5.過去は優しき

「ああ、それは仕方がないことだと思うぜ?」
スザクは僅かに空いた時間を、貴族出身でもないはずなのにやたら皇宮の事情に通じているリヴァルに会うために使うことにした。自分は確かに諜報部に所属しているが、そのトップであるゼロ、ルルーシュ本人については詳しい情報など皆無に等しい。マリアンヌ皇妃の殺害、長子ルルーシュの負傷、後見はアッシュフォードから第二皇子へ。スザクが知りたいのは人の目を通した兄妹の関係だ。この際ゴシップでもいい。正しいかどうかはこれから自分で見極める。
「ルルーシュ殿下が精神的にも身体的にも傷を負われたのは知っているだろ。一時期は失語症も煩われたらしい。もともと今と変わらず大人しい皇子様で、悪く言えばひどく弱い方だったんだろう。三つ下のナナリー皇女の方が活発で、女だてらに騎士侯まで登り詰めたマリアンヌ皇妃の血は皇女殿下の方が色濃く受け継いでいる んだってさ。兄と妹と言うよりは姉と弟。明かりもつけずに閉じこもるルルーシュ殿下の傍で、泣きもせず付き添っていたそうだ。」
またか。『弱い皇子』。あの皇子のどこが弱いと言うのか、ゼロを知るスザクには理解できなかった。確かに今『ルルーシュ』として公の場に姿を現す彼は中性的な容貌も相俟ってひどく儚げにみなの目には映るのだろうが、それは擬態だ。徹底した演技によって無能の皇子であると衆目を欺いているに過ぎない。スザクの関心は、何度も耳にした『弱く』て、『優しく』て、『大人しい』皇子様がほんの子どもの頃からそう演じていたかどうかだ。妹姫にも気づかれないように。
「---で、第二皇女のコーネリア殿下に倣って軍事に携わりながらナナリー様はルルーシュ殿下を守っているんだよ。ちょっと行き過ぎた兄弟愛に見えなくも無いけど、皇族って言うのは少々特殊な人種だと思えばそう無理はない。普段からあまり馴れ合ったりしないで育つんだ。大きくなって『お兄様』を異性として見てしまうこともありうるだろう。まあ、母親の異同に関わらずきょうだい間の婚姻は禁じているのがブリタニアだけどな。」

異性?違う。色恋のそんな甘やかな感情ではない。もっと必死で、そう、母鳥が雛を守ろうとするような必死な色をナナリーの瞳は浮べていた。ルルーシュは妹に守られる兄の不甲斐なさと、当然の肉親への愛情を向けているだけだ。ナナリーは何を不安に思うのだろう。もしかしたら。ルルーシュは機密局のこともゼロのことも彼女に話していないのかもしれない。いいやそれは二人の会話から容易に推測できることであり、問題なのはそれだけでなく、ゼロとしてのルルーシュをそのどう見ても『弱い』皇子ではないルルーシュの姿をナナリーが知っているかもしれないことだ。
『危ないことはしないで下さいね、お兄様はナナリーが守って差し上げますから。』
何度も繰り返す祈りのような言葉を聞いた。ルルーシュが子どもの頃は本当にただ大人しく弱い皇子様だったとして、母后の死によって心のありようを変えたというのならそれはよく理解できる。母の死に言葉をなくしてしまうほど心優しかった兄がこうなったのなら。
スザクはサヴェージ99FSの新型を構えてにやりと口元を吊り上げたゼロを横目に、優しい兄を想う妹姫が哀れになった。
「V・ハマーシュタイン。享楽の日々もこれで終わりだ。」
「本当にやっちゃうんですね?連行して何か情報を吐かせても、」
「『何か』?何かとはなんだ枢木。あれはエリア11統治政府と中華連邦の逆スパイの頭目だった男だ。強請りや脅し、袖の下。一財産築いた後は不法に。不法かつ最大級に暴力的な方法で不動産投資に勤しんでいた男だ。やつの口は封じるためにあり命は罰を受けるためにこそ存在している。」
昼の間はナナリーの望む兄を演じているのだろう。この人の悪い笑みを隠しもせず衒いも無く、その秀麗な顔に刻みながらそれでも妹姫はルルーシュの良心の縁なのかもしれない。
今日の任務はゼロとスザクのバディだった。人数がいても目立つだけだと、普段から五人以上のパーティーを組むことは珍しかったが今日はその半分以下だ。遺族は更なる攻撃を恐れて口を噤んだが、ハマーシュタインという中華連邦と繋がっていた男は、情報の売り買いでブリタニアの一エリアに過ぎないが政府に食い込み狡賢く私腹を肥やした。今は商談に応じない一等地の土地所有者に対して有無を言わせぬ契約を持ちかけては不動産を買いあさっている。衛星エリアに昇格したばかりのこのエリア11はこれから地価が上がるだろうことを見込んでのことだったろうが、登記の動きに不信を抱いた機密局が調べたところ善良な市民が幾人も犠牲になっていた。死者も出ている。ゼロはバイザーの奥で零度の笑みを浮べた。
『ウェザビーの6×62倍の防衛照準器付属、5発用の連発装置。大物撃ちのレバー・アクション式連発銃としては一番軽いやつ。枢木、ちょっと熊狩りに行こうか。』
『…直接やります?公安の方に回して法的に引っ張ったら、』
『あほかお前。あのジェレミアに任せたらぐずぐずしているうちに逃げられちゃうよ。何のために俺たちがいると思っている。』

「まあ、どうせしょっ引いたところでよくて終身刑、死刑が妥当なところですか。  二人の護衛はお任せを。」
出掛けの会話を思い出してスザクはやれやれと肩を竦めた。物事の是非など常に判断に迷ってこそ人の世は謙虚に秩序を保ちうる、とは言え悪であることが自明の対象にはひどく冷たいのがゼロだった。真っ赤なバイザーの奥の、人目に触れている間はただ優しく眇められている紫の瞳。今は悪魔の笑みを浮べているのだろう。
スザクはハマーシュタインの護衛二人は自分が引き受けると言い置いて、同型の中距離銃の照準を合わせた。
パァン---
乾いた音が空気を引き裂く。テラスで歓談していた標的が何が起こったかわからないという表情で崩折れる。眉間に一発。直線距離にして80メートルの射撃は過たず成功を収めた。
(さすが。)
近接戦だけではなく銃火器の扱い全般に長けている。一朝一夕で身につく技能ではなく、自分が軍に入るよりも幼いまだ少年期も半ばの頃から訓練を重ねて来たに違いない。ほんの少し哀れむ気持ちを押し殺して、スザクも二発、何事かと銃を取り出した護衛に向けて銃弾を放った。敵の多い対象だった。アンダーグラウンドの人間の、小競り合いにしか見えないだろう。急所を撃ちぬいたことを確信して二人はさっさと撤収する。政庁に付くころには日付が変わろうとしていた。




ボンドみたいに。

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