ああこれは…枢木スザクは心の中で得心した。
ルルーシュが自分亡き後の妹姫を案じた意味がようやくわかった。

4.お兄様!

「総督!ご無事のご帰還、心からお喜び申し上げます。」
「ありがとう。留守をよく守ってくれて、副総督もご苦労様でした。」
ポートに迎えに出たルルーシュに、ナナリーは控えめな笑顔で答えた。筆頭騎士であるダールトンを隣に従え、長い亜麻色の髪を結い上げた姿は凛々しく、そっと礼を取るルルーシュと並ぶと兄と妹というよりは姉と弟のように見えた。
ちらりと見かけない顔なのだろうスザクに視線をやり、一通りの公務をこなしたあとナナリーは下がった自室でルルーシュに抱きついた。
「お兄様!ナナリーのルルーシュお兄様!ああどれほどお会いしたかったことか!せっかく同じエリアに来て下さって、毎日お顔を見ることが出来ると喜んでいたのに。中々時間が取れないのですもの。」
先ほど皆の前で見せていた総督の威厳在る振る舞いは消え失せ、兄を慕う少女の、満面の笑みでナナリーはルルーシュの胸に顔を埋めている。次いで頬を膨らませ不機嫌そうに不満を言う。ブリタニアの守り神と、歴戦の将軍をして言わしめる厳しい表情は微塵も窺えない。兄妹とはいえもう幼い子どもではないのだから、兄を抱きしめて放さないその腕に見えた執着に、スザクは内心戸惑いを押し隠した。
「ごめんね、ナナリー。僕もナナリーと一緒に行くことが出来たらいいのだけれど…」
「まあ何をおっしゃるのお兄様!いけません、お兄様は戦場になんて出ていらしては絶対にだめ。この、お兄様の綺麗なお顔に傷などついてしまったら…」
すまなそうに俯いたルルーシュの頬に細い指を添え、ナナリーは言い聞かせるように囁いた。
「ナナリーは泣いてしまいますわ。お兄様はここでナナリーの帰りを待っていてくださいませ。お兄様はナナリーがお守りいたします。火薬の匂いも埃の匂いも、血の匂いも。ルルーシュお兄様には、似合いません。」
そしてそっと口付ける。妹姫が自分の薔薇色の唇を寄せたのは兄皇子の白皙の頬であったが、密やかな少女の囁きに、二人の間に流れる近すぎる親近の情は見ている者に倒錯的な印象を抱かせた。スザクは困ったような素振りは見せないよう努めて、他の-ダールトンにカレン、シャーリーの普段と変わらない表情が自分と同じ作ったものであるのか探ろうとした。…不自然なところは見られない。ではこの兄妹の睦まじさはいつものことであるのだろう。確かに、置いて逝くことはできない。そして、ナナリー皇女は兄皇子の夜の顔を知らないのだろう。
「ナナリー、彼は枢木スザクと云う。僕の新しい護衛の一人だ。」
「拝謁の栄誉、心から感謝いたしますナナリー皇女殿下。枢木スザクと申します。」
そっと、身を離してルルーシュはスザクに目配せした。進み出て跪く。
「…お兄様がご自分でお選びになったの?」
「ああ。スザクは信頼できる人間だよ。体術も確かだ。」
「体術?お兄様、何か危ない目に遭われたのですか?ナナリーがいない間に?」
厳しい視線だなと、上から注がれるそれに大人しく頭を下げていたスザクだったが、ルルーシュを詰問するように語気を強めて言うナナリーにおやと顔を上げる。
「いや、大丈夫だよナナリー。カレンもシャーリーもよくやってくれているし、スザクが訓練規定をこなしているところを見学していてそれで、」
「それでも、それでもお兄様…新たな護衛を選んだということは、騎士二人ではお兄様の身を守りきれないと言うことでしょう?ああどうしましょう…ナナリーが至らないせいで申し訳ありません。そうだわ、夜は一緒のお部屋で休みましょう。私の騎士はダールトンを始めとして以下十人、数も多くみな腕は確かです。ね、そうしましょうお兄様、」
「ナナリー、大丈夫だから、ナナリー。」
慌てたように何事も無いのだと(実際はこの総督不在の二週間の間に一度、スザクとその時そばに控えていたシャーリーが賊を捕らえて葬った。ルルーシュの言いつけで総督への報告は握りつぶす。今までもそうしてきたのだろう、この、妹姫の様子では。)説明するルルーシュを他所に、ナナリーはどんどん一人で自分の考えを進めていく。べったりと抱きつく妹の腕はまったく気にも留めずにむしろ自分も抱き寄せるように寄り添っていたルルーシュであったが、さすがに年頃の兄妹二人が寝所を同じくしていては醜聞が立つと考えたのだろう。しっかりとした口調で遮った。
「心配しなくても、僕は大丈夫。僕はナナリーのお兄様だよ?妹に心配をかけてはいけないと思って、これはと思った人間に控えてくれているよう頼んだんだ。」
「…お兄様」
「ナナリーは安心して総督の務めを果たすんだ。僕はナナリーの足手まといにだけはなりたくない。」
「…わかりました。 枢木スザクと言いましたね。」
「はっ!」
「お兄様をどうかよくお守りしてくださいね。お兄様を傷付けるものに、容赦など要りません。」
「無論、この命に代えても。」
ひんやりとしたナナリーの目は、失うことを恐れて鎧う苛烈な光を宿しているようにスザクには思えた。


ナナリーは本編のルルーシュの位置づけです。

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