――意気地なしが。
――理由は?
――お前は私がこわいのか。そう簡単に死にやしないぞ。
――そうだろうな。元気で何よりだ。
――だから!…私を母親と重ねていないか。
――…いいや。
――嘘だ。お前は私を亡くなった母親の代わりにしているんだよ。だからこんなに優しくするんだ。指一本触れずガラスケースの中に仕舞いこむように、
――C.C.、そうじゃない。そうじゃなくて、
――そうじゃないならなんなんだ!ああ、確かにお前の子どもは生んでやれない。普通の女に出来ることは確かに私には不可能だよ。
――子どもがほしいわけじゃない。他に付き合いのある女もいない。
――…勘繰るぞ。
――やめろよ。お前にしては悪趣味だ。
――……
――…わかった。
――ルルーシュ、
――なに?逃げる?
――まさか。上等だ。




曖昧な告白



聖夜も盆も暮れもないのだ。
技術を磨くには回数をこなすしかない。安全に、スマートに。機体を飛ばしてこそ意味がある。
「クロスウィンド・コンポーネント、チェック」
「Roger、ジャスト10ノット」
横風制限一杯の着陸真剣勝負。機体が揺れる。エアスピードが振り切れる。風の強さと方角にむらがあるのだ、こんなときは誘導ビームから外れないことその一点のみに細心の注意を払う。ほかは自由に遊ばせておいた方がうまくいく。マニュアルには書いていない経験からくる確信。ここで機体を押さえ込めば暴れだす。
「5100フィート」
「スタビライズド」
機体は全て安定している。このまま滑走路に進入する。
「アプローチングミニマム」
まだ滑走路は見えない。
「ミニマム」
副操縦士のコールに緊張が走る。どこだ、滑走路を探せ、
「、インサイト、ランディング」
アプローチングライトが見えた。次はセンターライン…
<フィフティ>

<トウェンティ>

滑走路灯を確認してパワーをアイドルまで引き下げ、左手で機首を押さえつける。風にあおられたら接地点が伸びる。言うことを聞けよ、俺の言うことを聞いてくれ。

<テン>
「ッ、」
目の前は雪しか見えない。滑走路灯が時折チカチカ瞬くだけだ。いきなりのショックに接地を感じてスラストレバーを引く。フルリバースの悲鳴が聞えてくる。両足でブレーキを踏みつけた―――







「…見られたら、俺やばいんじゃないか。」
ルルーシュはステイ先の部屋の前で無表情だった。はっきり言って眠い。目の前が霞むほどに眠い。なんでこいつがここにいる。
「クリスマスに仕事を入れるやつがあるか。会いに来てやったんだ。光栄に思え。」
とりあえずここに立たせておくわけにも行かない。ショウアップまではプライベートだ。特にとがめだてもされないだろうがC.C.は目立つ。外で落ち合うならまだしも仕事で押さえたホテルの部屋の前とはいかなるものか。
何より廊下はほんの少し寒いような気がした。招き入れてドアを閉める。

「お前はクリスチャンだったか?」
「そんな気分だ。『見よ、おとめが身ごもって男の子を生む。その名は』」
「気分で入教されたらたまったもんじゃないだろうよ。世界の半分が聖夜に浮かれる。」
地球が浮くんじゃないかと言いながらの遠い視線に、C.C.は腕を捉えてそのまま寝転がった。然して抵抗もなく長身の身体が隣に沈む。眩暈でもしたのか抗議の一つもなく、ルルーシュは深く溜め息をついた。
「見たいものでもあるのか。お前の方が俺より詳しいと思うんだが、」
「別にここでいいさ。二人で過ごすものなんだろう。」
「明日は早朝に連絡バスが来るんだ。」
「なら尚更出歩きたくはないだろう。もっと詰めろ。」
「…夕方になったら起こしてくれ。ロビーでイヴのミニコンサートがあったはずだ。」




連れ立って降りた階段の下で、ホールは着飾った客でにぎわっていた。おそらく別の会場でパーティーでもあるのだろうが、中央に据えられた巨大なクリスマスツリーはキャロルの生演奏に輝いて見える。
「ここがわかったということは、予約も入れてある?」
「ばれたか。事務所に聞いてな。移るか?」
一眠りした後は疲れも取れたように見えたが、ルルーシュは明日も同じ飛行時間で日本へ戻る。ディナーを一緒にとったらそれ以上拘束するつもりはなかった。突然に会いに来たというのに驚かれはしてもまずい顔はされない。その特等席にあるだけで満足してやろうと心の中で呟きC.C.は慎ましいものだと自賛した。
「いや、今夜は宿泊客だけの入場制限があるから。外に出て探そうかと思っていたんだ。」
よかったと、特に含みもなく言われ、席に案内されるまでC.C.は口を閉じたままだった。イブの夜に隣に並んで、それが自分たちは当たり前。
一緒に仕事をしてきたクルーだろう、ちらちらとした視線を感じる。気にしていないのか気づいていないのか、ワインを選んでいるルルーシュはどこかいつもと違うように思えた。

T’m dreaming of a white Christmas
Just like the ones T used to know
Where the treetops glisten and children listen
To hear sleigh bells in the snow...


メジャーなクリスマスソングに演奏が切り替わった。ボーカルが入ってジャズにアレンジされた映画音楽が流れ始める。
「ホワイトクリスマス、歌詞は全部入っているか?」
「それは歌えるかということか?下手だぞ。」
踊るのも無理だぞと先手を打たれて苦笑する。自分とこいつなら絵になるだろうと思うのに。
「雪の日は厄介なんだろうな。」
ディナーは選ぶ必要がなかった。運ばれてくるのはクリスマスを意識した遊び心といつもよりもワンランク上のシェフ自慢なのだろう一品ばかり。けれど速くもなく遅くもなく、淡々と口に運ぶルルーシュを見て言った。もう少しうまそうに食べればいいものを。
「…ん?ああ、上(機上)でか。そうだな、着ける場所がわからなくて寸前までどきどきしている。降りられなかったときのことなんかがいつも頭にあるしな。」
僅かな間のあと返事が返る。やはりまだ疲れているのかもしれない。
「別の空港に行くんだろう。」
「ああ。今日は危なかった。」
「ホワイトクリスマスで約束もしていないのに会えた。これは運命じゃないか、ルルーシュ。」
「だんだん言葉が気障になってきたんじゃないか。」
「お前ほどじゃないさ。いや、お前の場合は曖昧なんだよな。」
「…そうか?」
「そうさ。」


「…C.C.、」
「なんだ。」

食事を終えて外に出た。
渋るルルーシュを引き摺って粉雪がちらつく空の下を二人で歩く。
ほら、言えよ。
わざわざそれらしく演出してやっているんだから。

ルルーシュが立ち止まった。
C.C.が振り返る。
予定調和だった。
「悪いな。何も用意していないんだ。」
「わかっているさ。いきなり来た私も悪いしお前はそういう男だ。」
「会う約束もしていなかったしな。」
「そうだな。私は飛び回っているから連絡がつかないことも多い。」
C.C.はじっとルルーシュを見つめた。
切り出される言葉はわかっていた。

…いやこれは期待だろうか。

「C.C.、名前を変えてみる、か?」




「…煮え切らない、告白だな。」
沈黙の後にすべりでた言葉はそれだった。もっと考えていた返事があったのに。
「そうかな、そうかも。」
「断る。」
「お前は、随分はっきりした返事だ。」
断るために言わせただろう、と、ルルーシュが苦笑を浮かべながら言った。ゆっくりと歩み寄ってC.C.の身体を抱きしめる。思い切り上向かないと視線が合わなかった。
「なあ、こういう時はショックを受けてもいいんじゃないか。」
「ふられたって?俺はふられたのか?」
「そうだよ。この自信家め。」
「だってお前、放っておいたら朝までここに居そうだ。連れて帰らないと。」
ルルーシュの冷たい指が頬に触れた。そっと拭われてはじめて自分が泣いていたことに気づく。
なんて失態だ。
「…雰囲気を出してやろうと思ってな。」
「それなら俺が、聖夜にプロポーズを断られて男泣きしているほうがいいんじゃないか。」
「やめておけ。みっともない。…どうして理由を訊かないんだ?」
「それは…―――それでいいと思うから、かな。」

「…そうか。」
この時、ルルーシュの言葉の意味を取り違えたのだ。
C.C.にはまだ知らない感情だった。
最初から断るつもりで居たけれど、悲しげな顔をするようなら受けるつもりだった。
けれど。

C.C.はルルーシュの胸に埋めていた顔を上げた。
冷たい欠片が頬に触れる。
「雪の降る音が、聞えるな――」

寄り添って空を見上げていた。
白い欠片が生まれる場所を。









―――・・・
「じゃあ、気をつけて帰れよ。」
ロビーまで送ると言われたのを断った。
ルルーシュの部屋の前で別れを告げる。
「また、お前に会いたくなるかもしれない。」
「なら会いにくればいい。逃げやしないさ。連絡を寄越せよ。」
「私達の関係は、変わらない?」
「変わらないな。変える?」
「いいや。元気でな。」
ルルーシュがおどけて敬礼を返す。
それに手を振り返して。







それがルルーシュの笑顔を見た最後だった。


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