹と言っても全く正反対だよな。閃光のナナリー様と、慈愛のルルーシュ様?臆病だなんて口が裂けてもいえないけどさ、殿下はとても繊細なお方なんだよ。知ってるか?マリアンヌ皇妃がお亡くなりになったときのこと。」
「賊が押し入って銃を乱射したんだろう?その場に居合わせたのはルルーシュ殿下だけだったか?」
当然侍女、侍従は控えている。ナナリー皇女が席を外していたということだ。まだ12歳だったルルーシュ皇子を、咄嗟に庇って皇妃は帰らぬ人となった。
「ご幼少の頃から大人しい方だったらしくてな、幸い負った怪我も完治したんだがしばらく言葉をなくされて公の場に顔を出されなかったらしい。」
「よく生き延びられたな。後ろ盾の貴族もあの事件で失脚したんだろう?アッシュフォードといったか。」
母を亡くしそのために後援も失い、まだ子どもだった兄妹が弱者必衰のブリタニア宮で体勢を立て直すには有力者の助けが要る。
「今は爵位も返していただいているはずだ。でも当座の後見をなさったのはシュナイゼル殿下さ。ヴィ家は高位の皇族の方々と親しくしていらしたから。」
第二皇子にして帝国宰相閣下。それはまたとない味方をお持ちなことだ。ふとスザクは時刻を確めて立ち上がった。
「お別れか?」
「ああ。でもエリア11で働くことには変わりないから。」
リヴァルは部署が違う。異動に伴う移動の間に親しくなった技術部所属の軍人で、スザクはアカデミーの総合成績上位者から引き抜かれた者で構成される保安部隊に配属された。表向きは、だ。保安庁のトップはバトレー将軍でありそれならスザクとて大人しく従う。だが通達の最後に記された一文、For Your Eyes Only.読後焼却処分のこと。つまり裏の顔があるということだ。機密を扱う任務には付き物の一言だがそこには第十一皇子ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの紋章が一押し。皇子様の気まぐれでないことを祈って紙片を燃したスザクは頭の中にある指定場所へと足を向けた。そこで、会った人物は。
「よく集まってくれた。ここにいるのは俺が選りすぐった精鋭ばかり。お前たちの任務は表に出せない汚れ仕事と、たとえ拷問に掛けられても口を割ることの許されない極秘任務に限られる。もし捕らえられた場合は死を選べ。ブリタニアは助けなど出さない。全てお前たちが“勝手に”したこととみなされる。」
上下共に漆黒で身を包み、白い面の半分ほどをも隠すバイザーで瞳を覆い、両脇を揃いの隠密服で決めた女二人が固めている。息を呑む音がさわさわと広がるが、それも一瞬のことだ。状況を飲み込んだ精鋭部隊は気持ちを入れ替えて姿勢を正す。
「俺のことはゼロと呼べ。命令には絶対服従。お前たちの真の所属は第十一皇子直下の機密局。存在を知られてはならない地下組織。通称は黒の騎士団とする。裏切りは即時粛清の対象となる。そう、俺も。」
しなやかな腕を胸元に当て、僅かに首を傾げる仕草に皆が困惑する中ゼロは口元だけで笑って言った。
「例えば。今お前たちに『殺し合え』と命じたとしよう。どう、するッ?」
そして刹那ゼロの姿が消えた。吹き抜けた一陣の風。
「あぐッ!」
いつの間に、とは意味の無い問いだ。皮の手袋をした手が銃を掴み、そのグリップで兵士を一人殴り倒していた。特殊訓練を受けている軍人でも追いつけない動き、だが一度その行動の方向性を掴んだ者は一斉に身構える。しかし相手は皇子、名を呼べなくとも尊い血筋の我らが主---殺し合え?なぜ、一体どうすれば、乱心か?
チャキ---
「…ほう。」
場がシンと静まり返った。ゼロの頭には銃口が一つ、突きつけられている。
「枢木スザクと言ったか。」
「イエス。先ほどのご命令、本気なのだとしたらこのまま撃ちます。」
ぶれない指先に、ゼロはにやりと口角を吊り上げた。
「合格。銃を下げろ。」
ゆっくりと腕を下ろす。合格?何が?先ほど殴り倒した兵のもとへ行き立ち上がるのに手を貸したルルーシュは隊列の崩れを直したあとこう言った。
「上官の命令に唯々諾々と従うような無能な兵は要らない。しかし裏切る者も許さない。機械と人間の違いは考えるかどうかだ。単純なことだな、枢木スザク。俺が誰なのかを知っていてなお銃を向けられるかどうか。お前は俺の下につけ。」
そういうことか。スザクは黙って跪いた。自分が配属された機密局の任務には、やんごとない人物の暗殺も含まれることを間接的にゼロは言っているのだ。あの文脈では味方に意味なく攻撃を加えた自分を撃てと言っているのは明らかで、ゼロが試したのは実際にそれができるかどうかだ。
「イツツ…ゼロ、思いっきりやってくれましたね。」
「あは。ごめんな、ディート。」
視線を足元に落として考え事をしていたスザクは気の抜けたやり取りに顔を上げた。打ち合わせてのことだったのか。
「お前たち、ゼロを見た目で判断するんじゃないぞ。我々と同じ任務をこなせるだけの能力は当然備えている。」
差し出されたアイスパックで頬を冷やしながら、副官のディートハルトだと名乗った男はゼロを見ながらそう言った。慈愛の皇子様は表の顔である。
「『命令は絶対』しかしこの『命令』とは本質を指して言うものだ。我らが主ルルーシュ殿下のために。」
ディートハルトの言葉を受けて全員が最敬礼。
お飾りの皇子と嗤うものはこの場にいない。