「シャーリーは隣町まで買い物に出ているんだ。戻るまで急いでも30分はかかる。」
施設の中に案内しながら、ルルーシュは会ったときから手元から放さない薄型パネル状の端末に目を通して言った。
「できるだけ簡潔にお願いします。」
ルルーシュはコンピューターの電源を入れてエディタを立ち上げた。
はじめまして、ルルーシュ!-3
「俺の名前はルルーシュですがそれで合っていますか?姓は何ですか?」
少し詰まってミレイがヴィ・ブリタニアと口にした。一頻り黙り込んだルルーシュは、あらましで構いませんからと、コンピューターに向かってせわしなく指を動かした。随分急いでいる。シャーリーが帰ってくる前に全てをはっきりさせたいのか、それは彼女が記憶のないルルーシュに対して情報制限を行っているということか。だがそれだけでは今、主にミレイが語る彼の過去を、時折矢継ぎ早に質問を浴びせて返った答えを、逐一データとして残す必要性について説明できない。
生い立ちとエリア11成立の動乱期の説明を経て、ようやくゼロの話に入る。次第に顔色を失くして行くルルーシュは、しかし神経質にその長い指を動かすことをやめようとはしなかった。
タタタタタタタタタタッタンッ--タタタタタタッ、トトトカチャカチャ-タタタタットトッタタタトトッタッ---
「…それで、ッ…」
もう手元も画面も見ていない。長めの前髪におそらく硬く閉ざした瞳を隠して、歯を食いしばりながら先を促す。まったく記憶がない状態で、一度に聞かされ消化できる内容では確かにない。汗で滑るのかそれともショックにか、何度もタッチミスを繰り返すのを見てミレイが口を噤む。リヴァルが宥めるようにルルーシュの肩を叩いて言った。
「そんな急がなくていいと思うぞ。そりゃ知りたいと思う気持ちはわかるけどさ、少しずつ頭に入れていかないとパンクしちまう、」
「だめなんですそれでは間に合わない!続けてください、俺はゼロと名乗ってテロ行為を繰り返し、民間人を巻き込み、…異母妹を手にかけ、犠牲者の中には、シャーリーの父親もいる?ッ、」
バッと音がするほどの勢いで振り返り、唇を噛み切るほどにくしゃりと顔を歪めてルルーシュは再び画面に向き直る。語ったことは全て事実だ。消せない過去だ。ショックを受けるのも落ち着いて耳を傾けることができないのもよくわかる。だがなぜこれほど急ぐ。カタカタとキーボードを叩く腕ははっきりと焦りに震えていた。その様子に気を取られていた皆は、静かに背後から近づいた気配に気づかなかった。
「だめだよ、ルル。」
「ッ!」
ルルーシュの後ろから手を伸ばし、無理に電源を落とす。キュウン-と音を立てて画面がダウンする。今打ち込んだデータは飛んでしまっただろう。かすかに微笑んで振り返った、あの長かった栗色の髪を肩口まで切ったシャーリーが久しぶりと言った。
「シャーリー!あなた…全部話してくれるわね。」
強い視線を向けてくるミレイに頷いて、シャーリーはもう一度皆に背を向けた。
「ルル、知ろうとなんてしなくていい。余計なことは覚えなくていいの。」
「でも!こんな、こんな…どうしてッどうして話してくれなかったんだ!俺はずっと君に迷惑を掛けて、何も、返せないまま…」
言い聞かせるように、過去などどうでもよいのだと繰り返すシャーリーに対し、ルルーシュは身振りでもわかるほど遣る瀬無さを滲ませて必死に言い募った。どうして教えてくれなかった、憎んでいるはずだろう俺に復讐する資格が君にはある!こんな、こんな優しくしてくれなくていいんだ---
「ルル。」
「っ、…なに?」
静かだが抗い得ない強さでもって名前を呼んだ彼女に、ルルーシュは辛うじてといった風に口を噤んだ。『一時間近く---』もうそれだけの時間は経過していた。そっと示された時計を認めて、はっと目を見開く。そして。
くるくると色を変えていた紫の透き通った瞳がゆっくりと閉ざされていく。皆が息を飲む。絶望に近かった。怯えにも似ていた。ルルーシュは悔しさすら最後に一滴滲ませて、俯いた。
「…ごめん。」
どうしようもなく苦い声だった。縋りつくような響きもあっただろうか。
「謝ることなんて何もない。ルルは約束を守ってくれただけだから。」
「その、約束は、」
「本当だよ。うそじゃない。」
泣きそうな顔で最後にシャーリーを見上げたルルーシュは、一度くしゃりと微笑んでがくりと倒れた。腰掛けていた椅子から上半身が落ちていこうとするのをシャーリーがそっと抱きとめる。
「リヴァル、スザク。そこのベッドまで連れて行ってくれないかな。」
「お、おう。」
訳がわからずに見守っていた男手二人に眠っているルルーシュを預けて、自分はもう一度注意深くコンピューターをチェックしてから立ち上がり、シャーリーは横たえられたルルーシュの頭を自分の膝に載せた。
「二時間三十分。ルルーシュの記憶の限界。」
いとおしげに彼の頬を撫でながら、静かに落とされたその言葉は。