「久しぶりだな、ルルーシュ。」
噂のコパイ君に会いにきたらしい女性。乗務員の目が釘付けになる。



再会

アンドレアス・ダールトン機長は初めて組んだ副操縦士の出来のよさに満足していた。ダールトンが知る限り最年少の自社パイロットであったが痒いところに手の届くアシストは機長に昇格前のコーパイでもそうできることではなく、聞けば若いのに苦労もしてきたらしい謙虚な好青年で、自分にしては甘いことだと思いながら操縦を任せてろうかと問えば、一瞬目を輝かせてから小さく頷く。息子を見守る親の心境でダールトンは笑みを浮かべた。
「ほう、妹がいるのかね。」
「ええ。来年からアッシュフォードの大学院に進みます。」
「アッシュフォードか。才媛だな。うちの馬鹿息子に爪の垢でもせんじてやりたいくらいだ。」
そんな、と控えめに笑いながらも計器を見つめる目は真剣だった。天候を見て副操縦士の操縦可能な範囲にあることを確認し、往復便の復路は試しに機長業務経験をさせてやることにしたのだが、初めてだと言いながら確かにディスパッチャーとのブリーフィングは二、三口ごもる場面もあったものの口数少なに組み立ててゆく燃料計画、飛行計画のプランニングは卒がない。さりげなく出発時刻を予告するにも手抜かりがなく、日ごろからペアになった機長の仕事をよく見ていることが窺える。腕を上げられるかどうかは経験すなわち記憶力だとダールトンは考えていた。思考を要する部分と反射で弾き出す答え。そのバランスは手本にする飛行をそれだけつぶさに見つめてきたかという努力の証明だった。
「カリフォルニアの訓練校に通ったんだったな。センダイが最初の赴任地か?」
「はい。あちら(カリフォルニア)はいつも晴れているので、この間雪でダイバート(目的地を変更して着陸すること)したときにああ違うんだなって思いました。」
「空港の閉鎖時間もあるからなぁ。ダイバートは当るやつはよく当るんだ。慣れておいて損はないぞ。」
「シートベルト・サインお願いします、――ええ、お陰でラインを飛べて少し嬉しかった。AB(エア・ブリタニア)は色々な地方空港に行けるし離着陸も数をこなせますがいつかインターも飛んでみたいと思います…なんて、大きなことを言ってしまってすみません。」
ダールトンはABの親会社のBAW社から出向していた。こちらはラインとインターに広いシェアを占める航空業界最大手だ。ルルーシュがはにかみながら憧れるロンドンの上空もロシアの広大な国土の上も縦横無尽に空を渡る。
「そうだな、お前が四本線を光らせる頃にはうちも定年退職で引退するパイロットがピークだ。発令があるかもしれないぞ。」
「…頑張ります。」
生真面目な横顔に、厳しいことで有名なダールトンの目元が和らいだ。そしてこの見目の良い後輩にFAの女の子たちがひそひそ影に日向に秋波を送っているのを思い出して揶揄かってみることにした。目的地の上空は穏やかに晴れている。
「ランペルージ、お前さん、付き合っている子はいないのかね?」
「…なんですかいきなり、」
「いつもよりも乗員の気持ちが浮ついているような気がするんだよ。ははぁと、お前さんをみて思ってな。」
まるきり揶揄する口調でつついてみれば、若いコパイくんは困ったように口を噤んだ。ちょうど揺れる空域でオートパイロットの未搭載の機体はパイロットの手に回避運動を委ねられていた。ぬけてから、ルルーシュがぼそりと返す。
「いませんよ。」
「予定、未満は?」
「…いませんってば。キャプテンってこういう話をするんですね。硬派な人だと思っていたのに。」
恨みがましげな声に笑いで返す。そういうわけでもない。お気に入りの後輩には3S(スケジュール、サラリー、セックスの、頭文字)をきっちり訊ねる。下世話なこととも思うが前二つは予想が付くとして最後一つはもっぱら皆が気にしていることなのだった。若くて独り者のコパイなど弄られていくらだ。
「そうかい。もてそうなのになぁ。今まで苦労もしたそうじゃないか、彼女の一人や二人作って楽しんでもいいんじゃないかな。」
「…そういうのは、一人だけのものでしょう。」
「ん?あ、はは…」
憮然とした面持ちで言われてまた笑いが止まらなくなってしまった。まったくかわいらしい後輩だ。





…と、思っていたのだ。
FAの皆にも一歩引いた紳士な態度で人気の高いコパイ君は、その『一人』ができようものなら大切に大切に接するだろうと思っていた。
しかしダールトンの目の前で彼は、妙に遠慮のない様子で話をしている。

「…キャプテン、これって覗きって言いませんか。」
「いや、陰ながら見守っているということにしておこうじゃないか。」

目の前と言っても前方というかぐいっと曲がって数メートル、ダールトンは一緒に事務所まで歩いていたFAと壁に隠れてルルーシュの様子を窺っていた。
無事着陸して一塊に歩いているときに、ルルーシュがある女性に目を留めて集団から外れたのである。以下は回想だ。




*******



その日は旅客も少なかった。乗務員は一般旅客とは別のゲートをくぐって次便まで空きのあるメンバーは空港内のAB社の事務所に向かって歩いていた。ルルーシュもダールトンの一歩後ろをついて来ていたのだが、ふと何を見止めたのかぴたりと止まる。
「 どうかしたかね?」
別に次の便は別れるしルルーシュはフライト勤務は終わりだといっていたから単独で行動しても構わないのだ。ただ集団行動はよほどのことがない限り乱すことのないこの業界で、機長仲間にも覚えの良いルルーシュの行動に違和感を覚えて訊ねただけのことである。しかしダールトンの言葉は雑踏に紛れて届かなかったらしく、ルルーシュはツイと流れを外れてある女性の前に立った。

目立つ、人間だった。
長い髪は淡い緑に染まり瞳の色はオリジナルかも定かではないが光を吸い込む金の色をしていた。目鼻立ちはくっきりと整い奇抜な装いも然したる不快を感じさせない周囲から一線を画す存在感。
言ってしまえば一目を引く美人なのであるが、ルルーシュも単体で目立つ青年である。上背は日本人より頭一つ分飛びぬけているし黒を好むせいか細い身体の線と相俟って実際よりも長身に見える。瞳の色も珍しいから一瞬その端正な面持ちに振り返った人間は次に深いのか淡いのか判然としない不思議なその色に一瞬目を奪われるのだ。(とはあるFAの言である。)
その二人が、空いているとはいえ空港の一角で向かい合っていれば当然に注目される。
視線に気づいたらしいルルーシュが女性の腕をとってぐるりと頭をめぐらし奥まった場所に連れてゆく。
「…キャプテン、次の便のショウアップまで、まだ間がありますよね。」
「俺もそう思っていたところだ。」
馴染みのFAの一人がこそりと呟いた。ダールトンはそそくさと二人のあとを追って物陰から耳を澄ませた。

「…元気そうだな。」
「見てのとおりだ。」
「なんだその色は。」
「金にも飽きた。爽やかに緑。」
「目立ちすぎだろう。」
「目立てばいいって、お前が言ったんだぞ。」
「明らかに意味が違う。今までどこに?」
「イタリア、ミラノ。そっちで演劇の勉強をしている。」
「ピザの本場か。なるほど。」
「実はまだためしていない。」
「お前にもやっと常識が芽生えたか。」
「そしてお前は忘れたらしい。もっと言うことがあるだろう。」
「なんで連絡の一つも寄越さずに来たんだ。しかも冬に。」
「そ っちか。…まあいい。偶然会ったとか考えないのか?」
「?だってお前、ここに用はないだろう。あるのか?」
「いや、ない、お前に会いに来た。」


「…キャプテーン、あの二人、会話がおかしくありませんか?」
「うむ…ランペルージがあそこまで礼を省くとはこりゃ十中八区『彼女』だな。」
物陰からこそこそ言い合う様子は限りなく怪しかった。出歯亀の方である。


「――…だから、せめてナナリーを通すとか、」
「住所は聞いたし近況も知っている。帽子はあまり似合わないぞ。」
「うるさい。制服に文句をつけるな。いつまでいるんだ?」
「しばらく。検査入院は終えている。」
「ホテルは?」
「キャンセル待ちをしてあっさり空いたんだ。」
「もっと計画的に行動しろ。首都よりも気温が低いんだぞ。」


「う ええ!あ、あれってランペルージさんのアパートの鍵っ?」
「車のキーという可能性も、」
「そんなもの今渡してどうするのよ、って、あああ!コート脱いだ!着せてるっ!?」
「マフラーまでっ!ちょ、なにあの慣れた雰囲気は」
「どっちももう少し照れながらやればいものを…これは相当の付き合いと見た。」


「……キミたち、いつの間に増えたんだね。」
ダールトンは背後に増えた覗き仲間に溜め息を付きながら、手帳をちぎっておそらく住所を書き留めていルルーシュの様子を見守った。


「ここ。タクシー捕まえられるか?」
「うろうろしてるだろう。空港なんだから。」
「四階の奥。表札は出していないから間違うなよ。暖房はエアコンだが設定温度は上げていい。」
「好きにするさ。ベッドの下とか探ってやる。」
「ほこりも出てこないからやめておけ。大人しくテレビでも見ていろ。チャンネル少ないけどな。」
「…それもどうなんだか…じゃあ鉢合わせしてまずい人間はいないのか。」
「俺の近況は聞いたんだろう?」
「『忙しくて電話もろくに繋がらない』。…仕事馬鹿の方か。」
「…『安心した』って顔だよな。」
「最後に会ったのは四年前だろう。少しは慎みと云うものを学んでみたんだ。」
「なら部屋は散らかすなよ。二十時までには戻るから、」
「 ああ。じゃあな。」


「…恋人、ですよねぇやっぱり…」
「じゃなきゃこの日本でデコチューだってしないわよ…あぁ〜ん狙ってたのにぃ!」
「…これは見てよかったのだろうか。」



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