その日のゼロは、しごく機嫌が悪かった。

6.とある砂漠の国

「ヴァレリア王国の皇子がナナリー様に?」
「懸想しているのだそうだ。殿下ももう16歳だし、もしまだ本国のアリエス宮で大人しくなさっていたらお二人のご結婚になんの障害もなかっただろう。」
「障害どころか理由が不在だ。あの国との縁組は我が国にとってなんの益も生まない。」
「ゼロ、おいででしたか。」
スザクがディートハルトと情報の仕分けをしているところに、不機嫌な様子でゼロが現れた。どさりと音を立てて椅子に腰を下ろし、長い脚を高く組む。普段表では決して姿勢を崩そうとせず膝を組むこともしない行儀のいい様はどこへやら、今日は殊の外斜めに構えている様子から余程面白くないのだろう。一月後にこのエリア11を訪問する王子殿下の存在が。
「ヴァレリア王国は国土も狭く人口もこのエリア11の十分の一程度しかいない小国だ。資源に乏しくこれと言って他国の目を引く技術があるわけでもない。ただ歴史があるというだけの取るに足らない国。」
「砂漠のオアシス国ですからね。水を守ることで細々と永らえてくることが出来たのは、然して手に入れる利益が見込めなかったからに過ぎない。石油が出るわけでもなし。しかし中東の雄であるアリド国があのあたり一帯を手中に収めんと侵略の手を伸ばしたときに、当時初陣にて近隣のエリア13に赴いていたナナリー殿下が援軍を率いて駆けつけたのでしたね。」
大型飛行艇で迅速な物資の輸送が可能になった今、現地の足場としてかの国を押さえる必要は無いのだが、本国からの要請でエリア13の鎮圧を終えたばかりのナナリー皇女は愛機を駆ってアリド国の侵攻を食い止めた。ブリタニアが出てくると云うことで始めから勝負は決していたようなものだったが、半ばイデオロギー戦争と化して血を流さずしての終結には至らなかった。まだ15になったばかりの皇女に国を救われ、ヴァレリアのオーレリア皇子は恋心でも抱いたか。スザクも認めざるを得ないルルーシュ皇子のシスコンぷりは、妹姫のブラコン度をしてそれでも不安に思うところがあるのだろうか。ナナリー皇女が兄を残して砂漠の異国に嫁ぐとは思えないのだが。
「俺があの時自由に動けたらアリドの好きにさせたさ。」
ゼロはディートハルトのスザクに対する大まかな説明を聞くとも無しに聞きながら、長い指で神経質にデスクを叩いていた。
「だが本国で別の任務についていて、解放されたときには上の連中が皇女に救援の要請を打診した後だった。」
「ヴァレリアに味方する意味はあるのですか?確かにアリドを敵に回したところでブリタニアに脅威となるとは思えませんが。実際ナナリー皇女の働きは珍しく国際社会の賞賛を得たと記憶しております。」
「あの国との軍事同盟を結んだ時期を知っているか?」
なんの同盟関係も無い国に援軍を送るのは、逆に国政に干渉する問題行為である。集団的自衛権を行使するには当然国家間の約定が必要で、それは確か…
「ごく最近だったかと…十年も前ではありませんね。」
「そう。正確には6年前、第八皇子が外遊のつもりで赴いた場で取り付けた、我が国にとって表向きは意味の無い代物だ。」
トンッ---
ぴたりと、ゼロがデスクを叩く音が止んだ。ひと時の沈黙。
「『表向き』と申しますと?」
スザクは訊ねた。本国からの救援を送る打診とは、おそらく第八皇子の後押しで発せられたものだろう。ブリタニアがヴァレリアを守って得られる益、互いの歴史にとって今更に過ぎる同盟条約---
「ヴァレリアはちょっとした小遣い稼ぎをはじめたのさ。第八皇子は真に無能な臆病者だ。唆したのは取り巻きの貴族連中だろうが、世界各地のアンダーグラウンドから吸い取られた利益は間違いなくやつの懐に入っている。」
「麻薬ですか。」
スゥと、ゼロが醒めた笑みを浮べるのが解った。聞いたことがある。砂漠の国では服用者の見たい妖かしを幻せる不思議の植物が採れるのだと。国際法で禁止されていたはずのそれの栽培を、既に国際社会の法と化したブリタニアを隠れ蓑に行っていると云うのだろうか。
「小さい国だ。調査の手が入ればすぐに見つかる。だがブリタニア本国がてこ入れしているのさ。本国の麻薬捜査局は実に熱心にヴァレリアの捜査に乗り出していると云うわけだ。」
「では今回の訪問は?」
「それは純粋に皇女に求婚するつもりなんだろう。ふざけるな。」
ゼロは苦虫を噛み潰したような顔で台詞を吐き出した。叩けば埃の出る人間に大事な妹はやれないとうことだろう。
「他の男にやるくらいなら俺が皇女と結婚する。」
「…は?」
「冗談だよ、スザク。」
にっこりと、口元しか見えないが笑ったゼロの表情は、あながち冗談とも言い切れない色を浮べていたような気がした。


オリジナルキャラクターが出てきてしまうのはどうかご容赦ください。名前は公式で目に触れたものを使用させていただくことにします。まず雑誌等で第一皇子の名前とされたオーレリアを(※第一皇子の名前はオデゥッセウスです。)。少しだけ風呂敷を広げておきます。頭が弱いのはご容赦くださいませ(平伏っ)。

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