機密局の中では、ゼロ=ルルーシュ皇子であることは公然の秘密とされた。皇子は素顔を見せはしないし正体を名乗りもしない。しかし彼の纏う雰囲気が一軍人のそれではない。貴族のそれでももちろんない。支配するものの威厳と冷たさだった。もし軽々しく口を割る者があれば速やかに闇へと葬られるのだろう。その暗黙のルールに戦々恐々と除隊を願い出る者は、ではいただろうか。言わずもがなだ。いるはずがない。ゼロの仮面の下をのぞき見る益はなく、人は死ぬときは死ぬ。ならば意味のある死を、その前提たる意味のある生を。皇子自らはたらきを計ってくださるのならこれ以上の望みはありましょうか。肩を並べて戦うことへの喜びを抱きこそすれ煩わしく思うことなどあるはずもない。ゼロの正体は皇子であるから守らなければならない?否。その必要はないと、ゼロは己を名乗らなかった。俺は、守られる者ではない。
3.イレヴン
「親衛隊?」
「そう。隊とは言っても君一人だけで、私には専属の騎士がいるのだけれど。」
スザクは保安局の制服を纏って副総督の前に跪いていた。確かに自分は皇族の護衛も勤める部署に配属されてはいるが、当然常務ではなく機密局の任務が優先される。
「殿下のご命令であれば従います。」
ルルーシュの、どちらの顔も知る人間が必要だと言うことなのだろうと了解して、スザクは諾と答える。カレンとシャーリーの二人の女騎士はあれから何度かこなした任務のいずれにも参加していなかった。機密局は存在しない。ルルーシュ皇子とも無関係。彼と繋がるものがあってはならない。皇子その人が任務に顔を出すのだから本末転倒と言わざるを得ないが、一番の側近としてゼロと肩を並べたスザクはもうよくわかっていた。はっきり言ってメンバーの誰よりも有能だ。皇族のくせにどこでこんな訓練を受けたのかわからないが、成長期が終わる間際のしなやかな身体が鞭のようにしなり邪魔立てする人間を地に静める姿は息を呑むほど美しかった。機密局の任務は諜報が主で、上ってくる情報を汲んで作戦の全てはゼロが取り仕切る。頭が切れることは当然の前提であって、それは彼が母を亡くした皇子として今ここに健在していることにかかるものなのだと、今ならスザクにもよくわかる。無能な皇子なら、生まれ持った地位に殺されていた。
「しかしながら殿下。自分はブリタニアの貴族位を持ちえぬどころかブリタニア人ですらありません。殿下に捧げる忠誠に嘘偽りはありませんが、取り立ててくださる殿下にご迷惑をおかけしてしまわないか…」
スザクは特にブリタニアを憎んではいない。日本人として思うところはあるものの、いずれはこうなることだと解っていた。今現在世界は三つに割れている。EU、中華連邦、ブリタニア。ブリタニアが日本へ侵攻したとき、中華連邦も爪を研いで時機を見ていた。先手を打ったブリタニアに日本は敗戦を以って支配されることになったけれど、七年経った今になってみればそれは最悪の中の最善だった。ブリタニアが僭主国であれば少なくとも、祖国の名を捨てれば安定した生活が保障される。国是かどうかは知らないが、捨て駒として兵役を強制されることもない。中華連邦の下に下れば、国家政策の失敗としてそもそも自国民が苦しい生活を強いられている更にその下に位置づけられたことだろう。ブリタニアは自国民への生活保障はその矜持の故か手厚く、であればナンバーズと呼ばれある特殊な人種による蔑視の視線は耐える価値があるというもの。既得権にしがみ付く無能な貴族など、実力主義のこの国ではいずれ駆逐されてゆくものだろうと、スザクは考えていた。
「『イレヴン』か。」
痛ましげに目を伏せる様子は慈愛の皇子と呼ぶにふさわしい。ゼロであるときの大振りな身のこなしはなりを潜めて、ルルーシュは皇子然とした振る舞いを崩さなかった。ここにはスザクと二人だけ。騎士たちは交代で扉の外に控えている。徹底しているなと、どこか女性的と言ってもいいようなたおやかな仕草を見るとはなしにスザクは思った。これではまったくの別人だ。
「私も『イレヴン』だよ、枢木スザク。」
演技すら素養の一つなのだろうかと、整いきった顔の造作を眺めながら言葉を待っていたスザクはその内容に一瞬戸惑った。殿下は、どこからみてもブリタニアの…
「!第十一、皇子殿下…」
ひそやかに笑みを落としてルルーシュは言った。
「そう。『11』と云う生まれは厄介でな。高くもないが低くもない。現皇帝陛下は100人からの子どもをお持ちだが、庶出も母を持ちながら十七位の継承順位を維持しているのはそのためだ。私は帝位に興味など無いが…出る杭は打たれ地を這えば踏み潰される。君と同じだよ、イレヴンの枢木スザク。功績を上げれば警戒され何も為さねば無い者と同じだ。…私を無能と陰言を言う者たちのことは知っている。事実であって反論の仕様もない。」
「何を、何をおっしゃいますか殿下。殿下はそう装っておられるだけです。」
「? ふふ、君は優しいな。枢木スザク。でも世辞は要らないよ、咎めもしないが。つまらない事を言ってすまなかった。ただ、どうあろうと私はこの地でむざむざ殺されるわけにはいかない。総督の足手まといになるわけにはいかないんだ。」
心底不思議そうに首を傾げた仕草は脱帽ものだ。あくまで今の彼は皇子なのだろう。次いで静かな決意の言葉は、心から妹姫のことを思う兄の願いが込められていた。
「このエリア11は日本人のレジスタンスの活動以上に、隣国中華連邦の干渉が頭の痛い問題だ。武器の流入、麻薬、人身売買…解っているだろうが、総督はこの地における守りの要。お命を狙われることも多いが本国より召抱えた忠実な騎士団が総督をお守りしているゆえ、暗殺などまず現実的でない。しかし私は違う。」
ふうと溜め息をついて、ルルーシュは腰を下ろした。今まで執務室の窓から見下ろしていた景色の外れに、ヘリポートが見えた。現在ナナリー総督はヤマグチへ遠征に出ている。テロがなくならないのはテロを行うだけの力があるからで、それはこの閉鎖された島国が生むものだけではない。
「カレンとシャーリーは私の誇りだ。信頼できる優秀な騎士。しかし彼女たちだけでは隙が無いとは言えない。私には信じられる味方が少ないのだよ、枢木スザク。」
ルルーシュ自身が非常に強い。いざとなればか弱い皇子様の仮面を脱いで見せるだろうが、確かに彼には安心できる場所がないように思えた。機密局で働くことで一般兵には触れられない情報も目にするようになったが、ルルーシュ皇子の寝室は常に無人であると仲間の一人が言っていた。ゼロとして活動するのは主に闇に紛れての夜になるが、任務が終了すれば彼はどこへともなく姿を消す。もちろん皇族の居住エリアに自室は設えてあるし朝になればそこで目を覚ます皇子の姿を侍女が毎日目にしているが、任官して二月が過ぎ、既に数回を数える副総督の暗殺未遂を秘密裏に処理してきた仲間内では知られていることだ。
「私がいなくなっても、政務に大した滞りは見られないだろう。しかし総督、ナナリーはきっと悲しむ。互いが唯一残された実の兄妹だ。あの子を一人残して逝くことは私にはできない。」
スザクはナナリー皇女のことは通り一遍のことしか知らなかった。優しげでやわらかな容貌ながら自らKMFを駆り敵を屠る戦姫。同母兄であるルルーシュとは仲が良いとは聞いていたが、今のスザクはこのルルーシュの言葉をポーズと取った。妹を思う気持ちを前面に押し出し、ゼロとしても皇子としてもまだ殺されてやるわけにはいかないと、心の中ではあの食えない笑みを浮べているのだろうと。確かに、この人は守るだけの価値がある人間だ。スザクは礼を取って言った。
「イエス・ユアハイネス。枢木スザク、我が身に代えて殿下をお守りいたします。」
ナナリーはたいそうなブラコンでお送りします。