「…私としては、」
冷めてしまった紅茶を口に含むC.C.を前に、ナナリーは言葉を探した。そして切り出す。
「私としては。お兄様がC.C.さんに振られてめそめそ泣かないで下さってよかったです。だってとてもかわいそうでとてもみじめ。」
「逆に私が情けないだろう。あいつは私が断ることを見越して結婚しようと言ったんだぞ。」
「…それは、」
「あの時は腹が立ったさ。悲しくもなった。そんなことしか思い浮かばなかったから。」
苦い笑みを見て、ナナリーはそっとC.C.の手を取った。兄妹だなと、呟きが聞える。
「お兄様も、こうして手を?」
「鈍感なのに妙なところで聡いやつだ。いつだってこちらがほしいときに手を伸ばしてくる。でもそれだけなんだ。もどかしいだろう。」
「ええ。」
「やさしいんだ。だから好きになった。あいつにとっても私は特別だっただろう。」
「保証します。」
「でも、私は信じられなかった。あいつがどれだけ私を大切にしてくれようと、あいつの一番がお前を除いて他に探せなかろうと。」
「お兄様の何が信じられなかったのですか?」
話を蒸し返すようで悪いが、とC.C.は断りを入れた。首肯で促すとぽつりと返る。
「やはり疑う気持ちを消せなかった。あいつが、私を失くした母親の代わりにしているんじゃないかと。」











「…代わりにしていたの?」
「いいや。でも彼女にしてみたらそう感じて当然だった、の、かもしれない。こうしていて、」
戸惑うように訊ねたスザクに歯切れの悪い答えを返したルルーシュは、そのまま頼りなく腕を伸ばしてスザクの頭をそっと抱え込んだ。男が女にするような抱擁ではなかった。母親が眠る赤子に伸べる腕のようにささやかで、穏やかな抱擁だった。けれど距離は限りなく近く。
そのまま眠りに落ちるというならそれは、戸惑うだろう。
「俺はそうしていたんだ。」
「それは、少し、ひどいかもしれませんね。」
スザクの言葉に苦笑いをしながらルルーシュはそろりと腕を退いた。僅かに離れて距離を取る。少し恥ずかしくなったのかもしれなかった。
「彼女のことは好きじゃなかった?」
「愛していたさ。」
「プロポーズするくらいですもんね。」
「でも断られて涙も出なかった。」
「それはどうしてですか。」
訊ねる声に天井を仰いだルルーシュは、一頻り目を閉じたまま答えなかった。
眠ってしまったのかとスザクが身を起こそうとしたときに、ぽつりと呟く声が聞えた。
「…生きていてくれさえすれば、もう何を望む気力もなかったんだ。」

「おれは、あいつに母さんを重ねたことはなかったけど、」
「うん、」
「失うことはとてもこわくて。俺が触れたら、消えてなくなってしまうような気がしていたから…」
「だから、彼女の選択に任せた?」

「…ああ。そうだ。ずるいよな。結局泣いたのはあいつの方で。」
「ルルーシュ。あなたは、」
「やっぱり母親への罪悪感を彼女に投影していたと、言うんだろう。そうだよ。飛行機もそう。うまく飛ばすことばかり考えて、空を飛ぶことを夢見ていた気持ちも忘れていた。」
キャプテン、それは違う――
言いかけてスザクはやめた。
『生きていてくれさえすれば――』
こんな風に愛されたら幸せだろうか。何も望まれずに与えられるだけ。
それは嫌だなと思った。
愛されたら愛したいし、受け取っただけの愛を返したい。












「――…お兄様は受け取ってくださらなかったのですか。」
「お前も覚えがあるだろう。ナナリー、あいつの最愛の妹。ルルーシュは与えるだけで満足するやつだぞ。」
独りよがりで困ったやつだとぼやかれて、自慢の兄にそれでも思うところのある妹は返答に窮した。
「要は順序の問題なんだ。」
「順序、ですか。それはまた唐突ですね。」
C.C.が切り出した話にナナリーは首を傾げた。C.C.はそれに構わない。
「そう。ルルーシュ・ランペルージに一度だって守りたいと思わせたらおしまいだ。そんな運の悪い奴は一生あいつの中でガラスケースの中に飾られてしまうのさ。」
「…大事にしてくださるけれど、触れてはくれないのですね。」
「しくったよ。私は小娘の時分も気丈に振舞っていたつもりだが、あいつの前では弱いところも見せてしまった。」
「その意味で言えば私なんて。」
「最悪だな。」
「でしょう。」
妹ですものと、ナナリーは眉を下げて笑った。軽く手を挙げてハーブティーを頼む。もう紅茶は冷めていた。カフェインを取りすぎるのもよくないだろう。
「お兄様は、母のことをお話したことがありましたか?」
「それが私にとって最も面白くないところなんだ。一度もない。」
「まあ。でもそれは紛れもなく強がりですわよ。煮え切らない優しさなんかじゃありません。」
「…そうか?」
「もちろん。本当は全部告白して楽になってしまいたかったはずです。だってお兄様があんなに遠慮をしない人なんて、あの頃はC.C.さんだけだったんですよ。」
「『あの頃は』?」
「あの頃は。…そうしなかったのはただのやせ我慢の格好付けです。」
聞きとがめるというよりは面白そうにC.C.は繰り返した。それにナナリーが安堵する。よかったという言葉に目を細めて、C.C.は深く背もたれに身体を沈めた。
「『あの頃』、それに気づいていたら私はお前の義姉になっていただろう。だが惜しいかな、悟りを開いたのはあいつがベッドの上で昏々と眠っている時だった。」
「…C.C.さん、」
気遣わしげに名前を呼ぶナナリーを手で制し、C.C.は話を続けた。
「呼びかけても答えない。手を握り締めても返らない。あるのは生き続けている証拠。そのぬくもりだけ。…それでもあいつがいとおしかった。そこにいてくれるだけで幸福だった。あいつは、もうとっくの昔にそんな気持ちを知っていたんだろう。」