Caricature

 
あれから、十年が過ぎた。

あの雪山で、僕はルルーシュの背を見送り、そして再び彼が姿を表すのをずっと待っていた。ルルーシュが真紅の瞳で僕を食べてくれるのを、ずっと。

けれどいくら待っても――正直、あの氷の世界で生きていられたことが不思議で仕方がない。まるでルルーシュが守ってくれているかのように、僕は一人生きていた――彼は現れなかった。名前を呼ぶ声が、聞えた気がした。祈りのように小さな声が、そっと。
だから僕は探したんだ。探して探して、そして一人だけ約束の場所に。

山の向こうの、約束の場所で。


君を待ち続けている。

どらきゅら―エピローグ



「今年の薔薇の出来はどうだい?」
街へ入ってすぐ、いつも贔屓にしてくれる花屋の店主に声を掛けられた。
「順調ですよ。ピンクとイエローを二種類ずつ増やしました。薔薇だけでかわいらしいブーケができると思います。」
「へぇ、そりゃいいや。お貴族さん方ぁ、ここんところ造花よりも生の花をお好みなすってるからな、いい値で売れるぞ。でもなあ、お前さんが十年がかりでこしらえた紫の薔薇、あれを出し惜しみしなかったら一財産稼げるぞ。うちがお前さんの言い値で買ってやってもいい。」
スザクは出掛けに見回ってきた薔薇園の、一番奥まったばしょでひっそりと蕾を膨らませている花を思い浮かべた。 もう一月もすればあの庭は色とりどりの薔薇が咲き誇る花園に変わるだろう。その一角で一際高貴な色と香りを誇り、だが慎ましく咲く紫の薔薇。十年もの間、土に合わせて香りの高い高貴な花を育ててきた。幾度も枯らしては試行錯誤を繰り返す毎日だったが、ルルーシュが喜んでくれる顔を思い浮かべての作業は辛くなどない。二つ先の街まで珍しい薔薇を売りに行く。スザクの作る薔薇は鮮やかで香りのよいことで評判だった。
「『Tender Vampire』はたった一人のためだけに咲かせているんです。すまないけど、売り物じゃないんですよ。」
すまなそうにもきっぱりとしたスザクの言葉に、花屋の店主はがっくりと肩を落とした。
「残念だなぁ。でも枢木、その『バンパイア』って名前はまだちいとばかし早いんじゃないかね?」
人々の吸血鬼に対する目は少しずつ変わってきていた。理由は単純だ。この十年というもの、吸血鬼に襲われた者がいないのである。本当のところは吸血鬼に会った記憶すら残さないよう彼等が気をつけているせいであるとスザクはわかっていたし、それはつまりブリタニアの一族が異端に走ったバンパニーズを押さえ込んだということを表していた。

あの日―――


「―――…?」
あたたかなまどろみの中で目が覚めたような気がする。
あたり一面を雪に囲まれた雪山で、スザクは寒さにではなくぬくもりに抱かれてうとうとと夢を見ながらルルーシュを待っていたのだが――
「声、が、する…?音も…――」
遠くに殺意が込められた低い声を聞いた気がする。次いでもっと確かな地響きを伴う轟音。半ば感覚の麻痺した聴覚でも気配と肌に伝わる振動でそれを知覚する。
「…雪崩かッ!?ルルーシュ!!」
急いで洞窟から這い出していつのまにか凪いでいる空を見上げた。少し離れた場所で雪煙が立ち上っている。夜だった。スザクの目には月明かりに照らされた夜の世界はものの輪郭を捉えることすら困難で、どれだけ目を凝らそうとぽつりとした人影を見つけることは出来なかった。
「るる…るるーしゅ、」
彼は自分の黒い外套を残していった。白のブラウスを纏っただけの彼を見つけられるだろうか。
「わかる、僕は、ルルーシュの声を、聞いた…―――」

―――スザク、どうか、生きて…す ざ く

「聞いたんだ…ルルーシュは僕の名前を呼んだ。行かなきゃ…ルルーシュ、今、行くから。」

だが結局ルルーシュを見つけることは出来ず、いつのまにか辿り着いていた山の向こうの豊かな土地で、スザクは小さな家を建ててルルーシュがやってくるのを待っていた。吸血鬼は寒さに強い。ルルーシュが一人だったらあの雪山で生き残れたはずだ。人間のスザクが踏破できたあの峠を、ルルーシュが越えられないはずがない。
…けれど十年。

「そろそろかなぁってね。いいんです。あっちは随分のんびりしているやつなんで、お目見えするころにはきっと粋な名前になっていると想いますよ。」
スザクは香油の材料にする精製油や貯蔵瓶、そして食糧などを買い込んで帰路に着いた。歩きながら見上げた夜空は、一番星が瞬く平和な空だった。いつか彼と出会った日のような怒り狂う空ではない。出会って、一緒に暮らして、一緒に逃げて。
「僕たちが二人で過ごした時間は、驚くぐらい短いんだね、ルルーシュ。」
雪が解け始める春の陽気も、若葉の茂れる初夏の空気も、まだ一緒に過ごしてはいないのだ。たった一年すら共に暮らしたことのない人間を、自分はもう十年も待ち続けている。
もしかしたら、もうルルーシュはいないのではないかと、思うこともある。あの日、感じた嫌な予感はおそらく夢ではないのだろう。きっとバンパニーズが自分たちを追ってきたのだ。声にはならない化け物の咆哮と、闇を引き裂く鋭い気合。それは彼が自らの責務と負った役目を果たそうともがいた軌跡の欠片ではないかと思うのだ。あの時、ひどく弱っていた彼が血気盛んなバンパニーズの群れに打ち勝てたとは思えない。そして続いた自然の脅威に、スザクのいとしいバンパイアはその形を失くして――あの自分を呼んだ声は最期の別れだったのかもしれない。そう、思っていたのだけれど。
あの日から、冬には特に多く発生するバンパイアの被害がとんと聞かれなくなったのだ。もしやと、スザクは一人で過ごした年月の分だけ淡々とした期待を胸に扉を叩く人の存在を待ち続けてきた。
「もういつ帰ってきてくれてもいいよ。君のために咲かせた薔薇も、ずっと君の帰りを待っている。ルルーシュ。」





そして、『優しきバンパイア』―――紫の薔薇が綻ぶころに―――

「―――…薔薇を一輪、いただけないか。」


待ち焦がれたスザクの吸血鬼が帰ってくる。





ここまでお読みいただき、ありがとうございました(深々)。全くもって中途半端な終わり方をしてしまい申し訳ありません。ですが、この先を考えようとすると、とてもかわいそうな頭をしている管理人は非常にあれな展開を妄想してしまいます。お気づきになった方もおられるでしょうが、このページのタイトルだけ、オンマウス・クリックでおかしな感じに変わります。ルルーシュが手を合わせていただきますとか、オレンジ化して「いいい、いただかせていただいてもよろしいでしょう、か?」とか言い出す始末で似非シリアスな最後を狙ったつもりが台無しです。それでも許してやるぜ、という守備範囲の広い方だけ、どうぞ、ずいっとスクロールしてやってくださいませ。(平伏)













































「…ッ、ルルーシュッ!!」
スザクは聞えた声と、庭先にぺたりと座り込んでしまった姿を見とめて一瞬目を見開いて駆け寄った。
「るる、ルルーシュ!よかった、生きてた…もうッ十年もどこほっつき歩いていたんだよ!」
「…ほっつき歩くでありました。困ったやつらを成敗していたでございます。」
「…は?」

スザクは目の前にある体を確めるように触れて、そして抱きしめながら叫んだ。十年もたったら人間は簡単に老いてしまう。年を取らないバンパイアとは違うのだ。喜び半分怒り半分の言葉をぶつけると、実践するしないは別として少なくとも人間社会の常識と云うものを理解はしていたはずのルルーシュがとんちんかんな台詞を返した。少なくとも、だ。苦笑いをして謝るくらいのことはしてくれると思っていた。
思わず間の抜けた声を出してしまったスザクに、焦点の合っていない目をしてルルーシュは更に口を開いた。
「おれはお仕事ありました。仲間を率いて鬼退治でございます。」
「…バンパニーズのこと?」
こくん、というよりはガクンと首を縦に落としたルルーシュが、またゆっくりと非常に重そうな素振りで顔を上げる。透明な紫の瞳の奥から紅が侵食するように浮かび上がってくる。
「る、ルルーシュ、もしかしておなか空いてる?」
スザクは慌ててそう訊いた。今までルルーシュが瞳を紅に染めた時は吸血鬼としての本能に支配されかけていることが多かった。今年の薔薇はまだ蕾であるから、粉末状にした薔薇かあるいは香油がいいかととりあえず急いで踵を返しかけたスザクを、ルルーシュが裾を掴んで留める。
「ただいま。」
「っ、…おかえり、ルルーシュ。」
よかった。思わず涙を零してしまいそうな安堵に襲われてスザクはまたルルーシュの隣に座り込んだ。どうにも様子がおかしかったから、まさか自分のことを忘れてしまったのではないかと不安だったのだ。――が。
「…ただいま?……ただいまでございました。おかえりなさいあなたさま。」
「…ルルーシュ?あの、ただいま、でいいんだよ。『ございました』はいらない。『あなたさま』は僕が帰ってきたら言ってくれるといい感じなんだけど、あの、大丈夫?」
ちゃっかり夫のポジションを確保しつつルルーシュのおかしな言動に首を捻ったスザクだったが、ルルーシュはチカチカと目の色を紫から紅へとせわしなく明滅させながらふらりふらりと頭を揺らしている。相変わらず焦点が合っていない瞳は、そういえば一度も名前を呼んではいないスザクの方を向きもしない。
「ルルーシュ、僕のことわかる?」
「くるるぎすざくでございました。童顔のおこちゃまでありました。」
「…いや、もう子どもじゃないんで。君より大人に見えますんで。」
おかしい。おかしいといえば最初からおかしかったのだが本当におかしい。自分のことはきちんと認識しているらしいが(十年も経ったのだ。少しは外見が変わってしまったかもしれないと期待も込めて訊ねたのだったが、ルルーシュはあっさり名前を呼んで見せた。ちょっぴり残念かもしれない。)、ではこれは新手の嫌がらせだろうか。ルルーシュは昔と変わらない美しい少年の姿を保っている。大人になれないとはこういうことかと、ほんの少しぞっとするものを押し隠して線の細い相貌に見惚れる。
「C.C.」
「うん?C.C.さんがどうかした?」
いきなりルルーシュが口を開いた。またふらりがくりと上半身が傾く。慌てて支えればそのまま体を預けられたので腕に抱えてみる。肌は冷たかった。
「に、襲われました。がぶりとうふふ。」
「は?なんで?ってかほんとルルーシュ大丈夫なの?」
うふふとはまた面妖な。目もどこを見ているかわからない以前に、ひたりと据わって薄ら寒いものを感じる。C.C.――ルルーシュにしてみれば命の恩人に襲われた?始祖だという彼女はスザクの目から見たら(いや、ルルーシュの話を通しての彼女しか知らないわけだが)多分に合理的で常識を弁えた人物に思える。彼女がなぜ 仲間を襲うのだ。
「いきなり起きてきたのであります、腹が減ったと捕まりました。しょうがない人なのでございます。」
ぴとりとスザクの体温を奪うように擦り寄ってきたルルーシュがぶつぶつと文句を言うように言葉を次ぐ。これは酔っ払っている状態に近いのではないかと思いながら、スザクは付き合ってやるかと薔薇園の入り口に背をもたせ掛けた。ルルーシュはまだぽつりぽつりと小さな声で話している。
「こんなに血が足りなくなったのは初めてです。思考がまとまりません。あなたの顔も良く見えません。お前は本当にくるるぎすざく?」
「正真正銘枢木スザクです。その敬語入り混じりの偉そうな喋り方は面白いねぇ。あとでまともになったルルーシュに聞かせてやりたいよ。」
「わたしはまともでない?それは失礼、」
「ああ、ごめん、非難したわけじゃ」
「お前がとても失礼です。」
「僕がか!」
てっきり謝られたのかと思ったのだが、明らかにおかしな言葉で淡々と怒られたのはスザクだった。むむっと据わった深紅の目に睨まれて、スザクはごめんごめんと頭を撫でた。するところりと機嫌を直して擦り寄ってくるからどうしたものかなと頭を捻る。家の中に行けばルルーシュの好物の薔薇がある。あたたかい室内で一鉢だけ栽培している紫の薔薇も。このまま抱いて連れて行ってしまえばいいのだろうが、この子どもなのだか酔っ払いなのだかわからない状態のルルーシュも面白い。力の入らないらしいルルーシュを冷静に観察して、いきなり噛みつかれない内はこのままでいてもよいのではないだろうか。
「まだバンパニーズがうろちょろしているから、城に残ると言ったのに。」
「追い出されたの?」
またルルーシュがこくんと頷く。(ガクンとなる前にスザクが押さえた。)ルルーシュはやはり自らの責任と称した異端児狩りにこの十年を費やしていたのだ。一目無事な姿を見せてくれてもよかったものを、こんなところは許された一生の長さの違いかと唸ってしまう。
「ちょっとくらい時間を作って会いにきてくれてもよかったのに。僕ずっと生死のわからない君を待って一人寂しく暮らしていたんだよ?」
「掟、だ。十年、会うことは許されなかった。」
「え?」
不意に、記憶にあるルルーシュの歯切れのよい調子が戻った。自分の胸元に懐いていたルルーシュが無理やり自身を引き離すように顔を上げてスザクの目を覗き込む。両頬に手を添えて支えてやれば嬉しそうに目を細めて、そっと冷たい手のひらが添えられた。
「キス、を…」
あの最初で最後だった…
「うん、それがなにか?」
「あれは契約。仲間にするという。」
「僕を、ブリタニアの血族に?」
「そう。十年待って気持ちが変わらなければ、血を与えて俺の仲間に。…知らなかったんだ。俺はC.C.に無理やり仲間でございました。」
「あれれ、」
ルルーシュが眉を顰めて俯きかけたからすわシリアス突入かと身構えたスザクだったがまたもとの酔っ払いに戻ってしまった。言いたいことはわかるが、ではスザクはバンパイアにならなくてはならないのだろうか。
それでも構わないのだが、ルルーシュはなんだか嫌そうな顔をしている。昔も散々お前を化け物の仲間にするつもりはないと断られた。ルルーシュと死に別れる未来はスザクも思い描いて憂鬱になるのであるが、“人間の友だち”を大切にしたいというルルーシュの気持ちもわからないではない。それはいずれと、まだ若い内は暢気に構えていても構わないだろうと思っている。
「あの時点では、確かに弱い人間の体がもどかしかったけどね。今はルルーシュと一緒に暮らせたらそれが一番さ。もう、城に戻らなくていいんだろう?」
「C.C.に追い出されましたあんのピザ女…」
「ど、どうした?」
不意にルルーシュが鋭い目をして悪態をついた。C.C.という女吸血鬼がどんなぶっとんだ女傑かは知らないが、まだぶつぶつと文句を言っている(こわくてその言葉の羅列を聞きたくない。)ルルーシュを見るだに相当な変わり者のようで。そもそも起き抜けに彼を捕まえて食事にしただ?
スザクはふつふつと湧いてきた怒りに任せてルルーシュの首元を探った。
「 んぅ?」
「…ないな。やっぱり傷は残さないのか。ルルーシュ、追い出されたということは、もうお城でのバンパニーズ狩りは終わりで、君はもう自由だってことでいいんだよね?」
「うれしはずかしピンポンパン♪」
「…うん、もうそろそろ元に戻ってほしいかな。」
C.C.がルルーシュを解放してくれたのだろうと都合のいいように自分の不満を落ち着けて、真剣なムードも雰囲気もあったもんじゃない台詞をぽろぽろ零す螺子飛びルルーシュをなんとかしなければと思ったスザクは、うふふあははと虚ろな目をしているルルーシュを抱き上げようとした。だが。
「だめであります。」
「いや、ほらルルーシュ、おなか空いてるんだったら君の好きな薔薇があるから。味見してほしい(本当は見て楽しんでほしい)薔薇も作ったんだ。だから、」
「吸血鬼の欲求は一つです。」
「うん?」
仕方がない。抱き上げようとするとぐずるので、スザクはもう少しだけ会話に付き合ってあげようともう一度腰を落ち着けた。ルルーシュがこっくりこっくり、訥々と話し出す。
本能ねぇ…。
「吸血本能、だ。」
「それはそうなんだろ。睡眠欲もあるんじゃないの?君、普通に夜は寝ていたじゃないか。」
「それは足りないから。本当は寝なくても平気であります。血だけ、あれば他には何もいりません。」
「それは欲のないことで。それが?」
「だから。」
ぐいっと伸び上がって(体勢と、スザクの成長によってそうしないとルルーシュの目線は合わなくなってしまった)ルルーシュが深紅の瞳でスザクの目を覗き込んで言った。
「全部一緒なんです。わかりますか、ぜんぶ、いっしょ。」
「う、うん?あの、それってまさか」
「もう限界、もうだめ、すざくはともだち、でも、」
「で、でも?」



「おいしそう…」



『全部一緒』。
そう言われた時にどきりとしたのだ。実は以前ルルーシュに言われた「吸血鬼には生殖能力がない」の言葉を口惜しく思っていたスザクであった。それはどういう意味なのか、精通がないのか欲求がないのかそれともしても子どもができないだけか。できれば最後の一つであってほしいんだよなと希望的観測を悶々と温めてきた彼である。だから、『全部一緒』。
スザクの血を吸うことでルルーシュがそういう意味で興奮してくれるのならこれは甘んじて受けるべきなのだと、思ったのだがしかし!



「いま、おれ、貧血で大変なんです。とても見境ない感じ。」
「…うん、」
「スザクのことは大好き、だ、から、とても食べたい、襲いたい。」
「ま、まった、ルルーシュ、ストップ、おちつい」
ぐいと押倒されてスザクは焦った。腐っても吸血鬼。貧血でも吸血鬼。ルルーシュは本能か何か知らないがどうせもやしっこだからと甘く見ていたスザクがぎょっとするほどの力で押さえ込んできた。しかも不穏な台詞まで口走っている。見境ないのか、自覚あるのか、襲いたいのかこの僕をっ!?
「これが落ち着けるかばかものめ。これだから童貞の青二才は。」
「いきなり年寄りじみたことを小馬鹿にした顔で言わないで!童貞だけど誰のせいだよ!ルルーシュだってそうだろうッ!?」
「なんでそう思うでありますか。おれは昔からもてもてです、よ。だからおいしく頂いてあげるでございます、ゆえ、すざく、ぜんぶ、たべていい?」
「だめだああぁぁー!!!





  ……………って、え、いつっ!」



ち ぅ――――




いったいナニをされるのかと絶叫で拒否したスザクだったが、(アレな)予想に反してルルーシュは大人しく首元に顔を埋めている。いつまで経ってもやってこないアクションにスザクが薄っすらと目を開けて確めようとした頃に、なんだかかわいらしい音がした。

ちうぅ―――

「…吸われてるの?これ?…痛くない…」
確かに牙が四本肌に食い込んでいるような感触はあるのだが痛みがない。むずがゆいようなくすぐったいような実に微妙な感覚だ。固まって動けないでいると、ぺろりと一舐めされて、
「ご、ごめんスザクッ!!」
がばりとルルーシュが体を離した。え、今飛ばなかったこの人?
「ごめん、すまなかった申し訳ないッ!ああどうしようだからやめろって言ったのにC.C.のばかがッ!大丈夫か?痛くない?くらくらしないか?」
ふわりと浮き上がるように飛びずさったルルーシュにスザクが目を丸くしていると、今度は同じくらいの速さで近づいてきたルルーシュが気遣わしげに顔色を覗き込んで来る。
「い、いや…大した量は吸われていないような…僕血の気は多いから大丈夫だよ。ルルーシュはすっかり元に…」
立ち上がりながら言えばああよかったとルルーシュが胸を撫で下ろす。暗くてよく見えないが血色はよくなったような気がする。並んでみると互いに流れた月日の流れを改めて感じる。ルルーシュも同じようで、気遣わしげながらもむむっと顔を顰めている。
「お前、随分育ったじゃないか。」
「なぁんかその言い方いやだな。十年も待たされれば少年も大人になるんです。ルルーシュは相変わらず美人なままで。よかった。」
「綺麗なおじいさんは好きですか?」
「…まだ酔っ払ってる?」
家の中に招いて、またおかしな言葉を口走ったルルーシュにスザクが引き攣った笑みで訊ねた。椅子を勧められたルルーシュが大人しく腰を下ろしながらそれに答える。
「酔っ払っていたわけじゃないんだよ。言ったじゃないか、ほら、人間と同じだ。あんまり空腹だったり寝不足だったりすると考えがまとまらなかったりするだろ。C.C.があと一息で片付くって言うときにいきなり起き出してきて『最後は女王様が締めるものだろう』とか言うものだから、俺はお払い箱さ。ついでにちょっと敷居を低くしてやるからとかなんとか噛み付いてきて…くそぅ、スザクにだけは手を出すまいと決めていたのに……」
ちなみにさっきの台詞は純粋に訊ねたかっただけだと言われてスザクは脱力してルルーシュを見つめた。視線を感じたのか悔しそうに見返される。これが90、100の老人?まさか。
「あのねルルーシュ、君はまったくもって加齢による威厳といったものが感じられないから安心してくれ。僕にはかわいらしい少年に見える。加えてそのC.C.さんとやらには不本意ながら感謝しておくよ。」
「…失礼だな。お前に合わせてぴちぴちの若者を演じてやっているというのに。」
「『ぴちぴち』は死語ですおじーさま。C.C.さんはたぶん君が意地を張って僕から血を飲めないようだと困ると思ったんだと考えるね。一度も二度も同じだろう。」
「そうして男は堕ちてゆく、気をつけろよ。ついでに女もな。」
「実感篭った説教はいいんだよ…。」
元通り頭が回転し始めたルルーシュが相手だと今度は話に茶々を入れてくるので進まない。スザクはいい加減疲れてきて
「う、わ何だっ!?」
ルルーシュを壁に追い詰めた。
「何だも待ったも聞きません!今僕が関心あることと言えば君が一生僕と一緒に暮らしてくれるか、僕以外の者から血を貰ったりしないか、君が僕のものになってくれるかどうかだけだ。イエス?ノー?間はなしだよ。はい答えて、いま、今すぐ。」
実に強引な話であるが、スザクは浮気もせずに十年間音沙汰なし且つ生死不明の人間を待ち続けたのである。これくらいの無理は言ってしまってもよいだろう。
ルルーシュが紫に戻った目を瞬いて口を開いた。
「イエス、ノー、イエス…かな。」
「二番目ノーかよ!なんで!?」
おそらく最も重要であろう一番目と三番目がイエスであることはこの際ただの確認事項なのである。この二人は既に十年以上両想いである心変わりをしなければ。ゆえにスザクとしては二番目が一番気になる質問でありそこにこそ「俺、スザクの血以外飲めない!」と言ってくれるのを待っていた。(実はさっきちょっと気持ちよかったとか思っているスザクである。考えようによっては血を与える人間がルルーシュを生かしているわけでそれは彼にとって必要不可欠な存在であるわけで、自分の一部が彼の中で生き続けるのだ。これはかなりおいしいポジションかもしれない。幸い自分はちょっとやそっとの失血など痛くも痒くもない健康体だ。)
「だからスザクは友だちで…もう飲まないとどれだけ危ないことになるかわかったし、兄上たちから定期的に血を貰おうと」
「だめ!僕から!ルルーシュが吸ってもいいのは僕の血だけ!さっきもおいしそうとか全部ほしいとか言っていたじゃないか。上げるからそれで我慢してください後生だから。」
「そ、そう?それじゃあ、うん、一回やっちゃえば二回も三回も同じだよな!」
こうして吸血鬼も堕ちてゆく。ルルーシュも必死なスザクの様子に流されてこっくりしっかり頷いた。
ここまでくれば、スザクにとって気になることと言えば一つである。(まだあったんかい。)(ありましたとも。)
ごくりと唾を飲み込んみながら一言一言、緊張しながらスザクは訊ねた。
「ルルーシュ、夜のことなんだけど。君は、一体ど」

「あ、俺下ね、下。童貞拾ってやるからお前上ねー。」

あははと爽やかに笑いながら、実にユルイ返事を返されて、スザクは本気で脱力した。へなへなと座り込んでしまったのをまたルルーシュが大騒ぎしながら覗き込んでくる。だがスザクには「やっぱり吸いすぎたかっ?不摂生?夜更かし?だから夜は早く寝ろといったのにまったくお前は…」などとお前どこの母親だと突っ込みたくなるような台詞を連発しているルルーシュの声は遠かった。上下の問題以上に、できるかできないかを訊ねようとして一足飛びに希望の答えを貰ってしまった。嬉しいのか悲しいのか非常に微妙なところである。なんだ、このこだわりのなさは。
「…いや、これはむしろこだわりなのか?」
「首から吸うのか?うん、それはみんなそれぞれ好みがあって」
「もう君僕に訊かれたことだけ答えて。空気を読めているようで会話をかき回してることに気づいてください。」
「…ふーんだ。」
「拗ねるな! …あのさ、どうして、下がいいの?意味はわかって言ってる?」
「お前こそわかって言っているのか?下と云うのはネコを上に載せてだな、」
「まじでか!?いきなりそんな上級者向けのテクをっ!?」
「いや、意外とカンタ」
「そんな『心配するなって俺うまいから!』みたいな台詞が聞えてくるような顔して肩叩かないで!サムズアップしないで!」
「惜しいな、『俺に任せとけってチェリーくん!』と言っていたんだ俺の目は。」
「そっちの方がいやだあぁー!!」




「―――…スザク、だいじょぶ?」
「……ぶ、じゃない。るるーしゅ、ぼく、ぼくっ…」
「さっき俺、『拾ってあげる』って言ったんだけど、忘れてない?」
一頻り叫んだあと黙り込んでしくしく始めてしまった27歳の男を前に、齢100になんなんとする吸血鬼のルルーシュはしゃがみこんで頭を撫でた。茶色のふわふわの髪は大人になってもふわふわらしい。少し嬉しく思いながらルルーシュは言った。
「童貞のスザク君にもわかりやすく誤解のないようにお兄さんが説明してあげるとね、」
「……、もう、黙ってください。」






スザクさんが撃沈してしまったので、明日以降拾ってもらえたんだと思います。ルルーシュさんはスザクさんをからかって遊ぶのが大好きなので、この後もスザクさんは大変でした。それはまた別のお話で。
どうもありがとうございました(平伏っ)!




どらきゅら完

Caricature ||| Owner: soto ||| Opened:December 5th, 2006