追及


師走だ。北海道では連日雪雲が地上を覆い隠している。ルルーシュは年に二回のチェックを先日終えたばかりで少し疲れているようだった。パイロットなら誰もが憂鬱になる査察試験。彼も例外ではなかったらしい。傍にいて気遣ってやりたいと思うスザクだったがあいにく仕事も込んできた時期に顔を合わせることさえ難しかった。せめてどちらかがオフを取れるなら都合のつけようもあったのだが、ルルーシュは今月の前半と後半の数日間に有給を申請していたからそれまで、その後の自由が利かない。スザクもあわせて休みを取るにはタイミングを逃していた。

だが仕事で行った先で偶然出会うことはある。
スザクはBAW社がよく利用するステイホテルのコプソン・タラで、ルルーシュとその日のフライトで一緒だったのだろうコパイが連れ立って出かけようとしているところを目にした。先に見つけたのはこちらもルルーシュと同じまだ三十代の若いキャプテンの朝比奈だ。珍しいと呟きながら大きく手を振る。
「よぅランペルージ!お前もこっちかぁ。最近は(機長)昇格訓練のコパイ君たちに付き合ってドメスばっかりなんだって聞いたけど。」
まだ若いコーパイを連れていた。ラインに出たばかりなのだろう。ロンドンの街は不馴れと見えて、ステイの時はいつも一人で日本時間のまま過ごすルルーシュが気をかけてやっているらしい。スザクとチームを組んでいたのは朝比奈(PIC)と卜部(SIC)であるが卜部CAPは先に買い物を済ませたいのだと到着するなり別行動に移った。クリスマスも近い。家族へのプレゼントでも探しに行ったのだろう。
「ああ。でもたまには俺も希望を通してもらったんだ。先月は目一杯融通したんで、今月は少し好きにさせてもらう。実はクリスマスに初めて休暇を申請したんだ。通るとは思わなかった。 お。枢木もいたのか。元気?」
今気づいたのかスザクを見つけてルルーシュが軽く手を挙げる。にこりと笑って隣に並んだ。
「ええ、そっちこそ。僕たちこれから、ちょっと早いんですけど昼食を食べ損ねたんで街に出るつもりなんです。一緒に行きませんか?」
ミールサービスの節約が仇になって機内食が足りなくなるというなんとも情けない事態に遭遇したのだ。乗客にクリスマス休暇で実家に帰るらしいアスリートの集団がいたのがまずかった。日本の航空会社の予想平均を上回ってつまみの類も出し尽くしてしまい、クルー全員が一食黙ってサービスに回した。最近の燃料費の高騰もあって業界全体が倹約財政を敷いているが切り詰めすぎは現場の感覚として不具合だ。お前はまだ組合入っているよな?と報告書の作成を命じられて溜め息が出るが仕方がない。朝比奈はキャプテンリポートで上に報告するのだろうし昇進すれば組合から外れざるを得ない。確かルルーシュももう非組だった。
「んー、じゃあこいつ連れて行ってやってくれよ。ライン二ヶ月の新米コーパイくん。」
玉城っす、とまだ訓練生時代の気風が抜けないのか固めの挨拶を返すのに、朝比奈がいいよいいよと気安く頷く。
「ランペルージ、お前は?せっかく一緒になったんだし飲もうよな。」
「いや、なんかそっち大所帯みたいだし、」
がやがやと追いついてきたFAの皆のことを言っているのだろう。全員が一緒に行動するわけでもないしその必要もないが、チーフパーサーのミレイがその中にいるため彼女を慕う新人は輪に入ることになるかもしれない。
ちらりと見やって怯むように俺座持ち悪いし、と躊躇うルルーシュにスザクは肩を叩いて笑いかけた。
「たまには一緒におしゃべりしましょうよ。朝比奈キャプテンとはもしかして同期なんですか?」
少し疲れているのかもしれない。いつもは軽口も叩きながら場を沸かせることもあるルルーシュがスザクと目が合ってほっとしたように小さく頷く。少し会わない間に痩せたのではないだろうか。
「ああ。実は藤堂さんも一緒なんだ。あっちが第一機長。待ち合わせをしていたんで…あ、こっちです!」
フロントに日本人離れした長身が姿を現した。朝比奈がヒュ〜と同期が三人も揃ったことに驚いている。
「ランペルージ、実はこっち、会長もいるんだよ。同窓会みたいだな。」
「…マジで?やっぱ俺部屋に戻る」
「そうはいかないわよルルーシュッ!んもう最近はぜーんぜん一緒にならないもんだからおねーさん心配していたのよぅ!」
「同い年だろうが!離せミレイ!」
事情のわからないスザクたちを他所に、ぱっと人目を引く美女がルルーシュに抱きついてなんやかやと騒ぎ出した。ベテランFAのミレイ・アッシュフォードは確かリヴァルが懸想しているのではなかったかと思い浮かべてついでに自分も複雑な気持ちになりながら眺めていたスザクに、いつの間にか隣に来た藤堂が苦笑して言う。
「朝比奈とルルーシュ君とミレイ君は中学の同窓なんだよ。聞いたことあるだろう、アッシュフォード学園。」
国内でも屈指のハイレベルな人気校だ。近年はネームバリューばかりが先行する学部学科も散見されるが全体を通して優秀な人材を輩出している。有名人も卒業者に多い。ルルーシュの妹のナナリーもそこで講師をしているのではなかったか。
「あれ?それじゃあミレイさんって、」
「理事長の孫娘だそうだ。」
「どうせまだ父が元気で頑張ってるもの、もうしばらくは好きなことをさせてもらうわ。社会勉強よ。教育なんて根底は人対人の一本勝負なんだから。」
ルルちゃんのお気に入りもいることだし今日は逃がさないわよぅ!と聞いていたのかミレイ自身が話に割って入る。ルルーシュは首根っこをつかまれてぐったりしていた。『彼女』とは、ミレイのことなのだろうか。



「違うわよ。」

総勢十人を越えてしまった一団で、予約もなしにアルコール込みのディナーを取れるところは限られる。何人かに分けてオープンテーブルを占拠し、スザクはするりとミレイの隣を押さえて訊ねた答えがこれだった。
ルルーシュとは席が離れてしまったが我慢しよう。彼の過去は滅多に話に上らないのだ。
「『会長』って言うのは生徒会のことでね。ルルちゃんはちょっと事情があって外部に進学したんだけど中等部では副会長をしていたの。朝比奈は書記。男連中ではあの二人は仲がいいほうだったわよ。ルルちゃんと一番親しくしていたのは三年の秋に転校してきた一風変わった子でね。今でも付き合いはあるんじゃないの?」
会ったことはない?
聞き返されてスザクは少し戸惑った。
「いえ…キャプテンから女性関係を匂わされた事はないんですが、」
まったくないのだ。あるといえばあるのだが、あれは存否であってルルーシュは過去と割り切っているような口ぶりだった。いくらスザクがルルーシュに好意を 抱いていたとして、意中の女性との付き合いに割って入るほど分別がないわけではない。未だ居所を共にしているのもルルーシュの私生活に邪魔にならないと判断した上でのことであり、もし、少しでも迷惑な素振りを見せるようなら、黙って去る用意は出来ていた。
惚れた腫れたで人の世界は回らない。
「あら?ふぅん…私も詳しいことは知らないのよ。もしかしたらナナちゃんの方が知っているのかもしれない。スザク君ってルルーシュのプライベートでも仲良くしてるんでしょう?」
ミレイはハネダベースの乗務員の事情に通じていた。人間関係のよしあしという曖昧な段階から彼女に自然、情報があつまる。頼れる姉御肌なミレイは後輩の相談事にも乗ってやることが多いのだという。スザクは言おうか言うまいか迷って、グラスを傾けてから口を開いた。
「実は一緒に暮らしています。僕がルルーシュの家に転がり込んだと言うのが正確ですね。」
「ほほ〜う?あのルルちゃんが誰かと同棲できるとは思わなかったわ。昔から神経細い子だったんだもの。」
一瞬目を丸くした後、『ルルーシュ』ねぇ、と空色の明るい瞳に楽しそうな色を浮かべてミレイが首を傾げた。他人を自分のテリトリーに入れて平気でいられる人間じゃないのよと。同棲という言葉は軽く流して、ふと目をやればなにやらアルコールが入って気の大きくなったらしい玉城に断りきれない酒を飲まされているルルーシュに気づく。
「…止めて来ようかな。ルルーシュって外ではあまり飲めないでしょう。」
「へえ、ほんとに親しいんだ。そうなのよ、ルルちゃんって大勢と飲むと緊張しちゃって酔いが早く回るらしいの。気心の知れたやつとは楽しそうにあけるんだけどねぇ。」
まああっちも大人なんだから自分でなんとかするでしょうと言うミレイが話を元に戻した。遠めに見る限り顔色はそう悪くないのでスザクも目は離さないようにしながらそれに応じる。ミレイの瞳がいたずらっぽく細められた気がした。

「僕はルルーシュが目を覚ました前後しばらく頻繁に見舞っていました。その時はまだ記憶も混乱していたし声もまともに出せなかったんですが、僕をナナリーと間違えたのか誰かの安否、かな、たぶん…それを訊ねてきたことがあったんです。あまりに必死なのでうまく宥めることもできずに、ナナリーにバトンタッチして僕はそのまま時間切れで病室を後にしました。
『しーつ』、あるいは『しーつー』なのか…どのみち人の名前とも思えなかったのですが、元気かと。上らない腕でもがくようにして言うんですよ。」
ずっと、頭にこびりついて離れなかった疑問だった。ナナリーに訊けばよかったのだろうが、スザクと付き添いを交代する際の彼女の様子は何かにハッとしたように緊張していて、この兄妹の家庭事情が少々複雑なのを知っていたから追及するのを控えたのだ。ルルーシュがスザクの前で意識の混濁を見せたのはあの一度きりで、あとは常の回転を見せる彼でしかなかった。
「…『シーツー』で、合っているわ。イニシャルなのよ。本名はCarol・Carol。本人はこの名前を嫌っていた。ルルーシュは望まれたとおりにCを二つ繋げて呼んでいたの。……」
ミレイはそこで口ごもった。姓も名前も同じなど変わった名前だと思いながら先を待っていると、不意に玉城の大声が耳に届いた。
「ランペルージキャプテ〜ン、はい!罰ゲームはなんでも質問に答えることー!」
「…なんだ、何が始まった。」
スザクは眉を顰めて腰を浮かせた。遠めにもわかるくらいルルーシュの頬には朱が差して、今は薄暗い照明のせいで何色かわからない瞳ははっきりと酔いに潤んでいた。具合が悪いようにも見えないがとろんとした目は焦点が定まらないように揺れている。
「チッ、断れない人間に無理やり飲ませるんじゃないよ。」
低く呟いて立ち上がったスザクにミレイも続く。ルルーシュはあまり料理を口に運んでいなかった。もしかしたら味がわからなくなっていたのかもしれない。ワインの種類を当てるゲームでもしていたようだから、酔って舌が鈍っている状態では普段の調子も出せなかったに違いない。ルルーシュは量は飲まないが酒は好きなほうだった。

「キャプテンの女性関係って、みんな注目してるんですよぉ。クリスマスにお休み貰っていましたよね?でもいまだに独身って何かわけあり?」
「え、うーん…そういうわけでも…」
「じゃあ今まで付き合った女性は?」
「それ、どういう意味?」
「お、そう来ましたか!んー、じゃあ『ハジメテ』はいつ?」
セクハラよ玉城!とそろそろ苦笑も混じり始めたそのテーブルのFAの一人が嗜めていた。けれど場の雰囲気がそもそも軽いために、常ならその手の質問はのらりくらりとジョークでかわしてしまうルルーシュの本音を知りたいと言う好奇心には勝てないようで、狭い店内を掻き分けながら中々近づけないで入るスザクとミレイには止めることもできなかった。
「はじめて…じゅう、」
「『じゅう』、いくつですかっ?」
「…四。」
「 、はや。」
そこだけスザクにも聞えた。十四?なんだそれ、ありえなくもないが少しばかり早すぎやしないか。
「おお!さっすがキャプテン、違いますねぇ!誰と?年上ですか?」
「……年上、」
「十四って言うと、中学生ですね。先輩?あ、家庭教師のおねーさんとか?」
「悪乗りしすぎだ。しめてやる。おい、玉城、」
スザクが背後から回ってようやくルルーシュの傍に辿り着いたとき、ぽつりと聞えた。

「………父親の、愛人。」

「 え?」
ガタリと音を立ててルルーシュが立ち上がる。口元を押さえて足早にその場を離れようとする。
「、ルルーシュッ!  玉城、あとで俺の部屋に来い。説教だ。」
まだ二十代も半ばの玉城はスザクにとって後輩でしかなかった。一睨みしてルルーシュの後を追う。小さな声だったし両隣の二、三人にしか聞えなかったと思う。立ち去る前にミレイに目配せすれば黙って頷いてそのままルルーシュの席に座り込んでくれた。彼女なら一瞬冷えた空気をうまく取り繕ってくれるだろう。離れたテーブルについていた藤堂と朝比奈がなんだなんだと視線を寄越すのに頷きだけで返し、スザクはルルーシュを追ってWCに駆け込んだ。

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