城ではコーネリアが焦りを隠し切れない様子で行ったり来たりを繰り返していた。コツコツと靴音が響き渡る。
「コゥ、少しは落ち着いたらどうだい。」
「無理です!兄上、三日待ってそれでもルルーシュの行方が掴めなかったら、次は私が自ら出向きます。」
キッと睨むように返したコーネリアに、シュナイゼルは難しい顔をして頷いた。長い脚を組みなおして顎に手を当てる。
「ルルーシュはこちらが業を煮やすほどには我慢強い。擬態にも長けている。人間の間にいてもそう簡単には見破られないだろうが、そうだとすると同属にはとても敵わないな。」
「同属?ハッ!あんな下等で野蛮な奴らと一緒にされては我がブリタニアが穢されます。奴らの狙いは間違いなくルルーシュでしょう。あの子を殺されるわけには行かない。」
兄の言葉に蔑むような一瞥を窓の外に向けたコーネリアは、ぎりりと爪を噛みながら不安と焦燥も露わに言った。奴ら――バンパニーズに、ルルーシュがコーネリアたちから離れたことが知られてしまった。
「城にいれば守ってやれたものを。始祖の血を受け継いだルルーシュを失うことは我々ブリタニアの牙を折られたも同じ。…血を飲んでいてくれさえすれば…」
「いつも嫌がってほんの少ししか口にしてくれないものだからね、少量でも力が付くようにと子どもの血を飲ませようとしたのが失敗だったな。」
シュナイゼルが深々と溜め息をつく。ブリタニア一族は吸血鬼の祖であるが、長い長い彼らの歴史の中で分派した者たちをまとめてバンパニーズと呼ぶ。彼らはコーネリアやシュナイゼルらにとってのタブーを嬉々として侵す異端の吸血鬼だった。吸血鬼は大きく分けてこの二派で、はるか昔から対立していた。人間たちの知らぬ夜の世界で。
「ルルーシュ…どうか無事でいてくれ。」
祈るような呟きが夜の空気に吸い込まれた。
どらきゅら-W
スザクの村では男たちが銃を下げて幾度目かの狼狩りを行っていた。ここのところ村のすぐ近くでもあの危険な獣が目撃されて、冬に備えての薪拾いも安心してすることができない。
「…今日は、何頭仕留めたんだ?」
家に帰ると、ルルーシュが躊躇いがちにスザクに訊ねた。
「一頭だけだ。狼は賢いからね、二十人ばかりの人間がこの広い森で見つけることからしてとても難しい。」
スザクも父親の銃を担いで狼退治に出かけていた。射撃も体を動かすことも得意なスザクが、実は今日襲ってきた狼を仕留めたのだけれど、ルルーシュにそのことを言いはしない。得意げな顔もできなかった。狼は古くからバンパイアの眷属なのだと言われている。被害を聞いてルルーシュは悲しそうな顔をしていた。狩の話をすれば黙って頷いていたけれど、狼の皮をなめしているところに出くわした彼はくるりと踵を返して立ち去ってしまったことを思い出す。
「ルルーシュが言ったらあいつら、大人しくなるのかな?」
「…たぶんな。彼等が飢えているというのならまだしも、まだ雪も降り出さないこの季節に、むやみやたらと人の住む場所に姿を現すのはおかしいんだ。もしかしたらと思い当ることもあるんだが…」
ルルーシュはとんとんとテーブルに指を打ちつけながら独り言のように言った。
教会でスザクが血を飲ませようとした日からも、変わりなく毎日が過ぎている。ルルーシュは頑なに血を飲もうとはせず、スザクもその話を口に出すことはない。ルルーシュが人として人の間で生きたいと言うのならその願いを手折ることは出来ないし、それが本当に可能であるのならスザクとしても喜ばしいことだった。いざと云うときは無理やりにでも自分の血を飲ませるつもりではあったが、今のところルルーシュは死にそうなほど渇いているそぶりは見せないし、スザクは彼の意に染まないことは極力避けたかった。
「操ることは出来るの?」
「狼をか?ああ。」
スザクの問いに、ルルーシュが組んだ腕に顎を乗せながら応える。吸血鬼は狼を意のままに操ることが可能だ。
「俺たちはしないけどな。よく懐いてくれるかわいいやつらだよ。話せば言うことを聞いてくれる。でも絶対的に従わせるために、俺たちの血を飲ませるという方法がないではない。」
「人間を吸血鬼の仲間にする方法と同じだね。」
「ああ。でもそれで狼が不老不死になるわけでも吸血衝動を刷り込まれるわけでもない。忠実にいうことを聞く駒になるんだな。弱い個体だと狂ってしまうこともあるんだ。スザク、今日仕留めたやつはどんな様子だった?襲い掛かってきたか?」
ルルーシュが心なしか瞳の色を濃くして訊ねてきた。狼狩りから帰るたびに訊かれていたことだった。今回はどうだったかなと記憶を探ってスザクが応える。
「今日は三人で固まって移動している時に襲われたんだ。確かに少しおかしいなとは思ったな。普通銃を構えた人間が複数いるとき、一頭でかかってくることはまずないだろ?そもそも群れで行動していないはぐれ狼が多すぎるんだよ、最近。」
狼は群れで行動する。単独行動は稀なはずな彼らが、ここ一月ばかり一頭だけで目撃され噂に聞く人の被害も複数に襲われたわけではないようだと言われていた。相対しても仲間を呼ぶわけでもなく、逃げるでもなく、狂ったように襲い掛かってくるのは森に慣れたスザクの目にも奇異に映る。
ルルーシュが考え込むように顎に手を当てて言った。
「スザク、今日の一頭を見せてくれないか。」
狼の肉は食べないが、毛皮はいい防寒具になる。仕留めたスザクにやると言われたがルルーシュのことを考えて断ったため、獲物は村長のルーベンのところに運ばれていた。
「…これは…」
凝固している狼の血をほんの少し口に含んだルルーシュは、すぐさまプッと吐き出した。顔を顰めて口元を拭っている。
「大丈夫?酒でも持ってこようか。」
「いや、いい。お前たちはやるなよ。肉は食用じゃないんだよな?くれぐれも口に入れないようみんなに注意しておいてくれ。…こいつはバンパイアの血で狂ってしまったんだ。かわいそうに…」
ルルーシュが痛ましげに死んだ狼の腹を撫でた。
「吸血鬼が?操るつもりだったのか?」
ふらりと立ち上がるのに手を貸して、そう訊ねたスザクにルルーシュはなぜか話すのを躊躇った。どこまで話してよいものかと思案しているのが窺える。厚手のコートの袷をしっかりと押さえながらぽつりと話してくれたことは多くはなかった。
「たぶん、そうなんだろうな。故意に人間を襲わせようとしたか、あるいは他に目的があったんだと思う。」
「ルルーシュ、君はさっき『俺たちはしない』と言ったよね?それはブリタニアの一族の他にも吸血鬼がいて、あの狼は彼等に血を飲ませられたということか?」
「…ああ、たぶんな。吸血鬼がみなブリタニアの名を持つわけじゃないんだ。…悪い、あまり話せることはないんだよ。お前のことを信用していないわけじゃないんだが、これは掟だから…」
すまなそうにルルーシュは言った。スザクは首を振ってそれに返した。
「いいんだ。友達だって話せないことはあるだろ。」
「…友達?」
立ち止まって聞き返された言葉に苦笑する。
「友だちだろ?僕とルルーシュ。嵐の夜に出会ったときからね。それとも僕が勝手にそう思っていただけなのかな。」
「ちがう!…違う。俺も…ともだち……」
ルルーシュは鋭く違うと叫んだ後に、噛み締めるように呟いていた。
ともだちトモダチ…
本当にかすかな、見逃してしまいそうなほどだったけれど、スザクはじっと見つめていたからわかった。
ルルーシュの頬に僅かに上った朱と、嬉しそうに綻んだ目の色を。
「ありがとぅ。ふふふ、見つけたよ、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア…。」
一頭の狼の頭を撫でてやりながら、グラスで覆った目をにやりと歪めた男がいた。
深い森の中で、
その目は狂気を宿して赤く光った。
「ルルーシュ先生!これ!」
今日の授業では見かけなかったシャーリーが、帰り支度を終えて教会の扉を閉めたルルーシュに駆け寄ってきた。
「シャーリー!学校に来ないで何を…これ…」
一応教師の立場として一言言わなくてはと口を開きかけたルルーシュが、少女の手にあるものを見つけて目を丸くする。一輪の野ばらだった。
「ばらのお花よ!スザクお兄ちゃんから先生が好きな花なんだって聞いてね、探してきたの!先生は雪の降る頃に生まれたんでしょう?シャーリーからのお誕生日プレゼント!」
観賞用に品種改良の施されていない小さな花弁は、しかし芳しい香気を放ってルルーシュはごくりと喉を鳴らしそうになるのを必死で堪えた。人の血の匂いにはもう反射で自分を押さえ込むことに慣れ始めていたが(それもいつまで保つかと不安を抱えながらの毎日ではあったが)、諦めていたもう一つの吸血鬼の好物である薔薇―これはルルーシュとて躊躇いなく口に出来るもので、城にいたときは彼が通ると薔薇の香りが残ると皆が笑いながら言うほど、もっぱらこの花ばかりを口にしていた。春になったら薔薇の花を育てて、人の間でひっそり暮らせたらと夢見ていたのだ。人の命を削らず生きていくことが出来たなら…―である。今まで経験したことのない断血状態で、スザクには隠し通してきたがもう昼間起きていることも辛くなっていたルルーシュは、震える手で地味な花を受け取った。
「ありがとう、シャーリー。…でもいったいどこから見つけてきたんだい?まさか森に一人で入ったのか?」
だが一つ気懸かりなことがあった。
ルルーシュとて人の血を飲まぬと誓ったのなら食糧の問題は解決しなければならない彼にとっての死活問題であって、薬草を取りに森に行く際にはよく薔薇の木が無いものかと探してはいたのだ。一緒についてきたがるスザクもきょろきょろと気にかけてくれているにのにただの一輪も見つけたことがない。子どものシャーリーが少し森に分け入ったところで見つけられるはずがないのだ。しかもここのところ森は狼がうろつく危険な場所である。
「ひみつ!危ないことはなかったから大丈夫だよ!それより先生、お花うれしい?」
「あ、ああ。嬉しいよ、とても。ありがとう。でもシャーリー、もう一人で森に行ってはいけないよ。今は少しおかしなことが起きているようだから。約束してほしい。」
大事に薔薇を両手に包んで、ルルーシュは目線を合わせながら言った。少女がこくんと頷くのを見守り、送り届けて自分も家路に着く。スザクが手にした薔薇に目を丸くした。
「それっ!どうしたの?僕だって随分探したのに!」
「随分って…悪いな。シャーリーから貰ったんだよ。どこに咲いていたのか…普通の野ばらなんだけどな。」
テーブルにつくルルーシュの手元をスザクが覗き込む。淡いピンクの花弁がふるりと揺れた。探して探して見つからなかった、ルルーシュにとっての生きる糧。
スザクはふと、当然と言えば当然の疑問が湧いてルルーシュに訊ねた。
「ね、花を散らすとは言うけど、実際のところどうやって花を食べるの?がぶりと花びらを食べちゃうわけ?」
好奇心だった。花を食べるなんて妖精のようではないかと期待を込めてルルーシュを見つめる。それとも蝶の様に蜜でも吸うと云うのだろうか。雀の涙ほどもないと思うのだが。
わくわくと答えを待つスザクに、ルルーシュは苦笑して言った。
「いや、噛んで食べるわけではないんだ。花弁を乾燥させて粉にしたものをお茶に落として飲んだり、スープにしたりはするけど、生の花を食べるときはな…悪いよなぁ。せっかく俺のためにって摘んできてくれたんだから、しばらく飾って、あとはドライフラワーにして非常食にでもするよ。」
「なんだ、つまんないの。新鮮な方がいいんじゃないの?」
「香りを吸うと云うかな…生花じゃなくてもいいんだよ。今度見せてやるから。」
残念そうに見つめられてすまなく思うが、これはかわいい教え子が一日中探し回って贈ってくれたプレゼントなのだ。ルルーシュはガラスのコップに水を汲んで、窓辺に野ばらをそっと置く。月明かりに可憐な花が微笑んだような気がした。
その数日後のことだった。
「先生!シャーリーは今日来ていませんかっ?暗くなるのにまだ帰って来なくて…ッ」
午前中は大人しく最前列に座って話を聞いていた少女だが、午後は家の手伝いがあるのだと帰って行った。冬支度のために今はどこの家も子どもまで総出で忙しい。シャーリーの家もそうなのだろうと、他にも何人か早退した子どもたちを見送っていたルルーシュは特におかしいとも思わなかったのだ。だが今日は教会へ出かけたきり一度も姿を見てないのだと母親が血相を変えて飛び込んできた。
「まさか…お母様はここにいてください。俺が探してきます。」
「僕も行くよ。ルルーシュ、銃は持てないだろ。」
いつの間にかやってきていたスザクが狩猟銃を肩に下げて言った。ちらほらと話を聞きつけた村人たちが集まってきている。ルルーシュは顔を顰めたが黙って頷いて駆け出した。
「走ったりして大丈夫なの?一応持ってきてみたんだけど、」
隣を息も乱さず走るスザクが懐にしまった件の薔薇を取り出しながら言う。みずみずしさは若干失っているものの、寒い季節であるから辛うじて色もあせずにそこにある。
ルルーシュは無言で受け取って口元へ持って行った。
「…っ?」
シュウ―と生気を吸い取られるようにたちまち色をなくしてゆく薔薇にスザクが息を飲む。ぱらぱらと散ってゆく花弁は枯れ花の色でもなく灰色の鈍い残骸となっていた。
「食べると云うか吸い取るんだよ。だから『吸血鬼はバラを散らす』と言われるんだろう。…こっちか、…おびき寄せているのか…」
狼を操る吸血鬼のことだろうか。地面を探り、低く呟いたルルーシュを窺えば、劇的と云うほどでもないが白皙の頬に僅かに赤味が戻る。スザクはほっと胸を撫で下ろした。あっちだ、と立ち上がって再び走り出すのを見て安堵の気持ちが口をついて表に出る。
「よかった。花でこんなに元気になるなら春になったらたくさん育てようね。街に行ったときも手に入れてくるから。」
「お前に買えるような代物ではないだろう。バラは高価だからな、貴族が多い都会でしか手に入りはしないさ。でも自分で植えてみようとは思っていた。…スザク、銀の弾を込めた拳銃は持ってきたか?あの初めて会った日に持っていた、」
「うん。これはいつも持ち歩いているから。…吸血鬼なのか?狼じゃなく?」
知り合ってからしばらくした頃、ルルーシュはあの夜突きつけられた銃に銀弾が込められていたことを知ってただでさえも足りない顔色を失くして眩暈を感じた。
「普通そんなもの持ち歩かないだろう。おかしなやつだな。警戒心なんてこれっぽっちも持ち合わせていないような人間のくせに。そうだ、狼じゃない。狼かもしれないが背後には吸血鬼がいる。俺の知っている仲間じゃない、危険なやつらが。」
心なしか拳銃を取り出して構えて見せたスザクから距離を取るようにして、ルルーシュが答えた。スイと細められた双眸は隙なくあたりを探りながら光ったように見える。
「まだ話してはくれないのか?非ブリタニアのバンパイアがどんな奴らなのか。」
「帰ったら話すよ。知って置いた方がいいかもしれない。今はシャーリーを探さないと。」
そう言ってスピードを上げたルルーシュに、やっぱり体力は人並みなんだなと思ったことは秘密にして、スザクは苦もなくルルーシュの隣に並んだ。
そして、見つけたものは。
「シャーリーッ!!」
一頭の狼に肩口を噛みつかれて気を失っている少女だった。
ルルーシュが悲鳴を上げて真っ直ぐ駆け寄る。スザクは慌てて銃を構えた。だって狼はまだシャーリーの肩に牙を埋めてこちらに低く唸っている。
「バンパニーズッ!…
退け、人間を襲うことは許さない。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる。お前は今すぐ仲間の下へ戻るんだ。」
低く舌打ちしたルルーシュが、息を飲むスザクの前で瞳を鮮やかな紅に変えて言った。底光りするような禍々しい紅。おそろしいほど美しい吸血鬼の色。
ギラギラとこちらを睨みつけていた獣が急に険をなくしてシャーリーから離れる。一歩二歩と後ずさりやがて森の奥へと姿を消した。
「ルルーシュ、シャーリー!」
銃を下ろして二人に駆け寄る。ルルーシュの腕の中で少女の赤い血がどくどくととめどなく流れていた。
「…まずい、圧迫しただけでは止まらない。縫わないと…くそ、村に戻るまで間に合わないッ」
白い手を血に濡らしながらルルーシュは顔を歪めた。ぎりぎりと食い締められた歯は、もしかしたら吸血鬼の本能を殺すためなのかもしれない。瞳は深紅に染め上げたまま米神を冷や汗が伝う。
だが逡巡したのは僅かな間でしかなく、ルルーシュは無言で少女の傷口に顔を埋めた。目を丸くするスザクの前で、ぴちゃりぴちゃりと舌を這わせる音がする。シャーリーがかすかに呻くのをぞっと見守りながら、どれくらいの時間がたっただろうか。スザクが汗を握っていた拳を開く頃にはルルーシュがぐいと口元を拭って傷口を検めていた。もう目はいつもの澄んだ紫に戻っている。
「…塞がった?」
「牙を立てた傷を塞げなかったら、あちこちで吸血鬼騒ぎが絶えなくなるぞ。お前たちが思っているのと、俺たちは大分違う。」
「じゃ、君たちは…ッ!」
スザクは今頃になって背後の気配に気づいた。恐ろしいほど静まり返った人の気配と息遣い。振り返るのがこわくて仕方がなかったが、ルルーシュが真っ直ぐ顔を上げたのでスザクもそれに倣った。
「…バンパイア」
村の人々が呆然とこちらを見つめていた。
「っ、シャーリーッ!!」
母親が金縛りが解けたように駆け寄ってくる。ルルーシュから娘を奪うように取り上げて涙目で睨みつけてくる。それを皮切りに次々と悲鳴、そして叫びが広がった。
「バンパイアだ!俺たちを騙していたのか!」
「おかしいと思っていたんだよ!あんな白い肌をした人間がいるはずがないんだ!」
「紫の目なんて…俺たちが何も知らないと思って、村ごと滅ぼすつもりでいたに違いないッ」
「待ってください!ルルーシュはシャーリーの怪我を治そうとして」
「スザク、お前がその化け物を連れてきたんだったな…」
豹変した村人の態度に、戸惑いながらもルルーシュを庇おうとしたスザクへと冷えた視線が次々と注がれる。
「やっぱり七年前の事件の時に、お前もバンパイアの手先になっていたんだろう。」
「違いますッ!僕は父さんが庇ってくれてそれでッ」
「じゃあなぜ今バンパイアのすぐ傍にいながらそいつを撃とうとしない?そいつはお前の父親を殺した化け物の仲間なんだぞ!」
「…なんだって?」
それまで黙していたルルーシュがスザクを見た。だがスザクは村の仲間に向き合ったまま必死に言葉を重ねる。
「ルルーシュは父さんを殺したやつらとは違う!一度だって彼が血を吸うところを見たかッ?教会で聖書を読んでやって子どもたちに優しくて!みんなだって世話になったじゃないか!」
「だがここのところの狼騒ぎがそいつのせいじゃないなんて誰が言える?その吸血鬼が操っていたのかもしれないぞ。森がざわついていたのもその化け物のせいかもしれない。」
化け物と、繰り返される言葉にスザクが歯を食いしばる。ルルーシュは化け物なんかじゃない。人間に戻りたくてずっとずっと我慢していたのにそんなひどい事をッ!
「…確かに、一月ばかりの異変は俺のせいかもしれません。」
静かな声が聞えた。スザクははっと顔を上げてルルーシュを見つめる。
「ルルーシュ、何言って…」
「それがどうしてなのか、俺にもよくわからないしたとえわかったとしてもあなた方にお話することは出来ない。これは俺たちバンパイアの問題です。」
本人がはっきりと認めた。自分は吸血鬼だと。
一瞬静まり返った村人たちが一人、また一人と銃を、鋤を、ルルーシュに向けて構える。
スザクは皆とルルーシュの間に両手を広げて立ちはだかり、首を振りながら叫んだ。
「どうしてみんなルルーシュを疑うんだ!ルルーシュは何も悪いことはしていない!狼たちはルルーシュが操ったりなんてしていないし、シャーリーだってルルーシュが助けたんだッ!ルルーシュは化け物なんかじゃない!!」
「スザク、もういいから、」
「いやだ!」
諦めたように淡々と止めるルルーシュを睨みつけながらスザクは鋭く村の仲間たちを見据えた。親を亡くした自分を優しく見守ってくれた人たちなのに。信頼しあって生きてきたはずなのに。どうしてこんな些細なことで目の色を変えなくちゃならない。
スザクには理解できなかった。人を疑うのは大嫌いだった。憎みたくもない、憎まれたくもない。信じていたはずの仲間からこんな冷たい視線を向けられることに、戸惑い以上の悔しさと怒りを覚える。
「枢木スザク、お前、そのバンパイアに誑かされたか。」
「違いますッ!」
感情に流されない静かな声が聞えた。だが言われた言葉には噛み付くように否定を返す。村の長老だった。ルルーシュを連れて、一番はじめに挨拶に行った人物だった。何でも知っていて、皆がこの老人の言うことに耳を傾ける。ルルーシュをめしいた目でじっとりと眺めながら、何も言わずに滞在を認めたのはこの長老だったというのに。
「人とは、違うと思っとった。だが悪い生き物でもない。だからこの村に留まることを許した。このまま何事も無ければ、村に害をなさなければ、仲間と認めることもできたじゃろう。じゃがのう、お前さん。」
「なんでしょうか。」
ルルーシュがすっとスザクの横をすり抜けて前に立った。真っ直ぐに長老を見つめている。紫の目に怯えるように寄り集まる村人たちに、スザクがぐっと拳を握り締めた。
「さっきも自分で言うとったな。この異変は自分のせいじゃと。お前さん、ブリタニアの吸血鬼か?」
「ええ。」
「正統なる始祖の血じゃな。城に戻りなさい。絶やしてはならぬ。」
「どうして、それを…」
戸惑うように訊ねるのに、めしいた老人は言った。
「長く生きていると知らんでいいことも知ってしまう。みなに話せないことも増えてゆく。昔会ったお前さんの仲間に約束したのでな。立ち去ってくれ。今なら黙って見送ってやろう。スザクや、お前も共に行きたいのなら止めはせんよ。父を吸血鬼に殺されたお前が、吸血鬼であるその者に好意を抱くのならそれは一つの定めかもしれん。」
「僕は…」
「だめだスザク、お前はここに残れ。」
「ルルーシュと行きます。」
「スザクッ!」
「友だちなんです。一人で行かせることなんて出来ません。」
「なら今すぐ村を去れ。雪が降る前にあの山を越えればあるいは生き延びることも出来るかも知れん。」
老人はそれだけ言うと何人かの村人に支えられながら行ってしまった。最後に残ったシャーリーの家族が躊躇いがちにルルーシュの方を見る。
「今までお世話になりました。シャーリーは吸血鬼になりはしません。あと少しすれば目が覚めるでしょう。さよなら。」
短く別れの言葉を継げたルルーシュが足早に背を向ける。ちらりと振り返ってスザクも後に続く。
母親が黙って頭を下げるのが見えた。
「…お前、馬鹿じゃないか。」
「そうかもね。でも後悔はしていないよ。」
「それを馬鹿だと云うんだ。俺は城に戻るつもりはないし、お前を仲間にするつもりもない。人間にはこの冬は辛いぞ。」
二人で並んで歩きながら、顔を見もせずにルルーシュは言った。スザクはけろりと答えて前を向く。
「雪が降る前に山を越える。豊かな土地だと聞いたことがあるよ。薔薇を育てながら二人で暮らそう。」
遠くに高い山が見えた。森を抜けてまだ遠い向こうに。
「今からでも戻れる。」
「それはなしだよ。ルルーシュが戻れない以上僕だって村には帰らない。一緒にいよう。友だちだろう。」
「友だちだからってお前まで危ない目に遭う必要はないだろう!友達だから、尚更だ!俺はお前を守ってやれないかもしれないッ!」
不意に立ち止まってルルーシュが叫んだ。必死な紫の瞳が戻ってくれと言っている。
「君に守ってもらおうなんて思っちゃいないよ。自分の身は自分で守れる。ルルーシュにはこれっぽっちも期待していないよ。ついでに置いていこうとしても後を追うから、心配するなら逃げちゃだめだよ。」
にっこりと返すスザクに言葉を詰まらせたルルーシュが顔を背けてまた歩き出した。しばらく黙々と足を進める。
三時間も歩いた頃だろうか。
ルルーシュがぽつりと口を開いた。
「…吸血鬼には、大きく分けて二種類いる。吸血鬼の始祖の教えを守るブリタニアの血族と、耳も貸さないバンパニーズ。」
「バンパニーズ?」
「そう。奴らは人間の血を一滴残らず飲み干して、その命を奪う。」
「?吸血鬼はみんな人間を殺すんでしょう?」
「いいや。そう思われているが、そうじゃない。だって普通に考えてみろよ。血を吸うたびに殺していたらすぐに警戒されてバンパイア狩りが始まってしまうだろう。少しずつ血をもらえば事足りるんだから、わざわざ人間たちに戦争をしかけるような莫迦な真似はしないさ。」
「じゃあルルーシュだって君の仲間だって、人を殺さずに血を飲むことができるってことかい?何をそんなに嫌がっていたんだ?」
スザクは不思議そうに訊ねる。空を仰げばもう日が暮れようとしていた。星がくっきりと浮かび上がる美しい空が広がっていたがこれは今晩ひどく冷えることをうかがわせる。二人は何も言わずに薪を集めて地面に腰を下ろした。
「スザク、お前さ。進んで飲みたいと思う?同胞の血だぞ、嫌じゃないのか。」
パチパチと木切れが爆ぜる音を聞きながら言われたことを考える。真っ赤な人の血。鉄錆の匂いをした生々しい命の水。
「…まあおいしそうとは思わないよね。」
「俺はおいしいと思うんだよ。」
「ならいいじゃないか。」
「あほか。俺だってお前くらいの年まで人間だったんだよ。血なんて気味が悪くて見たくもなかった。なのにおいしいと思うなんて、自分がおぞましくて仕方がない。」
「あー…」
スザクは失言をしてしまったことに気がついた。吸血することで自分が異形に変わってしまったことを思い知る、そのことがルルーシュを苦しめていた。そっと肩に手を伸ばせば黙って寄り添ってくる身体はあたたかい。さっき嫌々ながらもシャーリーの血を飲んだからだろう。ルルーシュの肌の色は今まで見た中で一番健康な色をしていた。
「母も妹も人間だった。同じ生き物を食い物にしている自分が許せなかった。」
「ごめん…」
「お前の言うことはわかるよ。だから俺はバンパニーズが大嫌いだ。あいつらは生きるために必要な以上に血を飲んで、だから目はいつも澱んだ赤い色をしている。吸血鬼であることを隠せなくなる。血の匂いに取り付かれたバンパイアがバンパニーズになるんだ。世の中で騒がれている吸血鬼騒ぎのほとんどが奴らのことだよ。首に噛み付いた後があるとか、血を一滴も残さず吸い取られたとか。バンパイアだって死なないわけじゃないんだから人間を下手に敵に回したくはないんだ。だからずっと昔からバンパニーズと戦ってきた。」
「人間と協力しようとは思わないの?」
当然の疑問だった。スザクにしてみれば人殺しのバンパニーズから人間を守ってくれるバンパイアはいい生き物のように思える。
だがルルーシュは首を振ってそれに答えた。
「比較対象があるうちはいいだろうさ。バンパニーズがいる間は、バンパイアは人間の仲間。そう思っていられるだろう。でも一人残らずバンパニーズを殺したそのあとはどうなる?バンパイアだって人の生き血を吸って生きているんだぞ。化け物には変わりない。それにな、これは俺たちの問題なんだ。どうしたって―武器で補ったって、人間はバンパイアよりも弱い。手段を選ばないバンパニーズと戦ったら命を落とす危険が俺たちの比じゃない。仲間から出てしまった異端児は自分たちの手で始末をつけるのが俺たちなりのけじめのつけ方でな。奴らは俺たちの過ちなんだ。」
「過ち?」
「そう。仲間に引き入れた人間が、血の力に耐え切れずに狂ってしまった。あの狼と一緒だよ。哀れな化け物。俺たちの負うべき責任だ。だからバンパニーズの存在を人間に告げてはならないし、見つけたら無に帰さなければならない。…本当は城に戻って兄さんたちに加勢しなくちゃならないんだろうけどな、そうすると飲まされるし…俺はあんまり強くないからお前には悪いけどたぶんすごく危ないし…」
こっちがあいつらを敵視しているんだから、あっちも当然俺たちを見つけたら襲ってくるんだよと言うルルーシュは、まだ諦められないらしくスザクの表情を窺った。村に戻ってほしいんだけど…。
「しつこい。同じことを何度も口にするのは年を取った証拠だよ。おじーさんめ。」
「むっ、あと五十年もすればお前の方が年寄りなんだからな。若くてぴちぴちした俺を見て悔しがるのはスザクなんだからな!」
癪に障ったのかルルーシュが口を尖らせて睨み付けてくる。ぴちぴちは死語なのだと教えてやろうか迷ってスザクは笑うだけに留めた。五十年後も一緒にいようよ。いつまでも綺麗なままの君を、僕は嬉しそうに紹介するんだ。僕の、大切な人ですって。
「締まりない顔をしてどうしたんだ。」
「ひどいなぁ。温和な顔って言ってくれよ。そろそろ寝ようか。明日も日が昇ったらすぐに発とう。」
獣が自分を襲うことはないからとルルーシュが言うので、火は消えるままにして二人並んで横になった。地面に落ち葉を集めただけの質素にも程がある寝床。
後悔は、していなかった。