「乗り継ぎで、時間がぎりぎりのお客様がいらっしゃいます…」
キャビンからの報告で、ルルーシュの目がきらりと光った気がした。



好きの理由について考える


空の便が荒れに荒れた。冬型の気圧配置(つまり不安定で暴れん坊)に加え、飛行機が故障して予期せぬタイプチェンジ。不足する機材を移動させるために前日からスタンバイ稼動の連絡が入った。

「――…はい、ランペルージです。―――はい、はいわかりました。…枢木?ええ、電源切ってるのかな…いますよ、はい、明日一緒に出ますから。はい、ご苦労様です。」

ルルーシュは夕方入った電話を切って、珍しいのだが夕食もとらずに布団に潜った居候の部屋の襖をノック、してもいい音はしないので襖は開けずに中に声をかけた。
「おーい、スザク!明日稼動だってさ。朝は四時半に出ないと間に合わないぞ!聞えてる?」
返事がなかった。昨日までインター勤務でLAにおり、自宅に戻ってきたばかりなのでさすがのあいつでも疲れたかと、ルルーシュはふむと思案した。本来は明日七時に家を出ても間に合うのでそのつもりでアラームをセットしているだろう。夜中に一回くらい起きるかもしれないが仮にメモを残しておいても見るかどうか。勝手に人の部屋に入るのは躊躇われるし自分がそれをされたらとても嫌な気持ちになるルルーシュは、即断即決の常を曲げて数秒の間立ち尽くしていた。
「…でも遅れるとまずいしな。入るぞー。」
一応声を掛けなおしてスザクに宛がっている和室客間に一歩踏み入る。起きないようならアラームをセットしなおしてメモでも残し、明日の朝諸々の支度をするための余裕を以ってもう一度起こしてやればいいだろうと考えながら茶色の髪が覗く寝具に歩み寄る。
「枢木ー、スザクー、スザ子ー、…ほんとに寝てるのか?爆睡中?えい、」
ふわふわ掛け布の間からはみ出している髪を引っ張ってみる。横を向いて寝ているから息は苦しくないのだろうが、頭までひっかぶって眠り込んでいるので表情は見えなかった。
「…やな寝方。」
揺すってまで起こすのは忍びなかったので、枕元に置いてあったアラームを四時にセットして『稼動。○○便のシップをナゴヤまでフェリー。ショウアップ5:00予定。』の簡単なメモを残す。深い寝息にツンツンと髪で遊んでしまったことを申し訳なく思ったので、なんとなく頭の辺りを一撫でして部屋を後にした。


「……『寝ぼけて引っ張り込んじゃおう☆作戦』のタイミングを外してしまった。」
ルルーシュが立ち去った部屋で、ぽつりとスザクが呟いた。

「………『ヤナ寝方』って、なに?」
最後の一言の意味が、わからなかった。




*******



自分はどうしてルルーシュのことが好きなんだろうと、少なくともこれまで男を好きになった経験のないスザクは人並みには悩んだのだ。何の躊躇もなく『そうだ、あの人をモノにしよう!』と決心したわけではないのである。守備範囲はもしかしたら広いのかもしれないが、…十中八九広いのだろうが、しかし同じ男で自分よりも仕事が出来てしかも年上の人物を意中に入れることに少なからずの葛藤はあった。
(好き、好きだ、これはもう動かしようがない。そう確信したのはいつのことだったか…)
たぶん、あの時だろうと思う。
ルルーシュがまだ入院中にベッドから落ちて、悔しさに震えながら自分にしがみ付いてきた時。ほとんど力の入らない指が自分の二の腕を掴んでカタカタと揺れていた。ああ、ずっと傍にいてやりたいと思ってしまった。
(たぶん積み重ねなんだ。最初は憧れ、感謝、同じトラブルに遭遇した際のシンパシー…あと、僕を見つけてくれたとき。)


「――す ざ…」

名乗る前からかすれた声で名前を呼ばれ、ああこの人にとって自分の存在は確かなものだのだと思い、――胸が震えた。

『…さよならを――――』


「…『特別』になりたかったんだろうな。彼女がしてくれなかったトクベツ…」
「ん?なにか言ったか?」
コックピットで待機中に独り言をしてしまったらしい。ふと頭の中で響いた別れた妻の声に、ルルーシュの声が重なる。救われた気持ちになるのはどうしてだろう。
「なんでもな…うわ、びしょびしょじゃないですか!タオル、」
振り返ると外部点検から戻ってきたルルーシュが頭のてっぺんから革靴の爪先まで全身濡れ鼠になって立っていた。外は横なぶりの雨で、機長業務に当るパイロットは外から機体をチェックする役割があるため仕方のないことではあるのだが、クシュン、とくしゃみをしながら水気をふき取っているのを見ているとかわいそうでしょうがない。
「FAの子に出してもらった。もうすっごく冷たいのなぁ。東北地方では雪に変わるぞこれ。クシュッ…」
「上着脱いじゃってください。僕の貸します。ジャンプシートに掛けときますよ、降りる頃に少しはましになるでしょう。温かい飲み物お願いしておきますね。」
機内はひどく乾燥している。一時間半のフライトで生乾き程度には乾いてくれるといい。いや悪いからと、脱いで手渡したスザクの上着をルルーシュが断ろうとするのに無理やり押し付ける。ついでにタオルを取ってわしわしと頭から拭きおろす。
「ふ くしゅっ…サンキュ、久しぶりに着たよ三本線。」
「新鮮な気持ちになりませんか。なに笑ってるんです?」
濡れるぞと、ワイシャツまで濡れそぼってしまった上半身を見下ろして遠慮するルルーシュに、ささっと羽織らせてしまったスザクはくすくすと聞える忍び笑いに首を傾げた。
「 ああ、いや…さっき乗ってくるときに拭いてくれようとした子がいたんだけどさ、出発がもう既に定刻5分遅れだから向こうも忙しいんだよ。だから断ってタオルだけ貰ったんだけど気の毒そうにして動けない優しい子がいたんだな。さっさとこっちに来ちゃえばよかったんだけどさすがに滴る状態でコックピットに入るわけにはいかなかったから入り口で水気を切っていたんだ。そこにいつも一緒になる、ほら、髪の短めの子がいただろ、」
「あのめちゃくちゃ明るいFAさんですね。」
「そう、その人が『今日のコパイは枢木さんだから放っておいても世話してもらえるのよ』ってさ。お前ってほんと甲斐甲斐しいやつだな。助かるたすかる。」
あははと笑うルルーシュには悪いのだが、他のキャプテンだったらここまでしない。せいぜい濡れた上着を掛けてやってタオルを一枚貸してやるくらいだ。
(限定サービスなんだけどなぁ。そのFAの人、どこまでわかって言っているのか確めておかないといけないかねぇ…。)
一応だけれどだれかれ構わず、ルルーシュに対する自分の気持ちを明らかにしようと思うほどスザクはバランス感覚を逸していなかった。
まずは相手の気持ち、それを確める前に自分の気持ち。自分は一体どこまでを望んでいるのだろうと、この頃よく考えるのだ。



この日はからナゴヤから飛んでナハ-ニイガタまでの後半をルルーシュと一緒に飛ばすことになっていた。最近はよく重なるなと思う。スケジュール担当者が気を回してくれたのかそれがどういった意図に基づくものかこれまた気にはなるのであるがもちろん歓迎する。技を盗むチャンスでもある。
<<○●便の到着予定時刻は------>>
離陸直後のアナウンスだ。コンピューターの予想時刻よりは遅めにしてある。目的地の空は穏やかに晴れていると報告が入っているが、途中の空域はどの高さも揺れるというカンパニーレポートが上っていた。速度を上げると揺れは増す。
ポーン――
「はい、コックピット…――はい、そうですか、はい。 キャプテン、お客さんの中に、二名ニイガタから乗り継ぎの方がいるそうです。出発時刻は17:30」
キャビンからインターフォンで連絡を受けた。5分遅れで出発したこの便は、少し早めの予想時刻に到着したとしても間に合うかどうかぎりぎりのところである。
「報告してくるって事は、」
「はい、……最終便ですね、その17:30の便。」
調べて返す。つまり現在間に合うか間に合わないか、十中八九間に合わないだろうこの飛行機に乗っている乗客は予定を一日狂わされるということだ。会社にもどうすることも出来ないが申し訳なく思う。
「…アナウンス、コンピューターの通りに入れなおして。少し早められないかやってみよう。」
ルルーシュが何事か思案している風な顔で言った。少しずつ時間を詰めて、可能性はあるかもしれない。期待させておいて裏切るのは双方にとってごめん被りたいところであるが、最初から希望ゼロと言われるのは気が滅入る。方法はあるのかもしれない。

「混雑している航路を避けよう。ダイレクト(まっすぐ飛ぶ許可)もらえないか訊いてみて。」
管制との通信は副操縦士の仕事だ。
「30000フィート以下ですね、いくらもらいます?」
「23000」
「揺れませんか、」
エコーがかかっていて、だからその付近の高さはどの飛行機も飛んでいないのだろう。突っ込むと揺れる。スピードを落とさなければ酔う人がでてしまう。
「シートベルトサインつけて10分だけ我慢してもらう。抜けたら35000以上もらえるか訊いて。100ノットの追い風を使わない手はないだろう。」
どの高さも今日は揺れる、と呟くのを聞きながらATC(管制官との無線通信)に手を掛ける。あっさり希望の高度を許可してくれたので雲の中を突っ切った。

「――…許可出ました。ダイレクト。」
「よし。絶対間に合わせるからな。」
上昇してみるとぴったり真後ろから押し出してくれる追い風が吹いていた。コンピューターの到着予想時刻がぐんとまき戻される。17:10。いけるかもしれない。

<<キャプテン、間に合いそうですか?>>
「間に合わせるよ。一番シート(出入り口に近い)に案内しておいて。」
気が利くFAはもう先ほどサインを消した時点で案内を終えていてくれたらしく、地上に報告を入れている間にルルーシュがまた何か思案げな顔をしているのに気がついた。
「Z−11に乗っていた頃にやっていたんだが、オートパイロットを外して計器進入をしようかと思って。」
Z―11、通称イレヴンはルルーシュがコパイ時代に乗っていた短距離輸送機だ。まだオートパイロットがついていない旧型である。コンピューターにセットして全自動で任せることはできないため、これをやるパイロットはスザクが見る限りゼロだった。
「うち(BAW)はここのところ最新機種のオンパレードだからな。知らない人も多いんだろ。高めにアプローチするから減速のタイミングを遅らせることが出来る。天気がよくないと使えないんだけどな。」
降下計画をブリーフィングしながらルルーシュはそう付け加えた。
(…これはさすがに盗めないなぁ。)
時代の壁はいかんともしがたい。マニュアルの方が馴染みらしいルルーシュがさくっと手動で滑走路につけるのをよくよく眺めながらスザクは小さく溜め息をついた。
実際の到着時刻は17:00ジャスト。地上係員が迎えに出ていて足早に降りてゆく乗客が見えた。

「キャプテン!お客様が、機長さんにお礼をお伝えくださいって。」
FAの子の言伝に、照れくさそうに頭を掻くルルーシュの背中はまだ遠かった。




「追いつくさ。それまで離したりも、するもんか。」




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