「これが、僕の密輸しているものだよ。」
白いコートに白い髪、眼鏡をした“ランスロット”はブツを示した。

11.ヘロインの正体

「---よし。……全て片付けたな。」
ゼロがシンと静まり返った闇の中、しばし気配を探るように沈黙して言った。殺気、注視、視線、読み取れるようになるには一定以上の修練を必要とする。銃火器の扱い以上にそれは経験によってのみもたらされるもので、常に神経を尖らせ幾度となく修羅場を潜り抜けてきた人間にしか有することの出来ないものだ。昼間は否応なく物静かな皇子様を演じている彼が、夜間あるいは公務のない昼間であれ、死に物狂いで訓練を積まなければ自分の感覚だけを頼りに敵の不在を確信して銃を下ろすことなどできるはずもないのだ。スザクは腕を下ろして一息ついたゼロの言葉を再確認するべく-確認だ。確信に確信を与えるための。-自分もまた神経を張り詰めてあたりを探ったあと、周囲に銃声を聞きつけて騒ぐしごく自然な声が聞えただけだった。銃をしまってどうしますかと指示を仰ぐ。
「こいつらは軍の人間じゃない。サワサキの子飼いの下っ端さ。お前を当局に引き渡した後は奴の手引きで姿をくらます予定だった。このまま放置してまずいのはこちら以上に向こうな訳だが…あ、よかった。」
ゼロがチョーカーを装った変声期を拾い上げて、器械そのものは壊れていないことを確めて安堵の声を上げた。勢いで投げ出してしまったのだろう。そのまま付けてくれていても構わなかったのだが。
「中々に艶のある声ではありませんでしたか。あなたがご自分でお選びに?」
「いや、俺の外見から見て最もマッチする声色をアシスタントに選んでもらった。シャーリな。」
この服もメイクも彼女よん♪自分で喉元に押し当てて声を変えると、ゼロは目を細めて首を傾げた。
「さて、ちょっと静かにしていろよ。  ---Mr.サワサキ?ギネヴィアよ。ふふ、何をそんなに驚いているのかしら?悪巧みは失敗。ええそうよ。悪いけど、私中年の小男よりも若くて背の高い、ちょっとかわいい顔した男の方が好きなの。あらぁ、そんな焼きもち焼かないでちょうだい?チャンスをあげるわ。三日後、同じ場所にいらっしゃい。-------よし。後片付けは自分でするだろう。」
ゼロははすっぱな女の口調をころりと改めてにこりとスザクに笑いかけた。
「僕が好みなんですか?それは光栄だな。」
もう一つ寄るところがあると言ってさっと駆け出したゼロの後に続きながら、スザクは面白そうに話しかけた。ヒールを履いているというのにそこそこの速さで走ることのできる様子に、これは何度かお遊びに出かけているなと考える。
「そっちもどうだ?中々に俺は美人だろう。」
「メイクさんに言っておいてください。ちょっと化粧が厚すぎます。」
「わざとだよ。本気で惚れられたら困っちゃうわ。」
男の声で言われたのにも関わらず、然して嫌悪感は抱かない。やれやれと、今夜一晩の自分の醜態に苦笑いしながらゼロが足を止めた『ホワイト薬局』の看板を見上げる。
「うわ、まんまですね。ここ営業しているんですか?まっとうな、という意味ですけど。」
「しごくまっとうさ。そして人情に厚い店主が切り盛りしている。」
そう言ってゼロがやけにセキュリティの高そうな裏口で何やら諮問認証を終えると、ピーッと軽い音を立ててドアが開いた。

「おかえりなさ〜い!ご無事でなにより、ゼロ。」
「! あなたは、」
「特派主任のロイド・アスプルンド。一応仲間かな。」
見覚えのある顔だと思案して、どこかで見かけたはずだと記憶を照合していたスザクが答えをはじき出すより早く、ゼロが口を挟んだ。
「一応なんてひどいですよ〜。僕はルルーシュ殿下に忠誠を誓っている身なんですから、黒の騎士団にとっては紛ごうかたなき仲間です。」
スザクはハッと周囲を見回して他に人がいないことを確めた。黒の騎士団とゼロの繋がりは隠匿されていなければならないのに、この男は不用意な発言をする。
白いコートにノンフレームの眼鏡、全体に色素の薄い容貌。
(間違いない。すぐに特定できなかったのが惜しいが、この男はエリア11で第七世代KMFの開発に携わっている研究者だ。リヴァルの上司の---)
あまり表には出てこない人物だ。そもそも人数の多い軍隊で特定人としてリストアップされているとしたらそれは当人に問題があるか余程の有力者であるか、どちらにしろ一目置くべき存在であるわけだが、全く人目に触れないこともその素養の一つであると、スザクは自分の上司をちらりと眺めて思い返した。計算ずくでなければ、それなりの地位にいる人間が目立たないでいられるはずがないからだ。
「大丈夫だよスザク。ここには他に誰もいないし、ばれたとしても話す人間はいない。少しばかり、『慈愛の皇子様』の名を売って置いた方がいいってこともある。」
「それはどういう…」
「こっちに来て。僕が『密輸』しているものを見せてあげよう。」
ロイドが先頭に立って存外広い店内を更に地下に潜り、そこで目にしたものはよくよく目を凝らさなければ解らないが、きっちり梱包された---
「軍経由の医薬品さ。ゲットーは何もかも物資が不足しているけれど、殊医療関係おいては粗悪品が法外な値段で出回って病気になったらのたれ死ぬしかないのがついこの間までの現状だった。そこでかる〜く備品をちょろまかしてね、提供しているってわけだよ。」
「でもなぜですか?あなたに何の益が? ブリタニア人ですよね?」
ざっと検めてみると、確かに軍のロゴが入った正規の軍用品である。品質は保証されるが、見つかったら軍事法廷への出頭は免れない。ルルーシュが擁護しているのか?
「君は日本人だね。枢木スザク君。」
どこか棘々した響きを聞きとめて、スザクは素直に頭を下げた。
「失礼いたしました。人種に囚われる思考が思いのほか浸透していたようです。」
「こら、あんまり新人を苛めるんじゃない。」
ゼロがごしごしと化粧を落としながら口を挟んできた。隅の方で顔を拭っているのでその表情はよく見えないが、咄嗟に近寄って覗き込みたいと思ってしまった。ルルーシュ皇子がそのままゼロの食えない笑みを浮べる様が、どうしても想像できないのだ。あの穏やかなアメジスト(自分も詩人であると、するりと滑り出てきた台詞に米神を押さえつつ)を見ると、平気で銃をぶっ放すゼロのプロフェッショナルとはいえ粗野な振る舞いが磁石のN極とN極、S極とS極のごとく反発してしまう。白い服を着て優しく微笑む慈愛の皇子様が、悪い笑顔で蹴りを繰り出すところなんかを見てみたいと、好奇心で思うものだがその機会はお預けのようだ。ゼロはロイドに一言言うと、着替えのためだろう姿を消してしまった。あのままの格好をしていてもかまわないのにと思ったことは内緒だ。
「ごめんねぇ。いきなり現れて彼のお気に入りになっちゃった君が少し羨ましくてさ。」
言うほどには何も感じていない様子でロイドは続けた。
「戦争が始まる前の日本は経済大国であると同時に技術大国だった。超伝導物質サクラダイトの利用開発が軌道に乗る前は、日本は資源に乏しくそれを補うように工業技術が発達した。君の方が僕より詳しいだろう。」
「ええ。紡績業は伝統ですが、それよりも採算性の高い分野で言えば高精度、超精密、複雑形状金型の製造は熟練技能を有する人材の徹底した育成環境の下、国際競争力は世界有数だった。自動車産業、電気・電子産業、機械産業…そうか。あなたは日本の技術を」
ロイドは目を細めて頷いた。
「僕は一研究者、一技術者としてのレベルはトップクラスだと自負しているけれどね。もちろん自分の専門分野でだよ---それでも得手、不得手はあるもので、KMFのような精密機械の製造には素人には驚くほどつまらない場所で行き詰ったりする。小さなパーツ一つ、それが作れないために全体の完成度を下げなければならないことはしばしばだ。それが面白くなくてねぇ。せめて世界最高峰の技術を注ぎ込んでから妥協したい。日本人は優秀だね。手先が器用だ。時に機械よりも精密な仕事をこなす。」
思ったよりも饒舌な男だった。物々交換というわけだ。そこにロイド自身の私情-危険を冒してイレヴンを救いたいとか、そういうセンチメンタルな-が差し挟まれていようがいまいが大した問題ではない。知りたいことはそこになかった。ぺらぺらと一頻り話した後、ようやくロイドは話題を移すのを待ってスザクは組んだ脚を組み替えた。
「と、こんなことは君にはあまり興味はないだろう。ごめんねぇ。ルルーシュ殿下のことだろう?あと君が嵌められたその理由。」
つまりはこういうことだと、些かマッドな雰囲気を醸しだす科学者は説明した。
僕に運び屋をやってくれないかと打診してきたのはルルーシュ殿下なんだ。
―ゼロではなく?
皇子様の方さ。あの方はナナリー殿下が一足早く赴任された際、非公式にこの地を訪れている。そして租界からゲットーまで極秘に視察なさったんだね。そしてイレヴンの現状をご自身の目で確められた。僕が派遣されたのは殿下よりも早い時期だったけれど、まあ中々にひどい状態だったとだけ言っておこう。今は大分改善されているよ。妙に感謝されちゃって居心地が悪いや。
―『密輸』のことは殿下の責任で?
絶対に上にばれないようにしろとは言い含められている。本国からの支給量自体、機密局手を加えているのを知っているかい?ごく一部の担当者の仕事だろうから君が知らなくとも不思議はないさ。万が一僕が捕らえられたとして、さぁ?その時殿下は助けてくれるのかなぁ。
―ではイレヴンにルルーシュの存在が伝われば?
正しく『慈愛の皇子様』さ。実のところ、根拠不明の情報として殿下の名前が流れるのはそう悪いことじゃない。サワサキ・アツシ、彼、本格的に殿下を陥れようと動き出しただろう。
「あなたを確実に殺すように言われました。つまりイレヴンにとってのナイチンゲールであるあなたが、ルルーシュ殿下の側近である僕に殺されれば、あるいは殺されかけたのだとして、その“悪行”はイレヴンの殿下に対する不満となって現れると。しかし彼は僕を別の方法で葬ろうとした。それは単に不名誉を擦り付けるためですか?気に入りの臣下がドラッグの常習者だと。」
「甘い。運び屋で軍の伝を利用して同胞の間に麻薬をばらまいた、くらいのオプションはつくんじゃないかな。天秤にかけてこっちを選んだのさ。ただイレヴンの不満を煽るだけじゃなく、ひょっとしたら殿下ご自身が麻薬の取引に一枚かんでいるんじゃないかとね。」
ここまで話してロイドは一旦口を噤んだ。煙草でも取り出すのかと思ったが、真っ白な外見にそぐう神経質な仕草で眼鏡を拭いている。自分も吸わないスザクはぽきりと肩を鳴らして時計を確認した。もう日付が変わっている。澤崎が速やかに死体その他諸々、彼に都合の悪いものを撤収していたらそろそろ怒りに顔色を悪くしているところだろうか。三日後の呼び出しは自分が行かされるんだろうなと思いながら、先ほど飲んだ酒が胃の中でもたれているのを感じた。
「---では、ゼロがヴァレリアの公式訪問を前にリフレイン問題の解決を図ろうとしているのは」
「もしかしてもう眠い?それともアルコールかな。いい中和剤あるけどいる?」
「…前後してしまいましたね。失礼。一通り、当エリア内のリフレイン問題を洗っておきたいと考えているのは、ルルーシュ殿下の進退問題に関わることもあってのことですか。」
リフレインとヴァレリアの関係はまだ仮定のこととスザクは認識していた。だがロイドにしてみれば自明のことなのだろう。自分よりも古いゼロの仲間らしいし、もしかしたらもっと深いことまで知っているのかもしれない。
「そうだ。ルルーシュ皇子が失脚すれば漏れなく総督の椅子も一つ空く。ナナリー皇女は総督就任の際に宣言しておられるからな。」
ゼロがいつの間にか現れて話しに加わる。もうドレスは脱いでいつもの黒い服を着ていた。
「『お兄様がわたくしの元に来てくださるのならお受けしましょう』って?本当に麗しい兄妹愛で〜。」
「面白がるなロイド。一年前はテロ活動の盛んな危険区域だったが今は違う。皇女の働きで今やどの皇族も狙う人気のエリアになってしまった。皇女の言葉は既に公約として受け取った人間は多い。…まったく、ちゃんと話し合っておけばよかった。」
ゼロがほんの少し本音を零した。不満げな口ぶりはどこか幼く、それでも妹姫に向ける愛情に曇りがないことが窺える、ぼやくような言葉だった。
「まあ、しばらくは忙しくなるぞ。とりあえず三日後の呼び出しはお前と俺が一緒に出向く。」
「三日も泳がせてよろしいのですか?その間に逃げようと思うのが人情かと思うのですが。」
普通逃げる。少しでも頭の回る人間であったら、皇子の覚えめでたい-たとえ無能な皇子と認識されていようがそれはまた別の問題だ。少なくともルルーシュは紛ごうかたなき皇族であらせられるのだから-部下の一人を消し損ねて、おまけに自分がスパイを送り込んだつもりが逆にスパイされていたなどと、足場が不安定なことこの上ない。
「逃げないな。俺がそもそも奴に近づいたのは、別にお前を助けるためじゃない。最初は何か探れないかとナンパしてみたんだが、 もう、こんな絶世の美女に堕ちないなんて失礼しちゃう!」
「ゼロ…。お好きなんですか、女性の振り…。」
「あー!せっかく作ってあげたのにまた壊して!あなたはやること一々派手すぎるんです!もっとお淑やかに大人しく振舞ってくださいよぅ!」
外装がはがれてしまった件の変声期を弄びながら、脱力したスザクを他所にゼロはロイドをからかって遊んでいる。
「一日はい、とかそうですね、とか大人しい人間やってみろよ。退屈で死ぬ。」
「そんなかわいらしい人間じゃないでしょうが!だったらもう少し昼間にもストレスを溜めないように考えて」
「考えたら俺周り敵だらけになっちゃうよ。有能だから。」
「だったらとことん上を目指したらどうです!偉くなって予算を僕の可愛いランスロットに回してください。」
「十分優遇してやってるだろうが。これ以上欲張るなら俺はセシルと共同戦線を張る。」
「それはご勘弁〜!!」
「あの、そろそろ本題に入ってもよろしいでしょうか?ゼロは早く戻ってお休みになられないと明日のお仕事に差し支えますよ。」
楽しそうなところを悪いが、スザクの台詞は本心からだった。ルルーシュは明日朝から晩まで聴聞会に出席しなければならないし、夜は夜でふらふら出歩きあるいはナナリー皇女といちゃいちゃ(死語であることは承知しているがどうしてもこの単語が頭に浮かぶ)睦まじく過ごすのだろう。翌日はブリタニア全土で催される芸術習慣の一日目として美術館を訪問する予定であるし、退屈だと連呼する行儀のいい皇子様として終始にこやかに微笑んでいなければならない。居眠りでもしようものならメディアが喜んでネタにするだろう。三日後は言わずもがなだ。…三日後。
ふとスザクは考え込んで訊ねた。
「もしかして、狙ったのですか?」
「まあ。一緒に行くから俺の無事を祈っていたまえ。」
「危険を遠ざけるのが僕の役目ですよ、マイロード。」



閑話を入れて次のネタに行きます。

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