「スザク、入っていいか?」
来たなと、心の中でにんまり笑ったスザクはどうぞと返した。ここはスザクの部屋である。ランペルージ家で唯一の畳の間。もともと文机は誂えてあり、全館暖房セントラルヒーティングのこの家は個別のストーブを用意する必要もない。だからスザクが持ち込んだ家具の中で、埃をかぶる運命だったものが一つある。今、ルルーシュがいそいそと潜り込んだもの。
「あったかいなぁ。みかん食べる?」
にこにこと橙の皮を剥きながら言う彼の、お気に入りの場所。
せまいところ(前)
スザクの恋人はどうにも慎ましい人なのだ。甘えてくれたらうれしいし、頼ってくれたら全身全霊それに応えてやる気満々のスザクにとって、自室で何をするでもなく寛いでいる時に遠慮されるのはちょいと寂しい。邪魔をしたらいけないから、大の男がわざわざ一つの部屋にいる必要もないだろう、揃ってTVでも観ているなら別だけど……そんな遠慮は不要である。晴れて両思いを自覚して結ばれた今、寝室も別、寛ぐのも別、用がなければ気配も感じられない各自の部屋で過ごすのは些か理不尽なのではなかろうか。そもそもルルーシュ・ランペルージという男は一人暮らしが長く(彼は15の歳に家を出ている)妹以外の他人と一つ屋根の下で暮らすという経験が皆無に近い。ゼロでないのは彼が以前、スザクと出会う前に関係を持っていた女性が遠慮のえの字もなく一人暮らしの部屋に押しかけて、短い同棲生活なんぞを送っていたためであるのだが、これは偏にその女性の豪胆な性格によるものだ。スザクは密かに彼女を尊敬している。ルルーシュ・ランペルージと云う男の「引き」の姿勢を打ち崩すほどのエネルギー、押しまくったその強さ。彼に任せていたらきっと一歩も進まない。男の甲斐性と云う意味において、まったくもって情けないのがルルーシュという男である。
だからスザクは先人に倣って押せ押せの姿勢を貫き、強引にルルーシュのハートを射止めたわけだがその後は中々進まない。ベッドにお誘いしても恥ずかしがるばかりで素肌を拝む頃には夜が白む。一度腹を決めてしまえば螺子を一本飛ばしたかのように(半分自棄なのだと思われる)その振る舞いは奔放になることを最近知ったが、別にスザクだって年がら年中本能に忠実に生きているわけではないし、夜の営みうんぬんに直結した不満をもんもん抱えるような青い性格はしていない。ただ同じ家にいるのなら同じ空間、目の届く場所にいてほしい、他愛もないやり取りを交わせる距離にいてほしい、手を伸ばせば届く場所で互いに寛ぐことができればしあわせだなぁと。思うほどにはこの同性のステディをいとしく思っているだけである。ささやかな欲求。どうしたら叶えられるのか。
悩んでいたスザクは同僚の言葉に耳を止めた。いわく、猫好きなその人物は愛猫のために押入れの戸を僅かに開けておくのだという。上げた布団と天井、その狭い隙間に収まって機嫌がよいのだそうで、昨今猫鍋なんぞのけったいなものが耳目を集める時代に、飼い猫の常には稀な振る舞いが癒しをもたらすのだとかなんだとか。スザクにはよくわからない感覚なのだが、戸棚の中の隙間やそれこそ土鍋の中だのせまい場所に猫がぎゅうっと入り込んでいるのを見てルルーシュはかわいいと思うらしい。しかも共感までするらしい。
『俺も入るね、入れたら』
『ど、どこに?』
『鍋とか。布団の間とか。家具と壁の隙間もね、なんとなく魅力を感じる』
『なぜ!?』
『安心するから?』
『はぁ、』
『コックピットが好きなのも狭いせいなのかも。一歩も動かないで何でもできるもんな。ただの不精なのかもしれないけど』
『あなたはまめな人ですよ。車の足回りががちがちなのもそのせい?』
『うん』
『女の子たちが猫っぽいと言っていましたが…こんなところまで猫でしたか』
スザクだって猫は嫌いじゃない、むしろ好きだ。だがどうしてか動物には嫌われるせいで今までペットを飼ったことはなく、反対に動物に好かれまくるルルーシュも留守にしがちな仕事のせいで右に同じだ。それでも飼うなら犬がいいというルルーシュは、退職したら大きなやつをと言うのである。茶色でしっぽのふさふさした犬がいいよねとスザクの頭を見ながら言うのであるから、含みを感じて複雑な気持ちになるものの、こちらは犬より猫派なスザクは心の中で貴重な黒猫を手懐けているつもりであるのでおあいこだ。ともあれ、『せまいところ』が好きらしいルルーシュに、スザクは一計を案じたのである。
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