「---さて、枢木スザク。一暴れしようか。」
10.これが本当の二重スパイ
『ラスト・ストランペット』を出て10分ばかり歩いたところだろうか。シンジュク・ゲットーの終わり、トウキョウ租界の入り口のところでスザクは軍用の強烈なサーチライトに目を眇めた。
「…どういうことか、説明してもらおうかな。」
ふふと艶やかな笑みを浮べながらギネヴィアはそれに答えた。真実知りたいことであった。
「あなたはサワサキに嵌められたのよ。捜査当局に密売人の容疑で売られたの。」
「何を…僕がいつヘロインを所持したって !」
先ほどの女の手つきがまざまざと思い出される。
「高純精製品を発見!現行犯として逮捕する!」
両手を挙げて捜査員が持ち物を検めるのに任せていたスザクは、ギネヴィアより自分が一枚上手だと過信したことを理解してギリと歯を噛み締めた。ギネヴィアはランスロットの仲間じゃない。おそらくあの酒場でギネヴィアの方から近づき親しげに話をしていただけだ。彼女は最初から澤崎の手下で、スザクは試される前から邪魔なものとして始末するよう画策されていたのだ。
優しげに目を細めて裏切りの女はスザクに問うた。
「名誉ブリタニア人はブリタニア人よりも刑が重いわ。よくて終身刑よ。軍属だから銃殺刑が妥当かしら。さあどうする?」
ゼロは最初に断った。機密局員としての失態は一切保護を受けられないものと心得よ。
「…そうだな、こいつらが澤崎の上にいるブリタニア人の命令で僕を陥れたというのなら、その事実を僕の上官が察してくれることを祈るよ。」
「あなたがヘロインを所持“させられて”葬られたそのことを以って、内通者の存在を証明すると?」
ギネヴィアが面白そうに首を傾げた。
「僕の死くらいじゃ不十分だろう。だがあの人なら辿り着くさ。声紋は取った。音声データは逐一発信中だからな。君のこともすぐに特定して見せるだろう。」
最後の足掻きと、スザクは手錠を嵌められる前に襟の裏に仕込んだ小型の集音器を取り出して見せた。ギネヴィアの顔色が変わる。彼女はこの場にいる捜査員にとっては民間人の協力者の女性でしかないはずだ。スザクが何を訴えようと偽りであろうと、現行犯で逮捕されてしまえば連行されたあといくらでも秘密裏に葬ることが可能である。この場にいる、おそらく何の情報も知らされていない末端の捜査員に判断の余地は立場上のこされてはいない。だが、ゼロに-彼女は知らないであろうがスザクの所属部署の上官の存在など容易に想像できることだ-自分の存在を知られてしまうことは避けたいに違いない。身柄さえ確保してしまえば、娼婦まがいの役どころで澤崎の手下をやっている女の口など割らせるのは簡単だ。それどころか、今、この場所を特定されてしまう可能性がある。さっさと撤収するのが身のためだと、おそらく間に合わないだろうゼロには心の中で詫び、ギネヴィアには余裕の笑みで以って言ったスザクは、手錠をかけようと近寄った捜査員を押し避けて身を寄せてきた彼女に戸惑いの色を浮べた。
「何を !…そういうことか。」
太腿に押し付けられた女のそれと、固い感触に息を飲んだスザクは、しかし次の瞬間には苦笑に目じりを下げていた。ダブル・クロス、あなたが。
「あら、気づいていたんじゃなかったの?」
互いに耳元で囁きながら、スザクはギネヴィアの大きく刻まれたスリットに手を伸ばした。
「僕の負けだ。一目で見破れなかった。」
「完璧な偽装でしょう?こいつらもそうよ。」
そっと静かに、かすかな囁きだけで裏切りの王妃はスザクに告げた。全て殺って構わない。
「了解しました。 ゼロ!!」
そして内股よりに隠されていたワルサーP83を抜き取って最も近くにいた捜査員の一人に銃弾を撃ち込む。
「ぐあッ!?」
「あなたの銃はッ?」
ガウンッ---
一斉に交戦体制に入った捜査員もとい澤崎の手下どもは銃を構えて狙いをつけている。片端から撃ち倒しながら、スザクはたった一つの銃を自分に渡してどうするつもりかと、動きにくいドレスをビリと破いて顔を上げたゼロに問いかけて、…呆れたように笑った。
パンッパンッ---
「こっちにも隠せるからな、俺の場合。そして---」
ショールで隠していた首に嵌めた変声期をむしりとり、胸元に手を差し入れてゼロはハイスタンダード・デリンジャーを取り出した。トリガープルは10Kg以上。非力な女性には引き金すら引けはしない。流れるような動作で今にも銃弾をぶちかまそうとしていた敵を撃ちぬく。続けて二発、それで弾は全てだから今度は銃を投げ出して銃口に向かって走りこむ。
「うわぁッ!?っ、この ヒッ!!」
ガウンッ---
「武器がないならもらいましょってね。もたもたするなよ!!」
敵の腕を蹴り上げて、空に放り上げられた銃を手にして一発。最早女には不可能な速さと力技でゼロは見る間に屍を築いていった。
「…女装といい暴れっぷりといい、やりすぎですよあなたは…。」
スザクは溜め息をついて加勢に入った。
ギネヴィアはゼロの女装でした。…失礼いたしました。彼は完璧主義なので話し方も女性らしく、お水らしく。