Doubt



ルルーシュの身体は少年のままだ。顔立ちこそ大人びているとはいえ、線の細い四肢は大人になりきれずに頼りない。本当は、万全の状態なら人間の自分よりもよほど強靭で人外の使用に耐える身体であることは知っている。それを、ある晩なよなよと見えてしなやかなのはまるで女性のようではないかと揶揄した。ルルーシュは気分を害したように顔を背けてそのまま朝まで口を利いてくれなかった。
存外幼い。見たままの歳で拗ねもするしふくれもする。百年生きた先達とはいえ普段のルルーシュは十八やそこらの少年と変わりないように見えた。けれど自分よりも幼い少年であるはずもないのだ。スザクはじっと立ち尽くしてルルーシュの表情を盗み見たことがある。もの思いに沈んでいたのかただ休んでいただけなのか、椅子に腰掛け窓枠に肘を乗せてルルーシュはそこに在った。素朴な作りの部屋の中は精緻な美貌を誇る彼には不似合いだ。けれど静かなその空間にルルーシュは溶け込んでいた。そこにいるのがわからなかったくらいだ。僅かに開いたドアの隙間から覗き見た横顔。
“静”の空気に一つだった。どこを見るでもなく亡羊と紫の視線を彷徨わせ、時折ふとその目を眇める。表情は豊かではないが少なくともスザクの目には“少年”と映っていたルルーシュが、自分と異なる時間を生きてきたことを思い知るのはこんなときだ。
永い時を生きてきた。人ではないモノ。翳り始めた日の光がひどくかなしい。


「…僕は、君を置いて逝くしかないんだろうか」
呟きは声にならずに宙へと消えた。




*******





「 んっ あ、あ、ぁ 」
「ね、ルルーシュ、痛い?苦しい?気持ちいいかな」
「ば、ばか…そうい ぅッ…は、んっ」
「いいよね?ここ好きでしょう?ほら、きゅうって締まった」
「だ からそういうッ…も…すざ」
「いきたい? うん、いいよ、」
「ひっあ、あぁッ やめっ、おま、またっ」
「だ め。もう、出てる から」
「ぁ あ ぁ……っい、熱…」
びくびくと震える背中を深く抱きしめて注ぎ込む。熱い…と、うかされたようにすすり泣く声が肌を通じて僕に伝わる。後ろから入れているから顔は見えない。いつもこうだ。泣く顔も感じている顔もいく時の顔も。ルルーシュは僕に見せてくれない。
「ルルーシュ、恥ずかしいからじゃ、ないよね?」
「…な、にが?」
ぁ、と頼りない声が聞えた。ゆっくりと引き抜く間に堪えきれずに二つ。がくりとシーツに沈んだルルーシュが、うつぶせていた顔を少しだけ起こして聞き返してきた。細い声。掠れてひどく心地よい。
「後ろからしたいって言うの。楽かもしれないけど、僕は君の顔が見たいんだよ。ねぇ、咬んだっていいんだ」
洗い立てなのにもう湿り気を帯びてしまったシーツを握り締める、ルルーシュの指が強張ったのを見た。顔は再び隠されて。
「最初は正面から抱き合っただろう。必死だったからあまり覚えていないんだけど、紅い目、とても綺麗だった」
「スザク、俺は」
「見たいんだ。だめなのかい?紫が少しずつ朱に染まっていって、最後は底が見えないくらい深い紅の」
「スザク、」
「痛くはないよ。君の牙は細いもの。少しくらい吸ってもらったほうが頭が冷えていい」
言葉を遮ろうとするルルーシュに構わず僕は言った。どうして見せてくれないの。振り返ってもくれない君の顎を、無理やり捉えて奪ったっていいんだ。
「…血を吸いたいわけじゃないんだ」
「いくときに咬んでしまうのが?」
「ばか!お前はどうしてそういう」
「歳の割には初心なことを言うじゃないか。思ったよりも照れ屋だな」
一度だけ、最初に一度だけルルーシュは正面から抱かせてくれたのだ。脱がせるのも脚を開かせるのも入れるのもすんなり(抵抗は受けなかったということだ)いったのだけれど、その後がどうにもだめだった。僕の背中に回っていた腕が一本外れて口元を塞ぎ、きつく目を閉じたルルーシュは喉の奥で上る嬌声を押し殺していた。苦しいだろうと無理やり手を取り真っ赤な唇に噛み付けば、滑り込ませた舌をルルーシュの舌が必死で押し返してきて絡めることも出来なかった。追い出されるときに尖ったものが舌先を掠めてああそういうことかと思う。傷が出来てもすぐに塞げるのだから構わず貪らせてほしいと思うのに、ルルーシュは頑なに睨みつけて許してくれなかった。こそりと瞬くたびにの覗く、次第に紅味を増す瞳の色。僕の絶頂の兆しを体の中で感じたのか、ルルーシュが震えながら懇願してきた。
『そと、に…』
肌を合わせるのは初めてだった。そのまま出してしまえばまずいのだろうという察しはついていたものの、体中を駆け巡る熱が言うことを聞かない。再度の懇願とか細い声で呼ばれた自分の名前に我慢ができなかった。あっと思う頃には首筋にちくりとした痛みと、ルルーシュに血を吸われる時の独特の感覚。変に力の入った筋を少し痛めることを覗けば大したことはない。爪を立てられるのと大差はないのじゃないか。
白い太腿と爪先が脱力するのと同時に、ルルーシュはハッと紫の瞳に戻って顔を離した。おずおずと小さな傷口を舐められて、二度目の昂ぶりに翻弄される。

「…だったらいくらでも舐めてやるよ。なんなら口でしてやるか」
強情なルルーシュに少しばかり意地悪な気持ちになってしまって。揶揄を繰り返せばもうもとの調子に戻ったらしく据わった目をして睨まれた。
「魅力的な申し出なんだけどね。考えていたら気になってしまったな」
「言わないぞ」
「どうして。吸うんじゃなければただの咬み癖だろう。そう珍しくもないんじゃないか。僕だってルルーシュのことを食べてしまいたいと思うよ」
「食べるって、」
「この、」
つう、と鎖骨の辺りから平らな腹まで撫で下ろせば、むずがるように身を捩る。体温は人肌にあたためてくれているからあたたかい。滑らかな肌は触れているだけで気持ちよかった。
「白い皮膚を食い破って引きずり出してしまいたい」
「心臓をか?さすがに死ぬぞ」
「君をだよ。何を考えているの」
「…大人の事情だ」
「いい加減子ども扱いはやめてほしいな。また 泣かせるよ」
「好きに、すればいい」
「力ずくでこっちを向かせてもいいんだけど」
「…スザク、」

いつもあの顔に負けるのだ。
泣きそうな顔に負けて、あれから一度もルルーシュの紅い目を見ていない。




*******



ある晴れた日だった。
ルルーシュが薔薇を切ってもいいかと言うから好きにしろと答えた。今は生活の糧である薔薇だけれど、そもそもルルーシュのために育てているものだ。煮るなり焼くなりお好きにどうぞだ。ルルーシュのために品種改良を重ねたTender Vampireはいたくお気に召してもらえたようで、食べてしまうのがもったいないとうっとり香りを楽しんでいた。ほかの種類だって丹念に世話を手伝ってくれる。城にいる間に自ら栽培を手がけていたそうで、今は二人で保たせているバラ園だった。大事にしてくれるのならいくらだって君にあげる。
「ピンクの薔薇をブーケにしたいんだ。妹の墓参りに行ってくる」
「それは、本当の妹さん?」
ブリタニアの一族は元は赤の他人だった人間を一つの家族とみなす。姉と呼び兄と呼ばれ、しかしルルーシュの言葉の響きから故人と云うことを差し引いても特別な情を感じた。
「ああ。そもそもバンパイアは死体が残らないし墓も作らない。ナナリーと云う名前なんだ。十四で死なせてしまった。とても優しい子だったよ」

淡々とした声でルルーシュは言ったけれど、眇められた目は遠い昔を懐かしんでいるようにも悔やんでいるようにも見えた。ルルーシュの人間だった時代を僕は知らない。
離れていた十年間のことはぽつりぽつりと話してくれた。
離れ離れになってしまった雪山で、マオたちバンパニーズの群れと遭遇したルルーシュはとりあえず『本気を出して戦ってみた』らしい。元来多くの血を必要としない吸血鬼にしては珍しい体質は始祖の血を濃く引いていることからくるのだそうで、それはぜんたいに優れたバンパイアであることを約束する。武術のたしなみなど皆無で、と恥ずかしそうに言うのだったが、複数の血に飢えたバンパニーズを相手に生還出来るほどには血の力が勝ったのだろう。運も味方をした。スザクはあの雪崩にルルーシュが飲み込まれてしまったのかもしれないと、一度は絶望しかけたものだがそこへブリタニアの兄姉が駆けつけてくれたらしい。コーネリアとシュナイゼル、そしてクロヴィスの三人はよくルルーシュの口に上る名前だった。バンパニーズは雪に呑まれ、ルルーシュはさすがに危ういところだったのを城に連れ帰られ静養を経て、いつまでも傍観していられないのだと一念発起、ブリタニア一族と並ぶほどに増えてしまった異端児バンパニーズの粛清に乗り出したのだという。そこはさすがに苦い声だったけれど、もうやつらの好きにはさせないさと呟いた。一族全体のバンパイアの血が、新たな仲間を増やせないほどに薄まりつつあるのはある節目なのかもしれないとも。少しずつゆっくりと、時代の狭間に消えてゆくべきいきものなのではないかと。
これを聞いたときにスザクはふと不安になった。ルルーシュは自分が死んだらどうするのだろう。

人間である限り自分は確実にルルーシュを残して死んでしまう。あと四十年も二人で過ごせればいいほうだ。けれど自惚れと言われようが自分はルルーシュに愛されている自信があるし自分の気持ちに嘘はない。ルルーシュが仲間になってくれと云うのなら喜んでその手を取るし正直なところ綺麗なままのルルーシュと、老いてゆく自分の未来を想像して気が滅入ることもあるのだ。何より、彼が、泣いてしまうのではないかと。『死なないで、おれをおいていかないで――』ルルーシュが祈るように囁く声を知っている。いつも飄々と気丈な彼が乞うように自分の耳元で囁く。いつまでも聞いていたいような、二度と聞きたくないような気持ちがした。あんなかなしい声はもうさせたくない。

「僕も、一緒に行っても?」
「いや。ここから遠いんだ。人間の足では二日ほどかかってしまう。夜までには戻るから」
吸血鬼の特殊能力の一つに、空間を歪めて移動するものがある。やろうと思えば自分を抱えて走れるのだと言っていたのだけれど、さすがにそれは遠慮したい。ルルーシュも気乗りしないようだった。
「ルルーシュに抱えられるのはいやだしねぇ。」
「慣れないうちは酔うからな。ああ、俺がいない間にC.C.が訊ねてくるかもしれない。さっきピザを釜に仕込んでおいたから、それを出しておけば取って食われやしないさ」
「いきなりだな。手紙でも?」
「勘と云うかね。どのみち俺の言うことなんて聞きやしないんだから。彼女の言うことは話半分に聞いておけよ。性格の悪い女だからな」
ルルーシュはそう言い置いて大事そうに拵えたブーケを抱えて行ってしまった。



*******



―――…そして、まあ。
C.C.さんとやらがやって来たわけである。

「…お好きなんですね、ピザ」
ルルーシュが出かけたのはまだ日が昇りきる前だった。話しぶりからして夜戻るというルルーシュは彼女の来訪に間に合わないのだろうから、少し遅めの昼食にあわせてピザ釜に火を入れた。創まりの吸血鬼と云うのだから、どれだけ人間離れをして神々しい姿をしているのかと思いきや、現れたC.C.は少女と言って差し支えない容貌をしていた。ルルーシュと同じで確かにうつくしい。纏う空気も人間のそれとは違う。けれど真昼間に一人でやって来たり来るなりピザの焼けるにおいをかぎ付けて催促するあたり、なんというか、スザクの期待を大いに裏切るいきものだった。
「悪いか。ルルーシュの手作りなんてしばらく口にしていないんだ。お前は毎日振舞われるのだろうが」
確かに料理はルルーシュが好きでやってくれている。貴族然とした品を漂わせる彼だけれど、どうしたことか雑用・手仕事に慣れていた。出会った頃にも不思議に思ったものだが、ルルーシュに言わせれば人を見た目で判断するなと云うことらしい。「お前よりも人生経験は豊富なんだ」としみじみ語りながら庶民ならではの豆知識を披露してくれたものだ。パンを長く保たせるにはどうしたらいいだの、傷みかけたミルクの使い方だの。
「あいつは若い頃に苦労しているからな。もっと早くに出会えていたら、ゆっくり大人になるのを待って血を注いでやれたものを」
一頻りピザを口に運んであらかた食べ終えてしまった頃に、C.C.は言葉ほどには惜しむところのない口調で言った。自分とルルーシュの一食分に相当する量を一人で平らげてしまったのを見て目を瞠る。吸血鬼は血だけで生きていけるのだとルルーシュが言っていたが、人間だった頃の習慣は捨てがたいらしい。物を食べることと眠ることは特に拘る仲間も多いそうで、後者については本能を満足させるまで血を啜ってしまえば睡魔が逃げてしまうので、わざと少しばかりの吸血を控えるのだという。限界まで渇きを癒してしまうバンパニーズは、だから夢を見ることすら忘れてああも野蛮になるのだろうとルルーシュは嘆息まじりに言っていた。ルルーシュはちょいとばかりロマンチストなのかもしれないとスザクは常々思っている。
「それは、一体どういう意味ですか」
食後にローズティーを淹れてやりながらスザクは訊ねた。C.C.は言ってみれば義母のようなものだと思っている。ルルーシュに血を分け与えた女吸血鬼。命の恩人。…そうか。
「ルルーシュから聞いていないのか?」
「いえ。瀕死のところをあなたに助けられたのだと言っていました」
けれど詳しいことは何も聞いていないし訊ねていない。C.C.に訊いてしまってよいのだろうか。そもそも彼女は何のためにやってきたのだ。
「ああ。あいつに会いに来たんだが今日は妹の命日だったな。わかってはいたんだが、起きたらピザが食べたくなったから足を運んだのさ。あいつの契約者の顔も拝んでみたかった」
そう言ってC.C.はティーカップを傾けた。薔薇の香りに目を細める仕草はルルーシュと似ている。
「契約者…あなたの契約者はルルーシュなんですか?」
「いいや。あいつはもう私の仲間だ。契約者とは吸血鬼と人間の境界に在るものを言う」
「僕は人間とも違うんですか?」
「そういうわけではない。ああ、そうか。お前たち人間と私達は少しばかり捉えかたが違うな。まず、人間はブリタニアの血族に名を連ねることを厭うだろう。化け物にされたと」
「まあ、一般的なイメージですね」
吸血鬼は恐ろしい生き物なのだ。皆、血を啜られて殺される以上に自分もその化け物へ変えられてしまうことを怖れている。命を取られずにすんだとて、咬み痕を残されてしまえば村なり町なり追い出されてしまう。流行り病と同じ忌避でもって吸血鬼の存在はタブー視されていた。
「人間たちが風説に惑わされることは多い。ほとんどが謂れも証拠も事実もない俗説だ。心臓に杭を打たずとも私達を殺すことは出来るし、日の光を浴びて灰になることもない。血を吸われただけで吸血鬼にはならないし、下手な人間を仲間にしようなどとは考えない。私達だって候補を選ぶし、仲間にしようと思う者には選ばせている」
「それが十年の猶予期間ですか?僕にとっては試されるばかりで面白くない。人間を辞めるか辞めないか。それを選ぶのに十年はかからないですよ。人間にとって決して短くはない時間なのだから」
『十年、会うことは許されなかった』
ルルーシュが生死を不明にしたままスザクの元に現れなかったのは一族の掟とやらが邪魔をしたせいだという。C.C.はそれを人間に与えられた熟慮のための権利なのだと説明するが、不安を抱えたままじっくり待たされたスザクにしてみれば納得のいくものではない。自然口調は尖りC.C.はそれにくすりと笑った。
「お前はまだ子どもだったからな。十年と云うのはただの基準だ。その人間が最も肉体的に優れた時期に成長を止める。お前の場合はだいたい今さ。ルルーシュと並ぶなら男前を上げて置いた方がいいだろう」
「…彼は僕を仲間にするつもりはないように見える」
「不老の化け物になりたいか?」
「化け物とは思いません。あなた方はただ口にするものが人間の血であるというだけで他は僕らとなんら変わりない。心は身体ほど強いわけじゃない。ルルーシュを残して死にたくはないから、僕はブリタニアの血族に迎え入れてほしいと思うんです」
それとなく切り出してみたことがある。自分を仲間にするつもりはないのかと。契約だとルルーシュは言ったのだから。自分はそれに同意する。
けれどいつまでたっても気づかぬ素振りでルルーシュはかわし続けた。昔と同じく頑なに、スザクを仲間にしようとはしなかった。考えてみれば妙なのだ。あの雪山から生還して人心地がついて、あれと首を傾げたのだ。あの山で、死なないでくれと泣きながら、ルルーシュはスザクを仲間にしようとはしなかった。吸血鬼にしてしまえば寒さにも飢えにも耐えられたかもしれないのに。
「ああ、それはそうだろう。一つずつ答えるとな、吸血鬼だとて耐えられる環境と云うものは限りがある。火で焼かれれば灰になるし血も凍るような寒さに長く耐えることはできないんだ。弱りきった状態で血を薄めてしまえば共倒れが待っている。そして血を与えられればすぐに吸血鬼になれるというわけじゃないんだぞ」
もしかしたらC.C.はスザクに会いに来たのかもしれない。
わざとなのか言葉の足りないルルーシュに代わって、ルルーシュが話そうとしない血族のことを語りに来てくれたのではないか。
「時間がかかるのですか?」
「個人差はあるが大体一週間から半月。最も危惧しているとすれば不適合だ」
「血が合わないことがあるのですか」
「ある。身体を作り変えるために仮死状態になるわけだが、それきり目覚めないものもいるからな。大抵そいつはと思って血を分ける。死なせてしまったら立ち直れない仲間もいるのさ」
「…それだけじゃないような気がするんですが」
しばらく考え込んでやはり蟠るものをとかせないでいたスザクの言葉に、C.C.が目を細めた。琥珀か、それとも金か。ルルーシュもそうだが見ない色だ。血族に加わるには美醜も判断材料にされているのではないだろうか。
「では老いて醜くなる前に私が仲間にしてやろうか」
「できるんですか?」
「いいや。他人の契約者に手を出してはいけない掟がある。まあ、そうでなくともお前は私の好みじゃないのでな」
「別にあなたにどう思われようと構いませんが、じゃあルルーシュはお眼鏡に叶ったということですか?大人になるのすら待てずに時を止めるほど」
「あれは仕方がなかったんだ。吸血鬼にしてしまわなければ生き延びられないほどの死掛けだったから。確かに子どもの吸血鬼はめずらしい。子どもの姿のままではなにかと不自由だから、せめて二十の年は越えるまで待つように定めている。ルルーシュはあれで百年生きているが身体は十七の少年のまま」
「十、七」
「顔立ちがきついからな。もう少し上に見えるか?」
「顔は、あれは美人と称して差し支えないと思うのですが。でも確かに身体は大人になりきれていないという印象がありました」
「ほぅ、台詞の割りに迷いのない口調じゃないか。肌は合わせているんだろう?」
C.C.がにやりと嫌な笑みを浮かべて話題を転じた。少女相手に言葉を選ぶべきかとも思うがこれは何年生きたのかも知れない人である。スザクは少し迷ったあとにままよと話してみることにした。謎の多いルルーシュだが、その時も気になることは多いのだ。
「ええ。どちらがどちらかは想像がつきますか?」
「私は別にどちらでも構わないが。偏見もない。そうだな、ルルーシュが抱かれる側だろう」
「体格差を見てそう思うのですか?」
「同性のやりとりを男女のそれにはめ込まなくともいいだろう。イメージに過ぎない。そうじゃなくてな、あいつはわざと性を歪めているのだろうと思ったのさ」
「歪める?」
「単純に男『性』というわけじゃない。言うなら吸血鬼の性だ。咬みつかれたことはあるか?」
「最中にですか。一度だけ」
「目は紅かっただろう?」
「綺麗でした。血を吸う時はいつもそうですが、でも血がほしかったわけじゃないのだと」
「ふん…煮え切らない奴だ。これ以上はあいつに訊け。もう一つ考えられる理由があるが聞くか。あまり面白くない話題だとは思うさ。低俗だ」
「あなたが話し出したんじゃないですか。聞きますよ、何です」
「危ないからな。血液以外の体液には人間をバンパイアにする力はないし量も必要だからそういう意味じゃない。不自然なことをしていれば体を壊すこともある」
「…バンパイアは丈夫だから」
「怪我もすぐに治るし」
「気を使われていると…?」
「あいつはそういうやつだ。無茶はしてやるなよ」
「……不本意だったんだろうか」
肩を落としたスザクにC.C.が声を上げて笑った。
「そういうこともないだろうさ。ルルーシュはプライドが高い。一応貴族の出だぞ。本名はルルーシュ・ランペルージ。元を辿れば上位はランペルージ辺境伯、あいつの母親の時代には子爵位を形ばかり構えるだけの没落貴族で、しがない男爵家に嫁ぐしかなかった。人の世は無常だな」
「貴族…妹は十四歳で亡くしてしまったと言っていました。歳は近い。ルルーシュも危なかったと?いったい何が」
出自自体には驚かない。そうではないかと思っていた。うつくしいものにはそれなりの格と育む素地があって然るべきとスザクは考えている。
「期待するようなことは何もないさ。母を早くに亡くして幼い兄妹は後妻に疎まれた。捨てられたところを拾われた。けれど絶対の庇護などどこにもない。やむなく手に手を取って逃げ出した兄妹は生活苦に寿命を縮めたのさ。よくある話だろう。珍しくもない」
言葉を探すスザクをよそに、C.C.はルルーシュの作った薔薇のジャムを味見している。そう、珍しくもない。両親を亡くしてそれでも面倒を見てもらえた自分は村人の優しさに救われたのだ。しかしそれは幸運だったとしか言いようがなく、運命は常に己の手を離れて回転する。そう、人の世は無常だ。けれど。
「…永遠の命を与えられて、ルルーシュは救われた?」
訊くともなしに呟いた。
ルルーシュは、弱い人間の身体を脱ぎ捨てて救われたのだろうか。
血をやるたびに昏く翳る瞳の色を思い出す。
「コーネリアが連れて来たあいつを仲間にしようとしたのは私だ。でも無理強いしたわけじゃない」
「選んで人をやめたのに、今は後悔していると?」
「だからお前を仲間にしたがらないと考えるか」
「だってそうでしょう。ルルーシュは寂しがり屋だけれどそれに呑まれるばかりの弱い人でもない。想われている自信は、ありますよ」
スザクの一言一言選びながらの台詞にC.C.はふと視線を窓の外に移した。
日が暮れかけている。最愛の妹の墓に花を手向けて一頻り思い出と後悔に浸って。何事もなかったようにルルーシュは帰ってくるのだろう。一度だけ渋るルルーシュに構わず同行したことがあった。小さな墓地の、小さな墓標。貧困の底で、どんな想いで何をして誂えたのか。訊きはしなかったし聞けもしなかったが、人間だった少年の精一杯の何かがそこにはあった。そして今も胸にあるのだろう二つのロケットペンダント。妹のものと、もう一つ。
「…ルルーシュは昔、一人の女を仲間にしようとしたことがある」
C.C.の言葉にスザクはハッと顔を上げた。
「女性、」
「人間だった頃に付き合いのあった女だ」
「今はもう、生きていない?」
「結局そうしなかったからな」
百年も前の人間。ルルーシュが、スザクでも拒むルルーシュが仲間にと望んだ…
「…それは理由でしょうか」
落ちる思考を繋ぎとめるように思い出す。
彼女は自分に会いに来たのだ。ルルーシュのために。
他人の感傷に浸るためではない。
「本人から聞け。私が話してよいことじゃない。あいつの過去だ」

ひとひら紅の瞳を瞬かせてC.C.は風のように姿を消した。
「おかえり、ルルーシュ」
そして開け放された扉の前にはスザクのところに帰って来た吸血鬼。
「…あいつは余計なことを言ったんだろうな」
くたびれたのだろう。気弱な笑みを浮かべてルルーシュが言った。
「余計かどうかは僕が決めるよ。そのペンダントの中、見せてくれるかい?」


シャラリと鳴った鎖の音が、過去へ続いているような気がした。




doubt
...the feeling of being unable to trust or believe in someone or something



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