「はじめまして。僕の名前はルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。」
「お、おれはくるるぎすざくだ!」
たった一人で送り込まれたアリエス宮。迎えてくれたのは一人の優しい少年だった。


Kight−2

日本国は世界に名だたる列強であるが、小国とは言え高度な軍事技術を誇るブリタニア帝国を相手に外交政策が行き詰まりを見せていた。いずれは戦火を交えることになるのだろうが、それを少しでも遅らせたいのが日本の思惑で、国王枢木ゲンブはたった一人の息子、枢木スザクを人質に差し出す苦渋の決断を下した。
「おれが、一人で…?父上も、母上もいないところに、一人ぼっちで…?」
王妃は幼いスザクの震える声に堪らず王に懇願した。
「王、どうか、どうかスザクをわたくしの手元に置いてくださいませ。どうしてもかの国に送らねばならぬと言うのならわたくしが参ります。どうか、まだ幼いこの子だけは…」
しかしゲンブの決意は揺らがなかった。留学との建前は些か無理に過ぎる若干四歳の王子であったが、王妃が国を渡るよりも余程に自然だ。武家の血筋が天下をとるようになって久しいが、古き宮腹の王妃を敵国に送るなどできようか。万が一にも、いや、千に一、百に一かもしれないしそうであるからこそ我が子との別れをこれ今生のと嘆く王妃の心は胸をつく。しかし王として民の平安は守らねばならなかった。血を分けた我が子とはいえ、国のためには切り捨てる覚悟が王には必要だった。
「…わかりました。日本国王枢木ゲンブが長子枢木スザク。謹んでお役目果たす所存にございます。」
動かぬ決意を汲んだのか、子どもは教え込まれた礼儀作法でもって頭を垂れた。その意味も自分の運命も、薄々ながらしかしもう二度と故国の地を踏めぬこと母に触れるをあたわぬこと、それだけは察しての震える拳であったことは、常より気丈な王妃をして滂沱の涙を留め得なかった。

ところ変わってブリタニア皇帝のすまう尊い場所、その一角に佇む離宮アリエス。スザク王子が身を寄せることになったのはひそやかな緑に守られた水の館で、そこの主人はまだ十二になるかならないかの皇子であった。
「必要なものがあったら何でも控えの者に言いつけるといい。わからないことがあったら訊ねて。この離宮を出なければどこを歩き回ってもかまわない。」
七つばかり歳の離れたブリタニアの皇子は、スザクの見たこともない紫の瞳をやわらかく細めて水の館を連れて回った。西洋がルーツであるシンメトリーの噴水はきらきらと輝くしぶきを上げ、手を伸ばせば触れられそうな七色の虹を作り出している。ブリタニアの家屋は天井が高い。採光のために切り取られた天窓が、座敷牢など薄暗い場所を想像していたスザクの目に眩しい光を差し入れていた。
「…お前、いいのか?」
「何が?」
スザクくらいの歳の頃に遊んだのだというブランコに、乗ってみるかと微笑んだルルーシュは不思議そうな顔をした。
「だって、おれは人質なんだろう?どうせいつか殺される。邪魔にならないよう閉じ込めて置けばいいのに。」
半分自棄になっていた。知らない人間ばかり、知らない場所、異国の言葉。まだ子どもであるから語学の習得に難儀をすることはなかったが、やはり祖国の香りが懐かしい。目の前の、自分と同じ皇子だという少年が、決めてきた覚悟をくじくほど親しげに接してくるから、まだ幼い心は驚くほど簡単に戸惑いに隠された不安を零した。
『…そう言われてブリタニアに来たのか?…かわいそうに。確かに僕が君を助けてあげることはできない。でもここにいる間は、このアリエス宮にいる間は、僕が守ってあげるよ。』
かわいそうに、と、目を伏せて落とすように言われた言葉に反発する気力は、その時なかった。流れるような自然な日本語に、張り詰めていた神経の糸が切れる。ブリタニア語は話せもするし聞き取ることはもっと如才なかったけれど、それでも懐かしい故郷の言葉。子どもは故郷を離れて久方ぶりに与えられたぬくもりに縋りついて涙を流した。



成長した今ならわかる。ルルーシュはブリタニア皇室の中で最も低く軽んじられた見捨てられた皇子だった。日本が藁にも縋る思いで送り込んだ幼い王子にブリタニアは重きを置かず、忘れられたようにひっそりと暮らしていた皇子の手に預けたのだ。
それはたった一人敵国に足を踏み入れたスザクにとってこれ以上ないほどの幸運であり、ルルーシュがいなければ今ここに、次代の王と囁かれるスザク皇子の姿はなかった。
「王子、エリア11へ赴任する日がもう間もなくです。そろそろ騎士をお決めにならないと…」
騎士制度の始まりこそ歴史の丈では日本を凌ぐブリタニアにあるけれど、もう普遍の慣わしとして一国の王の血を引く者は、自らを守り戦い、盾になる人間を持つことになっていた。十七歳、新たな任官。スザクが十を過ぎた頃から王子としての教育を施してきた藤堂が、なぜ彼が騎士選出を拒むのかを知りつつそ知らぬ顔をして持ちかけた。
「そうだな。適当に候補を挙げておいてくれ。」
溜め息を押し殺して数冊の人名リストを机に置く。
背を向けたままの王子がこのリストに手を伸ばすことはないのだろう。誰も皆、死んだ者を越えられない。


地理とか国家の形態とか、色々無視してやっていただけるとありがたいです…(深々)。

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