「え、それは寝ぼけていたとかじゃなくて?」
目を丸くして聞き返したリヴァルに、記憶にある状況を思い浮かべ、スザクは唸るようにいいやと答えた。

雲のように 風のように



「リヴァル!」
現地で社が押えてくれるステイホテル。バイキング形式の朝食を摂る余裕があるのはありがたいことだと思いながらホールにやって来たスザクは、同期のリヴァルを見つけて手を挙げた。ちらほらと見受けられる同社のキャプテンに挨拶をしながら隣の席に着く。今日はクマモト―センダイ間を二往復しなくてはならないのだとぼやくリヴァルに苦笑を返して、スザクは和食で統一した朝食を口に運んだ。
「僕なんて臨泊(予定外の外泊)だよ。昨日の悪天候で戻れなくなっちゃってさ。」
「おう、それも堪えるよなぁ。下着とか用意あったのか?」
あらかじめ出先にステイすることがわかっていれば当然泊まりの用意もしてゆくわけで、フライトバックとは別にパイロットが携帯するステイバックはそのためのものだった。外泊は仕事のうちなので常から用意はしているのだが自宅に戻れない日が続けば替えもなくなる。
「もう二泊していたし戻れると思っていたから。コンビニで買ってきたよ。また肌に合わないものが増える。」
そう不機嫌な顔も見せずに言うスザクに、リヴァルは心持ち掻き込むようにしていた食べ物を咀嚼してはは、と笑った。
「お前ってそう拘りがあるほうでもないと思っていたんだけどな。FAの子達は大変そうだけど、男が下着くらいで。」
「いやあるよ好みは。締まり具合とか肌触りとか。ランペルージキャプテンなんて決めたものしか穿かないらしいし。」
「ああ、あの人神経質そうだもんなぁ。普段の仕事ぶりにも出るというか…計算とかほんとこれ暗算でしてるんですかってくらい細かいところ出してくるよな。」
そうそうと頷きながらスザクも返す。
「経験値だって言うけどああなれる自信がまだないな。好きなだけでうまくいくもんでもないし。」
「でもお前は一緒に暮らしてるんだし、話なんて聞き放題なんじゃないの?上司と一緒に暮らすなんて俺なら遠慮したいところなんだけどな。キャプテンだったらまあ、家でもあんな感じ?」
あんな、とはおそらくやわらかな物腰のことなのだろうとスザクは想像した。前に殊更リヴァルが感激しながら胸を撫で下ろしていたことを思い出したのだ。




「聞いてくれよスザク、俺はじめてステイ先で寝坊しちゃってさ。アラームもモーニングコールも聞えてないの。年取ったなって実感しちゃってさぁ…」
「間に合ったの?一緒だったのは、どのキャプテン?」
遅刻など初歩の初歩でしてはいけないことである。人によっては怒鳴りつけるだけではすまないだろう。
「それがラッキーだったんだ。まあ空港までの連絡バスを一分ほど待たせちゃったくらいなんだけど、仙波キャプテンだったら俺もいろいろ覚悟したね。でもランペルージキャプテンだったからさ。『すんませんっしたぁ!』って頭下げたら寧ろ驚かせちまったみたいで。」
『来てくれなかったらどうしようかと思っちゃった。』と、ほのかに笑みを浮かべながら声を荒げもしなかったそうだ。


自分が言われたかったいや次に一緒になったときはぜひ試してみようと密かに企むスザクであったが、悲しいかな中々その機会に恵まれなかった。ある程度の都合はスケジューラーが気を利かせて組んでくれるのだが、同じ住所を届けてあるスザクがあまりルルーシュと親しげなところを見せては噂も立てられるだろうと控えていた。目標とする先輩パイロットではあるが、どうにも縦社会の気風が漂うこの業界で表立ったお友だち付き合いも難しい。職場ではスザクも立場を弁えていたしルルーシュは上司であるからそれほどの気遣いもいらない。彼の方が社内での細かな機微にも通じていた。
「それがさぁ、意外と会わないんだよね。自室に引っ込んで勉強していることも多いし、リビングにいてもあの人、帰るとあんまり仕事の話はしないしな。」
ルルーシュは仕事が好きだ。スタンバイ稼動を掛けられたとしてもがっかりするどころか嬉しそうにそれに応じる。資格の幅が広いので本人が休暇を申請しない以上稼働時間はスザクよりも多いのではないかと思う。なのに家ではこれと言って飛行機の話ばかりしているわけでもないのだ。たとえば操縦の解釈について訊ねても、こちらから切り出せば乗ってくれるがルルーシュから持ち出すことはない。一緒に食卓を囲んだとして、「お前いいお嫁さんになるぞ〜」などとスザクの作った料理ににこにこと揶揄をしながら他愛もない話をするのが常であった。特にこだわりもないのだろうが、ルルーシュはスザクが思うに飛行機馬鹿ではない。仕事人間かも知れないが。
「へぇ。趣味はないの?車とか。お前はバイク好きなんだろ?今度俺の見せてやるから訪ねて来いよ。」
この業界にはバイクの好きな者が多い。たぶんスザクの気のせいではなく、男は大抵乗り物が好きだが普段時速何百キロという旅客機に慣れているせいで並みのスピードでは物足りない。地上を走る以上出せる速度などたかが知れているが、バイクは肌でその速さを感じられるところが好まれる理由なのだろうと思っていた。自分は確かに速い乗り物が好きだしパーツから気を使った自動二輪も持っているのだが最近はあまり乗っていない。寒くなってきたせいもある。
「ああ、今度な。キャプテンは特になさそうだけど…でも運転はちょっとおかしいなぁ。」
「おかしい?ギアせわしないとか?」
今はあまり見かけなくなったマニュアル車も、それが好きで操る者は必ずいる。拘りなのか未熟な操縦技術のせいなのかはそれぞれなのだろうが、ガキガキとうるさいものもクラッチの操作がまずいものも確かにいる。
「いや、あの人オートマ。それも年代物っていうか、スクラップ手前の中古をとっかえ引返して遊んでるんだよ。汚い車は嫌いそうなのに、変なところで大雑把なんだ。」
スザクは数日前、ふと思い立ってドライブに出かけようとしていたルルーシュについて行った日のことを思い出して渋面を作った。




*******



その日は国内線を担当して17時前には家に戻っていたらしいルルーシュが、珍しく手料理なんぞを振舞ってくれた。スザクはもともと遅いパターンで帰りは21時近くであったから、「おかえり」と夕食を作って待っていてくれた彼に心の中でガッツポーズをしながらときめいちゃったキモチはそのまま邪気のない笑顔に表して、いつもやってもらうばかりじゃ悪いからとはにかみながらの相手はたぶん余計な勘繰りなどしていないと思う。
『いつでも出て行ってくれて構わない』、その会話を交わした日から二人の関係はこれと言って変わるところがなかった。出された料理もデリバリーではないし包丁を入れずに拵えられるものでは到底ない。刃物に関する恐怖心は克服したのだと言っていた言葉はうそではないのだろうし、迷惑だろうからと、もっぱらスザクに対する引け目から同居の解消を申し出たことの明らかなルルーシュは、スザクが何らのアクションを起こさないのであればその話に触れることはしなかった。まあまだ一月も経ってはいないのだし急かせばそれこそ迷惑であろうと考えるらしいルルーシュは、基本的に押しに弱く人のいい人間だった。少なくともプライバシーが守られて同居人が余程癖の在る人物でない限り、他人との共同生活も許容できる人間であることは確かであった。そしてたぶん寂しがり屋なんだろうなと、ルルーシュが抱いてくれているだろう好意(ごくごく客観的に推測しての好意である。押しの強い自覚はあったがスザクは他人の感情の機微には聡い男であった。)を差し引いてもそう観察しているスザクである。おしゃべりなわけでもないが人と話すことは決して嫌いではないらしいルルーシュとの会話はたまに途切れるが不快ではない。

「へえ、じゃあルルーシュって元はAB(エア・ブリタニア)のパイロットだったんだ。」
「ああ。機長昇格の発令からこっち(BAW)に移って来たんだよ。」
エア・ブリタニアは現在スザクとルルーシュが勤務するブリタニア・エア・ウェイズ(BAW)の連結子会社で、主に日本国内を就航する。第一希望のBAW社に一発で決まらなければそちらも受ける予定だったスザクは、大卒の壁でもあったかなと口には出さずに考えていた。今は大学あるいは航空大学校を出ていなければパイロット枠の採用は認められない。ルルーシュたちの世代が大量採用時代最後のパイロットだろう。たった七年の年の差ではあるがスザクがパイロットを志したのは転職の折であったし、子どもの頃から空を飛びたかったのだと言うルルーシュは二十を過ぎた頃には他職種体験を終えて訓練学校に通っていた。彼が旅客機を飛ばしていた頃、自分はまだ高校を卒業するかしないかの年齢だったことを思うと、目まぐるしく変化した航空業界の在りようを別にしても時代の隔たりを感じる。こうして「ルルーシュ」と名前で呼び慣らしてしまうことにはふとした瞬間に違和感も少しの優越感も抱くのであるが、それは同時に「まだまだ追いつけない」と悔しく思うスザクの、一言で言ってしまえばプライドを刺激せずに済む理由にもなるのだった。
いつだったかのフライトで、ルルーシュと組んだ。彼はよく操縦をさせてくれるからコーパイには人気の高いキャプテンの一人である。若いこともあって話もしやすい。ありがたく操縦桿を握らせてもらい、できればこの間自分なりに研究していた降下計画を決めて感想を聞きたかった。出来るところを見せたかったと、責任と高揚感から緊張する頭の隅で思う気持ちも当然あった。
けれどその日は目的空港の上空で天候が悪化し、コパイに任せておける状況ではなくなったのだ。それまで黙って副操縦士業務に徹してくれていたルルーシュが、“I have ”と、ごく自然に操縦を代わるための指示を出す。そこにスザクに対する遠慮はない。当たり前である。機長は機体に対して全責任を負う者であってコパイの顔色を窺うためにそこにいるわけではない。スザクとて当然に了解していることであるしつまらない意地や実のないプライドなど見苦しいだけであると知っている。だからその時スザクとルルーシュの間には機長と副操縦士として当たり前のやり取りが行われて 、それは日常的なものに過ぎず別段珍しいことではないのだった。ルルーシュは淡々と雲の状況を見てオートパイロットを外しマニュアルに切り替え、横風制限ぎりぎりの悪コンディションでほとんどノーアクションで機体を滑走路の真ん中に下ろしてみせた。彼にとっては当たり前の仕事をしただけで、得意になることでもなかったらしくいつもと変わらぬ様子でコックピットを後にする。
思わずスザクは言ったのだった。さすがですね、と。
制服を着ている間、勤務についている間は公私を分けて敬語を使う。ルルーシュもスザクのことを姓で呼ぶ。だから、スザクのこの一言は不自然なものではなかったはずだ。純粋にそう思っての感想でしかなく。ただ、ルルーシュを呼び止めてからそう言うまでの、間が。彼に一瞬の躊躇いの後の言葉を言わせたのだろう。
『…お前、俺が何年飛んでいると思ってるんだよ。もう十年以上…お前が学生服を着ているときにはおっかない教官にどやされて、ラインに出てからは年末年始もコックピットの中で冷や飯掻き込んでいたんだよ。五年やそこら乗っただけのやつに追いつかれて堪るかっての!』
最後は首を締められながらギブギブ!と叫ぶ自分もふざけているルルーシュも、先ほどまでの重苦しい空気が霧散していることがわかっていた。「ランペルージ、コパイ君でストレス発散するんじゃないよ〜」と彼の同期らしい機長が軽口をかけてゆく。そう、今はまだコーパイだ。大先輩のランペルージ機長と同じことができるなんて思っちゃいけない。弱気になっていた自分が恥ずかしくて、頭を掻きながらすみませんと言えばにやりと次の日のゴミ出しを命じられた。まだこの人には適わない。
七年は、長い。

「一日に6ラン(=6Landings。離着陸をワンセットとしてそれを6セットこなすフライト勤務)とかなぁ…FAの子達もきっつい勤務こなしてるけど、こっちもねぇ。」
「…それ、平均ですか?」
しみじみとコーパイ時代のことを話すルルーシュに、スザクはぎょっとして聞き返した。朝6時に家を出て9時に帰宅できるか出来ないかという、くらいではないだろうか。毎日それでは身体を壊す。三分の一は自宅に帰れず帰ってからも勉強することは山ほどあるのだ。
「いや、だいたい4か5ラン。でもまだ若かったしね、ほかよりは仕事入れてたかな。平均して5.5くらい?インター(国際線)とどっちが楽かと言われれば迷うところだ。」
箸休めをつつきながら言うルルーシュは何でもない顔をして言った。時差に加えて日単位で拘束時間が続くインターとせわしなく乗り降りを繰り返すドメス。合う合わないは人によるだろうが、この人もコーパイ時代は苦労したらしい。AB社は幹線(ハネダ、ナリタ、カンクウ、チトセなどメジャーな空港を繋ぐ路線)から外れた地方空港を日本列島隅々まで飛ぶ。ああだからかと、スザクは一つ頷いた。
「離陸も着陸も、人一倍経験あるわけだ。」
「うむ。俺のテクニックは涙のちょちょぎれるような思いをして身につけた賜物なわけよ。謹んで盗みたまえ。」
「畏まりましてございます。」
尊大に返したルルーシュは楽しそうに笑っていた。何事も経験だ。飛行時間の長い国際線はそれだけ離着陸の機会が減るわけで、一時間やそこらの単発を日に何度も繰り返している国内線パイロットとは練習量と言ってはなんだが経験値に開きが出て当然だった。
「さて、それじゃあもう下げていいか?」
「ん、片付けは僕がやるよ。」
「そう?サンキュ、それじゃあ俺は風呂でも溜めるかね。入浴剤入れてもいいか?」

いつものやり取りだった。だが、夕食が終わって片づけを引き受けて、仕上げにテーブルを拭き終わった頃、ルルーシュが車のキーを手に出かけようとしていた。
「あれ?お風呂先にどうぞ?何か買い物でも?」
とは言え夜中の十一時も回ろうとしている時間に開いている店などコンビニやビデオ、本屋くらいなものではないだろうか。ルルーシュは明日朝から勤務なのだからアルコールを摂取するわけにもいかない。
「いや、ちょっとドライブ。たまに高速走ってやらないとエンジンの具合が悪い気がしてさ。」
「ふーん…僕も一緒に行っていい?」
珍しいと思った。ルルーシュは車に拘りがなく、稼ぎはスザクよりもいいだろうにろくなものに乗っていない。今の車もネット通販で○万だった。いわく「種類に乗りたい、っていう理由で納得してね」だそうで、処分の方にお金がかかっているのではないかと呆れるスザクに肩を竦めて返しただけだ。どんな運転をするのかと、憧れのキャプテンに対する興味も手伝ってスザクは同乗を頼んでみた。
「特に景色のいいところは行かないよ。お前は運転する方が好きそうだけど、」
「まあ、久しく乗っていなかった助手席に乗ってみたくなったってことで。」
「別に構わないけどね。上着はもってこいよ。暖房の利きが悪いんだ。」
「…新車買いなって。」

がっくりと肩を落としたスザクを愉快そうに眺めるルルーシュの趣味はわからない。立派なガレージには些か不釣合いな旧型のセダンは黒で、洗車はまめにしているらしく遠目には綺麗に見えるがよくよく見れば小さなかすり傷が散見される。
「こういうのに乗ってると当てられない?」
シートベルトを締めながら訊ねれば、危ないよねと、どう取ればよいのか迷う返事。気温は低かったが住宅街であるのでアイドリングに時間をかけるには夜も遅かった。滑らかな動作で車を出すルルーシュの手つきはしごく普通で、まあ自動車くらいは問題なく運転するよなと観察する。公道に出て首都高速の一つに上る。走り屋が好む場所は避けてカーブの多い道路は空いていた。
「…邪魔だった?」
「別に。なんで。」
会話のない車内に思わず出てしまった問いなのだが、ルルーシュは黙々とハンドルを握っている。法定速度を守った安全運転だ。空の上と変わらないんだなと思いながら、それでもルルーシュの横顔はいつもと違うような気がしてならなかった。
「目的地は特に、」
「ないね。なんだスザク、まずいビデオでも借りに行くと思った?」
ちらりとこちらを見やって揶揄してくる様子はいつもと同じだ。堅苦しいわけでも鈍感なわけでもない。
「あはは、それでも幻滅したりしませんよぅキャプテン〜♪でも私がいるのにぃ〜」
「それを仙波さんの前でやってみたまえ枢木スザ子。…うわ、時差で悪寒が這い上がる…」
「ひどいな、これ事務所の歓迎会でもやって好評だったんだよ。」
「まじか。いなくてよかった。」
「ルルーシュは何を?新入社員のノルマ。」
「俺かー…、出てない。」
「え?」
「欠席。ちょっと所用があってね。」
別に、そう珍しいことでもない。入ってすぐの馬鹿騒ぎは全員の都合が合うわけでもないのだから欠席だってありうる。ただそれが主役の(つまりは弄られる側としての)立場ではそうあることではないだけだ。ルルーシュの顔を窺えば、気を使ってくれたのか続いていた会話の途切れたことを思案しているようにも見えなかった。そしてまずいことでも訊いてしまったのかとスザクが口を開く前にルルーシュがぽつりと落とした。
「…ふつうは、こんな車は嫌がるよな。」
「 え?」
「す〜ざっ子ちゃん、」
「あ、ああ…そういう話。…珍しいね、ルルーシュが。」
「そうか?」
「結構まじめに言ってるように聞えたよ。軽口じゃなかったね。いたの?彼女?」
思わぬところで本人の口から、スザクがいつも知りたいと思っていた話が出た。話したい気分だったのだろうか。いや、今日は一人で出かけようとしていたのだ。なら何か考え事でもしたかったのだろうか。
「結婚、」
「してたの!?」
「って言ったら驚くのか?お前、俺をなんだと思ってるんだ。」
思わず反応してしまって、ルルーシュが呆れたように(むしろ憮然とした様子で)言った。尤もである。そういう話を聞かないだけで、ルルーシュは年もそこそこ、独り身でいるほうが人の興味を引く男だ。ただスザクの驚きが純粋に事実の有無についてのものであることを察し、なおかつスザクが以前妻帯者であったことを知っているルルーシュにしてみれば『結婚』の二文字に過剰反応されれば面白くないのは当たり前だった。
「いや、ごめんそういうわけじゃなくて…」
「いいけどさー…してないよ。付き合っていた、ような、っぽいような、のは一人いた、かも。」
しどろもどろで謝るスザクに怒りを静めたのか、ルルーシュは苦笑して先に進んだ。なんとも煮え切らない答えではある。
「…どうしてそんなに不確定?」
「俺にもよくわからないから。まあそいつはおんぼろ車でも気にするようなかわいい女じゃなかったってこと。はい、おしまい。」
――瞬間、

キキイィィッ―――

「――…、 きゃ、キャプテン?」
「え?なに?」
タイヤが急ブレーキと急なステアリング操作に軋む音が耳に残っている。
「おしまい」と、ルルーシュが言った瞬間までスザクは気づいていなかったのだが急角度のカーブとそのガードレールが目の前に迫っていた。話に気を取られていた。いつもはそんなミスはしないし複数のことを同時に頭で思考するなど仕事柄人よりは得意だと思う。しかしこの時スザクは車外の状況に注意を払っていなかった。ルルーシュの運転を完全に信用していたせいもある。だが、その、ルルーシュが。
信じられないほど乱暴にハンドルを切った。
「謝ります、」
「は?何について?」
わざとかもしれないと思ったのだ。スザクの言に何かしら不快な思いをして憂さ晴らしに無理な走りをしたのかと思った。だから真剣な顔をして謝罪の言葉を口にしたスザクに、しかしルルーシュはクエスチョンマークを浮かべて聞き返す。
本気でわからないという顔だった。
彼にとってはなんでもない操作だったというのか。急ブレーキ、急ハンドル。人がいなくて良かった。…まさか能動的にやったというのか?それも怒りが原因ではない?おかしいだろう、どう考えても。
「……、」
「…あー、だよね、怖いよね。」
やっちゃった、と、言葉を探して探しあぐねて、沈黙したままのスザクにルルーシュは言った。すまなそうに続ける。沈黙があったから考えたのだろうが、自覚はあったようだ。安全運転でなくなる瞬間の。
「たまに…癖、いや…同乗者がいるときはしないんだけど、その…悪かった。」
「いえ…無意識じゃないでしょう。そう思ってやらなくちゃ確実に事故を起こします。昔から?」
「…ごめん、」
「僕に謝らなくたっていいですよ。捕まるかもしれないしいつか本当に大惨事になるかもしれない。どうしてあんな」
「ちょっと運転代わって。」
歯切れの悪いルルーシュに詰問した。黙って助手席と運転席の乗換えをする合間に窺ったルルーシュの顔色は暗くてよく見えない。
「…ブレーキに遊びが多いな。」
「ああ、パッドが磨り減ってるんだろ。」
「替えろよ。」
「来月車検だから。」
「…もしかして、これスタッドレス?」
「あ、わかる?でもたぶん雪道じゃ役に立たないくらいつるつるだから乗り潰そうと思って。」
「実は信じられないくらい大雑把なんじゃないの。」
「俺はA型だぞ。」
「血液型と性格の関係は統計学的に証明が不十分だ。」
「でもお前ってOじゃないの?」
「何が言いたいんデス。」
「見逃してほしいなーと思って。」
「『おおまかでおおらか』だろうと言いたいわけか。」
「察しがよくてありがたいなぁスザク君ダイスキ!」
スザクは溜め息をついた。これ以上問い詰めても答えてはくれないだろう。そのあと一般道に下りて家に着くまでまた冷や汗もののトラブルがあったので結局物別れに終わった夜だった。




*******



「…ほら、あの人普段何百キロの世界で仕事してるからそのくらいの操作は寝ててもできるとか、」
リヴァルにはさすがに事の詳細を話したわけではない。時間も押していたし乱暴な運転に背筋を冷やしたということを言っただけなのであるが、やはりこの同僚にとってもルルーシュは『安全運転の人』で固定されているらしい。若干引き攣った表情で言われた台詞に首を振る。
「それを言ったら僕らみんなだろ。」
「寝ぼけていたとか、」
「僕と会話を進行中だったよ。というか話すのと切るの同時だった。」
「意外と内心びっくびくだったりして。キャプテンも話に気を取られていたんじゃないのか〜?」
「ま、ね。そういうことにしておくけどさ。あ、リヴァルの一緒のキャプテンもう行くらしいよ。」
なに〜!?まだ全部食べ終わってないっての!と自分は話しながらも綺麗に食べ終えていたスザクの方を睨みながら、リヴァルは口に詰め込んだまま席を後にしたのだった。




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