広い庭で走り回り、遊びつかれて眠り込んだ自分を、ルルーシュはその背におぶってくれたものだ。揺れぬようにと気を配られたかすかな振動と、確かな体温、そして優しいルルーシュの香り。まだアリエスの離宮にいたころ、何度も彼のベッドに潜り込んでは苦笑しながら迎えてくれたあたたかな記憶が蘇る。今にして思えば大きく思った背中もまだ少年の華奢なものでしかなく、きっと今の自分よりも頼りないものだったに違いない。

Kight−9

「…あのう、スザク様?」
「なんだ?」
居心地悪そうに、ルルーシュはスザクの名前を呼んだ。それは気に入らない硬質な響きを持っていたけれど、ルルーシュを見つけて一月余り、そろそろスザクも慣れてきた。そして昔を顧みるだに、よくあの細い体で自分を守ってくれたものだと言葉にできない想いが込み上げる。
「スザク様の視線が、些か強すぎるように思われます。わたくしはこのまま退出してもよろしいのでしょうか?」
「いや、だめだ。ちょっと近くに寄れ。」
渋々、といった擬態語がぴったり当てはまる殊更ゆっくりとした歩みで命に従ったルルーシュは、黙ってスザクの前に佇んだ。
「何でございましょうか。」
「ちょっとな。上だけでいいから、下着まで全部脱げ。」
「…それは、いくら殿下のご命令でありましても聞かなかったことにするのが私の務めではないかと…破廉恥ではございませんか。」
ルルーシュは顔を引き攣らせて言った。滅多に崩れない表情が、秀麗な顔に浮かんでいるのを満足げに眺めながら、スザクはその言葉を聞かなかったことにしてにこりと笑った。
「まだかな?」
「……ご覧にならないほうがよろしいと思います。」
「女性のような美しさを求めてはいないよ。当たり前だろう。ただちょっと見たいだけだ。」
いつものルルーシュの飄々とした口ぶりを真似て、後ずさりかけている身体をこの場にとどめる。本当に、少し見たいだけなのだ。こうして今は…24歳になったルルーシュと17歳の自分が並んでみて、悔しいが背の丈ばかりは数センチばかり届かないものの、全体の筋肉の付きには歴然の差が在る。昔の彼はうまく鍛えられない体質を恨みながら毎日黙々と鍛錬を積んでいたものだが、ゼロとして活動している間はとんと頭の方しか使用しなかったらしい。片手でつかめそうな細い腰に、薄い胸板。すらっと長く伸びた脚、白くて綺麗な指…
(まずい、おかしな気分になってきたじゃないか。今はそんなつもりはないんだ。本当にちょっと、確認のつもりで見たいだけだ。)
子どもの自分を守ってくれたルルーシュを、今は自分が守れるのだと、それを確めたいだけ。事実としては、スザクの一存でルルーシュの生死は決定される状況であるが、そんなことはどうでもいい。ただ、昔見上げた背中が、涙で見送った背中が、もうこの手の中にあるのだと確めたい。
確めた結果あんなことやそんなことをしたくなったとしても、とりあえず押さえ込むだけの理性は残しているはずだし、それはまずルルーシュの記憶が戻ってからの話だと、スザクは再会を果たした日から自分に言い聞かせていた。
「いえ、やはりやめましょう。そろそろ閣議が始まります。移動なさらないと。」
しかしルルーシュは妙に事務的な口調で拒絶した。態度はどうあれスザクの命令には諾々と従っていた-処刑などできるはずもないお前は名を変え顔を隠し俺の傍にいろ。その彼にとっては不可解であっただろう不法行為の強要が最たるものであっただろう常にしかるべき処断をと口にすることから-ルルーシュであったが、スザクの不埒な思考を読んだかそれならば男同士上半身を晒すことなど些細なことであっただろうがしかし、きっぱりと背を向けて揃えてあった資料を手渡した。
「ルルーシュ、」
「“アラン”です。不用意にその名を呼ばれないように。」
目立ちすぎる上に出自を判然とさせる紫の瞳は、髪の色に合わせた黒のコンタクトレンズに隠されている。スザクは凍ったように表情をなくしたその色を見て、一言だけ言って部屋を後にした。
「今晩は日付が変わるまでに寝仕度を済ませておけ。」

出ることの叶わない政庁の一角、スザク王子の執務室隣の控えの間で、ルルーシュはじっと床を見つめていた。




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