日本では秋の祭といえばなんといっても収穫祭。夏の熱さで蓄えたエネルギーを秋の涼しさの中で結実した大地の恵みを人に神に感謝をささげ、神輿や何やらで祝うのが通例です。西の方では特にそれがはげしく、だんじりと呼ばれる喧嘩神輿では、ぶつかりあう豪勢な神輿の風格と威勢のいい氏子達の騒乱をわざわざ人が見物にくるほど大掛かりなもの(ちなみにこの地域では、祭のたびに家屋が壊されるため、だんじり保険と呼ばれる損害保険までが存在したりします)。
しかしながら日本は戦後すっかり無神論に近い風潮が根付き、神も仏もキリストもミックス&マーブルが当然となっています。クリスマスはとっくに恋人たちがいちゃいちゃし、家族ではケーキを食べ、おもちゃ業界が喜ぶ日として定着しています。世界広しといえど、正月には神社に行き、結婚式には教会を使い、死んでは寺に奉るなどというある意味ばちあたりな所業を国民をあげて行っている国はおそらく日本ぐらいでしょう。といっても、日本はもともと八百万の神の地。山にも川にも木にも石にも人にも神様がいてもオールオッケーな国ですから、海を渡ってきた神様達が根付いてもさほど大きな問題はないのかもしれません。まぁどこの神様だろうがありがたいことには変わりなし、とほどよくいい加減な見解は、宗教紛争が続く地域の方々にとっては噴飯ものなのかもしれませんが、国民はさほど疑問を抱くことなく日々の行事をこなしております。
といっても、それでも10月のハロウィンと呼ばれるお祭は、こんなカオスな宗教事情の日本ですらまだあまり馴染みのないものです。最近でこそ街やらテレビやらで黄色いカボチャを変な顔にくりぬいた顔がメジャーにはなってきましたが、その知名度はやはりクリスマスと比べるとまだまだといったところ。それでもクリスマスよりも子供たちの参加が奨励される催しのため、10月の末日のその日は低年齢層を中心に存在が広まりつつあります。
Trick or Treat! (お菓子をくれなきゃいたずらするぞ!)
キリスト、というよりケルト寄りのその祭りは、まぁ簡単に言えば西洋のお盆とでもいうものでしょうか。8月の彼岸に先祖の霊が帰ってくるといわれる仏教の催しと同じように、この日は普段眠りについている魔女や幽霊などのややアンダーな生物が宵闇と共に力を得るといいます。彼らのいたずらを交わすには、ちょっとしたお菓子で気をそらせばいい、という言い伝えにしたがって、幽霊やら小悪魔などの紛争をした子供達が口をそろえて発する合言葉に、キャンディやチョコレートのお菓子をあげるのです。あげるほうももらう方もほのぼのと楽しい、祭りの意味や目的ははるか彼方に置き忘れつつも日本らしく単純なおもしろさのみを追い求めたそれは、準備の頃から子供達をわくわくさせるものでした。
―――しかしながら、住宅地の一角にあるごく標準的な中流家庭である枢木さんちは、息子がすでに中学生ということもあり、そんなお祭はテレビの中だけの行事で、ある――
…はず、だったのです、が。
「Trick or Treat!」
小さな子供のくせに、さすがにその血はモンゴロイド系とは異なるということを証明するかのようにやたらといい発音で発せられた言葉に、いろんな意味でとっさに反応できなかった彼を、誰も責めることはできないでしょう。
「…は?」
たった今耳にした言葉と、現在進行形で目にしているものでほどよく意識をフリーズさせられた枢木家の一人息子君は、いくばくかの間をおいて、ようやくそんな呆けた一言を口から押し出すことに成功いたしました。しかしそれは到底合言葉にはなりえないまぬけなもの。当然のことながら祭りにふさわしくはなく、先ほど決まり文句を口にした少女はむぅっと眉を寄せて手にした細長い棒――どうも細い木の棒に先端に粘土で何かをくっつけたもののようです。何を意図しているのかはおぼろげにわかるのですが、なんとなく当たれば痛そうだなぁとスザク少年は回りの悪い頭でそんなことをぼんやり考えました――を腹立たしげにぶんと振り回しました。
「すざく! Trick or Treat!」
「―――え?」
再び発せられた言葉に、けれど本気で意味がわからなくて再度聞き返してしまったスザクに、今度は本気で気分を害してしまったのか、彼の腰ほどしか身長のない隣家の少女は、むきーっと足をふみならしました。
せっかく頑張ったのに! スザクが全然相手をしてくれない!
スザク少年としては、いきなり現れていきなり意味不明なことを口走ってそしていきなり怒り出した少女にただひたすら戸惑うしかなく――何より、今目の前にしている少女の風体に目を離すことができませんでした。
ルルーシュの母であるマリアンヌさんは女手一つで娘を育てていることもありとても忙しく、普段はルルーシュを幼稚園まで迎えに行くのは主にスザクのお役目です。小さなお姫様をエスコートして帰宅の途につくその一時は、この年頃の男の子が勤めるにしては随分面倒で忍耐の必要なものであるはずでしたが、スザク少年はそれが嫌だと思ったことはただの一度もありませんでした。剣道で胼胝ができた硬い手を、小さくて柔らかな少女の手が全幅の信頼を置いてきゅっと握ってきて、そして幼稚園であったことや家族のことを素直な言葉で語ってくれるのです。一人っ子で小さい頃から兄弟というものに憧れていたスザク少年としては妹ができたようなここちで、この年頃にしては随分はっきりとした言葉で綴られるルルーシュの声に、うん、うんと耳を傾けるのが常でした。
しかし、ここ数日はマリアンヌさんが少し時間に余裕ができたとのことで、幼稚園の送り迎えをしています。いつもごめんなさいね。スザク君にお世話ばかりかけてしまって、と二人の子供がいるとは思えない美しい容貌で謝罪する彼女に、いいえそんな全然問題ありません。むしろ構えなかったら寂しいとか思っちゃってたスザク少年は、けれど普段なかなかお母さんとの触れ合いの時間がとれないルルーシュとの、親子の時間を邪魔することもできず、しばらく寂しい帰宅時間を過ごしていたのでした。いじっぱりで強気で女王様ででも寂しがりやなツンデレ黒猫さんはもうすっかりスザク少年の生活の一部です。
…話がそれましたが、以上の理由により、スザクはここ最近のルルーシュの動向というものは全く知りませんでした。彼自身、部活だの体育祭だので忙しかったこともあり、考えてみれば1週間以上のご無沙汰です。――が、ルルーシュの幼稚園は制服制で女の子はピンクのスモック。当然のことながら、幼稚園から帰宅するこの時間にはそれを着ていないとおかしいはず、なのです、が――
…なんでしょう。この可愛いいでたちは。
もともと隣家のルルーシュはその年頃にしては完成されすぎているほどに美しい顔立ちの少女でした。母親のマリアンヌさんを見ていれば、長じればそれはもう素晴らしい美女になることのお墨付きをもらっているようなものです。けれど、元来感情表現が不得手なことが災いしてかやや表情に硬さがあり、引っ越して一年を経て、ようやくスザクの前では自然な子供らしい感情の発露をみせてくるようになってきたのです。元々の作りの端整さもあり、何をしてても何を着てても可愛い、などというどこの父親だというような緩んだ考えで、妹のようなこの少女を可愛がっていたスザク少年だったのですが――
小さな体を今包んでいるのは黒のフレアワンピース。腰での切り返しこそないものの、下にパニエが入っているのか、ふわりと膨らんで彼女が体を動かすたびに可憐に波打ちます。そのパニエ自体も白ではなく黒のレース地というのがまた芸がこまかいというかツボをおさえているというか…とにかく、元々すけるような色の白さを誇る少女なだけに、ベルベットの黒の生地は逆にはっとするほど目をひきます。 飾り気のないワンピースなだけに、少し装飾品に凝ったのか、大きな紫の宝石をかたどったおもちゃのブローチが胸元に施されており、それは少女のきらきらとした瞳とあいまってよく似合っていました。下に視線を落とすと、真白の肌を経て、黒のニーソックスに続きます。絶対領域を着実に抑えたその装いは一体何の罠なのでしょうか。さらに、小作りの頭にかぶせられているのは画用紙で作った黒のとんがり帽子で、先ほどからぶんぶんと振り回されている右手の棒も黒。先端についている多分星をかたどっている粘土製のものも合わせて見ると、もしかしてこれは、何かのステッキなのでしょうか。
全体をトータルで見ると、印象は、魔法使い、というのが一番近いでしょうか。しかし、色は全部黒。黒尽くめ。となるとこれはむしろ…
「…魔女っ娘…」
マニアが見れば多分鼻息でティッシュの何枚かぐらいは飛ばしてしまうほどの萌えを巻き起こすであろう少女の装いは、純粋に、何のヨコシマな意味を視線にこめずとも十分にかわいく愛らしく萌え萌えで―― 一目見た瞬間、それこそ『うっ』と胸と頭と鼻と腹に何かの衝撃を覚えたスザク少年は、思わず口元を押さえて何か叫び出したくなるような衝動をこらえました。
いやまて、僕は一応剣道に励む健全かつ健康的な青少年であって、断じてそんな趣味はないし幼女を見て血がのぼるような趣味も持ち合わせていないはずだ!
かろうじて下半身には何の反応ももたらされなかったことに唯一の安堵を見出して、スザクはあたふたと視線をいろんなところにさまよわせた後、意を決して、己の腰ほどしか身長のない魔女っ娘ルルーシュ@4歳児を見下ろしました。
「――…スザク! もぅ!」
隣家の青少年に多大なる衝撃を与えたことなど意に介さず、ぷぅっと頬を膨らませた少女は、いつまでたっても望む反応をくれない少年に焦れたようにぽかりとその足を小さな手で叩きました。幼女のそんな攻撃などかわいいばかりで大した衝撃もあたえませんが、しかしこのツンデレなお姫様のご機嫌を完全に損ねては一大事です。もう、そんな顔もかわいいなぁというただれた思考を頭の隅で展開させながらも、スザクは慌てて少女の前に膝をついて視線を合わせました。
「ご、ごめん。ルルーシュ。――えっと、何のこと?」
「だから、Trick or Treat!」
三たび、同じ文句を口にされて――ようやく思考が回り始めたスザクの頭が、検索のために動きます。スザクだってもう中学生ですから、簡単な英語くらいはわかります。文法も何もない、ただの単語だけで構成されたようなセンテンス。よくよく考えればどこかで聞き覚えのあるそれを、一体どこで聞いたのだったか、と記憶を掘り起こした彼は、あ、と思い至ったかのようにポツリと呟きました。
お菓子をくれなきゃいたずらするぞ!確かそんな意味だったはずのその言葉。比較的苦手な部類に入る英語の教科書に記されていたはずの、外国のお祭の―――
「…ハロウィン?」
先ほども書いたように、ハロウィンというのは最近ようやく日本でも定着しつつあった行事です。特に一般的になったのはここ数年。学校や幼稚園の行事にとりいれられるようになったのもその頃からでした。――当然、スザク少年が幼稚園の頃にはそんな催しは存在せず、さらには破壊力満点の魔女っ子に激しく同様させられた頭が速やかに回答を引き出すのは難しいことでした。
うーん、これこそジェネレーションギャップ。ルルーシュと自身の年の差の10年をこんなところで確認してしまったスザク少年@14歳は、僕も年をとったなぁ、と世の20代以上の女性が耳にすれば張り倒したくなるようなことをしみじみと考えつつ、萌えを凝縮したかのような魔女っ子をリビングへと迎えました。
ルルーシュの話だと、どうやら幼稚園の催しで、ハロゥインのとんがり帽子とステッキを作ったのにあわせて、マリアンヌさんがどうせだからと魔女っ子の衣装まであつらえてくれたようです。
「にあう?にあう?」
ちょん、と小首を傾げて、くるりんと前で回る姿に意味もなく拍手したくなりながら、スザクは、うんかわいいよ、と内心激しく動揺する心臓をなだめつつ笑みを送ります。当然のことながら、かわいいものに目のないスザクの母はこの小さな魔女っ子を前にしてきゃぁきゃぁと興奮しっぱなしです。かわいい〜!と頬擦りされて少し窮屈そうにしながらも嬉しげにはにかむ少女はまさしく殺人的に愛らしく、ああもう、絶対こんな格好で夜道なんかに出せない!と握りこぶしをしてしまうほどでした。
「おばさま、Trick or Treat!」
「まぁまぁ、かわいい魔女さんねぇ。はい、いっぱい持っていってね」
ワイドショーを駆使して流行りすたりには女子高生並に敏感な主婦達がハロゥインのことを知らないはずはなく、ルルーシュの言葉に心得たように色とりどりのお菓子をわたす母に、スザクは少し焦ります。14歳の少年にハロゥインに対しての装備なんてあるはずがありません。お菓子なんて成長期の彼らにわたれば3分で胃袋の中で――蓄えなんぞあるはずもなく、この可憐な魔女っ娘の攻撃をかわす手段が何もないのです。
「スザク」
ちろ、と形良いアーモンド型の紫藍が猫のように瞬きます。う、とたじろいだスザクに、にこりと笑ったルルーシュは、もう一度、最後通告のようにハロウィンの決まり文句を口にしました。
「――うう、ごめん、ルル。お菓子はありません」
あ、う、と口の中で幾度か抵抗したスザクでしたが、結局は、早々に白旗をあげて降参しました。ポケットをさぐってもかばんの中にも飴一つないことは確認済みです。ああ、もういたずらでも何でもしてください、と先ほどから激しく視覚的暴力を受けてる心境のスザクは妙な諦めの境地で4歳児に膝を屈しました。
「ないの?」
むぅ、と少しむくれたルルーシュの尻馬にのっかって、スザクの母がまぁこの子ったら情けないわねぇ、と呆れたような声を発します。そんなこと言ったって14歳成長期の息子にそんなものに対しての備えなど期待しないでよ母さん、と反論がわいてきましたが、それは内心で留めました。スザクの母親の癖に、スザクとルルーシュが並べば、彼女が無条件にルルーシュの味方をするというのはもう定着した流れなのです。
「じゃぁいたずらしなきゃ」
「そうよルルちゃん。やっておしまいなさい」
4歳児のいたずらなんて大したことであるはずがありません。スザク自身、おそらくこちょこちょとくすぐったり、きゅっとつねってきたりとその程度のものだろうとたかをくくっていたというのも否定はしません。
―――しかし、次の瞬間、その翡翠の眸にとびこんできた光景にががんと頭を殴られたような衝撃をうけたスザクは、再び、その思考を停止させてしまいました。
「…ちょっとだけよ?」
背中を向けたルルーシュが華奢な手をふんわり広がったスカートにかけます。
―――そうして、えらくレトロな文句を口にしつつ、ぴらりとその黒のベルベット生地を、下のパニエごとまくりあげて。
まぶしいほどの白い太腿の上に、子供らしくぽってりとしたお尻を包む毛糸のぱんつとそれに編みこまれたジャック・オ・ランタン。
…すさまじい視覚的暴力に鼻血をふかなかったスザク君は確かにこの瞬間表彰されるべきものだったと思われます。
「―――…、る、ル、ルルルルルルルル」
「ルが多すぎ」
「…ルルーシュっ!!!」
さらにあおるかのようにふりふりとお尻を振る少女のそんなはしたない姿を誰にも見せぬかのように鬼気迫る勢いで、スザクがばさっとスカートを戻しました。
「い、い、い、一体誰にこんなことを…!」
「母様。スザクにいたずらする時はこれが一番だって」
あああああマリアンヌさん、誕生日の時といいあなたはどうしてそうルルーシュに歪んだ入れ知恵をされるんですかもうもうもう…!
ていうかお前動揺しすぎだろう、と誰かが見てれば間違いなくそう突っ込んだほど平常心を忘れたスザクに、ルルーシュはもう一度ぴらりとスカートを上げようとして――寸前でスザクに止められました。
「スザク、ずるい。お菓子がないんだからいたずらをうけないといけないのに」
「わかりました僕が悪かったですもう何でも言うこと聞きますからお願いだからそれだけは勘弁してくださいお姫様」
所でも評判の爽やか好青年の顔が半泣きの状態でそう懇願するものですから、さすがにかわいそうになったルルーシュです。母様ってすごい。スザクが本当に困ってる。
『スザク君へのいたずらならこれが一番よ。でも、他の人には絶対しちゃいけませんからね』
もちろんいくら小さいからとはいえルルーシュだって女の子ですから、そう誰にでもぱんつをほいほい見せたりなんてしません。実はさっきだってちょっと恥かしかったのですが、スザクのこんな顔をみれただけでなく何でも言うことを聞いてくれるという言質まで得たのですから、恥ずかしい思いをした見返りは十分でしょう。
うっうっとルルーシュの肩に顔を埋めて、嗚咽までもらすスザクの髪をつんつんとひっぱったルルーシュは、まずは一つ目の指令をしもべに与えたのでした。
「じゃぁぷりん作って。――ハロウィンだから、かぼちゃぷりん」
―――14歳青少年。包丁を握るのなんて学校の調理実習だけというのが標準のはずでありながら、なぜかプリン製作はプロはだし、という不思議な中学生は、魔女っ娘なお姫様のためだけに日に日にあがるその腕をこの日も半分泣きながら振るったのでした。
ちなみに息子のその背中を見ながら、「…まぁ、年が離れてることだし、将来的にも今から尻にひいておくぐらいがちょうどいいわよね」と無常なことを呟いたスザクの母親は、心なし背を丸めながらキッチンに立つスザクと、ダイニングで椅子に座りながらその作業を見守る魔女っ娘を見つめ、若いおばあちゃんになるという自らの夢は着実にかないつつあることに笑みを漏らしておりました。
After 13Years