「いつだったか、生徒会で映画上映会をしたことがありましたね。古典派のラブロマンス。少し長めの150分。ルルはどうせラストはお決まりのハッピーエンドだと言って居眠りしていましたっけ。」
ヒロインと主人公が紆余曲折を経て思いを告げ、プロポーズしてはにかみながらキス。二人は死ぬまで幸せに。
「現実もそれだけ目まぐるしく過ぎればいいのに。」
呟いて、薄萌黄の瞳は切なく揺れた。
はじめまして、ルルーシュ!-4
ルルーシュに記憶を奪われたのだという。ゼロではなく、素顔のルルーシュが揺ぎ無いあの深紅の瞳で大切な想いごと消し去っていったのだと。
「やっぱり、他人ごっこっていうのは、」
「ルルが不自然な私の状態を誤魔化すために言ったことでしょう。余計おかしな印象を与えちゃったと思うんですけど。」
くすりと笑って応えたシャーリーの顔に恨みの色はなかった。まだ目を閉ざしたままのルルーシュの前髪を優しく掻き揚げて話し出す。
「思い出したのは偶然でした。ルルの、なんていうのかな、超能力みたいなものについてもうまい説明なんて出来ないんですけど、頭の中をそっくり書き換えちゃうみたいですね。だから一度消去されたルルについての記憶がまた蘇ったのは奇跡に近いと、私は思っています。」
ルルーシュがゼロであることは、記憶をなくす前の自分の手記や何かやで、事実が明るみに出る前既知っていたのだという。ブリタニア人として、あまりいい印象を持つはずのないゼロについて、取り乱しながらも信頼しているかのような台詞を口にしていたのはそのためで、あるいはその頃からもう記憶が戻り始めていたのかはじめから消去が不十分だったのか。
「私としては、私の想いが勝ったのだと思っています。その方が素敵でしょう。意地悪な魔法使いのお呪いにも、好きな人への想いが勝つんです。…一度だけ、何も覚えていないルルにそう言った。」
彼に再会したのは総督府が黒の騎士団に落とされかけ、しかし本国からの援軍を得て結局はこのエリア11をブリタニアが守りきり、テロリストの残党狩りが始まって間も無くのころだった。
「…あなたは?」
緑の髪を砂塵の舞う風に靡かせて、シャーリーの前に姿を現した少女がいた。
「お前に会わせたいやつがいる。ついて来い。」
見知らぬ人間。だがその不遜な命令口調にも反発心どころか警戒心、不快感すら覚えない。どうしてだろうと不思議に思いながら、シャーリーは彼女の後を付いていった。
「ねぇ、誰に私を会わせたいの?あなたは誰?」
「C.C.と、訊かれればそう名乗るほかないが、覚える必要はない。私はもう間も無くいなくなる。」
どういう意味だろう。考えながら瓦礫の街を歩く。なぜか軍の人間には会わなかった。交通規制が掛けられているのにどうしてだろう。
(…私、本当はわかってる。この先に彼がいる。ゼロ…お父さんを殺したやつ。)
「C.C.、」
「なんだ?」
少しだけ嬉しそうな声がした。彼女はゼロのなんなのだろう。
「あなたは、ルルーシュの、何?ゼロは、ルルーシュは、生きているの?」
はっと息を飲む気配。振り返らずにひたすら歩き続けていたC.C.が、一度だけ振り返った。泣きそうな顔をしていたと思う。すぐに前を向いてしまったから、後ろをついて歩くシャーリーには確めることができなかったけれど。
「共犯者だ。お前、思い出したんだな。大したものだ。」
「『思い出した』…?違う。私は彼に頭の中をおかしくされたの。ルルーシュ・ランペルージの存在ごと、私の中からなくなっちゃった。ひどい人だよ。大嫌い。」
コツリ、ジャリ…靴の下で砂利が音を立てる。これはあのビルの一部だったものだろうか。切り離されてしまえばただの石ころでしかない。ぽつりと転がったまま、はめ込むべきパズルの本体は見つけられず。
「ならどうしてお前は泣いているんだ?」
「私、泣いてる?」
頬に触れる。生ぬるい液体が指を濡らす。歪んだ視界に深紅の瞬きが見えた気がした。
「あいつはもう死んだ。仲間とともに地獄へ行ったよ。でもまだ、遣り残したことがあるから。」
「何を?」
「『もし生まれ変わることができたら』。その先は知らない。」
「ッ…わたしも、知らない…だって、何も言わないで、石ころになっちゃったんだもん……ルルっ!」
細く細く、日が差し込む瓦礫の上に彼はいた。ぼんやりと狭い空を眺めてそこにいた。駆け寄って抱きしめる。真白な髪、ぼろぼろの身体。シャーリーから大切な記憶を奪った、あの左目は---
シャーリーはそっと、膝に乗せたルルーシュの左目を覆う布を解いた。
「ッ!……それ、」
ミレイが息を飲む。リヴァルが痛ましげに、スザクが凍りついたように見つめた先は、虚ろな眼窩だった。美しい紫の瞳はなくなっていた。抉り取られたような醜く不自然な傷があるだけだった。
「最初からこうでした。痛くはないけどこわがらせちゃうからって、いつもこうして隠していたんです。遠近感がなくなって、ここに来たころはしょっちゅう躓いたり物を取り損なったり。」
「…ギアスを捨てたのか。」
スザクがやはり硬い声でぼそりと言った。
「ギアスって言うの?さあ…あの子は何も言わなかったし、ルルも何も覚えていなかったから。」
「生まれ変わることなど出来ない。人生は一度きり。そいつは心残りがあったから、ほんの少しだけここに留まることにした。」
「…わたしのために?」
「シャーリー・フェネット。言霊を知っているか?」
涙を流しながら自分を抱きしめるシャーリーに、ルルーシュは何の反応も示さない。瞳は黙って空を見上げている。C.C.は二人を少し離れた場所から見つめて滔々と話しだした。
「『言霊』この地では古くから信じられてきた呪いの一種だ。口にした言葉には力が宿る。こいつの力は言霊だった。左目に宿ったそれは自分でも制御しきれないほど膨れ上がり、ルルーシュ・ランペルージを蝕み続け、ゼロに、乗っ取られる寸前。ルルーシュは最後の己の欠片でゼロを砕いた。左目の傷はその名残り。地に落ち腐り往く紅い瞳とともにルルーシュも、ゼロも冥府へ送られるはずだった。」
覗き込んだルルーシュの、残った瞳はまっさらな色をしていた。子どもの瞳だ。しかし動かず揺れもせず。なぜ。もう彼はいないの?
「約束したのだろう?」
かちりと嵌るパズルのピース。
「約束、それは、コトダマ?」
「自らに誓ったのならそれは何より強い力でルルーシュを縛る。」
『シャーリー、もし生まれ変わることができたら、君に…』
「願え。ルルーシュの、欠片に。」
「私は……」
萌黄の眼差しが見守る中、ゆっくりと、アメジストの瞳が開く…