「父親の秘書をしていた女だった。助手席に乗っていて、もう故人で、」
「…運転していたのはお父さん?」
「ああ。仕事の外で逢っていたことは明らかだったから…弁護士の従兄弟がいてな。目立たないように片をつけてくれた。」
ルルーシュは淡々としていた。先ほど大勢の席で取り乱したのは、あれは確かな嫌悪に苛まれてのことだと察したスザクはしかし順序として一言訊ねた。
「その女(ひと)のことは…」
「シャネルの五番を愛用していた。あの香りは、好きじゃない。」
故人その人についての言葉ではなかった。それは故人ゆえである。いくら昏い思いを抱えていてもあしざまに罵るには昔のことに過ぎたのだろう。ルルーシュは父親のこともあまり口にしたことはない。それは過去を過去と振り切ろうとして擦り切れた空虚な喪失を思わせた。
「お母さんの、心臓は、」
「そうであればいいと思ったこともあるし、そう思う自分に吐き気がした。あいつのことも、傷付けただろう…」
もう震えは止まっていた。少し熱が上ったような気がする。けれど時折開かれる瞳の色はまだ意志の光を宿していて、まだ懺悔の夜は終わりそうになかった。
聞かなければならないし、知らねばならないことであった。タイヤの軋む音が蘇る。原因不明の欠陥車。持ち主に似合わないぼろぼろの。それは彼の心の形だった。過去の雛形だった。何を思っての衝突寸前のステアリング。
全て自分に見せてくれればいい。もう、正しく過去に、してしまおう?
「まあ、話半分に聞いてくれて構わないぞ。脚色がなければ物語なんぞ味気ないものだ。」
脚を組みなおして笑う、もしかしたら義姉になっていたかもしれない女をナナリーはじっと見つめた。兄が愛した女(ひと)。
「だからだと?お兄様があなたを」
愛したのは、
言いかけてやめる。苦笑する。兄はそんな人間じゃない。
「ふん。そんな気色の悪い趣味に付き合ってやるほど酔狂じゃない。代わりになんて、思った瞬間にあいつは自分の思考を封殺するさ。潔癖な男だろう。」
まさかC.C.自身に兄を擁護されるとは思わずに、ぱちくりと目を瞬く。あいつと同じ色なんだなと、囁くように言われた言葉が胸に落ちる。
このひとは、確かに兄を愛していた。
「どうぞ、続けてください。妬いたりなんてしませんわ。」