Caricature

 
やくそくの ばしょ、 あなたと ふたりで――――

どらきゅら-U

ピチチ…
朝日が窓から差し込んでいた。聞えるのは鳥の声。昨晩の嵐はもう収まっていた。目が覚めたスザクは、なんだかあたたかくて気持ちがいいなと思いながら渋々瞼を開いた。もっと眠っていたかったのだけれど、体の節々の痛みがここは自分の家ではないことを教えてくるから起きなければいけない。

「…うそ……」
まず目に入ったのは隣で眠る人だった。至近距離ですやすやと寝息を立てているのは確かに昨晩雨宿りにやってきた少年だった。なんて綺麗な人…だんだん記憶が鮮明になってくる。そうだ、彼は自分が吸血鬼だとか、こわくないのかとか、なんだか疲れた声で言っていた。スザクはその言葉を信じてはいなかったのだけれど、思わず信じられないと呟いてしまうほど、ルルーシュはうつくしかった。こんなに美しい人だとは思わなかった。長い扇のような睫が白い肌に影を作っている。昨日それだけはわかった黒い髪は絹のように滑らかで、顔の造作は完璧なビスクドールのようだった。シルエットは雷の光に浮かび上がったもので少年のようだなと思っていたのだが、こうして自分が抱き込んでいる体勢を意識すると本当に細い。これで僕の五倍?村の長老よりも長い時間を生きていると言うのか。まさか。
「体だって、温かいし…」
「それはそうしてやっているからだ。」
「うわっ起きてたの?」
眠っているとばかり思っていたルルーシュが不意に目を開けて言った。現れる紫の瞳。これは、確かに妖しい色だと思うけれど。
「本当は心臓も動いていない。体も冷たい。でもそれだとお前、風邪引くだろう。がっちり押さえやがって。抜け出せなかったから仕方なく人肌くらいには変えてやったんだ。眠れたか?」
やはり吸血鬼と言えど睡眠は必要なのか、ルルーシュは口調こそハッキリしているものの目はとろんと眠たそうに瞬きを繰り返しながらそう言った。
「えっと、うん。お気使いどうもありがとう。それじゃあ…僕は村に戻るけどルルーシュはどうするの?その、お兄さんたちのところに戻るの?」
スザクは起き上がって言った。ルルーシュから離れた場所に朝の冷気が滑り込んで一瞬身を震わせる。そっとルルーシュを窺えばまだ生乾きだが昨日よりはましな衣服を身につけている。冷たいだろうに顔を顰める気配もない。本当に彼は吸血鬼なのだろうか。その肌に触れて確めてみたい衝動に駆られたがぐっと堪える。そんなことをすればルルーシュはいなくなってしまうような気がした。
「ああ、うん…俺はどうしようかな。城には戻りたくないんだ。探されるかもしれないからもう少し離れた場所まで行って見る。」
「じゃあ僕の家に来ない?両親は僕が小さいときに亡くなったから一人暮らしなんだ。食べ物にも困っていないし、ここよりは…その、お城の場所がわからないから遠いかどうかはわからないけど、ここよりは南の方に行った場所にある小さな村だよ。」
「南か…風上だな。いいかも…って、スザク。お前ね、俺はお前たちを食べる側だって言っているのがわからないのか?ちょっとはこわがれ。警戒しないと生きていけないぞ。」
頷きかけたルルーシュがはっと気づいた風に言った。警戒しろなんて、自分で言う吸血鬼なんているだろうか。スザクは笑いながらルルーシュの手を取って返した。
「わかった。ルルーシュが村の人たちに取られちゃわないように気をつけるよ。」
「吸血鬼は食べてもおいしくないと思うぞ。死んだら塵になって分解してしまうから。」
「ああそうなんだ。それは埋める手間が省けていいね。」
ルルーシュはあっけらかんと答えるスザクに、これは本当に信じていないなと溜め息をついた。死後の世界を信じる彼らは肉体の消滅を何より怖れるはずなのに、あっさり受け流している。
「…まあ、いいか。騒がれるよりはずっといい。」
「何か言った?」
なんでもないと行って先に歩き出していたスザクの背を追う。
危なくなったら、離れればいい。





スザクの住む村は、小屋から二時間ほど歩いたところにあった。確かに小さい村だ。五百人も住んでいないと思われる。ルルーシュはよそ者の自分に集められる視線に害意がないかどうかだけ気を配り、スザクが軽く皆に声を掛けながら歩いていくのに黙ってついていった。
「おう、スザク!昨日は嵐で足止め喰らったんだって?急だったからなぁ。その別嬪さん誰?」
遠慮のない話しぶりは、素朴な村人の気質を垣間見せて、ルルーシュは心の中で微笑んだ。少しだけ懐かしいような気がする。
「リヴァル。ルルーシュだよ。昨日雨宿りしていたら会ったんだ。えっと、」
「旅行記を書いている。この村にはしばらく滞在させてもらいたいと思っているんだ。スザクが泊めてくれるというから、お言葉に甘えようと思ってね。」
すらすら言葉を継いだルルーシュに、スザクがほっと安堵のため息を洩らした。リヴァルが目を輝かせてルルーシュに向き直る。
「じゃあ字が書けるんだな?旅をして回っているならいろんなことも知ってるんだろ?この村の子どもたちに教えてやってくれないか?村人の半分は読み書きができなかったり、読めるけど書けなかったりする小さな町だけどさ、聖書くらいは読めたほうがいいだろ。スザクが教えてやってるんだけどさ、こいつも勉強途中でまだまだ。前はスザクの」
「リヴァル。」
何か言いかけたのを、スザクが遮った。そしてルルーシュにすまなそうに謝る。
「ごめん。無理を言うつもりはないんだ。今は僕があそこの教会で、ちっちゃいけどね、子どもたちに読み書きや簡単な算数なんかを教えている。もしルルーシュが先生をやってくれるって言うならとてもありがたいけど、まずはこの村に慣れて。」
違和感を覚えたルルーシュだったが、何もせずに置いてもらうつもりはさらさらなかった。もう長いこと家事などしたことはなかったが、やれば思い出すだろう。勉強だけは、長い間シュナイゼルについて学んできたルルーシュが唯一人並みだと誇れる分野である。
「構わないよ。人に教えたことはないけど、本はたくさん読んできたから。」
少しだけ目を細めて微笑んだルルーシュに、リヴァルが惚けたように立ち尽くすのをスザクが軽く蹴飛ばした。
「ほら!急がないと牛においていかれるんじゃないの?」
「え、あ!こらーお前たちー!」
草地に連れてゆく牛が遠くに見える。慌てて走ってゆくリヴァルに笑って、スザクはルルーシュを村の端にある自分の家に連れて行った。
「ルルーシュ、こっちが僕の部屋で、こっちが余っているから使って。ベッドなんか、ちょっと黴臭いけどシーツだけは新しいの出すね。」
「いや、気にしなくていい。横になれれば十分だから。」
「そんないい身なりしていて何言ってるの。昨日はちゃんと眠れたのか?床でなんて眠ったことなさそう。」
「お前ね…ブリタニアに入ってからは大事にしてもらったけど、俺は庶民だよ。小さな村で育ったんだ。こことそう変わらない。」
本当は少し違うのだけれど、ルルーシュは気を使おうとするスザクにそう言って笑った。確かに少し感覚はずれているかもしれないけれど、世話になるらには客ではなく居候として扱ってもらいたかった。普通の人間の暮らしが、昔を思い出させてくれるような気がした。
「そう?じゃあ今日は教会に行って子どもたちに本を読んでやってくれないかな。」
「…聖書か?」
「別に他のものでもいいよ。こわいの?教会にも入れない?」
「こわいって言ったら信じるか。」
「どうかなぁ。こんな、」
「うわっ」
スザクはルルーシュの肩を軽く押した。細身の体がふらりと傾く。
「ひょろひょろした吸血鬼ならこわくはないけど。」
あははと笑うスザクを睨みつけて、ルルーシュはならとことん人間らしくしてやろうじゃないかと心を決めた。
もしかしたら、戻れるかもしれないと、思いながら。



「ルルーシュ先生、さよーならー!」
「バイバイ、シャーリー。気をつけて帰るんだよ。」
元気よく手を振って自分の家に駆けてゆく少女を見送ってルルーシュが後ろを振り向くと、教会の入り口でスザクが腕を組んで立っていた。
「お疲れ。すっかり村の人たちに溶け込んじゃったね。」
「みんな人懐こいんだな。少しくらい時間がかかると思っていた。このあたりはバンプがおとぎ話の存在じゃないから…」
言いながら自分の白すぎる手を何とはなしに擦っているルルーシュを見て、スザクはもう癖のようになってしまった自問を胸の中で繰り返す。確かにこの村は十年前彼らに襲われたことがある。バンプ-バンパイアは日の光を怖れはしないがその恩恵を受けることができない。あたたかい日差しをその身に浴びても、灰になりはしないがぬくもりもしない。当然日に焼けない。病的にというよりは、陶器のような冷たい白色をしているルルーシュの肌は確かにどこか自分たち村人と違うと思うのだけれど。でも。
(ルルーシュは吸血鬼なんかじゃない。教会で聖書を読んでいるんだぞ。彼が血を吸うところを見たことがあるか?鏡にだって映るし太陽の光も平気だ。…少しやつれてきた気も、するんだけど…)
「ん?なんだ?」
じっと見つめていると、 堂内をざっと整頓して帰り支度を整えたルルーシュが声を掛けてきた。帰らないのか?
「帰るよ。今日はルーベンさんのところから卵を貰ったからね、ルルーシュもちゃんと食べてしっかりしてよ。」
「しっかりって何だ。俺はじゅうぉわっ!」
むっと口を尖らせたルルーシュが言った先からずっこけた。隣を歩くスザクに顔を向けていたせいで足元の石に躓いただけなのだが、たたらを踏んで立て直せないのはもともとふらついているためだった。
「貧血?」
「うるさい。」
ルルーシュは寝起きが悪い。始めのうちこそ朝からしゃっきり動き回っていた彼だったが、日を重ねるうちにぼんやりしていることが多くなった。眠そうにしていることも。スザクはルルーシュの顔色を正面から窺った。白い。本当に血が足りなければ少し黄色がかるものだと思うが、ルルーシュはもとの色素が希薄なために澱むと言うよりは透き通るような色をしている。確かにルルーシュには人間らしくないところもあるのだけれど。
「ルルーシュ先生!」
家に向かう道すがら、村人の一人から声がかかった。
「ルルーシュ先生、この間はありがとうございました!うちの倅、もうすっかり熱も下がって。先生のお薬のお陰です。」
「うちのばあさんも最近は調子がいいって。町で高い薬も変えないあたしらにとっては大助かりですよ。これ、ちょっとなんですけどお礼です。」
「せんせい、明日は何のお話を読んでくれるの?」
だいたいが、ルルーシュの調合した薬草から作る薬の世話になった者たちで、あとは教会でルルーシュに学び懐いている子どもたちだった。ルルーシュは彼自身の言葉通り博識だった。今では村の長老でも知らないような昔の話や森の知識、殊薬草に関しては詳しかった。初めて会ったときは言っていることもやっていることもとんちんかんで妙にかわいらしい男もいたもんだと、思ったものだが。一緒に暮らしてみて、ルルーシュは堂と構えたところのある男だと言うことがわかった。基本的に、下手に興奮させなければ落ち着いている。スザクの家にも、村人たちとの会話にも慣れると言葉の端々に深い思慮が窺えた。自然と子どもたちだけでなく大人たちまで彼のことを先生と呼ぶようになって、今では教会でのスザクの役目がルルーシュに回ってしまった。スザクは村の鍛冶屋に見習いで働いていたから、そちらに専念することができてとても助かっていたりもする。
昔は薬売りなんていなかったからなぁと、懐かしそうに野草を摘んでいるルルーシュを見てどこまでが本気なのか図りかねていたスザクであるが(さすがに今は町に行けば薬局もあるし医者もいる。金がかかるだけで。)、ルルーシュがこの村の人たちに受け入れられるのならよいことだと思っていた。深い器に絞られたミルクを、礼を言いながら受け取っているルルーシュを見ると、彼が人でないなんて信じられない。
「ルルーシュ、早く帰らないと日が暮れちゃうよ。」
「う、わ、こら引っ張るな!」
不意に腕を取ってみても、ルルーシュの肌はあたたかかった。










なのに。


どうして、こんなことになったんだろう。

スザクは寒さに凍えて遠くなる意識の中、いつまで経っても姿を現さないルルーシュを探して吹雪の中を、彷徨っていた。

―声を、聞いた気がしたんだ。




スザク、どうか……す ざ く…

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Caricature ||| Owner: soto ||| Opened:December 5th, 2006