「ランペルージ ッ」
一晩の内に、母親と父親を相次いで、亡くした生徒が在ると、残業をしていた職員から連絡が入った。
「…大きな声を出さないで下さい。響きます、」
扇が駆けつけた病院で、まだ中学に上る前の妹を抱きながら振り返った教え子の顔は、今にも消えそうなほど、疲れ切っていた。


一連の出来事

泣きつかれて気を失うように眠ってしまった妹に部屋を借りて、寝顔に浮かぶ涙をそっと拭ってやってからルルーシュは扇と部屋を出た。
「…大丈夫か、ひどい顔色だぞ。お前も休んだほうが、」
「今から従兄弟が来てくれます。母の方は物品の破損で済みましたが父の方は同乗者がいましたので少々厄介なんです。俺が何をできるわけでもないし従兄弟に任せるしかないのですが、大まかな話は聞いておきたい。」
先生はもう帰ってくださって結構ですよ、わざわざ申し訳ありませんでしたと、細い声で言ったルルーシュはどう見ても一人で放っておける様子ではなかった。まだ15になったばかりの子どもが、親をなくして涙も零さずに虚ろな笑みすら浮かべる姿に、ぞっとする。
強く手を引いて促せば抗う気力もなかったのかふらりと 椅子に腰が落ちる。斜めに構えていようといつも透き通っていた少年の瞳が濁って像を結んでいなかった。
「子どもが余計な気を回すんじゃない。」
抱き寄せればあまりに細い肩に震えが走る。それでも涙は浮かばないようだった。幼い妹には散々胸を貸してやりながら泣くことも忘れたというのか。
「…サインを、しました。俺でよかったのか…いいんでしょうね。」
「…救われる命が、ある。」
なんと言ったらよいのかわからなかった。ルルーシュの母親のマリアンヌはドナー・カードを所持していた。レシピエントは遺族に明らかにされない。
遠くから足音が聞えてきた。弁護士だと云う従兄弟が到着したのだろう。扇が顔を挙げるのとルルーシュがにいさん、と呟くのが同時だった。
「学園の先生ですね。ありがとうございました。…ルルーシュ、辛かったね。あとは私が全部引き受けるから、何も心配しなくていい。」
金の髪をした美丈夫だった。紫色の目はルルーシュと同じで理知的な光が気遣わしげに揺れている。黙って頭を下げて踵を返した扇の背に、小さな嗚咽と、



―――おれが、父さんに口論を持ちかけなければッ
――…マリアンヌさんが先に家を?
――…聞えてしまったんでしょう、我慢ならずに声を荒げてしまって…
―――ルルーシュ、君のせいじゃない、
―――おれの、せいです。だって、おれ…



あんなことをしても なんの意味も なかったのに



―――深い悔悟の言葉が聞えた。
黙って立ち去る。
聞いていられなかった。



日付が変わる。
…今日は、少年の生まれた日ではなかったか。




*******



面会謝絶の日が続いた。
もうクリスマスは過ぎてしまったのだろうか。
C.C.はあたらしい鼓動がトクトクと脈打つのに耳を澄ませながら、クリスマス・キャロルが聞えて来ないかと考えた。

T’m dreaming of a white Christmas
 
    With every Christmas card T write

     May your days be merry and bright

     And may all your Christmases be white.

…ルルーシュの声がいい。
はじめて聴くのは、低くて優しいルルーシュの声が。

病室のスライド式の入り口が僅かな音を立てて開いた。少し離れたところに、黒い髪と細い体が見える。
「…ルルーシュ、」


誰よりも美しい色だと、声に出さずに思っていた紫の瞳が涙を零すのを、はじめて、見た。


*******



「本当にいいのか?」
「いいも何も。もう受験も終えて入学手続きも済ませたんだ。あまり会いに来られないけどな。」
制服ではなく私服で見舞いに訪れたルルーシュにC.C.が訊ねた。卒業式を終えて来月には北陸の高専に進学を決めたルルーシュに、扇が残念そうに言葉をかける。
「寂しくなるなぁ。嘆く女の子たちをたくさん残して行きやがって。」
「そんなのいませんよ。でも扇センセは遊んでくれる生徒がいなくなって寂しくなりますよね。きっとまた誰か揶揄かってくれますよ。」
「今年はルルーシュの妹が中等部に上るもんな。きっとそのアレな髪型をネタに遊んでくれますよ、扇センセ。」
「…お前ら、教師をなんだと思ってるんだ。」
扇は教え子二人に軽口を叩かれて肩を落とした。口の減らない二人組みだ。ルルーシュは傍目には早々と立ち直りさっさと進路を決めて挨拶に来た。文理ともに優秀な生徒であったし生徒会役員は大学部まで通して卒業するのが伝統であったから引き止める声も多かったのだが、アッシュフォードは並みと私立と比べ物にならないほど手がかかる。スカラシップ制も彼なら条件をクリアできるだろうが思うところがあったのだろう。資産家だったのが逆に仇になったのかもしれないが、妹は在学可能であったことに胸を撫で下ろしてルルーシュは外部進学の道を選んだ。
「今度はピザを持って見舞いに来いよ。暇ができたら会いに行ってやる。」
「結構だ。まあ、ナナリーに会いに帰るついでに顔を出すよ。」
「素直に会いに来ればいいじゃないか。」
「時間がかかるんだ。」
「さっさと飛行機の免許を取ってひとっ飛びしてくるんだな。」
そう簡単なものでもないんだがと渋面を作るルルーシュに遠慮のない言葉をかけるC.C.は術後の経過も順調で今のところ拒絶反応も許容範囲内だ。彼らはどこまで知っているのだろうかと、扇は少しだけ大人びた顔をするようになった教え子を眺めながら思うのだ。ルルーシュはおそらく、すべて察しているだろう。タイミング、可能性は極めて大きい。
ではC.C.はどうか。

(…やめた。こんなことを考えたところで変わるものはなにもない。)
立ち上がって暇を告げる。気を利かせたつもりであるがそれを知った上ではにかむようなかわいらしい性格をこの二人の少年少女はしていなかった。お元気でと如才ない別れの言葉に一言多いのは変わらない。




「幸せになれるといいなぁ。」


見上げた青空に飛行機雲が浮かんでいた。




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